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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
非道王女と同盟交渉
242/877

200.特殊話・悪戯王女は強請る。

二百話達成記念。本編と一応関係はありません。


IFストーリー。

〝もし、フリージア王国に日本式ハロウィン文化があったら〟


時間軸は〝暴虐王女と婚約者〟と〝非道王女と同盟交渉〟の間です。


「お姉様っ!今年は私達もハロウィンをしませんか⁈」


始まりはティアラの一言だった。

フリージア王国でのハロウィン祭りの数日前。朝食後、ステイルがヴェスト叔父様のところに向かった後。いつも通り私の部屋について来てくれたティアラが目を輝かせて提案した。


「ええと、…というと?」

ティアラのキラキラな眼差しを受けながら、私と近衛騎士のアラン隊長とエリック副隊長はそれぞれ首を傾げた。

毎年、ハロウィンの時期になると我が国では丸一日使ってお祭が行われている。国中がお祭モードだし、子どもは好きな仮装をしてバスケット片手にお菓子を集めに駆け回っている。仮装した子どもであれば「トリックオアトリート」の一言で誰でも出店の人からお菓子を貰える。一日でどれだけ集められるかが、子ども達の間では毎年競われているらしい。…といっても、民のお祭だし王族は提供くらいであまり楽しむことはない。もちろん、城下のお祭風景を見るのは好きだし、城の料理人もこの時の為にご馳走を色々用意してくれるから私もティアラも毎年楽しみにしているイベントではあるけど。


「この前、セフェクとケメトに聞いたら羨ましくなっちゃって!」

聞いた時からずっと!と声を上げるティアラに、思わず笑ってしまう。

確かに、お菓子やお祭が好きなティアラには羨ましいイベントだろう。私も前世では子どもの頃にお姫様の格好をしたりお菓子を貰ったりしたから気持ちはわかる。…まさか来世でリアルお姫様になるとは思わなかったけど。

でも、私達王族が民みたいに仮装して彼らに交ざる訳にもいかない。ある意味、もしやれば正体隠して人に交ざるという点ではハロウィンの根本に近くなるかもしれないけれど。


「だから、私もお姉様と仮装したりお菓子貰って歩きたいんですっ!」

両手を結んで私を見つめるティアラは完全に本気だ。私が「でも、お城から出る訳にもいかないし、民から貰った物を容易に食べるのも…」と返すとティアラがブンブンと首を振った。そのまま「大丈夫ですっ!」とにこにこ笑うティアラは、自信満々に小さな拳でその胸を叩いた。

「兄様やアーサーには秘密で驚かせちゃいましょう!」

そうして、ティアラの勢いに押されるまま私はその言葉に頷いた。


……


「おいアーサー!カラム‼︎これからプライド様のとこ行くんだろ?」


ハロウィン祭りの当日早朝。

城下の警備や見回りに向かうアラン隊長が、俺とカラム隊長に気がついて声を掛けてくれた。アラン隊長の隣にはエリック副隊長が何故か苦笑して並んでいる。アラン隊長も楽しそうに口元を引き上げて、そのま俺とカラム隊長に駆け寄ってきた。はい、そうですが…と俺が返すとアラン隊長はおもむろにポケットに手を突っ込んだ。


「んじゃさ、これやるよ。」

アラン隊長が団服のポケットから何かを掴み上げ、そのまま俺の手に握らせた。見れば、数個の小さな飴玉だ。カラム隊長の方を見ると、俺と同じようにエリック副隊長に飴玉を手渡されていた。…なんか、すげぇ懐かしい。ガキの頃はよく食ったけど、この年になってからは全然食ってない。


「え…っと、ありがとうございます…?」

「…これは、ハロウィンの菓子か…?」


二人から貰った菓子を手のひらに乗せたまま固まる俺とカラム隊長に、アラン隊長とエリック副隊長が意味ありげに笑う。…それ以上は、何故か教えてくれなかったけど。よく分からず、取り敢えず近衛に遅れねぇように二人に御礼を言って、カラム隊長と急いで演習場を後にした。


「…アラン隊長とエリック副隊長。なんで飴玉なんて持ってたんすかね…?」

「酒のつまみならともかく、アランが菓子を買うのなど見たことがないな。」

俺の疑問にカラム隊長が考えるように自分の前髪を指先で整えた。俺もエリック副隊長が菓子を持ち歩いているのなんて見たことがない。今までだってハロウィンのこの時期にアラン隊長やエリック副隊長には普通に会っていたけど、菓子を貰うのなんて初めてだった。ガキの頃は、近所や店の客に菓子を貰ったりもしたけど、…騎士団でこういうのは初めてだ。


「アーサーは、子どもの頃はハロウィンの祭に参加したことはあるのか?」

ふと俺と同じことを思い出したのか、カラム隊長が飴玉をポケットに入れながら俺に視線を投げた。そうですね…と返しながら、何となく昔のことを思い出す。

ガキの頃は、祭も結構好きだった。特にハロウィンは大人から菓子も貰えるし、母上の店には客もたくさん来るし、運が良ければ城下で警備に来ている父上にも会えた。母上は店で忙しくてあまり一緒に祭には行けなかったけど、土産に町の菓子を買ってきたら喜んでくれた。それに…。


「ならば、仮装とかも?」

「…まぁ、……〜……はい。」


カラム隊長相手にどうしても嘘がつけず頷くと、一気に昔のことを思い出して顔が熱くなる。口の中を噛んで堪えたけど、カラム隊長に気遣うように肩を叩かれた。


「…それは、何の仮装かは察して知るべきか?」

「〜〜〜っ…たぶん、…想像通りだと思います…っ。」


敢えて俺の方を見ずに前方へ顔を向けてくれているカラム隊長に、顔を逸らして思いっきり口を覆う。暫く沈黙になって、ちらっとカラム隊長の方を覗くと、小さく微笑まれた。…やっぱバレてる、すげぇ恥ずかしい。

…騎士の仮装。

白い服と布被っただけだし、全然違ったけど父上にそれを見せに行くのが好きだった。

思い出せば出すほど恥ずかしくなって、話を逸らす為に「カラム隊長はどうだったんすか…。」と聞くと、腕を組んだまま思い出すようにカラム隊長が空を見上げた。


「私は…ハロウィンの祭には参加しなかったな。」

厳しい家だったから、と続けるカラム隊長の言葉に、改めてこの人が良い家柄の人だったんだと思い出す。

「それを言えば、…私と比べるのも烏滸がましいが。王族の方々もあまりこういうのとは縁遠いだろう。」

そう言いながら、カラム隊長が俺の手の中の飴玉を指差す。王居に着く前にしまえと言われ、カラム隊長と同じようにポケットに突っ込む。

…確かに。今までもハロウィンの時期にプライド様やティアラ、ステイルが何かしているのは俺も見たことが無



「あっ!おはようございます、アーサー、カラム隊長っ‼︎」



…かったのに。

プライド様の部屋前に着いて、扉が開くのを待っていた時。先にティアラがプライド様の部屋前にやってきた。


何故か、頭に猫の耳を生やして。


「……ティアラ…様…⁇」

俺より先に、カラム隊長が目を丸くしてティアラに声をかける。そのまま「その格好は…?」と尋ねると、ティアラがバスケットを片手に楽しそうに笑って見せた。

「ハロウィンの仮装ですっ!お城の中だけでもハロウィン気分を味わいたくてっ!」

いかがですか?と俺達に背中を向けると、ドレスから白い尻尾が生えていた。侍女達に縫い付けて貰いました、と説明すると今度はバスケットの中からモフモフした白い手袋を取り出す。どうやら猫の肉球らしい。ドレスまで格好に合わせて白色だ。顔にヒゲも書きたかったけど、侍女達に駄目だと言われました。と少し残念そうに笑った。

お似合いです、とカラム隊長の言葉に俺も頷きながら…ふと、すげぇ扉の向こうが気になった。


「お姉様もそろそろ準備が整う頃だと思うのですけれど…。」

俺の心を読んだみてぇにティアラがプライド様の部屋の扉に目を向ける。そんなにお時間は掛からない筈なのですけれど…と呟くティアラの言葉に気づけば心臓がバクついた。「お姉様っ!アーサーとカラム隊長がいらっしゃってますよ!」とティアラが声を上げると、扉の向こうから「やっぱり無理!無理無理‼︎」とプライド様の悲鳴のような声が聞こえた。直後に専属侍女の人らの励ますような声まで扉から漏れ出た。プライド様にしては珍しく、その後も大分待たされてからやっと扉がゆっくり開かれた。




「…と、……トリックおあトリート…。」




真っ赤な顔を、覗かせて。


……


「…と、……トリックおあトリート…。」


ああああああ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい‼︎


必死に見かけだけでも落ち着き払いながら、ティアラと約束していた言葉をアーサー達に唱える。

そのまま扉が開かれ、火照った顔を隠しきれずに俯いて手の中のバスケットを握り締めた。ティアラがすかさず「可愛いですっ!」と嬉しそうに声を上げてくれたけど、アーサーとカラム隊長は反応に困ったように放心してる。駄目だ年甲斐もなくこんな格好しているなんて絶対ドン引かれてる‼︎

ティアラはわかる!可愛いし天使だし女神だし白猫さんとか可愛い過ぎるし凄く似合ってる‼︎でも悪役王女の私がこんな‼︎こんな‼︎


魔女の仮装とか恥ずかし過ぎる‼︎


前世でも仮装とかコスプレとかはあったし、見るのは好きだった。でも、子どもの時以外で自分が仮装をしたことなんてなかったのに!見る専だった私がまさかこんなところで仮装することになるなんて‼︎

仮装をしたいって言われた時は悩んだけど、ティアラのお願いだとどうしても断れなかった。あのキラキラの瞳でおねだりされて断れる人なんてきっとヴェスト叔父様くらいだ。

最初はティアラと色違いで黒猫の予定だったけど、それだけはティアラにお願いして魔女に妥協して貰った。ネコミミは私にはハードルが高過ぎる。

専属侍女のロッテとマリーに仮装を手伝ってもらった後も、あまりの自分の格好の恥ずかしさに部屋から出るのすら嫌だった。大丈夫です、お似合いですから!と言われても、紫ドレスに魔女の帽子とステッキだけでも充分過ぎるほど恥ずかしい‼︎もともと真紅の髪だの紫の瞳だので魔女の風貌なのに‼︎

もう、アーサーとカラム隊長に見られているという事実だけで視界がボヤけてぐるぐるする。ティアラが嬉しそうに私の手を引いてくれるけど、もうトリックオアトリート以外何を言えば良いかもわからず口に力が入らなかった。

あわあわしたまま、二人に目を向ければボヤけた視界の中で二人とも顔が真っ赤だった。ティアラの白猫さんにときめいてしまったのか、それとも仮装する第一王女自体が恥ずかし過ぎるのか…どちらにせよ、二人とも完全に固まってしまっている。

…でも、お陰で二人の反応に少し気持ちが落ち着いた。ただ、それでもなんとか口が動いたと思ったら「トリックオアトリート…」と壊れた玩具みたいにその言葉しか出てこなかった。すると、ティアラが応戦するように「トリックオアトリートですっ!」と続いてくれた。

何度か瞬きした後に、目だけでアーサーとカラム隊長を見上げる。恐る恐るティアラと一緒にバスケットを差し出せば、顔を真っ赤にした二人が慌てた様子でポケットを探り始めた。「こ、これで宜しいでしょうか…⁈」「あ…飴、ですけど…!」とカラム隊長とアーサーがそれぞれ私とティアラのバスケットに一個ずつ飴をいれてくれた。ポトリ、と空っぽだったバスケットに飴が二個転がった。


「ありがとうございますっ!」

「ありがとうございます…。」

嬉しそうに声を弾ませるティアラに続き、私も御礼を返す。やりましたねっ!とティアラは既に嬉しそうだ。…私は死にそうだけど。


「お姉様と一緒に今日はお城の中でハロウィンをして回るんですっ!」

朝食の後は兄様とヴェスト叔父様のところですっ!とティアラは依然としてやる気満々だ。ちなみに本人の目標はバスケットをいっぱいにすることらしい。それは楽しみですね、と気を取り直してくれたらしいカラム隊長がティアラに笑い掛けてくれる。


「…ええと、アーサー…。」

カラム隊長とティアラが話を弾ませている間にこっそりアーサーに歩み寄る。やはりこの格好の私はドン引きなのか、それだけでアーサーの肩がビクッと揺れた。

「…ごめんなさい、やっぱり恥ずかしいわよね…。」

この格好…。と、必死に私はちゃんと似合ってないことは自覚してますとアーサーに訴える。せめてそれだけでもわかって貰えないと可愛い妹の仮装に乗った痛々しい人だと思われてしまう。


「ッいや‼︎そんなことないっす‼︎その!ぜ、全然‼︎そんなんじゃ!か、可愛、えと、と、とととととにかく…っ。」

必死にフォローしようとアーサーが声を荒げてくれる。途中から言葉が出ないように口をパクパクとさせ、やはり上手くフォローの言葉が思いつかないのか、また顔が更に赤らんだ後に絞り出すように再び言葉が放たれた。


「…〜っ、お似合い、…だと思います…。」

最後に目を逸らしたアーサーが、口元を手の甲で押さえたまま小声で言ってくれた。…本当に優しい。

「あ…ありがとう…。」

改めて御礼を返すと、何故かまた恥ずかしくなってしまい、私まで俯いてしまう。もう、アーサーの前にこの格好で立っていることだけで恥ずかしいのに、褒めて貰えると余計に顔が熱くなる。


「兄様にお見せするのも楽しみですねっ!」


では朝食に行きましょっ、とティアラが改めて私の手を引いてくれる。恥ずかしくて身体が硬直して動かなかったから正直引っ張って貰えて助かった。

ステイルはハロウィンのお祭りの為に今日は早朝からヴェスト叔父様に付いて我が城や国の来訪者への対応や書状について教わっている。朝食をこの格好で頂くことも正直恥ずかしいけど、どうにか考えないようにする。


ステイル…どうか、どうかあの絶対零度の反応だけはされませんように。


……


「おや、ステイル様。…まだ今朝はプライド様にお会いしていないのですか?」


ヴェスト叔父様が各国の書状の返事を書き終えた時、ジルベールが報告書を片手に部屋に入ってきた。俺の顔を見るなり、どこか意味ありげに笑む。朝からまだプライドに会えていないというのに、ジルベールにそれを指摘されると腹が立つ。


「…ええ、残念ながら。」

短く返しながら睨んでやると、ジルベールがにっこりと笑い「そうですか」と言葉を返してきた。そのまま何事もなかったかのように、書類と別に片手に抱えていた包みをテーブルの上に置く。


「実は偶然、街で流行りの菓子が数種類手に入りまして。…余り物で恐縮ですが、宜しければお好きに。」

毒味は済ませておりますので御安心を、と続けるジルベールは報告書をヴェスト叔父様に提出すると足早に去ってしまった。

テーブルに並べられた菓子の包みを見た途端、俺も子どもの頃は母さんや近所の友人と城下の祭に行ったものだと思い出す。

母さんが仮装の衣装も縫ってくれて、菓子も焼いてくれた。正直、仮装には興味はなかったが母さんが俺の為に用意してくれたと思うと嬉しくて仕方がなかった。…毎年焼いてくれたカボチャのパイは、年に一度の楽しみだったと今更ながらに思い出す。


「…ジルベールは、こんなに大量の菓子を何故…⁇」

ヴェスト叔父様が、ジルベールからの報告書に目を通しながら菓子の山に眉を寄せた。どう考えても俺とヴェスト叔父様だけですら食べ切れる量ではない。妻のマリアに買ったのか、それとも一歳のステラにか。

…まぁ、どちらにせよ、この国の宰相がハロウィンごときではしゃぎ過ぎだと一言言ってやりた


コンコンッ。


突然、扉からノックの音が聞こえた。俺とヴェスト叔父様が同時に返事をすると、衛兵によって扉が開けられる。


「トリックオアトリート!兄様っ!ヴェスト叔父様‼︎」

「…と、トリックオアトリート…です。」




…魔女が、猫に手を引かれて部屋に飛び込んできた。


……


「トリックオアトリート!兄様っ!ヴェスト叔父様‼︎」

「…と、トリックオアトリート…です。」


…逃げたい。

でも、完全にテンションカンスト状態のティアラには敵わない。

朝食後、ヴェスト叔父様の部屋にいく前には既に私とティアラのバスケットの中身は半分以上いっぱいになっていた。すれ違う侍女や衛兵、しまいには上層部の方々にも「トリックオアトリート」と言ってお菓子おねだり連打を繰り返していたのだから。

正直、ハロウィンだからってそんなに都合よくお菓子なんて持っているとは思えず心配だった。このままじゃ、まさかの城中の人に〝悪戯〟しまくり不可避ではと思った。…けど、何故か皆お菓子を持ってくれていた。流石に衛兵まで持っていたのが不思議で首をひねるとティアラが悪戯っぽく「ジルベール宰相が協力して下さったんですっ!」と笑っていた。流石ジルベール宰相。

さっきもそこでジルベール宰相に会った時に、トリックオアトリートと言ったら凄い愛しむような表情で微笑まれた。「とてもお似合いですよ」と言われ、片腕に抱えたお菓子をまるっと一袋ずつ渡してくれた。

話によると、仮装グッズもティアラがジルベール宰相にお願いして取り寄せて貰ったらしい。御礼を言ったら「マリアも選ぶのを手伝ってくれまして」と話してくれた。まぁ、選んだ後は別の業者にまとめて発注したらしいけど。

ジルベール宰相がマリアと一緒に子ども用の仮装グッズを選んでくれているの、想像するだけで凄く微笑ましい。

この後、ヴェスト叔父様のところに行くとティアラが言ったら、ジルベール宰相は若干苦笑いして「御武運を」と言ってくれた。…うん、言いたい事はわかる。私もティアラに言ったけど、やる気満々の彼女を止めることはできなかった。

そして…




「プライド、ティアラ。…ちょっと此方に座りなさい。」




…やはり、ヴェスト叔父様は容赦なかった。

城内とはいえ年頃の王女が仮装して菓子を強請るなど、城内の人間も祭りで忙しいというのにと。「特にプライド、お前はもう十六歳の成人なのだぞ」と言われて、ぐうの音も出なくなる。

三十分程お説教を受けた後、今日午後までは目を瞑るが今後は自粛するようにと釘を刺された。…仮装したまま近衛騎士やステイルの前でお説教されるのが凄く恥ずかしかった。カラム隊長とアーサーも少し居心地悪そうだ。

申し訳ありませんでした、と謝った後にヴェスト叔父様が「どうせこの菓子もジルベールがお前達にと用意したものだろう」と言って溜息混じりにテーブルへ置かれた菓子を一袋ずつ渡してくれた。流石のティアラもヴェスト叔父様に怒られて、一気に沈んでしまっていた。頭の猫耳が心なしか萎れているようにも見える。


「…ステイル、休息時間を早めよう。午後までは二人に付いていてあげなさい。」

午後からは忙しくなるからな。と言われ、ステイルが上擦った声で返答した。…ヴェスト叔父様に怒られた姉妹が恥ずかしいのか、ティアラの白猫さんにときめいたのか顔が真っ赤だ。固まっているステイルに、ヴェスト叔父様が別のお菓子の袋を三個持たせると「トリックオアトリートなのだろう、お前からも二人に渡してやりなさい」と告げた。たぶん三袋の内、一袋はステイルの分だろう。

そのままステイルが私達にお菓子を渡す前に、ヴェスト叔父様の手によって部屋から追い出されてしまう。


「なんか…ごめんなさい、ステイル。貴方まで巻き込んじゃって。」

バタン、と扉を閉められた後に謝ると、ティアラも一緒にステイルに謝っていた。頭を下げた拍子に猫耳が垂れて可愛いらしい。


「い、いえとんでも!とてもお似合いですし、二人が城下の民を羨ましく思う気持ちもわかります!俺も、その、子どもの頃はっ…!」

慌てた様子でステイルが早口でフォローしてくれる。子どもの頃、って確実に我が家に養子にくる七歳以下の頃だろうけど。…うん、優しさだけは身に沁みて受け取っておこう。

そのままステイルが抱えた菓子の袋を一つずつ私とティアラに手渡してくれた。バスケットの中に入れながら御礼を言うと、私と目が合ったステイルが唇をきゅっと結び、何故か目を逸らした。…やはり、姉のこの姿は恥ずかしいらしい。


「では、あとは何処に行きましょうか…?」

やはりヴェスト叔父様に怒られてかなり落ち着いてしまったらしい。そっと、ティアラが私達の顔色を窺うようにして声を掛けてくれた。

城内…ここに来るまでに大体の人にはお菓子を貰ったし、残るはー…

「騎士団演習場、とか…?」


「ッいえ!それは思い止まった方が良いかと‼︎」

「絶対すげぇ騒ぎになるんで‼︎‼︎」


まさかの、凄い勢いでカラム隊長とアーサーに待ったを掛けられてしまった。振り返ればカラム隊長はもう火照りが大分落ち着いていたけど、アーサーはまた顔が真っ赤だった。まさか熱でもー…いや。アーサーに限ってそれは有り得ないか。


「確かに、…俺も止めておいた方が良いかと思います。王族が騎士達にこの格好を見せるのもですが、…。…その、…騎士団長もいらっしゃいますし…。」


あ。

騎士団長、という言葉に思わず私は姿勢を正す。確かに、騎士団長にこの格好を見られたら絶対溜息と同時に怒られる‼︎ヴェスト叔父様に怒られた後なのに騎士団長にまで怒られたら流石にメンタルが死んでしまう!通りでアーサーやカラム隊長が待ったをかけた訳だ。

ティアラも気づいたらしく「確かにそうですねっ…!」と呟くと何度も頷いた。どうやらティアラももう怒られるのは回避したいらしい。それを見たアーサーとカラム隊長が明らかにほっとしたように息を吐いた。

「なら後は…」と私が料理人達に挨拶に行こうかと提案しようとした時だった。「プライド様!」とパタパタと少し急いだ様子の足音と一緒に衛兵が駆けてきてくれた。

返事をすると少し言いにくそうに一度口を噤んだ後、改めて報告をしてくれた。


「実は、今しがた…」


……


「…ったく、なんでよりによって祭の日なんざに帰ってこねぇといけねぇんだ。」


舌打ちを繰り返しながら、いつものように客間の床で足を崩す彼は面倒そうに息を吐く。するとすかさずその両脇でケメトとセフェクが彼の裾や肩を交互に掴んだ。


「よりによってじゃなくて、お祭の日だから!でしょう⁈」

「ヴァル、僕あとで出店に行ってみたいです!すごくキラキラしたお菓子が…」

「あっ!ずるいケメト!私もあのお菓子欲しい!あと、隣のボール投げて当てるのと」

「!僕も‼︎僕もそのゲームもやりたいです!あと、ここに来る途中のお肉の…」

だああああああああうるせぇッ‼︎とヴァルが吠えるような大声を上げた。「主に金貰ったら全部片っ端から行きゃあ良いだろうが‼︎ぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねぇ!」と怒鳴る彼は、どうやら二人に付き合うつもりはあるらしい。

三人の様子を微笑ましく見ていると、ヴァルの鋭い眼差しが今度は僕にギロリと向けられた。


「…なに笑ってやがる、レオン。」

「いや、楽しそうだなぁって。僕はフリージア王国のハロウィンは初めてなのだけど、ヴァル達もなのかい?」


三人とも確かフリージア王国の人間だと聞いたけど、と言うとヴァルが溜息混じりに頭をガシガシと掻いた。


「金もねぇのに祭なんざ楽しめる訳ねぇだろ。」

彼のその反応に、配達人になる前はあまり収入も安定しなかったのかなと考える。

すると、セフェクとケメトが再び「今は好きなのを買っても良いんでしょ⁈」「おっ…オモチャも買えますか⁈」とヴァルにしがみついてきた。目を輝かせて強請る彼らにヴァルも「買ってやるから黙ってろ‼︎」と声を荒げる。

王族の僕やプライド達には叶わないけれど、こうして年中行事やイベントを国ごとで楽しめるのは良いことだなと思う。僕の国でもハロウィンの祭を取り入れるのも良いかもしれない。貿易で様々な国に赴けば時折こうして諸国の祭に遭遇するけれど、どれもいつ見ても飽きなかった。

具体的にどうすれば我が国にもこの祭を取り入れられるかと考える。導入としては、祭が難しいなら最初はハロウィンパーティーとかも良いかもしれない。それなら規模も小さく済むし、どのようなイベントかも体感してもらうことで伝わりやすい。そのまま頭の中で具体案を考え始めた時だった。


「無理!無理無理無理‼︎やっぱり私っ…」

「大丈夫ですよお姉様っ!ケメトとセフェクもきっと褒めてくれますっ!」


いやああぁぁ…と悲鳴のような声と共にノックが鳴り、扉が開かれた。ケメトとセフェクが不思議そうに首を傾げ、ヴァルが片眉を上げて目だけを扉に向ける。するとそこには



…予想外の光景が、広がっていた。


……


「いやああぁぁ…‼︎無理、やっぱり無理ですっ…‼︎」


恥ずかし過ぎて、思わずステイルとアーサーの背後に掴まってしまう。私より背の高い二人の背後に身体を丸めて隠れる。二人が「あっ…姉君⁈」「ぷっ…プライド様⁈その、近っ…」と何やら驚いたように声を上げるけどそれどころじゃない。

すっっごく恥ずかしい‼︎私の傍ではバスケットを代わりに持ってくれたカラム隊長が「大丈夫ですか…⁈」と声をかけてくれた。申し訳ないけど返事する気力もない。


衛兵からの報告は、まさかのレオンとヴァルが二人揃って城に来たという連絡だった。

多分またアネモネ王国に寄り道したヴァルに、レオンがそのまま付いてきたのだろう。以前レオンが訪問に来てくれた時もハロウィンの祭が気になるって話していたし‼︎でも!でもなんでこのタイミングで‼︎

ティアラは、ケメトとセフェクが来ていると聞いてすごく喜んでいたけど、私は完全に血の気が引いた。仮装ではしゃいでいる元婚約者や雇い主とか絶対見せて良いものじゃない!

でも、そのままキラキラした瞳のティアラに引かれるように二人のいる客間まで来てしまった。


…恥ずかし過ぎて、顔がまた熱くなってきた。

扉が開いてティアラがレオン達に挨拶をしてくれている間も、私はアーサーとステイルの背後から離れられなかった。

部屋の中から「主も仮装してるんですかっ⁈」「見たい見たいっ!」と弾むケメトとセフェクの声が聞こえる。恥ずかしくてアーサーとステイルの服を掴む手に力を入れて顔を隠すようにくっつくと、何度か振り向いてくれた二人の動きが完全に止まった。

私の意を汲んで壁になってくれたのかもしれない。とうとう小さな足音が部屋の中から近づいてきて「主!」「その帽子可愛いですっ!」とすぐ傍で声が聞こえた。褒めてくれるのは嬉しいけれど、恥ずかしくて顔が上げられない。この状態でどう逃げるべきか考えた時、ふと帽子が宙に浮く感覚がした。驚きのあまり顔を上げて振り返ると



怪訝な顔で私を見下ろすヴァルとバッチリ目が合った。



「〜〜〜っっ‼︎」

ッ一体いつの間に⁈

アーサーとステイルの背後で小さくなっていた私を見下ろすようにして、ヴァルは指先で私の魔女の帽子の先を軽く摘み上げていた。私が顔を上げたことで、ケメトとセフェクが嬉しそうに「可愛い!」「本当の魔法使いみたいですっ!」と言ってくれる。

恥ずかしさで顔が熱くなったまま、口をひき結んだまま完全に硬直する私に、ヴァルは目を丸くして口をあんぐり開けたまま何もいわない。

嫌な沈黙の後、今度は部屋の中から「…プライド?」とレオンの声が聞こえてくる。私がいつまで経っても部屋に入らないから気にしてくれたようだ。レオンの足音らしき音が聞こえてくる。ヴァルが摘まみ上げた帽子を慌てて奪い返し、自分の顔を隠すように深く被る。


「…プライド…かい?」


帽子を押さえたまま俯く私に、レオンが恐る恐る声をかけてくれる。「はい…」と小さく返すと、言葉を選ぶように「…そのステッキ、可愛いね」と言ってくれた。…子ども扱いされた気がして何やら余計に恥ずかしくなる。

第一王子相手にいつまでも固まる訳にもいかず、お礼を言いながら顔を上げると


すっごい妖艶な笑みが向けられていた。


「〜〜っ…。」

破顔に近いその笑みを、ずっと俯いたまま向けられていたのかと思うと余計恥ずかしくなる。私だけじゃない、妖艶な笑みを一緒に直撃したセフェクも今だけは少し顔が赤い。いつもはレオンに敵対心いっぱいのセフェクも今だけはレオンの色香にあてられているらしい。


「…さっき、ティアラから聞いたよ。ハロウィンの催しだろう?城内だけだし、そんなに小さくなることはないよ。…そうだ、突然訪問して悪かったね。実は我が国に来てくれて、今日がハロウィン祭りの日だったから一緒に…」

うわああああレオン優しい‼︎見事に意を汲んでくれた!話題まで逸らしてくれるサービス付き‼︎さっきの妖艶な笑みに怯みながら見返すと、すでにいつもの滑らかな笑みだけだった。すごい普通の対応が助かる!

そのままレオンが「取り敢えず立ち話も悪いし、客間に入ろうか?」と言ってくれ、なんとかリードして貰う形で客間にやっと入った。ステイルとアーサーも私の傍で誘導してくれて、お陰でなんとか顔の火照りが止んだ。私の背後をカラム隊長、レオン、そしてヴァルがケメトとセフェクに手を引かれる形で中に入った。

バタン。と扉が閉められてから、ティアラが恥ずかしさで死にかけている私を見かねてか、自分の提案で私が仮装に付き合ってくれたのだと皆に説明してくれた。妹にフォローして貰う自分がすごい情けない。

ティアラの言葉にレオンが「そうなんだ」と笑み、ステイルが「ティアラ、何でも我儘で姉君を困らせるな」と一言添えてくれた。


その後、ヴァルから書状の受け渡しと、レオンと我が国のハロウィン行事について説明をしてからやっと落ち着いた。

ティアラの方を見れば、セフェクとケメトにバスケットの中身をテーブルに広げて「食べたいお菓子はありますかっ⁈」と満面の笑顔でお菓子を二人に分けてあげていた。

一気にその光景に和んでしまい、ほっと息をつく。そのまま侍女達がお茶を淹れて来てくれて、私とティアラが貰ったお菓子で軽いティーパーティーだ。

普段お城で食べる機会のないお菓子が多くあって、どれもすごく美味しかった。こんなに食べられるならハロウィンも良いかもと本気で思ってしまう。

午後も近づいて、そろそろステイルも戻らないといけないしお開きかなと思った時。レオンからも「そろそろ僕は失礼しようかな」と見計らったように声が上がった。


「僕は馬車で帰るだけだけど、ケメトとセフェクはこれからヴァルとお祭りに行くらしいから。」

出店に遅れたら困るからね、と二人に笑いかけるレオンに、ヴァルが「余計なこと言うんじゃねぇッ‼︎」と歯を剥いた。

すると、ティアラがバスケット二個分のお菓子をケメトとセフェクの分と私達の分とで分けながら「あっ!そうです‼︎」と何かを思い出したように声を上げた。

そのままその場から立ち上がると、ティアラは空になったバスケットを



「トリックオアトリートですっ!」



…ヴァルに突き出した。

まさかの。

ヴァルが眉を寄せて「あー?」と生返事をすると「他の皆さんにも頂いてるのでっ!」と満面の笑みで言いきった。


「…俺が菓子なんざを持ち歩いているように見えるか?王女サマが。」

若干機嫌悪そうに答えるヴァルが、そのまま「何故レオンには強請らねぇ」と返すと「レオン王子には食材でいつもお世話になってますからっ!」と間髪言わず言い返されてしまった。

その直後、さっきまでわりと大人しかったヴァルから機嫌最悪の空気が漂ってきた。当然ながらヴァルがお菓子を持ってるとは思えない。舌打ちが繰り返され、短く「ねぇな」と返すとティアラが迷いなく笑顔を彼に返した。


「じゃあ悪戯ですねっ!」


そのまま私の方にまで笑いかける。待って妹‼︎そんな容赦ない‼︎

流石にステイルやアーサーもティアラが何をするつもりなのかと目を丸くして二人を見比べた。まさかこの強面のヴァル相手にあんな罰ゲーム…じゃなくて!悪戯をするつもりなのだろうかとヒヤヒヤする。皆が緊張状態の中、ティアラは自分の頭に手を伸ばし


猫耳のカチューシャを、セフェクの頭につけた。


そっと優しく乗せられたそれに、セフェクが目を丸くする。ぱちぱちと瞬きして「えっ?えっ⁈」とわからないように声を上げていた。


「ヴァルがお菓子をくれなかったので、お二人に悪戯ですっ!これを着けてこの後のお祭りを楽しんできて下さいねっ!」

このバスケットも是非使ってくださいっ!とそのまま二人の分のお菓子を詰めたバスケットをセフェクに押しやるように手渡した。

目がもともと鋭いセフェクは、ティアラの猫耳がよく似合ってる。そのまま猫の手袋もティアラがセフェクに着けてあげていた。もともと手が小さいティアラの手袋はセフェクの手にも合った。ケメトが隣で「セフェク、可愛いですっ!」と目をきらきらして声を上げた。私はそれを見て


すっごく、納得した。


「そうね、じゃあ私の分も悪戯かしら。」

ティアラがどうしたかったのかわかり、私も便乗してケメトに歩み寄る。帽子を外し、ケメトの頭に乗せて、バスケットと一緒にステッキも手渡した。まさか自分まで貰えると思わなかったのか、ケメトが頭の帽子を押さえたまま目を丸くして私を見上げた。

「私達は城下に行けないけれど、その分二人が楽しんできてくれたら嬉しいわ。」

そう言って帽子越しにケメトの頭を撫でると、ぱっとその目が再び輝いた。


「「ありがとうございますっ‼︎」」


二人が同時にお礼を言ってくれて、すごく嬉しくなる。

…たぶん、ティアラは最初から二人にこれをしてあげたくてハロウィンをしたいと言い出したのだろう。

ハロウィンについても二人から聞いたと話していたし、これなら二人に遠慮なく渡してあげることができる。ドレスから猫の尻尾だけを生やしたティアラが照れたように笑っていて、愛しくてそのまま私から頭を撫でてしまう。

それを見たステイルも、すごく納得したように腕を組んでゆっくりと頷き、アーサーやカラム隊長も口を開けて頷いていた。レオンも、ケメトとセフェクのはしゃぐ様子に嬉しそうだ。

…ヴァルだけは若干苦そうな表情だったけど。まぁ、彼のことだから王族であるティアラに恩を作った気がして嫌なのだろう。

断固礼はいわねぇぞと言わんばかりに、ティアラと私を睨みながらセフェクとケメトに「行くぞ」と声を掛けていた。

二人ともバスケットを片手に返事をしながら「見て見て!私っネコ!ネコ‼︎」「僕は魔法使いです!ステッキも貰いました‼︎」と声を上げてヴァルに駆け寄っていた。見りゃあわかる、と面倒そうに返すヴァルが、二人の手を引きながらダンダンと足を踏みならして進んだ。その背後をレオンが「じゃあ僕も、これで。」とヴァルを追いかけるようにして去っていった。


バタン。

扉が閉められる音と同時に、こうして短いハロウィンが終わった。


……


「…残念かい?」


べらべらと飽きずに騒ぎ続けるセフェクとケメトを引きずりながら、早足で城門に向かう。途中で背後から声を掛けられ、意味がわからず「アァ⁈」と唸って返した。

振り向けば俺の後を付いてきていたレオンが、いつもの生温い笑顔を向けてきやがった。


「悪戯。…君へだったら良かったのにね。」

「…アァ?俺が命令でもねぇのに、ンなもんを受けてやる訳ねぇだろ。」

あの王女サマに。と言えば、すかさず「じゃあプライドは?」と返してきやがった。めんどくせぇ。無視をすればそのまま勝手に納得したみてぇに「そっかぁ…」と軽く流すように呟いて黙り込む。話が終わったと思って舌打ちで返した途端


「……ふっ。」


うぜぇ含み笑いが、耳に擦れた。

「…なに笑ってやがる。気味わりぃ。」

見れば、レオンが口元を押さえたまま肩を震わせていた。俯いて表情は見えねぇが、大体想像はつく。「いや、ごめん。…」と全く悪いと思ってねぇ声で返されると、舌の根も乾かねぇ内にまた気味のわりぃ笑い声が連続して漏れてきた。頭でもイカれたかと思ってみれば、天気でも確かめるみてぇに空を仰いでいた。そのまま溜息混じりの独り言が宙に浮かぶ。


「…プライド。可愛かったなぁ……。」


あんなに照れて、顔を真っ赤にして。と続けるレオンが完全に顔を緩めてやがる。若干火照らせていたレオンの顔を手で追い払う。気味のわりぃ顔すんじゃねぇと言ったが、口だけで謝って全く堪える様子もねぇ。うんざりと唸れば、今度はレオンの方から俺を覗き込んできた。


「ヴァルも、そう思っただろう?」

「……テメェらと同じにすんな。」

もう黙れ、と腑抜けたツラを睨む。すんなり引くレオンが、それでも俺の後をついてきやがる。


…客間で、猫の仮装した王女が入ってきた時。

ケメトとセフェクは、王女から話を聞いてすぐに王子と騎士のガキの背後に隠れる主の方へと駆けていった。

見れば、主にくっつかれた王子も騎士のガキも顔を真っ赤にして固まってやがった。時々主の方を振り向いたかと思えば、すぐに前に向き直って更に顔が赤くなる。相変わらずわかりやすいガキ共だと、正直呆れた。

王女の仮装を見てもガキのお遊びレベルだ、大したことはねぇ。

固まった騎士のガキと王子の背後に回り込めば、予想通りの色気も何もねぇ、魔女の帽子と杖だけだった。ガキ共の背中に小さくなる主の帽子を摘み上げ、からかってやろうと顔を覗いてみりゃあ…、……。


「………………。」


「…ヴァル。…暑い、ですか⁇もしかして風邪とか…」

いきなり声を掛けられ、見れば俺の手を掴むケメトがこっちを見上げていた。急に手が熱くなったから、と続けるケメトの次はセフェクが「熱ならもう寝なきゃ!」といらねぇ世話を焼いてきやがる。


「…なんでもねぇ。」

クソ、また思考が止まった。

あの時も主の情けねぇツラを見たら、呆れたせいか頭が吹っ飛びやがった。

嫌な気配がして振り向けば、レオンがまた生温い笑みを俺に向けてやがった。殴れねぇのに腹が立つ。


「…さっさと出店行くぞ。」


城門を抜けると、じゃあ楽しんでとレオンが手を振ってきた。舌打ちで返したが、どうせ変わらずあのニヤ笑いのままだろう。


「…俺以外が菓子持ってなかったらどうするつもりだったんだ、あの王女は。」

王女といい、主といい、王子といい、レオンといい、…王族は、本当に厄介な連中しかいねぇとつくづく思った。


……


「へぇ〜、プライド様の魔女。そんなにお似合いだったかぁ。エリック、見れなくて残念だったな。」


俺らの時にはもう仮装してなかったもんな、とアランが慰めるようにエリックの肩を叩いた。

夜が更け、アランの部屋に集まった近衛騎士とステイルがグラスを片手に語らっていた。

ええ、まぁ。と返すエリックは、苦笑いしながらアランに頷く。見れなかったのは残念だが、見たら見たで自分の心臓がもたなかった気もする為、エリックとしては肩を落とすほどでもない。


「…でも、数日前にプライド様やティアラ様と一緒にハロウィン仮装の話に交ざれたのは楽しかったので。ティアラ様にねだられて魔女の仮装を決めるプライド様、とっても可愛かったですから。」

にこにこと、その時のことを思い出して気付けば頬が緩む。猫の仮装を色違いでと言われて慌てたり照れたプライドを知っているのは、この場ではアランとエリックだけだった。


「アラン隊長こそ、残念じゃなかったんですか?」

近衛の番を午後で交代した時も、プライド様が仮装してなかったのに随分あっさりとしてましたけれど。と続けるエリックに、アランはけろり、とした表情で首を捻った。


「いや?俺は近衛でプライド様に半日会えれば充分だし。仮装っていっても帽子とステッキだろ?そりゃすっげぇお似合いだとは思うけどさ。」

別にそんなに。と軽く言い切るアランに、隣でグラスを傾けるカラムは「相変わらず極端な…」と呆れるように呟いた。

カラムにとっても、確かにプライドの格好はとても可愛らしく、何よりティアラと並びながら照れた姿は女の子らしさが際立っていた。が、落ち着いて見れば帽子とステッキのみ。そう思えば、その後は妹のティアラに付き添って仮装して歩く姿はカラムの目にはひたすら微笑ましいだけだった。


「…すっっっげぇ…お似合いでした…。」


はぁ…と溜息をつくようにアランの言葉に返すのはアーサーだ。隣のステイルと殆ど同じタイミングでグラスを傾け、小さく俯く顔は既に赤い。そのまま「なぁ?」とステイルに問えば、無言で頷きが返ってきた。


「姉君が…仮装など、驚きましたが…。」

一言ひとこと溢すように呟くステイルに、騎士達が微笑む。思い出したせいかステイルの顔も次第に紅潮していた。

アーサーもステイルも、結局プライドが帽子をケメトに譲るまで、プライドのあの姿に慣れることはなかった。

今まで一度も見たことのない、子どもっぽいプライドの装いや、何度も照れて頬を染める姿は何度視界に入っても心臓に悪かった。

さらにはレオン達の前では、自分達の背後にくっついてしがみついてくるから余計に動悸が激しく身体を叩いた。振り向けば、至近距離でプライドが縋るように顔を真っ赤にして瞳を潤ませるから思考が完全に停止した。

ヴァルやレオンが自分達の横を通り過ぎても、プライドに強く握られた背中の感覚にまるで自分の心臓が鷲掴まれたようで、完全に動きを奪われてしまった。

長くプライドを見てきた二人だからこそ、まるで子どものようなプライドの風貌や振る舞いはひたすら可愛く、幼く写った。

「……心臓に悪かった。」

ぼそっ、と口の中だけで呟けば隣で聞こえたアーサーがこくり、と大きく頷いた。


「飴をくれたのも、アラン隊長とエリック副隊長は知ってたからなんすね…。」

ありがとうございました、と頭を下げるアーサーにアランは笑って手を振る。


「いや〜、ティアラ様がお菓子くれなかった人には悪戯って言ってたからさぁ。流石に知っててお前ら放っとくのもわりぃし。」

「自分達の身を守る為にも買っておいて正解でしたねぇ。」

「?…そういえばティアラ様とプライド様は、もし菓子を持ってなかったらどうするつもりだったんだ。」

ふと、カラムがグラスの中身で喉を潤した後に首を捻った。

結局ティアラが悪戯をした相手はヴァル…というよりセフェクとケメトだけだった。

カラムの疑問に、アランは不思議そうに目を丸くする。エリックはすぐに察したらしく、楽しそうに口元を綻ばせながら顔を上げた。


「?お前ら、見たんだろ⁇」

「その、セフェクとケメトにやったことをそのままにですよ。」


二人の言葉に、三人は殆ど同時に喉を鳴らした。まさか…と嫌な予感に視線だけで説明をアラン達に促すと、とうとうアランも気づいたらしくニヤリと楽しそうな笑みを三人に向けた。


「悪戯。お菓子くれなかった人には私達と同じ仮装をして貰いましょう、ってティアラ様が。」

「確か大量に発注を頼むと言ってましたねぇ。…ティアラ様はアーサーとステイル様にプライド様とお揃いの格好をさせたかったみたいですよ。」


サァーー……と。一気にカラム、アーサー、ステイルの顔から酔いも火照りも引いていく。

つまり、あの時に菓子を二人に差し出さなければ確実に自分達はプライドのあの帽子をお揃いで被らなくてはいけなかったことになる。


…あの帽子を、近衛騎士中に。

…あの帽子を、摂政業務中に。


「ほんっとにほんとに本当にありがとうございます‼︎」

「恩にきるッ…‼︎」

「ッまさかジルベールに貸しを作ることになるとは…‼︎いやッ…あれはヴェスト叔父様がっ…!」


何度もアランに勢い良く頭を下げるアーサー。

エリックの両肩に手を置いて熱い視線を送るカラム。

悔しげに頭を抱えながら項垂れるステイル。

三人の姿と、それに苦笑いする二人の姿がそこにあった。




ティアラ様もやっぱプライド様とステイル様の妹君だよな。と笑いながら話すアランに、全員が重々しく頷いた。


気付けば二百話でした。

急ぎ書き下ろした為、更新がギリギリになりました。申し訳ありません。

荒さは目立ちますが、どうか感謝の気持ちだけでも伝われば凄く嬉しいです。


本当に本当にいつもありがとうございます…‼︎

これからもどうぞ宜しくお願い致します。


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