201.非道王女は約束する。
セドリック第二王子が真実を母上に告白した翌日。
私達は未だ警備の為にそれぞれ部屋謹慎のままだった。…けど。
「レオン!ごめんなさい、城中落ち着かなかったでしょう?」
「やぁ、プライド。…いや、それは良いのだけど…一体どうしたんだい?」
レオンが、以前の宣言通り再び我が城へ訪問に来てくれた。流石に門兵も同盟国であるアネモネ王国の第一王子を追い返す訳にもいかず、母上からもレオンを迎える許可を貰えた。…もの凄い数の屈強な騎士達の護衛付きで。
客間で待っていてくれたレオンの周りには既に数人の四番隊の騎士達が囲んでいて、更にレオンが連れてきた護衛も含むと…パッと見、レオンがゴツい人達にカツアゲにあっているかのようだった。
レオンに私が話せる範囲で事情を簡単に説明すると、彼の翡翠色の目が丸くなった。
「…まさか第二王子が、そんな理由でフリージア王国に…。」
「ええ、…それで取り敢えず審議中で、それまでは厳戒体制で。ごめんなさい、もっと落ち着いて話せれば良かったのだけれど。」
本当にわざわざ足を伸ばしてくれたのに申し訳ない。こんな状態だし、きっと長居も難しいだろう。私が謝るとレオンは笑顔で「僕の方こそそんな忙しい時にごめん」と返してくれた。そのままゆったりと気を取り直すようにして私の背後についてくれた近衛兵のジャック、続けてエリック副隊長とアーサーに挨拶をしてくれた。
「あと、副隊長昇進おめでとうアーサー。先日プライドから聞いたよ。」
にっこりと心から嬉しそうに笑みを向けてくれたレオンにアーサーも少し恐縮したように「ありがとうございますっ…」と頭を下げた。そのまま「君は凄く優秀なんだね、プライドやティアラ、ステイル王子が自慢にするのもわかるよ」と言われ、目を逸らしたまま少し照れたように顔が赤らんだ。レオンのストレートな言葉は本当に破壊力すごい。
「あ…昇進といえば。」
ふと、レオンが思い出したように声を漏らした。はっ‼︎と私とエリック副隊長が殆ど同時に気がつき、顔を見合わせる。まずい‼︎
「プライドからのお祝」
「ッきゃあ‼︎きゃああああああああ‼︎」
レオンの言葉を遮るように訳の分からない奇声を上げて思わずレオンの口を両手で押さえる。むぐ⁈と短い声とともにレオンの目が再び丸くなった。
そのまま振り返ればアーサーが目をぱちぱちさせている。エリック副隊長が「王族同士の話ならば機密事項もあるでしょうし、自分達は部屋の外で待機しています」と早口で言って他の騎士達やアーサーを強引に引き摺って部屋から出て行ってくれた。扉を閉める直前に、何かあればすぐお呼び下さいと引き攣った笑みで言ってくれる。
バタン!と慌ただしい音と共に扉が閉められた。
「…ごめんなさい、レオン。ちょっと、色々あって…。」
そっとレオンの口から手を緩め、そのまま流れるように頬に手を添わせる。突然口から息を止めさせてしまったせいか、若干頬が赤くなってきている。
「い…いや、それは…っ。」
良いんだけど…と小さい声で、ぽつりとレオンが返事をしてくれる。ぱっちりと丸く開いたままの目が真っ直ぐに私に向けられていた。
「ええと…その、…実はアーサーへのお祝いは失敗しちゃって。」
失敗⁇と首を捻るレオンに、思わず苦笑いで答えてしまう。するとレオンが「食材に何か不備でも⁇」と心配し始めた。
「いえ、料理は上手くできたの。ただ〜…、……他の人に食べられちゃって。」
流石にセドリックとは言いにくい。頬を指先でかいて誤魔化すとレオンが不思議そうに小首を傾げた。
「第一王女の君の作ったものを…勝手に⁇そんな人がいるのかい⁇」
サーシス王国の第二王子です、とはとうとう言えない空気になってきた。レオンの言い方は明らかに心からの疑問、といった様子だった。それでも、私が敢えて言わないようにしていることを察して「じゃあまた食材を取り寄せたらすぐにまた送るね」と笑ってくれた。どうしよう、すっごく優しくて泣きたくなる。
「それより、…ちょうど誰もいないし確認したい事があるんだけど。」
部屋を見回し、レオンが少し声をおさえるようにして話題を変えてくれた。
「ちなみに…第二王子はまだここにいるのかい?」
若干、レオンの訝しむような表情に今度は私が首を傾げる。
「ええ、少なくともあと二日は滞在してもらう予定よ。…何か彼に用事でも?」
必要ならばセドリックも呼んで良いか母上に許可を得るけど、と続けるとレオンは「ううん、彼には」と言って滑らかな笑みを向けてくれた。
「僕が会いたかったのはプライドだけだから。」
…またものすごくストレートな言葉が飛んできた。
うっかり照れてしまい、隠すように笑って返すとレオンの笑みに段々と妖艶さが混じり始めた。そのままそっと、私の髪を撫でてくれる。
「第二王子には、何か失礼なことはされなかったかい?」
ぎくり。
まさか突然核心をついてきて、肩が上下する。伝言を預かってくれた時から、レオンはセドリックの言動の問題点には気づいていただろうし、もしかしたらこれまでの彼のやらかしもある程度予想がついていたのかもしれない。
思わず笑みが固まったまま返事に困る私に、レオンの笑みが次第に薄れていく。そのままそっと私に顔を近づけると顔が交差するように真横から耳元に口を近づけた。
「…何か、あったのかい…?」
静かに尋ねるその声が、若干深みを増していた。なんだろう…急に寒くなってきた。敢えてヒソヒソ話の為に耳元で囁かれたせいだろうか。
ええと…と口籠る私にレオンが顔を引き、今度は高身長のレオンが私を覗き込むようにして妖艶な眼差しが光った。
「何か、…されたの…?」
少し不安そうな、そしてどこか怪しい探るような眼差しに顔が火照り、目を逸らしてしまう。どうしよう、あまりセドリックの悪印象をアネモネ王国の第一王子であるレオンには言いたくはない。
プライド、と名を呼ばれ、観念してレオンの方に顔を上げると私を探る眼差しが段々と不安げに歪んでいた。
「大丈夫…?」
翡翠色の眼差しに、思わず目が離せなくなる。しまった、心配させてしまった。こんなに言い淀んでたらどちらにせよ何かあったと言っているようなものだ。
「大丈夫。最初は色々あったけど、今は大分落ち着いたから。心配かけてごめんなさい。」
そのままなんとか笑ってみせると、それに応えるように滑らかにレオンが笑ん
「…何かあったら、僕を仲介に呼んでって言ったのに。」
…笑みを、そのままに哀しそうな声を漏らした。気付けばその瞳にまた怪しい輝きと、息がつまるほどの色気が全身から醸し出されていた。
「プライド。…心配なんだ、君が。」
レオンから目が離せず、段々と色気に押されるように顔が火照る。そっと放心状態の私の手を優しく取ってくれた。
「…僕は、ずっと傍にはいられないから。」
きゅっ、と指先だけの力で握られたかと思えば、レオンの表情までもが哀しげに沈んだ。下唇を僅かに噛むようにして、じっと私を見つめてくれる。
「っ、…ごめんなさい、心配してくれたのに。でも、同盟国の第一王子であるレオンに仲介をさせる訳にもいかないし、それに」
「第一王子としてじゃないよ。僕らは〝盟友〟だろう?」
私の言葉を打ち消すように強めの言葉で言われ、言い訳をしようとした口が再び引き締まる。私が言葉を無くすと、レオンがはっとした表情で「ごめん」と謝ってくれた。…彼は全く悪くないのに。
暫く沈黙が続くと、一瞬レオンが息を飲む音がした。どうしたのかと思い、顔を上げると
さっきまでなかった強い意思を宿した瞳が、そこにあった。
思わず私が目を見開くと、レオンがいつもの滑らかな笑みで「プライド」と呼んでくれた。私が答えれば、彼はにっこりと優しく笑んだ。
「次からは、ちゃんと僕を頼ってくれる…?」
その笑みは、以前の儚さなど微塵も感じられなかった。彼の笑みに圧されるように私は何度も頷いてみせる。「え…ええ、勿論よ。」と答えるとレオンは心からほっとしたように柔らかく笑み、私に小指を差し出してくれた。
「じゃあ…約束。」
子どものように頬を綻ばせたレオンは、滑らかな笑みをそのままに小指をじっと差し出し、私からも差し出されるのを待ち続けた。
彼のしたいことを理解し、私からも自分の小指を絡めた。レオンの肌は私より白くて、絡めあうと余計にその差が際立った。
「…約束ね。」
彼と絡める指に少し力を込めながらちゃんと言葉にして約束する。
すると、自分から指を差し出してきたレオンの白い肌が段々と紅潮していった。もとが白い肌のせいで染まった頬がピンク色になる。絡めあった小指をじっと見つめたレオンの目が宝石のように輝いた。微笑む口元が優しく緩んでいる。
子どものような約束の仕方が照れくさいのか、頬をピンク色にしたままきゅっと結んだ指から、レオンは目を離さなかった。
私も釣られるように照れてしまって「どこで覚えたの?」と聞いてみたら「城下の子どもが教えてくれたんだ」と言ってはにかんだ。
「アネモネ王国をずっと胸を張って誇れるような良い国にすると。…こうして、あの子達とも約束したよ。」
そう語ってくれたレオンは思い出したように柔らかく綻んだ。
その笑みを見て、やっと身体の緊張がほぐれた。ほっとしてゆっくり結ぶ指の力を緩めたら自然にするりと指が解ける。レオンがまるで違和感を感じたように自分の小指を目前の位置まで上げて、くいくいと曲げて見つめていた。
「…………………約束。」
最後にそう呟いて小さく微笑むと、満足げにレオンは扉の方に向かって歩んだ。
「今日は見送りは大丈夫だよ。」
僕はまだ城に用事があるから、と一緒に扉から出ようとしたら敢えて片手で制され、断られてしまった。そのまま扉の前で待っていた従者や護衛達を連れて、近衛騎士達と入れ替わるようにして部屋から出て行ってしまった。すれ違い際にアーサーに「残念だったね」と声を掛け、ポンと肩を優しく叩いていた。…アーサーは訳がわからないように「はい…?」と首を捻っていたけれど。
「ええと…結局どんな話をされていたんですか?」
アーサーが説明を望むように目を丸くして私の目をじっと見た。私が苦笑いしながら「セドリックのことで、レオンにも心配かけちゃってたみたい」と答えると凄く納得したように大きく頷いた。
エリック副隊長もアーサーの背後で、なんとか誤魔化せたことに息をついてくれた。私がアーサーに気づかれないようにそっと彼の耳元で「ありがとう」と耳打ちしたら、急に顔が赤くなった。今更になって誤魔化そうとした時の緊張が戻ってきてしまったらしい。少し悪く思いながら、そのまま皆と一緒に部屋に戻った。
途中、レオンとすれ違ったけれど「ここで待たせて貰ってるだけだから」と客間に戻らず、騎士達に囲まれたまま廊下の真ん中に佇んでいた。…やっぱりカツアゲにあってるみたい。
ふと、思い出して自分の小指を見る。レオンと絡めた小指だ。指切りなんて今世で、しかもこの年ですることになるとは思わなかった。
『次からは、ちゃんと僕を頼ってくれる…?』
一年前、ステイルやアーサー、ティアラとも似たような約束をしたなと思う。……いや、それだけじゃない。確か、もっと前にも…あの人と。
その時の言葉を思い出し、しっかり自分の胸に留めた。
…約束したなら、ちゃんと守らないと。
こんなに私なんかに、頼らせてくれる人達が何人もいるのだから。
覚悟を新たに、改めて自室へと足を踏み出した。