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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
惨酷王女と罪人
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118.罪人は奪われた。


ケメトとセフェクと暮らして四年。

ガキ共は完全に俺の生活に浸透しやがった。


「ヴァル!ヴァル‼︎」


下作業中に声がして振り向けば、セフェクとケメトが二人で何かを抱えながら俺の所に駆け込んできた。

「アァ?どうした。」

久々にまた金でも奪られたのか、そう思いながら瓦礫の詰まった袋を担ぎガキ共に向き直る。

「魚貰った!魚‼︎水代の代わりに魚‼︎」

「売れ残りだからって一匹丸々くれたんです!」

ケメトの頭以上ある大分でかい魚だ。二人はそれを俺に見せると「日向じゃ悪くなるって聞いたから先に帰ってるから!」「今日は早く帰ってきて下さいっ!」と一方的に捲し立てやがった。それは俺の分け前もあるって意味なのか。それもわからねぇまま俺が生返事をすると、不意に背後で同じ同業者の声がした。

「なんだヴァル、今日は家族揃ってご馳走か?」

「へぇ〜、羨ましいな。」

最初の頃は仕事以外で話し掛けてくることもなかったってのに、最近は顔を突き合わすことが多いせいか馴れ馴れしく声を掛けられることも増えてきた。…ガキ共が毎回俺のところに来るせいで、舐められているのもあるだろう。

「あー?…別に家族じゃねぇ。」

逐一相手にするのもめんどくせぇ。休息時間もセフェクとケメトの話題になると余計に面倒に絡まれる。適当に話を切って、あぶねぇからさっさと帰れと二人を追い払う。

「…うん。」

「…あ。…はい!」

何故かさっきまで興奮していた姿が嘘見てぇに立ち尽くし、俺から目をそらすように視線を泳がせ、一歩引いた。何だってんだ。

「…行くわよケメト。」

「えと…ヴァル、待ってますね!」

セフェクに魚ごと引っ張られるようにしてケメトが最後に俺へ言葉を投げかけていった。

目で二人を見送り、それから瓦礫拾いに戻る。同業者が「あ〜あ…」「悪いことしたな」とぶつぶつ言ったが無視する。どいつもこいつもめんどくせぇ。

…家族じゃねぇ。飯を食って同じ寝床で寝るだけだ。アイツらはもともと俺を利用して纏わり付いているだけだ。ニ年前からは飲み水を共有し、一年前からは何故か寝床とボロ布も共有するようになった。寒くもねぇ日も俺の傍にくっつき、二人とも身体がでかくなって前のボロ布じゃ足りねぇからか、濡れてもいねぇのに俺のボロ布を一緒に被って寝るようになった。ケメトはともかく、最近じゃ毎日セフェクが寝ぼけてボロ布を奪いやがるから、いい加減にもう一枚でけぇ布を用意しねぇとと考える。今日で夕飯と明日の朝飯代が浮くならそれで一枚買うか。俺の分か、それとも寝相の悪りぃセフェクの分だけ買う方が安くつくか…。

今日の分の仕事を終え、金を受け取り、取り敢えず市場に寄らず住処へ向かう。ボロ布は今日の飯代が本当に浮いてから考えることにする。そのままいつもの下級層の路を歩み、気がつけば四年間住んでいる住処へ辿り着いた


…が、そこは瓦礫の山だった。


もともと壁と屋根だけのボロ屋が、完全にその形を成していねぇ。更にはその瓦礫の前には男三人と鎖に縛られ転がされたガキが二人。…ケメトとセフェクだ。

「テメェら何してやがるッ⁈」

気づけば、考えるより先に声を荒げていた。


ー 俺は、何をしている?


人身売買の連中なのは一目で察しがつく。商品補充で下級層の連中を攫うなんざ基本中の基本だ。俺が特殊能力を隠し続けたのだってそれが理由だ。


ー なら、何故わざわざコイツらに関わる?


俺の声に男達が振り向き、ケメトとセフェクが俺の名を叫ぶ。ヴァル、ヴァルと。今の俺がコイツらを奪い返せる訳がねぇことは、誰よりもテメェがよく分かってる。


ー 鬱陶しいコイツらを、回収してくれるなら願ったり叶ったりじゃねぇか。


鎖を両肩に掛けた大男が笑う。次の瞬間、突然俺の足に何かが絡まった。見れば足に鎖が巻き付いている。その瞬間、やっと思い出す。過去にそれなりに名の知れた、鎖を使う特殊能力を持つ〝同業者〟がいたことを。

思わず目を見張れば次の瞬間、大男が直接肩に掛けていた鎖を振り回し、俺の身体へ振るった。足元をとられ、避けることもできずに真っ正面から受け、そのまま壁に叩きつけられる。息をつく暇もなく、更に何度も何度も鞭のように大男の馬鹿力で鎖が振るわれ、頭に、腹に、腕にと激痛が走り、次第に意識が遠のく。

「おい、あまり商品を痛めるな。」

「そろそろ戻るぞ。最近は下級層でも慎重にしねぇとすぐ足がついちまう。」

ガキ共がまたヴァルと俺の名を呼んで悲鳴を上げる。セフェクが鎖に縛られたまま暴れるが男の一人にうるせぇ、と踏みつけられ甲高い悲鳴を上げた。


ー このままただ黙って見てりゃあ良い。そうすりゃあ俺は自由だ。


「こッ…の‼︎」

頭に血が上り、まずは目の前の大男に摑みかかろうとしたが、…身体が思うように動かず止まる。その瞬間、更に鎖を頭に叩きつけられた。

「…?待て、その男の肌の色を見ろ、この国の人間じゃねぇぞ。」

「ハズレか。なら、このままこの場で殺すか?」

男二人の言葉に鎖の大男が笑う。この目はよく知ってる。何でもいいから殺したくてたまらねぇってツラだ。前の同業者にこういう奴は何人もいた。

ふざけるな俺はこの国の人間だと、言おうともしたがそれより先に鎖で口を塞がれた。騒がれねぇようにする為だろう。見ればセフェクとケメトも同じように口に鎖を巻かれ始めている。

「…いや、こういうのは有効活用した方が良い。」

男の合図で鎖を振るう大男の手が止まる。男は俺の腹を一発蹴り上げると俺を高い位置で見下ろしながらゆっくりと語りかけた。

「二日後の夕暮れ、この場所に五人だ。この国の人間を五人用意しろ。そうすればガキ二人は返してやる。」

口元を隠したままでも、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべているのが声だけでよくわかる。

ふざけんなと叫びたかったが、口元を塞がれて呻き声にしかならねぇ。最後に「せいぜい頑張れよ」と吐きすてられ、頭を小石のように蹴り飛ばされた。

男と大男に鎖ごと担がれ連れて行かれるセフェクとケメトが、俺を向かって声を上げている。んー、んー、と何を言っているのかもわからねぇ。ただひたすらに必死に叫びながら、セフェクもケメトもボロボロと涙を流してやがる。うざってぇ、胸糞悪りぃ。何故、何故俺が、こんな。


ー ふざけるな、返せ。


歯を食いしばり、せめてと自由な手で瓦礫を掴み、男達へ投げようと振りかぶる。が、それを投げることはできなかった。さっき大男に摑みかかろうとした時と同じだ。身体が言うことを聞かねぇ。…隷属の契約、だ。


…ふいに、去っていく男達とガキ共を見ながら、四年前の言葉が頭の中を駆け巡った。


『例え不条理な目に合ったとしても貴方は己が力で報復することはできません。』


あの、バケモンの言葉だ。


『いくら殴られても』


追いかけようとはしても足が鎖に縛られたまま動かねぇ。這いずろうとしたが、さっき痛めつけられたせいか、もう身体が上手く動かねぇ。


『大事な物を奪われても』


ケメトとセフェクが、まだ何かを叫んでいる。ガキの甲高い声だけが、薄く未だ耳に届いた。途中、男の「うるせぇ!」という怒鳴り声と重い音と同時片方の声が途切れた。殴られて意識を奪ったのだとすぐにわかった。


『貴方の拳が相手に届くことはありません。』


掴んでいた瓦礫を手から零し、奴らが去って行った方へ意味もなく手を伸ばす。届く訳がねぇことは、わかってる筈だってのに。

それでも、頭より先に身体が動く。


『生き方によっては死よりも辛い地獄が貴方を待っていることでしょう。』


ー 返せ。


手を何度も何度も地面に叩きつけ、地面に齧り付き、地を握り土を掴む。鎖で塞がれた口の中で歯を食いしばり、声にならねぇ声を叫ぶ。胸底から沸き上がる憎悪が、殺意が止まらず声が溢れる。


「グゥッ、ガ、ァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎‼︎」


ー 返せ、返せ、返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ‼︎‼︎


自分でも訳がわからねぇ、未だ一度も感じたことのねぇ程の怒りと欲求が入り混じる。


身体を縛る鎖の特殊能力が解けるまで、吐き気と胸の鈍痛と熱が身体を支配し続けた。




















『貴方がもし己ではどうしようもない事態に直面し、心から誰かの助けを望む時は私の元へ来なさい。』




隷属の契約が…始動した。


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