97.残酷王女は見つける。
「…何故、貴方達がここにいるの?」
声を潜めながら、私は彼らに言葉をかける。
ケメトとセフェク。二人とも目をパチパチさせながら私の方を見ている。
「貴方は…誰?」
セフェクがまだ私を警戒して、そっと肩を貸していたケメトをそのまま抱き締めた。良いお姉さんなんだなと思いながら、私はどう説明すべきかを考えた。
「…もしかして、ヴァルが…?」
私より先に口を開いてくれたのはケメトだった。 ケメトの言葉にセフェクが顔色を変えて私と、私の両脇まで来てくれたジルベール宰相とアーサーを見つめる。恐らく私達がヴァルのせいでここに捕まったのだと思ったのだろう。ある意味間違ってはいないのだけれど、凄く誤解がありそうなので急いで私は訂正する。
「だ、大丈夫よ。私達はええと…ヴァルの友達でね、貴方達のことはヴァルから聞い」
「ヴァルに友達なんている訳ないじゃない。」
ザシュッ!と私の言葉がセフェクに一刀両断される。見た目も少し気が強そうな印象だったけれど、中身も予想通り強い。…まぁ、彼女以上に目つきの悪い私が言える立場じゃないけれど。でも、なかなかヴァルに対しても辛辣な気がするのは気のせいだろうか。私の両脇でジルベール宰相とアーサーも小さく笑ってる。
「隠さなくでも良いのよ。ヴァルに捕まったのでしょう?絶対身代わりに私達を返してくれる訳なんてないのに。ヴァルは馬鹿なんだから。」
なんかヴァルが言葉で物凄く叩かれてる⁈あまりの発言に驚いていると、セフェクがそのまま私の手を握ってきた。
「ごめんね、私達のせいなの。ヴァルは私達を助ける為に騙されたの。本当にごめんなさい。」
そう言いながら謝るセフェクは必死に私達へ訴える眼差しを向けてくれた。口は少し厳しいけれど、優しい子だ。
「ヴァルは…どうしてますか…?」
今度はケメトだ。おずおずと話し出すとセフェクが「そうだわ!」と声を潜めながらも自分も小さく叫んだ。
「お願い教えて!あんなヤツ思い出したくもないと思うけどお願いっ!ヴァルは何処にいる⁇町にいる?それとも貴方達と一緒に捕まっちゃった⁈まさか死ん…」
「落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから。」
私がなんとか抑えようとゆっくり声をかける。胸の中にいる子ども達もセフェクの勢いに若干圧倒されて逃げ腰になっている。
「もし宜しければ、答える前にこちらの質問にも答えて頂けますか?」
助け船を出してくれたのはジルベール宰相だ。セフェクに警戒されないように、にっこりと笑みを向けながら小さな声で話しかける。
「ヴァルから貴方方は特殊能力者と聞いております。なのに何故、こちらの檻に?」
ジルベール宰相の言葉にセフェクが小さく眉間に皺をよせた。「ヴァルったらお喋りなんだから」と口の中で確かに呟いた。
「…だってケメトが嫌だって。私はケメトのお姉さんだもの。離れるわけにはいかないわ。」
少しムッとしながらセフェクが答える。つまりケメトと一緒にいる為に特殊能力があることを隠したということだ。なら、何故ケメトは?と私が聞くと彼は一言「約束だから」とだけ答えた。全くわからない。でもそのまま二人に連中には言わないでと言われて取り敢えず頷いて了承した。
「私達が答えたんだから、貴方達も教えて。」
セフェクが質問をしてきたジルベール宰相に向かって訴える。ケメトもじっと答えを待つように私達を見つめてきた。
「ええ。…ヴァルならばここの何処かに居ります。恐らくは今頃貴方方を探」
「やっぱり捕まったんじゃない‼︎」
ジルベール宰相の言葉を最後まで聞かず、セフェクが立ち上がった。一緒に勢いよくケメトが立ち上がる。さっきまで小さくなっていたのが嘘のようだ。声を潜めずにセフェクが叫んだせいで私に抱きついていた子ども達も悲鳴を上げて逃げてしまった。檻の外から男がまた声を荒げて怒ってる。
「はやく助けなきゃ‼︎」
それでもセフェクは止まらない。興奮した様子で声を上げるとケメトの手を握ったまま「貴方達もここから逃げましょう!」と今にも飛び出す勢いで畳み掛けてくる。あまりの勢いの良さにアーサーがセフェクを両腕で捕まえ「落ち着け!」と止めてくれる。手を繋いだままのケメトも引っ張られるようにアーサーの方へ転びかけた。
「おいガキ共‼︎…さっき、俺が注意した筈だよなァ⁈」
キィ…と扉が開く音がして振り向くと、さっき私に罵声を浴びせた男がナイフを持って中に入ってきた。檻の外で仲間がニヤニヤと笑いながら「やるのか?」「もうかよ」とこちらを見てきた。ナイフを持った男はじわじわと私の方へ近づいてくる。立ちはだかるようにジルベール宰相、そしてセフェクを抱きしめたままのアーサーが私を守るように間に入ってくれた。二人共今すぐにでも男に飛びかかりそうな体勢で睨んでいる。
「どきなガキ共‼︎新入りにもちゃんとこの場でのルールってもんを」
その時だった。
ドガァァァァアアッッ‼︎‼︎
けたたましい爆音と地鳴りが轟いた。
あまりに突然のことで捕まっている人も見張りの男達も誰もが声を上げた。
「なんだ」「どうなってやがるッ⁈」と叫び、見張りの一人が外へ様子を見に行った。私達の目の前の男も驚いたのか一歩下がり、そのまま急いで檻から飛び出し、途中で気がついたように急いで鍵を閉めた。
セフェクとケメトもこれには驚いたらしく、少し落ち着いたのか茫然と辺りを見回していた。
「どうなってるの…?」
セフェクが誰にでもなく、一人呟いた。
私とアーサー、そしてジルベール宰相は静かにお互い目を見合わせた。これはステイルとヴァルからの合図だ。恐らく上級の囚われた人達はもう逃し終わったのだろう。ならば後はもう少しだ。ヴァルが敵の注意を引き付けてくれている間にステイルが特上級として捕まっている人がいないかを確認後、ヴァルとともに此処まで瞬間移動で来てくれる。あとはステイルとヴァルに檻の外の見張りを倒してもらって、この人達をステイルが特殊能力で我が国へ避難させれば安心だ。あとは騎士団に任せれば良い。
様子を見に行った男が慌てた様子で戻ってきた。私達を見張っていた男達が何があったがわかったかと声を荒げている。
「上級以上の檻が襲撃を受けた‼︎誰かはわからねぇが入り口を塞いで商品を嬲ってやがる‼︎」
「ッなに⁈ふざけんな!苦労して集めた特殊能力者だぞ‼︎一人でも死なれたらどんだけの損になると思ってやがる‼︎」
男達がギャアギャアと喚いている。そうして問答を繰り返しながら、早く鎖のを呼べと怒鳴った時だった。
「…上級…。…!ヴァル…‼︎ヴァルが‼︎」
振り返るとアーサーに抱き締められたセフェクと、そしてケメトが真っ青な顔をしていた。繋がれた二人の手も目に見えて震え、互いに更に強く握りしめられていた。
そうか、二人はヴァルが上級の檻に掴まっていると思っているんだった。さっきも逃げ出そうと騒いでいたし、ここはこっそり本当のことを教えてあげないと。アーサーに合図をして、一度セフェクから手を離してもらう。そのまま私はセフェクの両肩を掴んで彼女達に現状を耳打ちをしようとした時だった。
「オイそこのクソガキ‼︎また何してやがる⁈」
まずい、完全に目をつけられていた。
一度檻からでた男がナイフを握ったまま、檻の外で私達を睨みつけている。
どうしよう、ヴァルとステイルが注意を引き付けてくれている間は大人しくしてないといけないのに。それでも男は今にも檻の扉を開けて今度こそ私に何か見せしめをして来そうな気配満載だし、それ以上にジルベール宰相とアーサーの殺気が跳ね上がっている。なんとかここは穏便に…。
そう思っている間にも、今度はセフェクとケメトが手を繋いだままふらふらと檻の出口に向かって歩き始めていた。小さな声で「ヴァル…」とセフェクが呟くのが聞こえる。ナイフを持って苛々と檻の外から私を睨見つけている男が気がつき、その怒りを彼らにぶつける勢いで睨む。ナイフを手の中で持ち直し、檻の隙間から二人に向けて振り投げようとしているのがわかる。アーサーが駆け出し、二人を助けようと手を伸ばした瞬間
激烈な水飛沫と共に男が吹っ飛んだ。
え?
引き止めようとした私、アーサー、そしてジルベール宰相までも言葉を失い、その場に固まった。
放水が直撃した男は数メートルほど吹っ飛び、壁に叩き付けられて気を失っていた。私達を閉じ込めていた檻の金属は捻り、捻じ曲がっていた。子ども一人分くらいなら潜って外に出られそうな程に。檻の外にいた見張りが目の前の出来事に茫然としたのも束の間、目の前の少女に向かいナイフや銃を持って駆け出した。
が、次の瞬間再び凄まじい水飛沫とともに放水に飲まれ、残りの見張りの男達も壁まで吹っ飛ばされて気を失ってしまった。
セフェクの特殊能力だ。
確かヴァルが水の特殊能力者と言っていた。
でも、私が思っていたよりも遥かに強力だ。てっきり平均からそれ以下くらいの、例えで言えば前世の蛇口を捻る程度の水量だと思っていたのに。そんなレベルじゃない。それどころか消防車の放水をも遥かに上回っている威力だ。まるで突然目の前に滝が現れたような威力に見張りの男全員が意識を奪われ、更には檻の金具が更にひしゃげ、鍵をかけられた筈の扉がは留め具ごと吹っ飛んでいた。
「ヴァルを、返して。」
捕らわれている人どころか、私達すら言葉を失っている中、セフェクの声だけが響いた。そこには、小さな身体からは考えられないほどに湧き上がる怒りが感じられた。一言ひとことまるで身体の奥底から湧き上がっているかのような声だった。凄まじい、殺気にも似た覇気に声をかけることすら躊躇われた。
「私は、暮らすの。ケメトと、ヴァルと、三人で。」
声が震え、大きくなるのに反して声のトーンは低くなる。扉が完全になくなり開ききった場所からゆっくりと彼女とケメトは外へ出る。私が追いかけようと足を動かすと、ジルベール宰相が手で止めた。「ここは私が」と、そう言ってセフェクを刺激しないようにそっとその後に続いていった。良かった、ジルベール宰相が傍に居てくれれば安心だ。ずっと私の隣で護衛してくれているアーサーと一緒に三人を見届ける。セフェクとその手を引かれるケメト。そして後に続くジルベール宰相が見えなくなるまで。
最後、姿が見えなくなる寸前にまた独り言のようにセフェクの声が聞こえた。静かな怒りに満ちた、少女の声で。
「ヴァルを傷つけたら許さない。」