81.惨酷王女は問い詰める。
救護棟
目に見えて怪我と衰弱が激しかったヴァルを、私達は衛兵に命じて城の救護棟へ運んで貰った。常駐している怪我治療の特殊能力者の医者が治癒をしてくれたお陰で見た目の酷い怪我は大分治癒する事ができた。傷、というよりも打撲と擦り傷が酷かっただけらしく、一日治癒が効くまで安静にすることで特殊能力による治癒も進むから大丈夫とのことだった。
最初は衛兵と救護棟の医者達に任せ、父上と母上に〝知り合い〟を一時的に城へ招き入れる許可をもらってから再び救護棟へ戻った。勿論ステイル、アーサー、ティアラも一緒に。ティアラもヴァルのことは覚えていて、最初はとても怖がっていたけれど、今は少し落ち着いてステイルの背後に隠れながらヴァルの様子を伺っている。
第一王女の客人…ということで、私達が到着した時には救護棟の個室のベッドで上で眠っていた。気を失っている間に泥で汚れた身体を清められ、衣服も簡易ではあるが清潔感のある服を着用させられていた。さっきまでの浮浪者とはまるで別人だ。
大分衰弱していたのか、今の今まで全く起きない。ヴァルの睨んでも悪態をついてもいない力の抜けた顔を初めてまじまじとみると、恐らく年齢は二十代前半といった感じだろうか。もともとゲーム絵師のお陰で整った顔に描かれていたけれど、こうして眠っていると褐色肌と相まってなかなかの美男子にも見える。ゲームでは悪い顔と驚いた顔の二枚しか無かったから分からなかった。
「プライド…何故、この男を助けたのですか。」
ステイルが重々しく口を開く。恐らく察しはついているのだろう、ただそれでも有り得ないといった表情だった。
「おい、ステイル。この男は誰なんだ。」
説明しろと言わんばかりのアーサーをステイルは目だけで見上げ、最初に一言「覚えていないのか」と呟いた。
「四年前の騎士団奇襲事件。…あの時、姉君と騎士団長が捕らえた唯一生き残りの奇襲者だ。」
「はっ…⁉︎」
ステイルの言葉にアーサーは目を剥く。そのまま処理が追いつかないかのように「コイツッ…‼︎あ、の時のッ‼︎なんっ…」と口をパクパクさせながら腰の剣を握ろうとする手をなんとか押し留めていた。うっすらと殺意も感じ、かなり動揺しているように見える。無理もない、四年前の騎士団奇襲事件、そして崖崩落はどちらも実の父親が巻き込まれたアーサーにとって忘れられない事件なのだから。
「落ち着けアーサー。この罪人は姉君によって隷属の契約に処されている。誰にも危害を加えることできない。」
そう言ってステイルが手で制するが、アーサーはまだ解せないといった表情でヴァルを睨み付けている。ここは一度アーサーには引かせてあげた方が良いかも知れない。
「ごめんなさい、アーサー。もし、貴方が嫌ならば後は近衛兵のジャックを呼」
「いや居ます。絶対に離れません。」
断固、といった口振りで、ヴァルを睨みつけながらもその発言だけははっきりとしていた。それを見てステイルが少しほっとしたように息をつく。
「…姉君、聞いても宜しいですか?」
「なに、ステイル?」
ステイルは今度こそ私の方を向き直り、ゆっくりと口を開いた。
「もう一度聞きます、何故この男を助けたのですか。…それとも、これから助けるおつもりなのですか。」
ステイルの言葉にティアラとアーサーが目を開き、私とヴァルを見比べた。
「彼にそう命じたのは私だから。それに彼も今は、私の愛する国の民であることに違いないもの。…どうするかは、彼の言葉を聞いてから決めます。」
彼が本当に助けを求めに来たのならばできるだけは力になりたい。ただ、内容によっては例え助けを求めたとしても手を差し伸べるかはわからない。あれほどボロボロだったのだ、単純に死に掛けて命惜しさに私のところに来た可能性も、何かしらやらかして誰かに襲われたり、追われている可能性だってある。
例え私からの助けを求めなくても、私が彼に命じたのは『貴方がもし己ではどうしようもない事態に直面し、心から誰かの助けを望む時は私の元へ来なさい。』なのだから。
私でなく、ただ助けてほしいと望んだのならば彼は嫌でも私の元へ来ないといけなくなる。…正直、衛兵に退かされた浮浪者が彼だとわかった時はぞっとした。自分の浅はかさを呪った。庶民の、更には罪人である彼がどうやって城に住む第一王女の私の元へ法を犯さずに会いに来れるというのだろう。あそこで私が気づかなかったら、彼はあの場で生き長らえたとしてもひたすら無間地獄のように城前まで行き、衛兵に追い払われ、それでもまた私の元へ行こうと身体を引きずらなければならなくなる。隷属の契約の命令は絶対だ。下手すれば私の余計な命令のせいで彼を死なせていたかもしれない。
「…俺は、…プライド様の意思ならばそれに従います。」
アーサーが少し落ち着いたのか、ぽつりぽつりとそう呟くように口を開いた。「ありがとう」と心からの感謝を伝えると、アーサーは小さく口元だけ笑んで頷いてくれた。彼に笑みを返し、再びヴァルを見る。
彼は一体この四年間、どう過ごしてきたのだろうか。
ティアラが恐る恐る私の隣に、そしてヴァルへと近づいてくる。まだ少し怖いのか、私が手を握ると、すぐに強く握り返してきた。それでも、震える手で心配そうに、眠るヴァルの焦茶色の髪に触れ、毛先を掠めるようにその頭を撫で
「ッ⁉︎」
褐色の手がティアラの細い腕を掴んだ。
さっきまで眠っていた筈のヴァルが突然ティアラの腕を掴み、飛び起きたのだ。ティアラの甲高い悲鳴が響き、その手を離せとステイルとアーサーが剣を構える。
「ヴァル、命令です!その手を離しなさい‼︎その子は王族の人間です‼︎」
私が声を荒げた途端、ヴァルは私の方を振り向くより先にその手を離した。
隷属の契約を交わした主である私の命令で彼は他者に危害も、王族には指一本触れることもできない。恐らく今のは本当に反射的に掴んでしまったのだろう。
ヴァルは訳が分からないといった様子で、若干混乱しているのかもしれない。ティアラを掴んだ自分の手を見つめ、次には自分の身体や格好に驚き、次に自分の居る場所に戸惑い、最後に私達の方を見た。
「此処は…⁈今はいつ、…お前らは、…あいつらは⁈」
言葉が纏まらないらしく、まだ動転している。
「落ち着いて話を聞きなさい。ここは城の中、貴方は城の途中の路で倒れていました。私はプライド・ロイヤル・アイビー。……貴方と隷属の契約を交わした主です。」
私の命令で否が応でも黙って話を聞いたヴァルは最後に目を見開いた。一瞬、その場から逃げようとするように勢いよく身を起こしたヴァルだが、すぐにその動きが非自然に軋り動くことになる。
「なっ⁈ア゛…グァ……ックソ‼︎」
まるで、何かに操られるかのようにベッドの上から身を屈め、膝をつく。隷属の契約で命じた内容の一つ、〝王族の人間には敬意を払え〟だ。私達がここにいる限り、彼は私の命令無しに王族を横切ることどころか、立ち上がる事すら許されない。ヴァルはまるで身体がベッドに接着したかのようにその場から動けないようだった。
これが、隷属の契約だ。
ヴァルは抵抗するように身体を動かしたがるが、王族の私達の前にそれは叶わない。
「先に紹介しましょう、よく聞きなさい。この子は第二王女ティアラ、こちらは第一王子ステイル。一度会ったことがあるでしょう、この子達も私と同じ王族の人間です。」
隷属の契約内容には〝王族の命令には従え〟というのがある。彼がこれを認識すれば、もう私の次にステイルとティアラにも逆らえなくなる。ヴァルは目だけでステイルとティアラを確認すると更にその顔を歪めた。
「答えなさい、ヴァル。貴方は何故、あの場に倒れていたのですか。」
彼は私に嘘や誤魔化し、口を閉ざすこともできない。苦しそうに歯を鳴らし、そして次第に口を開いた。
「ァ…王女殿下のっ…御命令通り…隷属の契約でによりッ…参り、ました…ッ…」
やはり、偶然ではなかった。彼は私に会いに来たのだ。憎々しげに敬語で言葉を紡ぎながら指が怒りで震えている。
「……。…人に危害を加えないことを条件に私達への不敬を許しましょう。楽にしなさい。」
あまりにも無理矢理といった形で彼を隷属に縛りつけることに私の方が耐えられない。話を聞くとしてもこの状態はあまりに酷過ぎる。私が命令で一時的に許すと、まるで金縛りが解けたように目に見えて彼の身体から力が抜ける。そして次の瞬間、彼は突然ベッドの毛布を翻すと窓に向かって一目散に駆け出した。
「ッ待ちなさい‼︎」
ステイル、アーサーが動くより先に私の言葉が彼を刺す。私が叫ぶとほぼ同時にヴァルはその足を不自然に止め、私達に背中を向けたまま動かなくなった。
「クソッ…この…‼︎」
抵抗を続けるヴァルに私はゆっくり歩み寄る。
「こちらを向きなさい。」
ヴァルが方向転換し、憎々しげな眼差しで正面から私を睨む。褐色肌に焦茶の髪、そして鋭いその眼光は私への敵意に満ちていた。
「何故、いま逃げようとしたのですか。」
私は問う。一つひとつ、彼の行動の理由を。
「ッ…隷属の契約でテメェに引き寄せられただけだ。王族連中へ用なんざ最初からねぇ。」
ギリッと彼の牙のような歯の食い縛る音が聞こえる。つまり、彼は私の助けを必要としていないということだろうか。…いや、でも助けを求めないならばそもそも隷属の契約が発動する訳がない。
「私に望みがあったのではないですか。」
「ッ違う‼︎俺はテメェには助けなんざ」
「〝には〟ということは私ではなくとも誰かの助けを望んだ訳ではないのですか。」
私の追求に彼は息を飲んだ。私から目を逸らし、ギリギリと歯を鳴らしながら小さい声で忌々しげに「そうだ」と呟いた。主に嘘をつけないとはいえ、自分でもその事実を認めたくないのかもしれない。
小さく振り返れば、ステイルやティアラ、アーサーも皆、ヴァルのその言葉に驚いた表情をしている。
彼は私の助けを望んでいない。でも、誰かの助けを望んでいる。
「…ならば、ヴァル。問いましょう。」
私がそう言い、息を吸い込むとヴァルは突然まるで怯えるように「やめろ‼︎」と声を荒げた。小さく後退りをし、拒むように荒く息を吐き出した。
私が問えば、彼は答えを拒むことはできない。
それでも、止めるつもりはなかった。四年間一度も私の元へ来なかった彼が望んでしまった程の窮地だ。本人が私の助けを望もうと望まなかろうと私は聞かなければならない。残酷とはわかっていながら、私は彼へ口を開く。
「ヴァル。貴方の心からの望みを言いなさい。」
次の瞬間、ヴァルは酷く苦しみだした。
自分の喉を両手で掴み、まるで声が出るのを拒むかのように強く締め上げた。グァ、と声を絞り、それでも話そうとする口へ抵抗するように何度も何度も自分の首を絞め上げる。このままでは先に彼が窒息死してしまいそうだった。
「無駄な抵抗は止め、手を離しなさい、ヴァル。」
声を張ると、ヴァルの手を細やかに震えながらその喉から手を離した。その場に崩れるように両膝をつき、耐えるように床に拳を押し付け、そして次第に彼の口が動きだした。
「…ッ………助…て、…くれっ…。」
小さくてあまり聞こえなかった。私がもう一度。と命じると彼は屈辱に歪んだ表情でまた、口を開いた。
「ッ助け…てくれ‼︎……をッ…。」
やはり彼は助けを望んでいる。でも、まだ何かを隠したがっているかのように歯切れ悪く自分の望みを口にしていた。
「主として命令します。貴方のその望みをはっきりと口にしなさい‼︎」
抵抗を続けるヴァルへ無慈悲に告げる。その瞬間、ガリッと本当に自分の歯を噛み砕いたのか硬い音とともに彼は声を張り上げた。
「ッガキ共を‼︎助けてくれッ…‼︎‼︎」
悲痛な、それでいて必死ともとれる彼の望みが部屋中に木霊した。




