114.罪人は知った。
「…テメェら…いつまで俺に寄生するつもりだ…?」
俺の背中に小袋を抱えて隠れるセフェクとケメトにうんざりしなからそう尋ねる。
金の使い方を教えて更に一年。ガキ共はみるみるうちに金を稼ぐことを身につけていきやがった。
「ずっと。」「僕もずっと居たいです。」
俺の足に掴まりながらあいも変わらずそう答えるセフェクとケメトを手で払い、さっさと離れろと言って傍からも追い払う。どうやら物乞いの他にセフェクが商売を始めたらしく、そのせいで時々こうして稼いだ金の袋を抱えて瓦礫拾い中の俺の所へ逃げてくるようになった。まさか、たった一年で五つと九つのガキが物乞い以外でも稼ぐようになるとは思わなかった。ガキが小金を稼げば狙われるのも当然だ。大体がそこらのゴロツキ以下のガキ共だったが、俺の姿や顔を見た途端にどいつもこいつも逃げやがる。俺の背中に隠れたセフェクの自慢げな笑い顔と、無駄にキラキラした目で俺を見上げるケメトが鬱陶しかった。
「大体セフェク、テメェは何の商売をしてやがる。」
「まだ秘密。」
これだ。コイツらは俺に寄生している分際で隠し事があるらしい。そのままセフェクは俺に小金を入れた小袋を押し付け「もっと稼ぐから持ってて」と言って、あろうことか金を俺に預け、また商売に行きやがった。懐に入れちまいたかったが、これも隷属の契約で不可能だった。舐められてるのか、それとも馬鹿なのか…これだからガキは。
そして陽が沈む頃に再び俺の所に来て、三人で市場で買い出し…それがいつのまにか日課になっていた。俺の背後を歩いていたガキ共が、いつのまにか俺の隣を歩くようになっていた。うざってぇ。だが、最近はそれでもコイツらへの殺意も大分薄れていった。慣れっていうのは恐ろしいもんだと我ながら思う。
「…おい、ケメト。何故テメェはいつもそんな喋り方ばっかしてやがる?」
以前より、どうでも良い会話をすることも増えてきた。ケメトは俺が話し掛けに応じるようになってからは、前にも増してよく話す。だがその喋り方は必ず敬語だった。下級層のガキにしては珍しい。まさか捨てられる前は良い家のガキだったのか。
「え、…と。…セフェクが、教えてくれました。」
俺からの言葉に照れたように笑いながらケメトが答える。横でセフェクが誇らしげに胸を張っていた。
「ケメトは将来絶対必要になるから教えてあげたの。」
「どう必要になるんだ。」
「だってケメトはー…!。」
そこまで言ってセフェクは急に気がついたように自分の口を抑え、黙りこくった。「なんだ」と聞いたが、首を何度も振って「なんでもない」としか答えない。…めんどくせぇ。
「…ま、どうでも良いが。」
さっさと話を切り上げ、自分の飯を平らげて横になる。ガキ共も俺が横になりだした途端に急いでテメェの飯を平らげ隅に転がった。
コイツらの事情なんざどうでも良い。俺も俺の事情を話してやる気なんざ毛ほどもねぇ。互いに信頼も協力も何も無い関係だ。コイツらは俺を利用し、俺は利用されるだけ。…なんとも情けねぇ関係だと、改めてそう思った。
二カ月後、この関係が少し変わる。
…その日は、妙に冷える日だった。
瓦礫拾いをしていた土木の建築が建て終わり、前よりも市場に近い、別の建築の瓦礫拾いにありつけた。瓦礫拾いを続けていたせいか、無駄に筋力だけは身に付いた。雇い主にそこに目をつけられ、簡単な下働きもしろと言われた。面倒だったが、その分の上乗せを条件に引き受け、更に肉体労働が増えた。
仕事を終えた時、いつものようにケメトとセフェクが待っていなかったことに気がついた。間違って前の瓦礫拾い場に行っているのか、それともまだ知らねぇ商売でもしているのか、とうとうその辺のゴロツキに襲われたのか。…まぁ、俺の知ったことじゃねぇ。構わず俺は一人でその日の飯を買いに市場へ向かった。
「ちょっと‼︎お金返してよ!」
市場に入ってすぐの所で聞き慣れた叫び声が聞こえた。反射的に振り向けばセフェクだった。また下級層のガキ共に絡まれ、小袋を奪い取られていた。ケメトがセフェクの背後で怯えるように小さくなっていた。予想の範囲内だ。背の低いセフェクに対し、図体のでかい十四、五ぐらいのガキ共が小袋を高く掲げてゲラゲラと笑っている。…くだらねぇ。
「おい、セフェク!ケメト‼︎」
ガキ共にされるがままになっている二人が腹立たしくなり、思わず声を荒げる。振り返ったガキ共が俺を見て顔色を変えた。そのまま睨んでやれば明らかに目が泳ぎやがった。セフェクとケメトが驚いたように突っ立ったまま目を皿にして俺を見る。いつまで待っても動かねぇから、俺の方が痺れを切らせて二人とガキ共に歩み寄る。俺が近づくごとにガキ共が後退りし、背中を向けようとビクビク身体を捻らせる。
「…その金、置いてけ。」
もっとはっきり恐喝してやがったが、契約のせいで最低限の言葉しか掛けられねぇ。ガキ共は少し迷ったように目配せし合った。逃げるか、渡すか、俺とやり合うかの相談だろう。あいにく、もし殴り合いになれば実際は俺の不利だ。暴力全般が契約で封じられている俺には。その選択肢をガキ共が選ぶ前に、先手を打つ。特殊能力で土壁を瓦礫で作ってみせれば、ションベン臭ぇガキ共への威嚇はそれで十分だった。俺に渡すように地面へ小袋を置き、背中を向けて一目散に逃げていった。
小袋を摘み上げ、セフェクとケメトへ放り投げる。大した量も入ってねぇ小袋がガチャンという音と共にセフェクの前に着地した。目を開き阿呆みてぇに口を開けたままの二人に苛つく。俺の特殊能力を見たせいか、驚いて未だに動けねぇようだった。…うぜぇ。
今まで、セフェクにもケメトにも特殊能力を直接見せたことは無かった。能力自体、最初に纏わり付いてきた時にコイツらを撒こうとしてこっそり使ったぐらいだ。使っているところ自体は見せてもいねぇし、当然話してもいなかった。瓦礫拾いでも能力を使えばもっと簡単に集められたが、人身売買の連中に目をつけられることを避ける為にも特殊能力は一度も使わなかった。ガキ共は特殊能力自体見るのが初めてなのか、それとも特殊能力の存在自体を知らなかったのか、二人揃って自分の目を疑うような顔をしてやがる。まぁ別に説明してやる義理もねぇ。
「行くぞ。」
それだけ言って、いつもの店に向かい二人に背中を向ける。放心状態の二人を無視して歩けば次第に駆け寄ってくる小さな足音が耳に届く。
「あのっ…ヴァル!あ、ありがとうございますっ!」
ケメトが最初に声を上げた。目だけで振り返れば、目を妙にきらきらさせて俺の方を見上げてやがる。鬱陶しくてそのまま目を逸らす。
「アァ?何がだ。」
「お金っ…取り戻してくれて!かっ…かっこよかったです‼︎」
ケメトにしては興奮した様子の話し方に眉をひそめる。かっこいいだぁ?奴らに手も足も出してねぇ俺の何処がそうなる。金を取り戻してやった事に関しては単なる…、…そう、気まぐれだ。何と無く腹が立ったからあのガキ共の邪魔をした、それだけだ。そのまま俺がそれを口にしようとした途端、先にセフェクが声を出した。
「ヴァルは、小さい子どもが好きなの?」
「ハァ⁈」
思わず思い切り声を荒げてセフェクを睨む。ガキなんざ好きじゃねぇ、むしろ最近はコイツらにつき纏われているせいで嫌いと言っても良いくらいだ。「ンな訳ねぇだろ‼︎」と怒鳴るが、セフェクはキョロキョロと周りを見渡し、「あ」と声を上げて一点を指差した。
「ヴァル、さっきの奴らがまたお金奪ってるわよ。」
見ればさっきのガキ共が物乞いをしている七つ前後のガキ共から金を奪ってやがる。どうやら連中はそれで生計を立てているらしい。あの年じゃ物乞いでの施しも少ねぇだろうし良い稼ぎ方だ。何よりテメェより小せぇガキなら簡単に奪える。俺も昔、ゴロツキ連中と組むまでは何度かやったことがある。「だからどうした」と言ってそのまま店で干し肉を買う俺にセフェクとケメトが不思議そうに首を傾げる。
「さっきみたいに助けないの⁇」
コイツらは俺の事をその辺のお人好しと勘違いでもしているのか、あいにく俺はそんな人間じゃねぇ。
「なんで俺が助けてやらなきゃならねぇんだ。」
セフェクの言葉を切り捨て、今朝切れた水を買いに隣の店に移動する。セフェクが驚くように「え、だってさっき私達を助けてたし…」と声を漏らした。
「言っておくが、俺はそういう人間じゃねえ。ガキが何人路傍に転がっていようが、嬲られようが気にも止めねぇ。…そういう人間だ。」
気紛れで助けたことにコイツらが俺へどんな夢を見たかはしらねぇが、はっきりとそいつを否定しておく。落胆するならすりゃあ良い。それで俺から離れれば一番良い。むしろ好都合だ。
だが俺へと目を向けたままパンを一つ買った二人は、そのまま俺の隣に並んだ。やはり俺が外道でもコイツらは変わらず俺を利用する方が優先らしい。水を買い終え、さっきのガキ共を素通りして住処へ戻る。歩きながらついでに俺の前科についても話しておく。隷属の契約のことだけは伏せ、人身売買も、殺しもなんでもしたし、テメェらみたいなガキを嬲り殺した事も何度もあると。これで俺を恐れて離れれば良いとも思ったが、セフェクもケメトも顔色一つ変えずに受け入れてきやがった。クソガキ共。
「何故、なんとも思わねぇ?」
住処で飯を食いながら尋ねると、セフェクは最初に一言「最低な人間なら見慣れているもの」と答えた。
「私の親だった人は、同じ中流階級の人達の前では皆に〝良い人〟って好かれてたけど…〝存在しないことになってる〟私にはご飯も殆どくれなかったし殴ったり髪引っ張ったりされたし、父親だった人には、……もっと怖いこともされた。」
何かを思い出したのか、自分の身体を抱き締めるようにして小刻みに震え出した。聞けば、ケメトでなくセフェクが割と良い家のガキだったらしい。碌でもない環境だったことよりもそっちの方に驚いた。道理でケメトに言葉遣いを教えられる筈だ。
「でも私が逃げ出すまでずっと、私以外の人にとっては〝良い人〟だったわ。…〝今〟〝その人にとって〟良い人なら…それで良いの。」
最後に独り言のようにしてそう呟きながら、セフェクは自分の分のパンに噛り付いた。セフェクの過去を聞き、ふとケメトの方に目をやると「親…?」と首を捻った。ケメトの方は物心つく前に捨てられてセフェクに拾われたらしい。
…どうやらここに居る三人共、親には恵まれなかったらしい。まぁ、こんなところに居る時点で予想はできたが。
干し肉を食い終わり、買った水を口に含もうとした瞬間
ビシャァアッ‼︎
「ッ⁈ぶわ!なっ…何しやがる⁈」
突然顔面に水を掛けられた。裾で拭い、水を掛けてきた方向へ振り返り睨みつける。セフェクが俺に手のひらを向けていた。
「これが私の特殊能力。」
「アァ⁈」
コイツも特殊能力者だったのか。水の能力は特殊能力としては珍しくもねぇが、まさか俺と同じだったとは思わなかった。セフェクはそのまま「だからもうヴァルも水を買う必要は無いわ」と続けた。今日もその能力で水を売って商売をしてたとのことだった。どうでも良いが、もっとさっさと言えば水代を無駄にせず済んだものを。
濡れた顔をもう一度拭いながら「なんでそれを俺に今教えるんだ」と聞いたが、返ってきたのは「あとケメトは私よりもっとすごい特殊能力者なの」という返事にもならねぇ言葉だった。
「アァ?もっとすごい、だぁ⁈」
どんな能力だ、と聞くと「それはまだ秘密。ケメトにも教えてないの。」と今度は返事が返ってきた。なんで本人が知らねぇのにセフェクが知ってんだとも聞いたが、それも秘密だと言う。ガキとの問答は本当にめんどくせぇ。
「ケメトはいつか大きくなったらお城で働くの。お城で働く為には希少か優秀な特殊能力が一番大事って聞いたことあるわ。」
だから敬語も今から勉強しなきゃ、と話すセフェクにケメトは無言で頷いた。ならさっさと能力を教えてやれとも言ったが、「まだケメトは子どもだから知っちゃダメ」らしい。
「だって、うっかり話しちゃって人攫いに合ったら大変でしょ!」
アンタみたいな、と言って俺を見たセフェクに、わかってるじゃねぇかと鼻で笑ってやる。
取り敢えず次から飲み水の心配がなくなったことだけは朗報だ。元手のかからねぇ商売ならコイツらが稼げたのも頷ける。
話が終わったならさっさと寝ろと言ってガキ共へ背中を向けてボロ布片手にその場に転がる。ガキ共がいつものように住処の隅でボロ布に包まる…と思ったが。
ごそり、と何やら俺の背中に何かが当たり、振り返れば二人が俺の横に転がりボロ布に包まり始めていた。
「…おい。どういうつもりだ。」
本来ならつき飛ばすだけだってのに、契約で暴力を許されない俺は声を低めて二人を睨みつけた。
「寒いから。」
セフェクが俺に背中を向ける形でケメトを抱き抱えるようにして一言答えた。寒いからなんざ理由にならねぇ、今までの二年余りで今日より冷える日だってあっただろうが。
ふざけんな、退け、と声を荒げてやるがセフェクはそのまま寝入るふりをしたままだ。このクソガキ。勝手にしろと告げ、背中が触れないように少し前方に転がり直してから今度こそ寝入る。
…意味がわからねぇ、このガキ共。
何故、俺に突然特殊能力を教えたのか。
何故、ケメトの特殊能力をケメト本人が知らねぇのか。
何故、突然こんな風に引っ付いてきやがるのか。
何故、…触れもしねぇ背中が温いのか。
訳もわからず、目を閉じる。
今まで感じたことのない、胸奥の微熱の存在すら…気付かねぇままに。