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フリージア王国備忘録<第一部>  作者: 天壱
極悪王女と義弟
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13.義弟は誓う。


翌朝、目を覚ますとプライドはもういなかった。


朝に具合を見に来た医者には念の為、数日安静を言い渡された。

昨夜のそれが夢だったのか、現実だったのかわからない。プライドの言葉も、温もりも、自分の決意も鮮明に覚えてはいるのに、あの出来事に対して現実感が全くわかない。


プライドが全く見舞いに来ず、我慢できずプライドとよく一緒にいる侍女が部屋に入ってきた時に聞いてみた。すると、昨夜僕の部屋に見舞いに来た時に一緒に眠ってしまったのが恥ずかしくて来れないのでは、とのことだった。

そのまま侍女に「このことは王配殿下や女王陛下に怒られないよう、秘密に。と御命令頂いたのでご安心ください」と悪戯っぽい笑みで言われた。昨夜のことが現実だったとやっと実感できた。

そのまま侍女は自分をロッテと名乗ると、これから先宜しくお願い致しますと改めて頭を下げられた。


それから数日、プライドに会えないのは落ち着かなかったけれど、あの日のことを思い出すと胸が熱くなって、むしろ熱が悪化せずに済んで助かったかもと思うようになった。

医者から許可が出てからは早速マナーや勉強に取り掛かった。

風邪を引く前の圧迫感が嘘のように、頭の中はすっきりして、更に沢山のことを覚えることができた。

風邪が治って最初にプライドに会った時は少し緊張したけど、プライドが一瞬恥ずかしそうにはにかんだ後、いつもの笑顔で「元気になって良かった」と言ってくれて肩の力を抜くことができた。

見舞いの日のことはプライドも話さなかったし、僕もいわなかった。

プライドが望むならそれで良い、僕の決意は変わらないのだから。


その日の昼食後、プライドに呼ばれ僕は一緒に父上のもとへ向かった。

プライドは僕の背中を押すように肩に手を添えると父上からの言葉を待った。

「これは特例で、城の中でも必ず内密にするように。」

改まったように手渡され、僕はそれを失礼がないように両手で受け取る。一枚の便箋だった。何かの招待状だろうかと何の気もなしに封を切る。中の手紙を手に取り、思わず声を漏らしてしまった。


それは、もう会えないと言われた筈の母さんからの手紙だった。


〝ステイルへ〟


その〝ステイル〟の字は確かに、母さんが僕に名前だけでも読み書きできるようにと教えてくれた、何度も何度もみた母さんの字だった。

なんで、もう連絡はとっちゃいけないと、会うことは駄目だと、そう言われたから。もう今の僕では会えないと思ったから、だから、だから僕は…


父上がプライドに頼まれてね、と手紙の説明をしてくれる内にまた色々なものが込み上げてきた。

月に一回も?母さんのことが知れるの?母さんが元気だと、それを確かめることができると。しかも僕の誕生日には返事を書けるなんて‼︎僕からも母さんに伝えることができるなんて。

女王補佐になったとして、それでも本当に叶うかはわからない。もし目論み通りいったとしても、数年以上は絶対に会えないと。そう、諦めていた筈なのに。

プライドや父上への感謝や母さんへの想いや嬉しさが溢れ出して気がつけば大声で泣いていた。

こんな大声で泣き喚くなんて、今まで一度もなかったのに。

それでも涙が次々と溢れてきて喉からも溢れてくる感情を抑えることができなくて。

不意に頭にふわりとした感触がすることに気がつく。すぐにプライドの手だとわかった。振り返りプライドの優しい笑みに堪らず、思うままにプライドを縋り付く。


この人は、一体どれだけ僕に与えてくれれば気がすむのだろう。

プライドや父上を前に恥ずかしいと思いながら、どうしても抑えることができない。


「私も、父上も母上も、…貴方のお母様も。皆、貴方を愛しているわ。」

もう、駄目だった。

感情が津波のように押し寄せて止まらない。

抱き締め返されたその腕に、顔を埋めたその胸に、感情が爆発して頭が堪えるの放棄した。癇癪を起こした赤ん坊のように城中に響き渡る声で泣き続けた。


ただ、守るだけじゃ足りない。

この恩を、感謝を、絶対に返したい。

生涯をかけてでも。



言葉にならない声で何度も父上に感謝を伝え、プライドに背中を押されその場を後にした。

途中、扉の向こうに控えていた侍女や衛兵に会う前に手紙を服の中に隠すように囁いてくれた。

部屋に戻り、未だ引きずる泣き声を抑えるように自分の腕を咥えて無理矢理黙る。

改めて母さんからの手紙を見る。

〝ステイルへ〟その文字だけでまた涙が溢れてきた。

文字が読めるようになって良かった、勉強を頑張って本当に良かったと心から思った。

母さんからの手紙には、元気だと、街の人が良くしてくれていると、僕に手紙をかけて嬉しいと、僕からの手紙を楽しみにこれからも生きていけると、こんな特別なこと処置をしてくれた王配殿下に感謝をと、どうか元気に、身体だけは大切にと、そしてその文の合間合間に「愛してる」という言葉が何度も何度も入れられていた。

何度も何度も読み返しては涙で手紙が濡れないように目を服の裾で拭い、鼻を啜る。

顔を近づけるとうっすら母さんの、家の匂いがした。ああ母さんなんだと、改めてそう感じた。

何十回も読み返し終わり、手紙をどうやって城の人に見つからないように閉まっておこうかと考えた時だった。


「全く、困ったものですねぇ。プライド様の我儘には」


窓の外からだった。

僕の部屋はプライドの下の階だ。庭に通じた道から大きな玄関までを見下ろすことができる。

思わず自分の口を覆いながら、ゆっくりと窓の傍に近づく。


「平気でしょうか、城前でこのような話を。」

「教師に確認したところ、今日の勉強は姫君も弟君も自室では行わないとのことでしたから大丈夫でしょう。それよりも声が大き過ぎますよ。もう少し抑えてください。」


よく聞こえない。さっきのプライドの我儘とか口にした奴以外、そのあとは声を潜めているようで窓にギリギリまで近づいても聞き取れない。

どうしても気になった僕は久々に特殊能力を使う。声の主達が話している傍の茂みの陰に瞬間移動する。

飛んだ瞬間、周りの衛兵も告げ口をするほど愚かではありませんから。と誰かが周りに続けるところだった。さっき声が大きかった奴も含めて相手は複数いるようだ。口々に「ほう」や「それで」などの声が聞こえる。

誰だろう。一人は聞いたことのある声だ。

「いえ、私はそのような特別処置はと散々申したのですが…ああ、処置の内容は黙秘せねばなりません。これもプライド様と王配殿下の御命令でして」

「ジルベール宰相殿の苦労も御察し致します。しかし…それではやはりプライド第一王女は未だ我儘が過ぎる御様子であると?」

「ええ、残念ながら。一部では特殊能力を開花されてからは立派になられたと噂でしたが、城に来たばかりステイル様を思うがままに連れ回し、体調を崩された日も無理に走らせたと。弟君は勉学でも既に頭角を現してるとのことなのでそれは妬んでのことではないかと。」


ジルベール‼︎

あの時、父上と一緒にいた宰相だ。ジルベールが言っていることに茂みから身を乗り出したい気持ちをぐっと堪える。

「王配殿下もやはりプライド様には甘く…今回の特殊処置も二つ返事でお受けになられてました。私の力及ばないことが歯痒いですが。」

「いえいえジルベール宰相殿が気に病むことでは決して‼︎」

「そうです!それよりも王配殿下も実の娘とはいえ、これでは女王になられた暁が心配でなりませぬな…」

「まぁ、王族の方々を補佐し、御守りするのが我々の仕事ですから。まだプライド様は幼いですし、いずれはきっととは信じているのですが…」

「ジルベール宰相殿はなんと懐が深い。流石若くして宰相に選ばれた方ですなぁ」

「いえいえ、勿体ないお言葉です。ただ…王族は民の為に動かねばならぬもの。それを逐一、娘の我儘や思い付きに振り回されては、まるで暇だと言っているかのようではありませんか。実はここだけの話…ステイル様も大分肩身の狭い想いをされておりまして。庶民の出とはいえ、プライド様は毎日のように見下し、陰でステイル様に嫌がらせを…」


怒りで手が震えた。

全て嘘でしかなかった。僕は嫌がらせなんてプライドから一度も受けたことはない。それなのにまるで、本当に見たかのようにジルベールは語っていく。

「ですが、ステイル様は流石教師が噂されるほど幼くして聡明な方。きっと私達が何と言おうとそれをお認めにはならないでしょう。しかし既にプライド様への女王としての将来に不安を感じている節もありまして、それを見ると私も胸が痛みます」

「なんと…幼いステイル様の目にまで…!」

「王配殿下と女王陛下にも気がついて頂けると良いのですが…そう、例えば私が以前より提言しております〝特殊能力申請義務令〟…特殊能力者を未だに管理しきれず、何処に能力者が、更にどのような能力を秘めているか…それすら明確でなく、今回のステイル様も噂を頼りに多くの兵が足で探す羽目に。その労力にすら国民の税金が使われているというのに。それを管理さえすれば、国としてもー…」

ジルベールの言葉を誰もが同意している。

「ですが、私も宰相。惚れた弱みで王配殿下に些か甘い女王陛下も、第一王女を甘やかしがちな王配殿下も、我儘放題の未だ次期女王として器が成り切ってない第一王女も、最後までお支えし続けるつもりです。あぁ、あと…この話はくれぐれも全てご内密に。」

こっそり顔を覗かせた瞬間目に入った宰相の嫌な笑みは忘れられそうにない。

その言葉を最後にジルベールや他の人も散り散りに去っていった。それに合わせて僕は再び部屋に瞬間移動し、窓から目の位置まで覗かせて後ろ姿を確認する。どの人も城の中で見たような人達だった。


許せない。


いまこの場で部屋を飛び出して父上や母上に全部言ってしまいたかった。

宰相やそれを同意した連中全員を不敬罪で死刑にしてしまいたかった。

全部、全部大嘘なのに。

でも、駄目だ。今の僕が何を言ってもきっと信じてもらえない。父上も母上も、宰相を信じるだろう。

でも、

だけど‼︎

特別処置というのは母さんとの手紙のことだろう。それを口止めされていることを良いことにまるで凄い悪い事のように話していた。

もう本当のことを選ぶ方が簡単なくらい、ジルベールの言葉は嘘ばかりだ。

でも、周りの連中は皆信じていた。そしてきっと内密にと言いながらその噂は城内から外にも溢れるだろう。

プライドが僕にどれだけのことをしてくれたか。そして噂をしていた奴らが何を僕にしてくれたというのか。

きっと城の中から外からプライドや父上、母上も悪い印象が広がるだろう。

母上にはまだ会ったことはないけれど、あんなに優しい父上、そしてプライドを悪者にするつもりか。

僕はなによりも一番、プライドを悪く言われたことに腹が立った。まるで本当に酷いお姫様かのように…


『もし私が最低な女王になったら』


不意にプライドの言葉を思い出す。嫌だ、それだけは絶対に嫌だ。

あの人を女王とせず、誰が女王に相応しいというんだ。僕は認めない、絶対に。

僕やプライドの言葉はきっとまだ大人達には届かない。きっと宰相の話を信じる。

あんなに優しくて、器が広くて、優秀で、他人の為に胸を痛めて泣いてくれる人が誰にも支持されず信じてももらえずに悪口を言われて、宰相みたいに口や外面の良いだけの大人ばかりが信じられるというのか。

どうにかしたくても、つい数日前に養子になっただけの僕には何もかもが足りない。


知識も、信頼も、全て。


勉強や計算ができるだけじゃ足りない。健気に見えるだけじゃ意味がない。誰よりも狡猾に、計算高くならないと。

文字の読み書きだけじゃ足りない。人の心や考えを読み取り、人と話して信頼を得られるような人心掌握術を。

プライドや父上、ティアラ様や母上に好かれるだけじゃ意味がない。ただの〝良い子〟でも足りない。城中、いや国民全てに好かれるような外面を。


でも、プライドはそうなる必要はない。


あんなに純粋で優しい人はそのままで良い。そうでいてくれることが、何よりもこの国の為になるのだから。

僕がプライドの分も、いや…それ以上にそうなれば良い。

ジルベールは不老人間だと聞いた。なら、きっと僕やプライドが偉くなってもずっといる。だからその時までに僕がジルベールよりも信頼を勝ち得てみせる。そして僕が摂政になったら国から必ず追い出してやる。

他の連中が何を言おうと構わない。僕の女王はプライドただ一人だけだ。

誰に指を指されようと、同情されようと、僕はプライドを第一王女と呼ぼう。そして僕の評価が上がれば上がるほど、きっとプライドの第一王女としての評価も上がっていく筈だ。


…母さんにも、プライドのことを知って欲しいな。そう思って手紙を改めて開いてみる。そこで「王配殿下に感謝を」の文面に注目する。そうか、母さんは父上が許可を出してくれたことしか知らないんだ。本当はプライドが頼んでくれたのに。誕生日の手紙では必ず書こう。他にも、プライドのことをたくさん。

そのまま読みながら今度は〝愛してる〟の文字で視線が止まる。




『私も、父上も母上も、…貴方のお母様も。皆、貴方を愛しているわ。』




大丈夫。必ず守るから。

あの優しい声も、笑顔も、心も全部。

プライドが、命の限り僕や母さん、国民の笑顔を約束してくれたのなら、僕は僕の一生をかけてプライドの心を、第一王女としてのプライドを、義姉としてのプライドを、一人の女の子としてのプライドを、薄汚い大人達から守ってみせる。

プライドが僕をこれ以上傷つけないと誓ってくれたなら、僕は絶対にプライドを汚させない。例え僕が真っ黒に染まっても、純白な彼女だけは染めさせない。


これは決意じゃない、誓いだ。


僕の名はステイル・ロイヤル・アイビー。

第一王女であるプライドの義弟であり、次世代の摂政。

プライド・ロイヤル・アイビーを傍らで助け、その任を果たさせる為に在る存在だ。











たった今から僕は、彼女の為に在る。



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