176.そして別れる。
「ッおめでとうアーサー‼︎」
たった十九歳のアーサーが、異例のスピードで史上最年少の副隊長に任じられた。
それを私達に報せにきてくれたステイルが知ったのは、本当にヴェスト叔父様から休息時間を頂く直前だった。ヴェスト叔父様の部屋に届けられた今日付の人事異動の書類にアーサーの名前があったらしい。
私の部屋に飛び込んできてくれたステイルの表情はすごく嬉しそうで、笑顔が輝いていた。アーサーの昇進を知っていた隊長格のアラン隊長とカラム隊長もステイルの満面の笑顔には驚いていた。
「〜っ…あ、のっ…。…ッぷ、…プライド…様っ…!」
ふと、アーサーの声がして顔を上げる。…何か、アーサーに回した腕が熱い気がする。
見れば私とティアラに抱きつかれたアーサーが、必死に倒れないように足で踏ん張ってくれていた。そのまま行き場が無いようにアーサーの腕がピクピクと震えている。そこでやっとアーサーの顔を見上げたら、私の腕の中から覗かせているアーサーの顔が、塗り潰したように真っ赤になっていた。
…しまった、嬉しさのあまり力いっぱい締め過ぎたかもしれない。
ティアラはアーサーの胴回りに抱きついたから良いけれど、私は思いっきりアーサーの首に腕を回してしまっていた。
最近は胸周りがキツくなってきているから、余計に力をいれないと胸が邪魔で昔みたいにちゃんと抱き締められない。この前も専属侍女のロッテとマリーに、二ヶ月前に作ってくれたばかりの私の運動着を「少し胸周りが苦しそうなので修正しますね!」と言って試着した傍から回収されちゃったし、ドレスも次々と新しいものが用意された。…一年前までどんだけペッタンコだったのかが容易にわかる。そのペッタンコだった時の感覚のままアーサーにがっつりしがみついてしまったのだから、苦しいのも当然だ。
「あっ…ごめんなさいアーサー!苦しかった⁈」
急いで手を離して退くと、ティアラも同時にアーサーへの腕を緩めた。
ティアラからのハグが惜しかったのか「い…いえ、そういう訳では…」と呟きながら赤くなった顔のまま、口元を手の甲で隠してそっぽを向いてしまった。怒ったのかとも思ったけれど、数十秒ほど置いて「ありがとうございます…」と小さく返事が返ってきた。
「おめでとうございます、アーサー殿。」
声に振り向けば、ステイルが不敵な笑みでアーサーに歩み寄っていた。ステイルも騎士達の前では敬語を崩すつもりはまだ無いらしい。そのままアーサーに手を差し出し、握手を交わした。
「…ありがとうございます。ステイル〝第一王子殿下〟」
パッと見は普通に第一王子と騎士との握手だったけど、無言で交わし合った互いの視線は確かに多くを語り合っていた。本当はもっと直接語り合いたいのだろうけど、アーサーの為にステイルも騎士達の前ではあまりアーサーと話し過ぎないようにしている。一年前の極秘訪問ではうっかり素で話しているのをアラン隊長、カラム隊長、エリック副隊長に聞かれてしまったらしい。
「これでアーサーも副隊長格か〜。早いなぁ…。」
「そうだな、まだアーサーが新兵として入隊して五年しか経っていない。ハリソンも鼻が高いだろう。」
アラン隊長とカラム隊長が感慨深そうに呟いた。ハリソンというのは、アーサーの直属の上司で八番隊の隊長だ。
数回私も騎士団の視察で顔を合わせたことはあるけれど、すごくクールな印象の騎士だった。…実際、何度か挨拶や目が合った時にも一言で終わってしまったり、目を逸らされたりでちゃんと会話できたこともない。戦闘中しか長く口を動かさないらしいので、別に嫌われている訳ではないらしい。…たぶん。
背中まで伸びた長い真っ直ぐな黒髪を結わずにいるせいで、パッツリ切った前髪すら俯くと横の黒髪に隠れて顔も見えなかった。紫色の瞳が時折光って見えたくらいで、夜に会ったら完全にテレビから出てくるホラー幽霊のような佇まいの男性だ。そしてアーサー曰く、すっごい怖い人らしい。
「自分も騎士団長から発表された時は驚きました。異例の大出世ですよ!」
エリック副隊長がまるで自分のことのように喜び、嬉しそうに声を上げた。エリック副隊長だってアーサーより新兵期間が長かったとはいえ、入団から副隊長までの期間はそんなに変わらなかったと思うけれど。でも、本当に嬉しそうだ。
「…なんか、…まだ…実感ないっす…。」
そう言いながらもアーサーが、近衛騎士の任中でさっきまでいなかったアラン隊長、カラム隊長に「先輩方のお陰です」と頭を下げた。
「無理もない、発表されたのも恐らくついさっきだろう。」
アーサーは、カラム隊長の言葉に頷きながら未だに戸惑いを隠せない様子だった。
「俺よか、…すげぇ経験積んだ先輩ばっかなんで…八番隊も。」
アーサーの所属する八番隊は他の隊とは違う特殊部隊だ。
大体、我が国の騎士団は隊によって役割や特化が違うのだけれどアーサーの八番隊は戦闘においての〝個〟の能力を重視される。
隊長や副隊長はいるけど、基本的には隊で動かず各自判断での行動が許されている。戦闘中も本人が判断して各隊の援助や特攻もしてしまうすごい隊だ。一言で言ってしまえば戦闘における精鋭部隊。
その為、他の隊と比べて八番隊はすごく個別意識が強くてあまり隊員同士で関わり合わないらしい。私も今までアーサーが同じ隊の人と話しているのは殆ど見たことがない。
「だけどよ、全騎士隊長満場一致での決定だぜ?」
なぁ?とカラム隊長に話を振るアラン隊長がそのまま「俺なんて副隊長に昇進した時は飛び上がって喜んだってのに!」とアーサーの背中を何度も叩いた。
「満場、一致…?え、それって…。」
アラン隊長に鎧越しにバシンバシン叩かれながら、アーサーが聞き返す。何かを理解したらしく、また顔が段々と赤らんでいた。
「ああ、私もアランも。勿論、八番隊隊長のハリソンも、全員の意思だ。」
カラム隊長の口から告げられた衝撃の事実にアーサーの目の奥が輝いた。ハリソン隊長との関係は知らないけど、尊敬するカラム隊長やアラン隊長にまで認められたのが嬉しくて仕方がないのだろう。「ありがとうございますっ‼︎」とアーサーの声が上がった。
「まぁ、八番隊は他の隊と違ってそこまで副隊長の仕事は多くねぇらしいし。アーサーでも大丈夫だろ。」
「八番隊は副隊長、隊長の任意付がシンプルですからね。」
アラン隊長が下げたアーサーの頭をわしわしと撫でる。エリック副隊長がアーサーの肩を再び叩きながら、それに苦笑するようにして頷いた。…本当に他の隊の人には愛されている。
「?…シンプル、というのは…?」
私が首を捻ると、ステイルとティアラも気になるようで興味深そうにアラン隊長とエリック副隊長へ視線を向けた。騎士二人が顔を見合わせ、最後に頭を下げたままのアーサーへ視線を投げると、自分から言おうとしないアーサーの代わりに二人が私達に向かって声を合わせた。
「「〝強さ〟です。」」
おおおおおおおおお⁈ものすっごく戦闘部族感が‼︎これもある意味、脳筋というのだろうか。
あまりにシンプル過ぎる要素に笑ったまま口元がヒクついてしまう。ティアラも口を両手で覆い、ステイルも少し目を見開いていた。いつも冷静なステイルが驚くのも当然だ。
騎士団の中でも個の戦闘能力特化型の八番隊。
そこでアーサーは二番目に強いと認められたことになる。しかも最年少で!入隊してたった六年で‼︎
もう流石未来の騎士団長様と言わざるを得ない。
「まぁ、アーサーは既に何回か隊長のハリソンにも勝ってますし時間の問題だったっつーか。」
「確実に前副隊長より勝率上げてましたからね。」
「事実上、戦闘能力だけで言えば我が騎士団でも五本の指に入るでしょう。」
まるで当然といったような口調でアラン隊長、エリック副隊長、カラム隊長がとんでもないことを言っている。最後のカラム隊長の五本の指発言には流石のアーサーも顔を真っ赤にしながら「いや、それは言い過ぎですって…」と謙遜していたけれど。
もしかして、私の近衛騎士じゃなかったらもっと昇進も早かったのではないかと考えてしまう。一年前まで近衛騎士は隊長、副隊長格は枠外だったし。
「アーサーってとっても凄いのですね!お姉様っ!兄様‼︎」
ティアラのキラキラした眼差しが私達へ向けられる。
「まぁ、プライド第一王女の近衛騎士としては当然の実力でしょう。」
ステイルが眼鏡を押さえつけながらも、喜びを隠し切れないように笑みを浮かべた。私達に教えにきてくれた時はあんなに思い切り喜んでいたのに。
ステイルのその言葉を聞いて、アーサーがふとステイルの方へ顔を向けた。そのまま、ニヤリと口元を引き上げて笑う。
「………相棒に負けてられねぇ、って思ったんで。」
アーサーの言葉にステイルの笑みが更に強まった。〝当然だ〟と目が語っているのが私でもわかる。
「兄様もすごく喜んでいらっしゃったんですよ!アーサーの昇進を知って急いで」
「ティアラ。…そろそろ帰るぞ、アーサー殿も副隊長となって色々と忙しいだろうからな。」
もご、とティアラの口元を急いで片手で覆い、ステイルがそそくさと話を切り上げた。慌てるステイルがなんだか可笑しくて、笑いを噛み殺しながらステイルとティアラを眺める。
「それじゃあ、また午後に会いましょうアーサー。」
「アーサー!また後で‼︎」
私とティアラが手を振り、ステイルが騎士達全体にも礼をして再びアラン隊長とカラム隊長と共に馬車へ戻った。
アーサーにはこの後に近衛騎士として会うし、その時にもっと色々話そう。