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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
非道王女と同盟交渉
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202.宰相は用心する。


「すまないな、ジルベール。宰相であるお前の手まで借りることになるとは。」


昨日、セドリック第二王子より知らされたハナズオ連合王国の危機。

それによって、城内は昨日から慌しくなっていた。日が暮れ始めた今となってもそれは変わらず、特にセドリック第二王子の話を裏付けしなければならないヴェスト摂政は手が何本あっても足りない程だった。

残り二日、今日を入れれば三日以内にハナズオ連合王国の容疑を晴らさなければならないのだから。


「いえいえ、ヴェスト摂政。私も宰相業務の方はひと段落着きましたし、今はサーシス王国との同盟が為にもこちらの方が優先ですから。」

王配殿下にもちゃんと許可は得ております、と断りながら私はヴェスト摂政の書類の山を整理する。

時間は刻一刻と迫っている。ここで裏付けができなければ、最悪我が国は自ら同盟を望んだハナズオ連合王国を見捨てなければならなくなる。


「ジルベール宰相。コペランディ王国の書類をこちらに。僕がコペランディ王国と他の周辺諸国との関わりも確認します。」

「畏まりました、ステイル様。」


ヴェスト摂政の傍ら、先程まで別件で席を外されていたステイル様が早速慣れた様子で書類を纏め、情報を書き綴り出していた。贔屓目に見ずとも、彼は摂政業務を順調に自分のものにしているといえる。


「取り敢えず、ラジヤ帝国の方は今までの書状以外にそれらしい動きはありませんね…。ですが、定期的にコペランディ王国や他の植民地とも奴隷のやり取りを行なっておりますし、それに乗じて今回の侵攻の指令を出す事は容易でしょう。」

あらかたのラジヤ帝国に関する情報と資料を纏め終わり、ヴェスト摂政に提出する。「もう終えたのか、流石だな」と返されながら書類を確認したヴェスト摂政は唸る。


「そうだな…今回も王子の話とこちらで確認できた情報だけでもラジヤ帝国が侵攻に直接関わるようなそぶりは見えない。他の周辺国も…」

「コペランディ王国以外の周辺国にもそれらしい動きはありません。恐らくはアラタ王国、ラフレシアナ王国、そしてコペランディ王国の三国からの侵攻と見て良いでしょう。」

勿論、確実とは言えませんが。と続けながらステイル様がペンを走らせ続ける。それに私とヴェスト摂政は同時に頷いた。


「こうしてみれば…確かに、周辺包囲の位置からみても標的がハナズオ連合王国…チャイネンシス王国へ向かっているようにも考えられる。使者から新しく入ってきた報告と、先日の王子の話とも合致する。」

まさかハナズオ連合王国が標的側だったとは…。と呟きながらヴェスト摂政はローザ様への報告を新たに纏め始めた。


「しかも、セドリック第二王子の話ではわざわざ侵攻を直接宣告しに来るなど。」

どれほどの自信か、余裕か。…いや、ラジヤ帝国という名の威を借りたこその優越感からなるわざか。宣告ならば書状で足りるものをわざわざ直接訪れ侵攻を宣言するなど滅多にない。


「…まぁ、確かにこの三国相手ではハナズオ連合王国には抗う術はなかったでしょう。さらにラジヤ帝国が本気になれば攻め入る戦力はこの比ではありませんから。」

ハナズオ連合王国自体も決して弱小国ではない。コペランディ王国のみ、アラタ王国のみ、ラフレシアナ王国のみの侵略ならばそれなりに抗うこともできただろう。…だが、三国合わされば強大だ。

更にラジヤ帝国の統べる国は他にも多くある。侵略と奴隷。その力は強大だ。噂ではラジヤ帝国に侵略された国はその容赦ない制圧、強襲、侵攻の恐怖から気が狂い、正気を失う者が後をたたなかったという。その侵略規模を増してからは、今回のようにラジヤ帝国の本国自ら手を下さず、属州や植民地にした国を動かして他国を征服、侵略することも増えてきていた。…まるで、テーブルの前でチェスでも動かしているかのように。

膨大な軍事力と国力を誇るラジヤ帝国。

その牙を向けられた国は侵攻を防ぐことは愚か、まともに抗うこともできずに奴隷生産国として民を差し出すか、または地図からその名を消すしかなくなる。



我が国、フリージア王国を除いて。



「さて、…このペースでしたら問題なく二日後には同盟交渉を再開できそうですね。」

書類を一度紐で括りながらヴェスト摂政とステイル様に笑いかければ二人とも頷いて答えられた。私の言葉に反応しながらもペンは変わらず紙の上を走らされている。


「私も今日一日はしっかりとお手伝いさせて頂きます。…恐らく、明日からはまた別件で忙しくなりそうですから。」

「なんだ、ジルベール。急ぎの仕事があるならばそちらを優先しろ。アルバートも一人では忙しいだろう。」

ふいにヴェスト摂政が顔を上げる。ステイル様もちらりと目だけを私に覗かせた。いえいえ、そんなことは。と返しながら手を振ってみせる。宰相としての業務はあらかた片付いている。アルバートがこちらに助力をと言ってくれたのも本当だ。今日一日は、ヴェスト摂政の手伝いが最優先事項。ただし、


「私の計算が正しければ今日で〝十三日〟経ちます。万全の態勢で望むのならば、恐らくは明日辺りから…そろそろ、念の為にも王居の警備だけでは足りなくなりそうですから。」


私の言葉に、ヴェスト摂政は暫く動きを止めて目を閉じ、ステイル様が鋭く眼差しを私に向けて来られた。


今回関わる国は、我が国…正確には我が王都からかなり離れている国ばかりだ。

ハナズオ連合王国は馬で十日。

ラジヤ帝国は馬でも一カ月。


コペランディ王国は馬で十三日。


そしてハナズオ連合王国からコペランディ王国ならば馬でも二日程度の距離。…鳥を使い手紙を放てば、即日の距離だろう。

もし、セドリック第二王子の話が真実だとすれば。

もし、セドリック第二王子の出国が他国に漏れてでもしたら。


「用心のしすぎかもしれませんが、…仮にも相手の背後に控えるのは侵略国家のラジヤ帝国。念には念を入れたいと思いまして。」

一応、今日一日も門兵の確認も更に厳しくさせ、更には騎士団にも数人を借りている。何かあればどんな小さな事でもすぐに私の元へ報告と指示を仰ぐようにも言ってある。だが、一番可能性があるのは明日から。敵の懐まで入り、身体の疲労を整え、国の状況を把握した翌日からが最も効率的だ。


…まぁ、そう上手くいかせはしないが。


そう思いつつ、苦笑しながら二人に言葉を返せば「そうだな…」とヴェスト摂政が呟いて下さった。既に必要な許可はローザ様を含め、全員から頂いている。


「その通りですね、ジルベール宰相。敵が〝どこに〟潜んでいるかなどわかりませんから。」

頼りにしてます、とどこか含みのある口振りで笑むステイル様に私も笑顔で答える。恐らくヴェスト摂政の前でなければ「お前がその最たる者だったからな」とでも皮肉を言って下さっただろう。


「御安心下さい、ステイル様。それなりに、…敵の見分けはつくつもりですから。」

思わず声色が変われば、ステイル様の口元が静かに引き上がった。ヴェスト摂政も訝しむように眉を寄せた後、静かに「そうだな」と呟いた。


「この具合ならば、同盟交渉の再開より先に明日にはローザが正式に騎士団へ防衛戦の勅命を出すことになるだろう。」

とうとう御二人同時に書き綴る紙がなくなり始め、私が横の棚から新たな紙の束をそれぞれ置く。


「そうですね。防衛戦…となるとそれなりの数を出動させることになるでしょう。」

言葉を返しながら、更に役立ちそうな情報が書類に記されているのに気づき、ヴェスト摂政の紙の山にさらに一枚重ねた。


二日後、何事もなければハナズオ連合王国の潔白が証明され、同盟締結と援軍、更にはラジヤ帝国との和平の為に動き出すだろう。




…何事もなければ。




例え、実質動いてなくともラジヤ帝国の息がかかっている以上、油断はできない。


…まぁ、問題ない。

外道の考えそうなことはある程度予想がつく。

私が、その手が及ぶ前に全て対処すればそれで済むだけの話だ。その、全てを。


その夜、ヴェスト摂政の作業が一区切りついた頃。

とある国からの使者と書状が、私の懸念を












確証をもって裏付けることとなる。


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