168.不義理王女はご馳走する。
料理の布が取り払われた途端、見たことのない謎の料理の数々に歓声が上がった。
そんな中私だけが一人、緊張がバレないように拳を握った。
…大丈夫。料理人が作ってくれたものは絶対美味しい筈だし、私が手を施した方の料理も少なくとも味見した時点では美味しかったし私もお腹を壊していない!
そのまま彼らが見たことのないであろう謎の料理を前に、私は取り敢えず説明を始めた。
「私が考案した創作料理です。こちらは城の料理人に作って貰いました。そして、こちらのデザートは私とティアラの合作です。どうぞ食後にでもお召し上がり下さい。」
視界の中でティアラがにこにこと自慢げに笑ってくれている。…そして何だろう。説明した途端に皆がデザートの方を凝視している気がする。若干目が光っているような。やはりティアラの手作りというのはかなり魅力的だったらしい。思わず「勿論、食べる順番はお任せします…」と付け加えてしまう。何か言わないといけない気がしてしまった。最後に「それでは皆様、ご自由にお楽しみ下さい」と締めくくって料理の前から退いた瞬間。
デザートのテーブルに人が殺到した。
まさかの展開だった。気合いを入れ過ぎて大量に作ったものの女性はティアラとセフェクだけだし、余るかしらと思ったのに!
スイーツに興味なさそうなアラン隊長やヴァル、更には順番通り前菜からメインと食べ進めそうなステイルとカラム隊長まで我先にとデザートへ手を伸ばしている。…ティアラの手作りが効いたか、それともそんなに皆甘いもの好きだったのだろうか。念のためこの場にいない人の分をいくらか別に取っておいて良かった。
私が用意した料理は全て、前世で作ったことのある料理だった。…まぁ、つまりは異世界の庶民料理なのだけれど。
もっと手の込んだ料理も作りたかったけれど、量もそれなりに作らないといけないし、数種類の料理を用意しなきゃいけなかったからどうしても単純な料理ばかりになってしまった。
でも、料理人達に指示をして作ってもらった時には「こんな調理法が!」「この食材は一体…⁈」とすごく驚いていたし、きっと楽しんでは貰えると思う。
お好み焼き、コロッケ、唐揚げ、味噌汁、混ぜご飯おにぎり、生姜焼き、肉じゃが…。
…我ながらパーティーに不向きなものが多い。でも折角なら異世界ならではの料理をと思ったら、どうしても素朴なものになってしまった。シチューやポトフはこの世界にもあるし、珍しさ勝負だとどうしてもこうなってしまう。
そして、私とティアラの合作デザート。こちらも正直、量優先になってしまった。
ミニメロンパン、アンパン、蒸しパン、おはぎ、みたらし団子、パウンドケーキ数種類。
…こうやって改めて見ると、パーティーというよりも実家のおばあちゃん家に来た感がすごい。でも…
本ッ当に形になって良かった…。
思わず感無量で一人ガッツポーズをしてしまう。
以前、一人で作って見た時は液状化と炭の酷い状態だった。
ステイルやティアラがリベンジを何度か誘ってくれたけど、〝料理ができない〟というプライドの設定に敵うわけもなく諦めていた。ただ、今回ステイル、ティアラ、アーサーにすごく心配も迷惑もかけたからどうしても何かお礼を形にしたかった。
何をすれば喜んでくれるだろうかと考えこんだ結果、思いついたのは以前にリベンジを誘われた料理だった。
最初は全部城の料理人に作って貰おうかなとも思ったけどそれじゃあ誠意が足りないし、なら飾りつけ程度ならとも考えた。そして考えに考えた中で、私はふと思い付いた。
主人公のティアラと一緒になら私も料理ができるんじゃないのか、と。
なんといっても女子力チートだし、ティアラは料理が初めだった時も凄く上手だった。
何を作っても上手に出来上がるティアラの力にあやかれば私でも上手…までは行かなくてもプラマイゼロで料理下手呪いからは解放されるかもしれない、と。
それに何より、ティアラはレオンとも料理を一緒に作るイベントがあった。王族で、更には心が壊れた後も引きこもり生活だったレオンが初めて料理をして、一人じゃ上手くできなかったけどそこからティアラと一緒に料理をして美味しくできるエピソードだ。
普通に考えれば、料理下手はプロに手伝って貰えてもミスはするし、大体はプロが殆ど作ってくれているものだ。でも、ティアラはそれを特別な指導もなく一緒に作る、という行為だけで解決していた。
ならば、私にもその能力が発動してくれても良いはず。
そして、その結果。ティアラのサポートにより私は液状化現象と炭化の呪いから一時的に解放された。…その後こっそり一人で試しに作ったらまた炭になっていたけれど。
出来上がったお菓子も食べてみたらちゃんと美味しくて、流石主人公だと嬉しくなって思い切りティアラを抱き締めてしまった。
ティアラもティアラで「こんなにすぐお上手になるなんて流石ですっ!」と喜んでくれた。…残念ながらティアラが居ないと不可能の奇跡なんだけど。
私からもティアラが手伝ってくれたお陰だと伝えたけど、多分良い子のティアラには謙遜にしか聞こえなかっただろう。
「ちょっとヴァル!私にも一口ちょうだい!」
「あー?テメェはその丸いの食ってるだろうが。」
「僕もそれ食べてみたいですっ!」
不意に、セフェクの叫び声が聞こえた。見れば、両手でメロンパンを抱えているセフェクとアンパンを抱えているケメトの前でヴァルがおはぎを入れていた器ごと抱えて食べている。
セフェクとケメトに服を引っ張られ、仕方なさそうに舌打ちをしながらおはぎの入った器を二人の前に差し出した。二人がそれぞれ一個ずつおはぎを掴み、小さな口で頬張ると、ヴァルもヴァルで勝手に二人が抱えていたメロンパンとアンパンに直接かぶりついていた。「ケメトのもこの甘いの入ってんじゃねぇか」と言いながら、アンパンにもう一口噛り付いた。わりと餡子が気に入ったらしい。
餡子の甘さに目をきらきらさせる二人に器をまるごと明け渡すと、そのまま自分もアンパンを丸一個テーブルから鷲掴んでいた。…なんか、ヴァルが甘いのが平気って意外だ。
「やべぇ、すっげぇ美味い!なぁカラムもこれ食ってみろって‼︎めっちゃ甘い‼︎」
「アラン、串を両手に掴んで食べるな。…一本貰おう。」
「あ、自分のこれも食べますか?すごいふわふわで美味しいですよ。こんなに柔らかな食べ物は初めてです。」
「食う食うっ!あ、カラム。お前のその固そうな丸パンもくれよ。」
固そうなは余計だ、と言いながらカラム隊長がメロンパンをちぎる。そのままひとかけらずつアラン隊長とエリック副隊長に手渡した。
「…うわぁ…固めの表面がすごい甘くて美味しいですね。自分は中の甘くない部分込みで食べるのが丁度良くて」
「甘っ!美味っ‼︎外のとこすげぇ美味い!カラム!それもっとくれよ!」
「欲しかったらテーブルから新しいのを取れ。…ん、これも美味いな。」
カラム隊長がみたらし団子を口に目を丸くする。意外な高評価にアラン隊長が「だろぉ⁈」とドヤ顔をした。そのまま続くようにエリック副隊長の蒸しパンをカラム隊長と一緒に頬張る。
「すっげぇふわっふわ‼︎え、どうすりゃこんな雲みてぇなパン…いやパンなのかコレ⁈」
「ケーキ…の方が近いかも知れないな。甘く、柔らかい。実に優しい味だ。」
「この串のも凄く美味しいですね。もちもちしてて…なんか食感がクセになりそうです。」
「あれ?エリック、お前確か目新しいもん苦手じゃなかったっけか?」
「この機を逃す訳にはいきませんから!」
こっちも騎士同士でシェアしているようだ。
なんか時々食レポみたいなのが聞こえてきて嬉しいと同時にくすぐったくなる。なかなかの好評で良かった。
珍しい料理、というのもあるけど餡子や白玉粉とか我が国では全く流通していない食材もあるから、もの珍しさが功を奏したところもあるかもしれない。
「皆、喜んで貰えたようで良かったですねお姉様っ!」
声に振り向けばティアラが満面の笑みで私に笑いかけてくれていた。
「ありがとうティアラ。貴方が居なかったらこんなにちゃんと作れなかったわ。」
「そんなことありませんっ!私はお姉様の真似して作っただけで…レシピもお姉様ですし、殆どお姉様が作って下さったようなものです!」
そのまま私の手を握りながら「お姉様も頂きましょう!」といってテーブルまで引き寄せられた。
「私達も選んだら兄様とアーサーのところに行きましょうっ!」
二人からも感想を聞きたいですし、とそのままティアラはどこか悪戯っぽく笑った。