101.義弟と罪人は突破される。
「クッソ‼︎いつまでチンタラしてやがるあのクソガキ‼︎」
ヴァルは特殊能力で入り口へ更に瓦礫を積み上げながら、一人地団駄踏んだ。
予定ではあの王子が囚われた連中全員を特殊能力で逃し、この入り口を塞いだまま俺と王子で中級以下の檻に瞬間移動。そのまま他の連中と共に逃げる予定だった。なのにいつまで経ってもその王子が戻ってきやしねぇ。
入り口の向こうでは、連中が騒ぎながらとうとう爆薬まで使ってきやがった。瓦礫ができれば更に厚く土壁を再編成することもできるが、瓦礫が増えるごとに壊される範囲も広くなっている。これじゃあ俺の作れる土壁の範囲だけじゃ塞ぎきれねぇ、範囲外から壊されれば一気に突入されて終わりだ。
いっそ現場を放棄してあの移動手段王子を連れ戻したいが、厄介なことに俺は命じられちまった。
『命令だ。俺が戻ってくるまで此処で騒ぎを起こしつつ、足止めをしろ。それまでは破壊行為もある程度は許してやる。組織の連中は殺してもかまわないが、あくまで最優先すべきは殺戮ではなく、注意を引きつけることだ。』
『お前はしっかり入口を守り、見張っていろ。』
隷属の契約のせいで、王族の命令には逆らえない。見張りを命じられた限り、この入り口を放棄して王子のところに行くこともできない。あの王子が戻ってくるまで、だ。
「ッあンのガキ!余計な命令重ねやがって‼︎」
陽動の為の銃は止め、もしもの為に残りは取っておく。入り口前にはかなりの人数が集まってきている。恐らく殆んどの連中がいるだろう。当たり前だ、こっちは中級以下じゃなく〝上級〟の良い金になる商品の宝庫だ。
「特上の商品だけでも」「全滅させられる前に殺せ」「爆薬を全部持ってこい」と口々に騒いでやがる。瓦礫で作った土壁に何度も強い衝撃がくる。恐らくはあの鎖の大男が暴れてやがるんだろう。
ヒビを入れられる度、能力で更に厚く壁を作り、破壊の範囲が広まればこっちに瓦礫が残っている限りは補修をしていく。
…だが、もういい加減に限界だ。爆弾も使いきった上、瓦礫も残り少ない。連中全員皆殺しにするほど弾が残っているかもわからねぇ。
クッソふざけんな‼︎
あの王子と宰相の作戦通りなら、そろそろ応援が来ても良い筈だ。なのに、外からは連中の怒号しか入ってこねぇ。まさか本当は隠し穴の下にはもう誰もいねぇで俺だけ見捨てて逃げたんじゃねぇかとも考える。…俺なら、そうする。
大体、王子も騎士も宰相も結局はあの王女サマと捕まってる連中の為に動いたんだ。俺なんざそれこそ死んだことにでもして置いていけば良い。そうすりゃあ勝手にくたばる。王女はともかく、あの三人が俺を助ける理由なんざ毛ほどもねぇんだ。
考えれば考えるほど、そうである気がして口の中を噛みしめる。鉄の味がしたが、それでも更に力を込め、最後には噛み切った。
ふざけるな、俺はまだ
アイツらの無事を確認しちゃァいねぇんだ‼︎
嫌でも頭の中でセフェクとケメトの姿が浮かぶ。俺が見捨てられるのは良いとしてアイツらの無事をこの目で確認できるまでは納得なんざできる訳がねぇ。
特殊能力でひたすら壁を築きながら向こうの様子に耳をすますと人の気配が消えていた。まさかと思い、急いで壁から離れようとした途端
けたたましい爆音と共に壁一帯が破裂し、爆風と瓦礫と共に吹っ飛ばされた。
数回地面に転がりながら叩きつけられ、ゴロゴロと瓦礫と同じように床に転がる。
頭が割れるような音に耳がおかしくなり、意識が飛ぶ。瓦礫と一緒に吹っ飛んだからか身体中が馬鹿みてぇに痛ぇ。
視界が明滅しながら大勢の連中が突入して何か喚いている。思考も飛び、目の前で何度も踏ん付けられちまうってのに呻きしかでねぇ。
怒り狂った表情で俺へ怒鳴っているが、聞き取れず睨んだら今度は頭を踏みつけられた。また何か怒鳴ってやがる。
クソ…死ぬのか…。
やっと思考できた頭で、そう理解する。
まだ、アイツらを…取り返していねぇってのに。
ケメト、セフェク。
…アイツらだけは、せめて。
視界がぼやけながら段々と開く。耳鳴りが次第に止んで騒めき声が聞き取れるようになってくる。
「ッガキがいたぞ‼︎」
ふざけた大声で視線の先に目を凝らせば、奥の抜け穴から王子が男達に引っ掴まれたまま引き摺り出されている。気を失っているのか、それともくたばったか。力無く腕だけを無理に掴まれ、引っ張り上げられながら抵抗の一つすらしねぇ。身体中がさっき見た時よりも更に焼け焦げ、もともとボロボロだった下級層の服が更にズタボロになっていた。
俺を置いて行ったんじゃなかったのか。
勝手にぶっ倒れてやがったことよりも、そっちの方に頭が働く。「特上のガキじゃねぇぞ‼︎」「どこにやりやがった⁉︎」と連中が王子をひっ掴み、怒鳴る。ナイフを構え、目を覚まさねぇならとその身体に刃を突き立てる
直前に、俺の横を風が掠めた。
ぼやける視界の中で、王子を引っ掴んでいた男達が弾けるように吹っ飛び、倒れ、支えをなくした王子が地面に落ちるより先に何かがそれを受け止めた。
「貴様ら…何をした…⁈」
覚えのあるような声と、悍ましい殺気が転がる俺の方まで届く。ぞわりと、冷気のような殺意が駆け抜け、俺の周りにいた連中が後退る気配を感じる。
ああ、コイツも逃げた訳じゃなかったのか。
回らねぇ頭で、そう思う。
王子を両腕に抱え、信じられねぇ殺気を放つあの男は。
まだガキの姿だというのに、その殺気だけで裏稼業連中を圧倒するあの男は。
「この御方に…指一本触れるな…‼︎」
憤怒に染まる薄水色の髪が、視界に入り揺らめいた。