196.非道王女は対面し、
「お待たせしました、プライド。」
ステイルがヴェスト叔父様から休息時間をとってきてくれたのは未だ昼食前の時間帯だった。てっきり昼食後くらいにはなると思ったから私もティアラも、アーサーとエリック副隊長もびっくりした。
ステイル曰く「なるべく早い方が良いと思いまして」と涼しい表情で言ってくれたけど、そんな手軽に区切りがつけられるものではない。しかも、ステイルを割と可愛がってるジルベール宰相なら未だしも相手は規則とかにもキッチリ厳しいヴェスト叔父様だ。一体どうすればこんなに早く切り上げることができたのか、セドリック第二王子の部屋に向かいながらステイルに聞くと、少し不敵な笑みを私に向けてくれた。
「ヴェスト叔父様にお願いして、俺の休息時間までにやるべき仕事を全て纏めて任せて頂きました。それを全て終わらせたので、休息時間も大目に頂くことができました。」
以前、ジルベールがやっていた手です。と笑うステイルにどこかジルベール宰相の影が重なった。恐るべき、英才教育。ジルベール宰相の悪賢さをしっかりこの数年で受け継いでいる。
「また、何かあったら遠慮なく頼って下さい。いつでも時間を空けてみせますから。」
ありがとう、とお礼を言いながら流石ゲームでは早々に摂政になった若き天才だと改めて思う。
本当に、ステイルとティアラが快諾してくれて良かった。
アーサーが近衛騎士として城内でも傍にいてくれて良かった。
…正直、結構セドリック第二王子のところに行くのは怖かったりもする。まだ会って三日しか経ってないけど、昨日のこともあるし。不意を突かれたとはいえ、力で全く敵わなかったことが後からじわじわと怖くなってしまった。ラスボスプライドの唯一の弱点である非力を突かれてしまったのだから。
あの時も八番隊の誰かやアーサーが最初に助けてくれなければどうなったかわからない。流石に第二王子だし、第一王女にあれ以上の暴力はしないだろうと思うけど、それでも怖いものは怖い。
昨日はステイルの話を聞いて彼を引き止める為に破れかぶれだったけど、やっぱり皆が居てくれたから乗り込めたようなものだ。
だからこそ、今日。ステイル、ティアラ、アーサーが居てくれることがこんなにも心強い。
弟のステイルや妹のティアラに情けないお願いをした時は恥ずかしかったけど、それでも快諾してくれたのは本当に嬉しかった。
アーサーにも今日会って一番にエリック副隊長と一緒にお願いしたら、二人ともすぐに頷いてくれた。「プライド様に何かあったら絶対に俺が守ります」と気合い充分な声色で言ってくれて、すごくほっとした。
だから、私も怖じけず彼に向き合える。
「セドリック第二王子殿下。私です、昨日のことでお話ししたいことがあって伺いました。」
彼の部屋の前に立ち、扉越しに声をかける。衛兵の話では彼は一度も部屋から出てきていないらしい。私に代わって衛兵が何度もノックをしてくれたけど、開けてくれる様子はなかった。数分間ノックを鳴らし続け、やっと返ってきたのは「話すことなど無い」とその一言だけだった。私のせいとはいえ、人の城に引きこもってしかも何も話さないの一点張りでは子どもが意地になっているようなものだ。…いや、実際そうか。彼は自らの意思で自分の時間を止めてしまったのだから。でも、これではいつまで経っても終わらない。
仕方なく、我が城の鍵を使って無理矢理中に入らせてもらうことにする。我が城の中だし、中から鍵を閉めようとも王族の私達が入れない場所は無い。
ガチャリ、という金属音とともに扉が開く。
近衛兵のジャックが衛兵と共に扉を開けてくれた。「失礼致します」と声をかけて中に全員で突入する。セドリック第二王子の侍女や衛兵が、困りますと立ち塞がったけれどそこは申し訳無いけど無理に押し通らせてもらった。「無礼者‼︎」とセドリック第二王子の叫び声が上がり、構わず私は部屋の真ん中を歩んでセドリック第二王子の前に立った。
ソファーに身を預けたまま、私を睨むようにして燃える瞳が私を睨んだ。知っている、彼は私が嫌いだ。
そして、私も彼が嫌いだ。
「いつまでくだらぬ意地を張り続けるおつもりですか。」
ソファーに腰掛ける彼を睨み返しながら声を張る。くだらぬ、という言葉に彼が反応して身を起こそうとしたけれどその直後にステイルとアーサーに向かって目を見開くと再び彼の動きが止まった。身体を強張らせ、ソファーの肘置きに指を食い込ませた。我が国の第一王子と近衛騎士の前で、これ以上の暴挙は流石にと思い止まったらしい。
「っ…プライド第一王女殿下、貴方の要求通りにしているだけです。ですが、…同盟を結ぶ意思のないフリージア王国にこれ以上、国王の許可無しに我が国の話をすることはできません。」
「国王に無断で我が国に交渉に訪れておいて、何をいまさら。」
なっ⁈と、今度こそセドリック第二王子の身体が起き上がり、その場に立ち上がった。彼だけでない、彼の侍女や衛兵。そしてその事実を知らなかったステイル達まで驚愕に言葉を失った。
…しまった。早速言い方が厳しくなってしまった。
心の底で少し反省しつつ、今度は私が見上げるようにして彼の顔を捉える。見開かれた目の奥が揺れている。何かを言おうとした口が、余計なことを言うまいと食い縛られた。
表情に出さないように努めながらも、頬には一筋の汗が滴っていた。
「何故、それを…。」
やっと零れ出た言葉はその一言だった。図星を突かれた怒りもあってか、唸るような吐息が共に漏れた。
「そんなことはどうでも良いのです。良いからさっさと貴方の事情を今すぐ母上に話して下さい。全て話せば、私も貴方の問いに答えましょう。」
駄目だ彼の顔を見るとそれだけで料理の恨みがふつふつと沸いてくる。いつの間に私はこんなに心が狭くなったのか。…いや、むしろ元々か。
「ッふざけるな‼︎」
彼がとうとう声を荒げた。その声に反応してアーサーとエリック副隊長が同時に剣を手に私の前に出た。負けじとセドリック第二王子の衛兵も前に出るけど、完全に覇気で負けている。彼ら自身もセドリック第二王子の立場が悪いことには気づいているのだろう。
興奮したせいか、セドリック第二王子の荒い息が私の眼前にかかる。動揺し、声を荒げ、息を荒げる姿は私と同い年とは思えないほどに幼くも見える。ゲームでの一年後の姿が嘘のようだ。
「……時間がないのでしょう?」
静かに問い掛ける私の言葉に、突如セドリック第二王子の肩が酷く震えた。
「今、貴方の我が城での立場を理解していますか?」
脅しにも取れる私の言葉に彼の端整な顔が酷く醜く歪んだ。「誰のッ…」と何やら口籠もり、そして喉で最後に飲み込んだ。
「言っておきますが、私は貴方のやったことを許してはいません。口付けも、料理も、庭園での暴力も、そして」
一言ひとこと彼に言い聞かすように語り掛ける。その行いを口にする度に彼の表情から苦々しさが増した。金色の髪を自分でかきあげるようにして鷲掴み、ぎゅっと握った。最後に私が言葉を切り、目を逸らそうとする彼の瞳を逃さないようにもう一度改めて覗きこんだ。
「貴方が私を利用して本来の目的と同盟の許可を母上から得ようとしたことも、全て。」
庭での一件を繰り返すように言い放てば、ギリッと白く整った彼の歯が強く音を立てた。
「ですが、それと今回の貴方を引き止めた理由は全くの別です。」
別に今までのことの意趣返しでこんなことをした訳じゃない。そのまま彼に「貴方は未だご自分の立場を理解していないようだったので」と伝えると苦々しげな表情のまま俯き、再び声が漏れた。
「そんなことはっ…わかっている…‼︎」
声を荒げないように細心の注意を払って彼が言葉を紡ぐ。どこか弱々しくも見える彼の姿に、ティアラが少し驚いたように身を引いた。
「いいえ、わかっていません。」
はっきりと、私が彼の言葉を切り捨てる。強めに放った言葉に彼の顔が上がり、今度は抑えきれないように声を荒げてきた。
「ッわかってる‼︎」
「わかってないと言ってるでしょう‼︎」
私も負けじと声を荒げれば、彼が背中ごと私から逸らし言い返そうと肩で何度も息をした。彼が頭と呼吸を宥めている間も私は彼に追撃する。
「ならば、貴方は我が国が何故サーシス王国との同盟交渉を凍結させたかご存知ですか⁈」
「ッ知っている!俺の目的がわかったからだろう⁈日和見主義の大国が‼︎戦を共にする覚悟もなく同盟を望むなど聞いて飽きれる‼︎」
彼の言葉に今度は私が歯を食い縛る。また癇癪だ。全くこちらの言いたいことを意に介さず、自分の中で決まっている彼に腹が立つ。
「ッだから…‼︎」
足をドレスの限り大股に開き、両足で踏ん張る。そのまま私よりずっと背の高い彼の胸倉を鷲掴み私の方へ引き寄せる。突然のことに驚いたのか無抵抗にそのまま私の眼前まで顔が引かれ、目を丸くする。鼻と鼻がぶつかるほどに顔が近づき、ふと口付けをされそうだった時を思い出す。そのまま、彼の顔面に向かって私は口を開いて彼の鼓膜が破れても良いほどにお腹に力を込めて叫んだ。
「貴方のその〝目的〟が我が国に誤認されていると言っているのです‼︎‼︎」