166.騎士達は潰れる。
「ああああ〜…やっべぇ嬉しいマジ嬉しい!マジで嬉し過ぎて嬉し死ぬ。」
「いま死ぬな。」
ぐだぁ、とワイングラス片手にテーブルに突っ伏すアランにカラムが溜息をついた。
「なんだよカラム!お前だって嬉しいだろ⁈ステイル様直々の任命だぞ⁈あのプライド様の近衛だぞ⁈」
顔を真っ赤にして叫ぶアランの周りには、大量の酒瓶が転がっている。酔っ払いの息を直撃させられたカラムが眉間に皺を寄せるが、既に本人もほんのり頬が赤い。
「まぁまぁ…先輩方も水飲みますか?」
「ああ、すまないエリック。アラン、お前も見習っ…⁈待てエリック!それは酒だぞ⁈」
エリックの手の中にある酒瓶に今度はカラムが声を荒げる。見ればエリックもかなり目が虚ろだった。
「いやぁ…自分も嬉しくて嬉しくて…。…あのプライド様と…、………プライド様と。」
照れたように笑ったと思えば段々と涙が滲んできた。
何事にも慎重なエリックが人前で酔ったのは今回が初めてだった。そのまま酒瓶を抱き締めるようにしてしゃがみこむ。
「自分が、…新兵だった自分がっ…、…あの、プライド様に…〜っ。」
「エリック!いまはお前が一番に水を飲め‼︎明日も演習があることを忘れるな‼︎」
「ッわかる!わかるぜエリック‼︎やべぇ、今すぐ騎士達全員に大声で自慢したくなっ」
「それをした瞬間に折角の機会が水泡に帰すぞアランッ‼︎」
仕方なく比較的に酒の量を控えられたカラムがアランとエリックに水を注ぐ。
それでもカラム自身もいつもよりは強かに酔っていた。いつもならばしっかり立てるのに今は立ち上がっただけで若干ふらつく。
「…全く。ステイル様が帰られた途端に飲み過ぎだエリック。そしてアラン、お前は帰られる前からだ!」
「だってよぉ…、近衛だぜ近衛⁇しかも、あんだけ腹黒そうっつーか、人を信用しねぇって言ったステイル様から。」
「…まさか…アーサーのお陰で近衛騎士になれるとは思ってもいませんでした…。」
アランの言葉にエリックも同意する。
近衛騎士が、体制が変わり次第隊長副隊長格も任ずることができるようになるのは近衛騎士発案時から言われてはいた。だが、それに自分達が選ばれるかどうかはまた別の話だ。
「なあ〜?アーサーがカラム慕ってんのは知ってたけどさぁ…俺らのことも話してくれてたとは思わねぇし。」
「恐らく私達がプライド様と顔見知りになったから話題にしてくれたのだろう。…それが、まさかそのままステイル様からの評価に繋がるとは思いもせずに。」
「じゃあ元はと言えばプライド様に自分達を知って頂ける機会に恵まれた殲滅戦が運が良かったんですかね〜?……例えば、あの時に任じられたのが二番隊と四番隊とかだったら…。」
そしたら自分達ではなく他の騎士がプライド様やステイル様と関わって、アーサーの口から話題になって…と語るエリックにアランとカラムが唸る。
「そうかもなぁ〜、今回の極秘訪問だって結局俺達ほとんど活躍してねぇし。」
「無い方が良いだろう。今回の我々の任務はあくまで護衛だった。プライド様に危険がなければそれが一番良い。」
「でもよぉ、もし今回ちゃんと活躍できてたらステイル様からお話があっても〝今回の功績〟!って感じしねぇ?」
「…それ言っちゃったら、自分達はアーサーのコネで近衛騎士になれたようなものなんですかね…?」
苦笑いしながら言うエリックの言葉にアラン、カラムが首を捻る。確かにそうかもなぁ、とアランが零すとカラムも僅かに頷いた。酔っ払いの頭ではそれ以上は上手く考えられない。
「…何言ってんすかエリック副隊長…。アラン隊長、カラム隊長まで…。」
ノックを鳴らし、そのまま自分で扉を開けて入ってきたのはアーサーだ。
酒よりも先に尽きてしまった水を汲みに行き、戻ってきた彼の両手には、大量の水差しが抱えられていた。
ステイルが帰ってからは、歯止めを無くしたように飲み出した騎士三人へ今度はアーサーが水を差し出す役を担っていた。もともとアランの部屋に備えられていた水の殆どを飲み干したのは自分であることに、アーサーは気づいていない。
アーサーの姿にアラン、エリックが手を振る。カラムが「わざわざすまなかったなアーサー」としっかり労うが、その手には未だに酒が注がれたジョッキが握られていた。
「取り敢えずそろそろもっと水飲んで下さい…。あと、別にステイルは俺が知ってる騎士ってだけで近衛騎士選ぶほど緩くないっすよ。」
別のグラスにそれぞれ水を注ぎながら話すアーサーに三人は注視する。一人ひとりに注ぎ終えたグラスを手渡しながら、完全に酔いが覚めたアーサーがエリックの隣の席に腰かける。
「…俺も、別に殲滅戦で先輩方がプライド様やステイルと顔見知りになったってだけで先輩方の話をしていた訳でもないですし。近衛に選ばれたのは先輩方が優秀だからですって。」
少し照れたように目を逸らしながら語るアーサーはそのまま自分のグラスにも水を注ぐ。
「先輩方がすげぇから俺もつい話してただけでー…」
「あー、そうだよなぁ?アーサーは俺たちのこと大好きだもんなあ⁇」
ブフッ‼︎
グラスの中身を口にした途端、飲み込む間も無くアーサーは勢いよくそれを吹き出した。
「〜〜っ…なっ…に言ってンすか…。」
手の甲で口元を拭いながらアランを見る。気づけば、アランどころかカラムもエリックも意味ありげな視線をこちらに向けて笑っている。
そのままアーサーの問いに答える様子もなく、ニマニマと視線を向けながら不意にアランが思いついたように声を上げた。
「アーサーの良いところひと〜つ!すげぇ真面目。」
「ふた〜つ!意外と素直ですよね。」
「三、…礼儀を重んじている。」
「ッちょっ、ちょっ、ちょっと待ってくださいって!アラン隊長!エリック副隊長っ…カラム隊長までっ…!」
先輩三人に突然褒められ、また酔い出したかのように顔が真っ赤になる。訳がわからず狼狽えるアーサーを無視してアランが更に「よ〜っつ!」と声を上げている。
「騎士が大好き」「格闘術も優秀」「面倒見が良い」と次々と並べられ、どう返せば良いかわからず唇を震わす。だからなんなんすか!と叫んでも何故か延々と褒め言葉を羅列される。
「じゅうろ〜く!…同じ隊でもねぇ俺らのこと信頼してくれたとこ。」
赤面するアーサーを眺めながら、アランが頬杖ついてニカッと笑う。自分も大分酔っていると自覚しながら、それに便乗するようにして語る。
「じゅうなな。…ステイル様に信頼を得た程の真っ直ぐさ、ですかね。」
そんなアーサーだからこそ、きっとステイルの信頼を得ることができたのだろう、と思いながらエリックも笑う。同時にその真っ直ぐさが羨ましいとも思いながら。
「十八、…感謝している。」
ぐい、っと手の中のジョッキを飲み干しながら、カラムがアーサーに笑う。何よりも自分達がステイル第一王子に、そしてアーサーに信頼を受けられたことが嬉しいと、そう思いながら。
「〜〜〜っっ…マジで、本当…なんなんすか…!」
カラム隊長なんてそれ俺の良いところですら無いじゃないですか、と言いたくても言葉が出ない。
嬉しさとそれを遥かに上回る恥ずかしさで死にそうになる。
水の入ったグラスを割れんばかりに握り締めながら、テーブルへ視線の逃げ場を求めるように俯く。
「これから宜しく頼むな〜?アーサー〝先パイ〟」
そんなアーサーの様子を楽しそうに眺めながら、更にアランが追撃する。
アーサーが「せ…先輩…?」と聞き返すと、今度はアランより先にカラムが頷く。
「確かに、近衛騎士としてはこの中でアーサーが一番の古参だ。」
「そうですね。そしたら次から近衛中は先輩呼びでも〜」
「ッやめて下さい‼︎マジで頼みますからそれだけは耐えられないんで!先輩方にンな呼ばれ方されて良い訳ないじゃないっすか!」
大声で必死に猛反対するアーサーに、先輩騎士三人がまた楽しそうに微笑んだ。アランが試しに「アーサー先パ〜イ!」と声を掛けると、酔いが回ったエリックが同じようにアーサーを呼ぶ。その上カラムが「ならばその間は話し方も敬語にするべきか」と言うからもう耐えられない。
「〜っ…、……酒、一本失礼致します。」
赤面を隠すように俯き、おもむろに視線に入った床に転がったままの酒瓶の栓を抜く。そのままアーサーはジョッキに注ぐことなく直接瓶の中身を口に注ぎ出した。
「ッ待て待て待て待てアーサー⁈酔いに逃げるな‼︎絶対逃がさねぇぞ!今はお前が黙って誉め殺される番だろ‼︎」
「これじゃあ褒め合い合戦になっちゃいますね〜…。」
「それ以前にもう今夜は飲むなアーサー‼︎明日も演習があることを忘れるな‼︎」
アランと若干フラついたままのカラムが同時にアーサーを止めようと手を伸ばす。楽しそうに笑うエリックだけが未だに動く気配がない。
騎士隊長二人に止められても尚、アーサーは酒を仰ぐ手を止めない。グビッグビッ、と喉を鳴らし続ける。
「ッわかったわかった先輩呼びも敬語もしねぇから‼︎」
「それ以上飲んで救護棟送りになったらどうする⁈」
「あ〜…アーサーっていくら飲み過ぎて酔っ払っても何故か翌日には復活しているんで大丈夫ですよ…。」
気楽そうなエリックの言葉に「そういう問題じゃない‼︎」と騎士隊長二人が声を上げた。
この日を境に、近衛騎士四人が定期的にアランの部屋で飲み会を開くようになる。
時折、摂政業務を終わらせた第一王子も共に。