21.外道王女は奇襲を知る。
「ロデリックは無事か⁈」
クラーク副団長が駆け込んだ先は騎士団の作戦会議室だった。既に何人もの騎士達が慌てた様子で部屋を右往左往している。
「はっ!騎士団長から今、新兵の特殊能力を通して映像が繋がっております‼︎」
ロデリックというのは騎士団長の名前だ。
伝令を伝えに来た騎士からの連絡は、新兵達を引き連れて遠征先へ向かっていた騎士団長からの応援要請だった。
隣国の演習場所へ向かう途中で奇襲を受けたのだ。既に馬は何匹か死ぬか動けなくなり、新兵の中には死人こそいないものの重傷者が複数でているらしい。
副団長の後に続き、私やステイルも会議室の中に入る。何人かの騎士は驚いたり戸惑ったように注視したが、状況が状況なだけに長くは注目もされなかった。
最初、奇襲の話を聞いた時に副団長は少し戸惑っていた。騎士団として、王族の私やステイルを放っていくなどできないからだ。騎士団の第一優先事項として、王族の安全保障が厳守されている。緊急事態だからといって王族を送りをせぬ内にその場を離れるなど騎士道に反する。
だから、私はステイルと共に同行すると自ら提言した。
もともと視察だ。緊急事態における騎士団の動きを見ることも必要だし、何よりこのまま帰るわけにはいかない。
奇襲、という単語かどうにも私の頭に引っかかったから。
会議室の奥中央にはまるでスクリーンがあるかのように映像が浮かび、映し出されている。科学ではない、向こう側にいる特殊能力者により何らかの形で映像がそのままこちらに転送されているのだ。
騎士の一人が「騎士団長より座標は既に連絡頂きました!ただ今特定できましたのでこちらからも今、映像を繋げます‼︎」と叫び、何やら目の色がオレンジ色に変わったかと思えば、そのまま瞬き一つせずその両目をクラーク副団長へと向けた。
「ロデリック‼︎私だ、聞こえるか⁈そちらの状況を説明してくれ‼︎」
映像の中にいる騎士団長がはっとして何処か違う正面の斜め方向に目を向けた。
これでお互いが完全に繋がった。前世で言えば人間テレビ電話というところだろうか。
『ああ、聞こえた!現在、先程の報告と状況は変わっていない。新兵に未だ死傷者は出ていないが、怪我人は増え続けるばかりだ。』
「こっちも既に応援準備を進めている。特殊能力者による先行部隊が先んじたが、他の部隊も準備が整い次第向かわせる。」
『なるべく早く頼む。新兵はよくやってくれているが、やはり本隊の人間が私一人では厳しい状況だ。』
そう言いながらロデリック騎士団長が様々な方角に向かって指示を飛ばしていた。
「相手は?一体どうなっている⁈」
クラーク副団長は演習中の時とは違い、緊迫した様子で映像のロデリック騎士団長に問いかけている。
『大方、隣国との同盟反対の輩だろう。突然上から大岩を落とされ道を塞がれた。奇襲者は全員崖上から射撃を繰り返している。このままでは格好の的だ。撤退をしようにも…これ以上背後には遮蔽物が無い。』
副団長の問いに淡々と答える騎士団長はそのまま、『今はなんとか隊で盾を作って防いでいるが…時間の問題だろうな』と付け加えた。冷静に見えるが、どう見ても絶体絶命だ。
『せめて動ける馬だけでも使い、隙をついて重傷者を逃がしたいと思っている。今、その準備を進ませている。』
「今のお前達の座標なら、ここから本隊の馬を走らせれば1時間半ほどで着かせることができる。騎士団の中で移動に特化した特殊能力者班の先行部隊を向かわせている。少人数だが三十分後にはそちらに到着している筈だ。それまでなんとか堪えてくれ。」
『わかっている、それまで弾や弾薬が保てば良いが…な‼︎』
映像のロデリック騎士団長が上半身を捻らせたと思えば次の瞬間、銃声とともに遠くから悲鳴のようなものが聞こえた。恐らく崖上から一人撃ち倒したのだろう。相手が上にいる以上、騎士団の剣では太刀打ちできない。
もともと合同演習が目的の遠征だったし、あまり多くは備えていないのかもしれない。
『陛下の方はどうだ。何かご指示は。』
「連絡はついたが、今は王配殿下と共に隣国におられる。隣国の王に直談判し、すぐ隣国からも応援を出してくださるそうだ。が…」
間に合わないだろう。その言葉を飲み込むようにクラーク副団長は黙り込む。
プライドとステイルも座標を記された地図を確認したが、どうみてもこちらの国の方が近い。早朝からとはいえ、新兵。しかも演習の前だ。おそらく疲れさせないようにゆっくり余裕を持って進めたのだろう。隣国の軍がこちらより先に辿り着くのはまず不可能だ。
騎士団長も騎士団も、母上も父上も今できる最善を尽くしてる。
ならば…私が第一王女としてすべきことは。
「つまり、応援は早くて三十分後。いま急遽必要なのは応援物資ということなのですね。」
私の言葉に驚いたように副団長と画面の向こうの騎士団長が振り向き、目を見開く。
騎士団長に至っては、私の存在にも今気がついたらしく「プライド様…何故そこに」と言葉を漏らしていた。
「ステイル。貴方の協力が必要だけど、良いかしら。」
そういってステイルの方を振り帰ると既に理解してくれたかのように控え、「プライド第一王女の御望みとあらば。」と応えてくれた。
「今すぐここに必要な武器や弾薬を。ステイルの特殊能力で少しずつではありますが現地に送ります。」
ステイルの特殊能力は瞬間移動。自分や触れた物を望む場所に飛ばすことができる。
ただ、まだ発達途上のステイルにできることには制限があり、距離は問わないが一度に飛ばせる重さはステイル自身の体重前後まで。そして触れた物ならばどこへでも飛ばせるが、自分自身が移動できるのは行ったことのある場所に限られている。
勿論、ゲームの中のステイルは自分含めても三、四人程度は余裕で運べたけれど。今のステイルにはこれが限界だった。
養子になった時は近距離・中距離しか飛ばせなかったし、きっと成長に比例して能力は伸びていくのだろう。
でも、それは今も十分武器になる。
副団長は「そんな、第一王女に第一王子自らが助力などっ…」と驚いていたが「今はそんなことよりも一人でも我が兵を生き延びさせることが大事です。」と伝えると騎士団長共々、渋々ではあるが了承してくれた。
ステイルが運べる具体的な重さを副団長に伝え、それ以下の重さの物を騎士達に集めさせる。
作戦会議室にいる半分以上の騎士達が慌しくはあるが武器を大量に持ってきてくれた。
本当はステイル自身が瞬間移動して一人ずつでもこちらに移動できれば良いのだけれど、ステイルはまだ国を出たことすらないし、あったとしても屈強な肉体を持つ騎士達は鎧を脱いでも幼いステイルの体重を軽々と超えているから飛ばすことはできない。
でも、せめて必要物資だけでも運べれば。
…そう、我が国の反撃はこれからだ。




