98.義弟は出会い、
…やはり、そこまで深くは無かったか。
縄を伝い地面に足をつけた後、自分が入ってきた入り口を見上げた。
見下ろした時に底の方で見えた小さな瞬き。あれのお陰である程度は予測できたが、高さで言えば五メートル程度だろうか。
これなら縄無しで飛び降りても問題はなかったな。そんなことを思いながら俺は炬火を片手に右奥の方へ目を向ける。横穴だ。またチカチカとその向こうで何かが光った。一応罠が無いか確認しながら光の方向へと足を進める。
「ゔ…、…ぅア…」
呻き声だ。人がいる、それを理解して俺は少し足を早める。ペタペタと岩の冷たい感触が足の裏に残る。
「誰かいるのか?」
声を掛けながら目で声の主を確認する。呻き声の主は、…光だった。いや、正確には声の主が光っていたと言うべきだろうか。
こちらに頭を向け、横に転がされた状態で顔から下は布袋のようなものに包まれ縛られていた。酷い有様だ。これでは猛獣以下の扱いじゃないか。俺が声をかけると声のぬしは俺の方へ小さく顔を向けた。少年だ。顔付きからして恐らく俺と同じ十四歳前後だろうか。目にも布を巻かれ、視界を塞がれている。口だけは塞がれていなかったのは食事を摂らせる為だろうか。
呻きしかでないその口が小さく「誰だ」と動いた。
「助けに来ました。今、ここから貴方を出します。」
まずは彼の特殊能力を把握しないと。ただの特殊能力者ではない、彼は上級だ。この拘束のされ方といい、もし危険な特殊能力なら騎士団の所に容易に瞬間移動させる訳にもいかなくなる。彼の返事を待たずに俺が「貴方の特殊能力は?」と尋ねると、また彼が呻いた。「わからない」と。そう言いながら、また男の身体が瞬いた。
「その光は、なんですか?」
容易に擦れるのも躊躇わせる、一瞬だが目に痛いほどの光だ。彼の顔が眩く瞬き、顔だけでなく、仄かに布袋から出てる首も光ったからもしかしたら全身が光っているのかもしれない。
「俺の…特殊能力、だ。」
特殊能力が光⁇そんなのを上級として扱っているというのか。だが、光量が凄まじいならば確かに利用価値もあるのかもしれない。少し疑問に思いながら、とにかく彼の話を聞くべく俺はまずその布袋に触れた。布…というには固く、分厚い素材だった。それを瞬間移動で消すと、男の身体が現れる。布袋越しにしか縛られていなかったのか、布袋の下は何の拘束もなかった。
「なっ…⁉︎」
身体の違和感を感じ、試しに右腕を上げて自分の目を塞いでいた布を掴み、取り去った。
「はじめまして。僕はフィリップと申します。」
偽名と笑顔で未だに狼狽している少年を落ち着かせるべく声をかける。能力が大したことがないのならば、人として前科者や危険人物の可能性もある。十歳の姿のこの俺に手のひらを返してきたらその時は…
「ぁ…俺は、…パウエル…だ。」
金色の髪がボサボサと肩近くまで伸ばしきっている。長さがバラバラだし、もともとは短かったのかもしれない。その場で足を組み座り込み、小さく礼を言いながら茫然と俺を見つめている。結構身体が大きい。座った状態でも今の俺よりでかかった。
「もう大丈夫です。家へ帰れますよ。」
取り敢えず危険人物ではなさそうだ。このままさっさと騎士団へ瞬間移動するべく、俺はパウエルへ手を伸ばす
ー途端に突如手を弾かれた。
バチィッと鋭い痛みに思わず手を引っ込める。手を弾かれた、拒絶だ。だが、俺はパウエルの手に弾かれた訳じゃない。俺が弾かれたのは…
「…嫌だ…ッ…帰る…のは」
パウエルの顔色が変わり、目を見開き、俺から怯え避けるように座ったまま後退った。身体中から光が瞬いている。さっきまでとは違い、頻度も多く、バチバチと何やら弾けるような音まで聞こえる。そう、俺はこの光に手を弾かれたのだ。
「俺はっ…帰らねぇ‼︎」
パウエルが怒声のように声を張り上げた途端、岩に囲まれた狭い空間全てがパウエルを中心に光り、瞬き始めた。
バチバチバチと弾ける音と、俺自身も身体中が焼けるような痺れるような感覚に襲われる。服の焦げる匂いが鼻につき、一度瞬間移動で退散しようとした時だった。
「ッ俺は‼︎こんな特殊能力なんざ望んじゃいねぇのに‼︎」
…悲鳴にも似た、叫びだと思った。
光で目が眩むまま、必死に目を凝らしてパウエルの方を見る。俺に攻撃を目掛けているというよりも、能力が暴走しているように見えた。頭を両手で抱え、その場に座り込んでいる。帰らねぇ、帰らねぇとまるで恐怖と戦っているかのように何度も呟いている。
そんなパウエルの姿を見て、ふと思う。
プライドならば、どうするだろう。
決まっている、彼女なら絶対に手を差し伸べる。
「パウエル‼︎」
それより先を考えるよりも前に、俺は声を張り上げた。服が焦げ、剥き出しの手足が焼けるように熱く、顔を向ければ炎に向かっているようだ。
「何処に帰りたくない⁈嫌ならば別の場所へ逃してやっても良い‼︎此処よりはずっと良い場所に‼︎」
「帰れる場所なんざあるもんかっ‼︎」
バチィィィィッッ‼︎と、パウエルが地面に拳を叩きつけた瞬間に、たまたまパウエルが弾いた小石が凄まじい勢いで四方に弾け飛んだ。まるで銃弾のような鋭さだった。俺の方に飛んできていたら怪我だけじゃ済まなかったかもしれない。
「お前は特殊能力者…ならばフリージアの民だろう⁈何故無いと言い切る⁈」
国が滅んだ訳じゃない、彼は我が国に帰れば…と、そこまで考えて俺は息を飲んだ。彼は我が国に帰りたくない。
そして、だからこそ他に行き場が無いのだと。それを理解してしまったからだ。
特殊能力者は我が国の独自の存在だ。そして他の国からはまだ理解されてない部分が大きい。今でさえ、王族でもない限り他国に訪れる時には特殊能力者はその能力を申請し、その国から許可を得なければ足を踏み入れることすら許されないのが現状だ。ならば、もし彼が我が国で何らかの理由で行き場を無くしてしまったのならば…。
彼は何処に居場所があるというのか。
何があったかはわからない。だが、目の前の彼の力を見れば予想はできる。無意識に周囲を傷付けてしまう正体不明な特殊能力。まるで雷を具現化したかのような存在。それを誰にも疎まれず過ごすことができるのだろうか。見たところ制御もできていない。後ろ指を指されて避けられ生きてきてもおかしくはない。
理解した時にはもう遅く、俺からの呼びかけに反応したパウエルが鋭い眼差しで俺を睨む。
「俺が傍にいたら不幸になる‼︎だから断絶した!全てから‼︎なのにっ…何が悪い⁈」
何を言っているのか、だが彼が全てを捨てた結果ここに流れ着いたことだけを理解する。光の中、彼の身体が小刻みに震え、俺を睨みつけた目から涙が溢れ、バチィッという音と閃光とともに雫が消失した。パウエルが歯を剥き出しにして、牙のように尖った歯が唇を噛み締め、血が滲んでいた。
「…っ、…と…て………い…⁈」
ビリビリバチバチバチという瞬きと閃光音と一緒にまたパウエルの声が聞こえた。小さくてはっきり聞き取れない。俺が思い切って息を吸い込み「なんだ⁈」と聞き返す。すると、今までで一番激しい熱量と光量が俺を包み、激しい瞬き音が耳を痺れさせた。
「ただ生き続けたいと願って!何が悪い⁈」
視界が真っ白になった。熱量が激しく今度こそ身の危険に耐え切れず、俺は瞬間移動した。
視界が変わると、隠し穴の入り口前へ瞬間移動した俺はその場に座り込んだ。同時に隠し穴から激しい稲妻が、閃光が飛びだした。数秒間茫然と眺めて、光がおさまると入ってきた入口から焦げた匂いが漂った。
あの場で瞬間移動しなかったらどうなっていたことか。想像しただけでもぞっとする。
「遅かったじゃねぇか王子サマ!中の奴でも怒らせたか?」
突然声を掛けられ、振り返るとヴァルがいた。片手に銃を持ち、天井に向けて一発鳴らして座り込む俺を見下ろし笑っている。
「お前…知っていたのか、この下に何者がいるのか…。」
「いいや?だが、待ってる間に壁の向こうの連中が騒いでたんでなぁ?なかなかヤバいのが放り込まれてたみてぇじゃねぇか。」
高い薬でやっと捕まえた貴重品だとよ。と続け、そのまま俺に「で、どうしたんだ?」と喉の奥で笑いながら聞いてくる。今すぐ命令で地べたに這い蹲らせてやろうかと思った、その時だった。
ふと、ヴァルの顔を見て四年前のことを思い出す。
「ヴァル…お前は何故、四年前に隷属の契約を望んだ?」
俺の問いにヴァルは「アァ?」と明らかに不愉快そうに眉間に皺をよせた。俺が時間はない、手短に教えろと命じるとヴァルは隷属の契約の効果通り、吐き捨てるように口を開いた。
「…死んだら全てが終わりだからだ。」
俺から目を逸らしながら答えたヴァルは苛立ちを紛らわせるように二発、銃弾をまた天井へ鳴らせた。そのまま呟くように「今は後悔もしてるがな」と続ける。俺がその意図に考えを巡らせていると、再びヴァルは俺を見下ろし歯を見せて笑った。
「未来を約束されてる王族サマにゃ、理解できねぇだろうよ。」
…何故か、その時だけはヴァルの笑みに皮肉や敵意、不快感以外の何か、物哀しさのようなものを感じた。
「…もう一度行ってくる。お前はしっかり入口を守り、見張っていろ。」
ヴァルが俺の言葉に、まだやるのかよと悪態をつきながら面倒そうに瓦礫の壁で塞いだ入口へと足を進めた。
「見捨てたところであの王女サマにもバレやしねぇだろうが。」
そう言って捨てるヴァルへ一度振り向き、俺はその背中へ言い返す。
「それは姉君への〝裏切り〟だ。俺にはできない。…お前と同じでな。」
俺の言葉にハァ?とヴァルが頭だけを傾けて振り返ってくる。本当ならこの俺がこんな罪人にわざわざ話してやるなんて有り得ない。だが、
『未来を約束されてる王族サマにゃ、理解できねぇだろうよ。』
俺はプライドやティアラ、母上のような正当な王族とは違う。それを、王族という括りで俺に言い放つヴァルに一矢報いたかったのかもしれない。
「俺は七歳で養子になった時に姉君と従属の契約を交わしている。」
俺がはっきりとそう言い放つと、ヴァルの表情が驚きに染まる。目を見開き、口を開けたまま俺を凝視している。俺はそれに少し満足すると、最後にもう一言だけ付け加えた。
「だが、そんなものがなくても俺の全ては姉君のものだ。」
視界が変わり、俺は再び暗闇と瞬きの世界へと戻った。
彼に、パウエルに会う為に。