19.外道王女は確認する。
キンッ、キンッと金属同士が響き合う音が庭園に響く。
同時にあどけない声がいくつか混じり合う。
「お待ちくださいプライド!貴方まで僕に付き合う必要はっ…」
第一王子ステイル・ロイヤル・アイビー、十歳。
「お姉様、あまり無理はなさらないでくださいね。」
第二王女ティアラ・ロイヤル・アイビー、九歳
「心配しないでステイル、ティアラ。ちゃんと先生もついているのだから。」
プライド・ロイヤル・アイビー、十一歳。
気がつけば、前世の記憶を取り戻してから三年の月日が流れていた。
あと、七年の命。
でも、この三年間は本当に平和な日々が続いている。ステイルがあれ以上辛い想いをすることもなければ、ティアラが離れの塔に閉じこめられることもない。
あと変わったことといえば、母上と頻繁に会うようになったことくらいだろうか。ティアラも手が離れるようになったし、次期女王として私自身も認められたから色々と見定めるべきことや教えることも多いのだろう。
だが、ゲームのように私が早々と王位を継ぎ女王になることも、まだ兆しすらない。
まぁ、まだ母上も父上も健在で且つ勉強不足の私としては急いでなりたいとは思わないのだけれど。
むしろそのまま女王即位が遅れてくれれば私が断罪される時も少し後に延びてくれるかしらとまで最近は思うようになっている。
最近は、城中の歴史書物も殆ど読み終えてしまい、暇な時間はこの国の法律についての書物を読み漁るようになった。
法律は今まで学んできた歴史の知識と絡めて読み解くと面白いし、それを私なりに纏めてステイルやティアラに教えてあげるのも楽しかった。二人にとっても良い勉強になると思うと余計に嬉しい。
この前も、ある年代から締結された法を知り、歴史の王族の時系列を思い出しながら「この法が締結されてから、王族でも義兄弟姉妹の婚姻は珍しくなくなったみたい。」と話したら、ステイルが思い切り「えっ…⁈」と反応していた。義兄弟姉妹間の結婚が有りなのは未だ知らなかったらしい。私は前世のゲームでティアラとステイルルートをやっているから知っていたけれど。ティアラもそれを興味深そうに聞いていた。
ただ、そこでティアラが「つまり…私と兄様や、お姉様と兄様も結婚ができるということですか?」と聞かれた時には私が頷く前にステイルが盛大に頭をテーブルにぶつけて大変だった。顔まで真っ赤にさせたステイルを見るに、もしかしたら既にゲームより前からティアラへの兄妹以上の感情が芽生え始めているのかもしれない。…それを思うと、断罪の時がむしろ近づいている気もして自分の現状が本当にわからなくなる。
今日こうしているのも、その現状を少しでも把握するためだ。
今、私とステイルはいつものように読書の時間を楽しんでいる訳じゃない。お互い、人生初めての本格的な剣の稽古の真っ最中だ。
「そう言って今朝も僕の護身格闘技に加わったではないですか!」
そう叫ぶステイルの声は若干本当に怒っているようにも聞こえた。
王子として成長したステイルは先日十歳になり、本格的に剣や護身格闘技を学ぶことになった。私の補佐の任もあるからその前からも基本のようなものは受けてはいたらしいが、本格的な内容は今日から始まる。
そして、私も。
女王として剣や護身格闘技は不要と先生を呼んでは貰えなかったけれど、ステイルのついでならばと父上に許可を得て今日一日限定で加わることになった。ただし、あくまでメインはステイルだ。
数メートル離れた場所からティアラが椅子に腰掛けて私とステイルを見ている。
正直、本当は女王として不要とされている剣も、護身格闘技も習う必要は無いと私も思う。ただ、数年間なにもなく既にゲームと違う気がする人生で、確認したいことがあったのだ。
ステイルが教師から手解きを受け終わり、休憩を取っている時だった。その空き時間だけ私の相手をして欲しいと教師に頼んだのだ。
教師がステイルに教えていた内容を思い出しながら、ステップを踏み、斬りかかる。
教師とはいえ王族への指導者だ。剣の腕も当然ながら並では無い。
一歩、二歩と近づき、様子見に軽く振るわれる教師の剣を三歩目の着地と同時に避ける。そのまま二手、三手と身体を拗らせ、必要に応じて自分の剣で弾きながらどんどん距離を縮めていく。
あと一歩で懐に届く、その瞬間を見計らい足を踏みしめ強く跳ねれば軽々と教師を通り越し背後を取ることができた。振り向き様に振るわれた剣を身を屈めて避けると一気に教師の喉元に向けて剣を寸前で止めた。
…やっぱり。
教師が目を向いて驚き、ステイルは頭を抱え、ティアラが口元を押さえながら黄色い悲鳴を上げている。
また、だ。
私は今日初めて剣を持ち、その振り方や避け方も教師がステイルに教えながらしてみせた数回だけだ。なのに、思ったように身体は動き、やったこともない筈の剣技で教師に一本とることができた。
今朝もそうだった、護身格闘技。見て、聞いただけであとは同じようにステイルが休憩する合間に手合わせをして貰った結果。
私は拳を全て避けきり、掴みかかってきた手を全ていなし、蹴り技を飛び越え、後ろ手を捻って大の大人の動きを封じてみせたのだ。
ステイルは茫然としていたし、ティアラも口元を覆ったまま固まっていた。
恐るべき、ラスボスチート。
これこそが今、私の前世の記憶が妄想ではなく正しい記憶という何よりの証拠だった。
プライドはただの乙女ゲームの悪役ではない。この世界のラスボスだ。しかも、憎まれキャラの彼女に本当の味方など1人も居る訳がない。ルートによっては、彼女に辿り着く前に立ち塞がる筈のキャラが攻略対象者だから、逆に主人公の味方になってプライドに立ち向かうこともあって余計に、だ。
ステイルも、その一人だった。
他の攻略対象者のルートだと、ステイルは隷属の契約に則り、プライドの命令通りに主人公達へ立ち向かう。…でも、最後は攻略対象者に全ての終結を託して斬られるか、自ら腹に剣を突き立ててしまった。死にはしなかったけど動けずに血を流して微笑むステイルは痛々しかった。
そしてステイルルートではそのステイルが主人公のティアラと共に女王プライドへ立ち向かうのだ。
また、彼女の特殊能力に破壊力はない、予知能力のみ。だけどプライドはどのルートでもラスボスとして彼等に立ち塞がる。単なる計略や嵌めるだけではない。
そう、彼女は強かった。
時には剣で攻略対象者と打ち合い、時にはあり得ないほどの遠距離からの狙撃で重傷を負わせ、時には拳を振るわれても、彼女には当たらない。むしろ攻略対象者を助けようとして不意打ちを狙うティアラを返り討ちにして人質にしたこともあった。
ゲームでは全て「予知能力で全てお見通しよ」と語っていたが、ただ予知できるだけでそんなことができる訳がない。例えば今、お前を3秒後に殴るとボクサーに言われて、それを避けることのできる人間が何人いるだろうか。
大体、こうしてプライドになってから気づいたけれど何故、女王プライドが女王になるまでの必須どころか選択科目ですらないような剣や格闘技を避けられたのか。正直、ゲーム製作者がそこまで考えなかっただけだと思うけれど。
結果、プライドである私は鍛錬の必要も無く、難無くそれをマスターしてしまっている。主人公と攻略対象者を追い詰めるべきラスボスだからこそのチート能力だ。
「また…女性である姉君がこれでは、僕の立場がないではありませんか…。」
気がつけばステイルが大分落ち込んでしまっていた。駆け寄ったティアラが横から「兄様も十分凄いと先生方もおっしゃってましたわ」と慰めている。しかし、そのまま小さく「ただ、お姉様がすごいだけです」と付け足したことで余計に落ち込んでしまった。「護るべき人より脆弱では意味がないんだ、ティアラ…」と呟くステイルは哀愁すら漂っている。
「でも、兄様はお勉強がこの国一番だと先生が褒めておりました!」
肩を落とすステイルを一生懸命ティアラが元気付けようとしている。
「そうよ、それにステイルは男の子だもの。きっとこれから私よりも強くなるわ。それに…」
私は一瞬言うべきか少し躊躇いながら、笑ってみせた。
「どうせ単純な力では敵わないもの。」
ステイルは強くなる。今だって一つ年上の私よりも背が伸びて身体つきもしっかりとしてきた。そして少なくとも、ゲームの復讐の炎に燃えていたステイルは強くなっていた。剣技でプライドと鬩ぎ合い、そして最後は力で競り勝つのだ。
他の攻略対象者も方法は多少異なれど、大体の勝因はそうだった。プライド自身の弱点、恐らくそれは純然たる腕力。いくら強くても、女王というカテゴリの中にいるプライドは腕力では攻略対象者には誰にも叶わず、それが最後の決め手になることも多かった。
「ちから…?」
少し気持ちを取り戻したのか、顔を上げてこっちをみる。
「ええ、そうよ。例えば、逃げ場のない状態で男の人に至近距離から押さえつけられたら、私には成すすべが無いもの。」
「……逃げ場のない…男…、至近距離…押さえ…、……!。」
私としては分かりやすく伝えたいだけだったのだが、それを聞いたステイルはぼそぼそと呟きながら顔がみるみるうちに青ざめていった。最後に「プライドが…」と何やら呟くと、ゆらりと立ち上がり、剣を構え直した。
「やります…!先生、御教授の続きをお願い致します。」
急にやる気をみせたステイルからは一気に表情が消える。私にドン引きしていた先生もそれにつられたように慌てて仕切り直していた。
最近ではステイルは城の生活に慣れていくにつれて段々と、特に私達姉妹の前や自分だけの時間などではゲームの攻略対象時のように無表情になることが増えてきた。城内の人や社交の場ではしっかりと笑顔を振りまき表情も豊かになるが、それ以外では全くの無表情だ。昔、表情を表に出すのが苦手と言ってたし、使い分けをしてる分、昔より肩の力が抜けてきているのだと思う。私とティアラはもう見慣れたし、無表情でも何となくステイルがどういう気持ちなのかは分かるようになっていた。
それにしても…急にあんなにやる気を出されるとまさか本当にゲーム補正で私の命を狙っているのかと少し勘繰ってしまう。今までのステイルには少なくともそんな気配は感じられない。ただ、今ああして剣にのめり込んでいるステイルからは、若干の殺気も感じられていた。
「お姉様…」
気がつくとティアラが私の裾を掴んでいた。
なんだかティアラまで顔が少し青いような…
「私、力もありませんし…お姉様のように凄くもありませんけど、私も…私も付いておりますから…!」
なにを想像したのか、涙目になっている。
「お姉様がそのような目に合わないよう、ちゃんとお傍にいます…!」
どうやらティアラは私が本当に男性に押さえつけられる図を想像したらしい。心配をかけて申し訳ない気持ちになりながら彼女の頭を撫でる。
「ありがとう、ティアラ。余計な心配かけてごめんなさいね。でも大丈夫よ、私達には父上にステイル…衛兵や騎士団だって付いているのだから。」
ティアラは成長するにつれ、本当に女の子らしく、綺麗になっている。病弱という設定もゲームが始まった時は過去の話として出ただけでゲームスタート時は普通の女の子だったが、既に私やステイルに混ざって庭を駆け回ることも増えてきた。流石に今みたいな剣や護身格闘技には加われないけれど、一緒に生活するようになってからは殆ど毎日、ステイルと一緒に私のあとについて来てくれている。
単純に私は可愛い妹と弟に恵まれたことが嬉しいけれど、ゲームで語っていたティアラの憧れでもあったプライドとの姉妹としての関係。それを叶えることが出来ていたらもっと嬉しい。
それからステイルは剣や護身格闘技に毎日のようにのめり込み、頭角を現していった。
私も教師達には「是非とももう一度お手合わせを!」と言われたが元々ゲームの設定確認の為だったし、ステイルの邪魔もこれ以上したくなかったので丁重にお断りをした。大体、「第一王女は野蛮な暴君」なんて噂がたったら洒落にならない。それよりも女王になる為の作法や知識を覚えないといけなかったし、何より将来の本当の女王であるティアラにも、私から早めにその辺を教えておいてあげたかった。
ただ、そのティアラが「私も身体を鍛えようかしら…」と言い始めたので、女性には不要の実技だと諦めさせるのが大変だった。私だって今日特別にと許して貰ったのに、万が一にもか弱いヒロイン且つ第二王女であるティアラが剣や護身格闘技にハマってしまったら大ごとだ。
こうして私の三年ぶりの前世の記憶への確認を終えたのだが…数ヶ月後、ステイルとともに行くことになる騎士団の演習視察。
そこで新たな出来事が待つことを、私はまだわかっていなかった。