MISSION8 戦争の犠牲
今回は短めです
炎と血、そして悲鳴がある場所が地獄というのなら、俺は今そこにいる。
いつ見ても空爆の光景は嫌なものだ。
降りしきる爆弾の雨。大地に押し寄せる鉛の嵐。それらが作り出した人々の肉片。
まさに地獄。
裁きの炎は罪無き民を焼き尽くしている。
その光景を翔はただ唖然としてみていた。
四年前と同じ地獄、それは敵国でも同じように作られている。
止まっていても何も起きないと思った翔は、歩き出すことにした。
つい数時間前までには日溜まりと子供たちの笑顔で満ちていた広場は死体と炎が代わりに陣取っている。
そんな一角。
「あ・・・」
翔は見つけた。男の子を。膝を突き何かにすがるその姿は何処か狂気が見え隠れしている。
翔は何かに惹かれその子の元へおぼつかない足取りで歩み寄る。
どこかでその光景を見たことがある。
「お前・・・」
翔はその男の子を知っていた。つい数時間前に自分の股間を蹴ってクララにしかられた男の子だった。
「何して・・・」
翔は言葉を詰まらす。
見てはいけないモノがそこにはあった。
それは穴だらけの肉の塊だった。もはや人間なのかどうなのかさえ判らないほどの損傷を負った肉の塊。
きっと彼の母親であろう。
翔の直感がそう彼に囁く。
「離れろ!!離れないと死ぬぞ!!」
足を早めようと踏ん張った刹那だった。
激しい閃光と共に発生した衝撃波が翔をおもちゃの人形のように吹き飛ばす。
爆弾が近くに着弾したのであった。
受け身もとれず背中から叩きつけられた翔の肺は酸素を絞り出す。猛烈な激痛が体を突き抜けた。
翔は何とか立ち上がり男の子の元へ駆け寄った。
「あ・・・」
血溜まりに浮かぶ小さな体。爆弾でずたずたにされた矮躯はさっきの男の子のモノだと翔は理解した。
喉笛からはひゅうひゅうと苦しそうな音を立てている。
「大丈夫か!?」
翔は駆け寄る。彼は敵国の子、しかし……この子に罪は無い。
「いたい・・・いたいよ・・・」
パイロットならロシア語を少しはかじる。その子の言うことは翔は理解できる。
「我慢してくれ・・・」
すがるような気持ちで翔は男の子の服の袖を千切り、止血しようとする。
「いたい・・・ころして・・・」
「何言ってやがる!?男だろ!?我慢し・・・」
言葉が詰まる。
母親は死に、自身の体はズタズタ。この状況なら死を望むのが常人の思考なのであろう。
懇願する瞳。そして、彼の手元には自前の拳銃がある。
殺すのが情けなのか?生かすのが情けなのか?
迷って迷って迷った。
そして・・・
「なぁ・・・良いのか?死んで?」
「う・・・ん」
「生きてりゃ良いことあるぜ?」
「もう・・・いいよ。うって」
翔は拳銃のセーフティを外した。スライドを操作して、照準を彼の小さな頭に合わせる。
サイト越しに移る翔の目には光る何かがこぼれ落ちていた。
そして指に力を入れた。
乾いた銃声。
重い衝撃。
引き金を引くだけの単純作業だった。しかしそれだけで人の命を奪えてしまう。
「簡単じゃないか・・・」
翔は自然と笑みがこぼれた。笑えないのに何故か笑えてくる。
「こんな事って・・・こんな事って・・・あって良いのかよ?」
翔は誰かに問う。
「なぁ・・・誰か答えてくれよ?なぁ!?」
正義の為、自由の為の戦争。聞こえは良いが戦争の本質は変わらない。
これが戦争。無慈悲な殺戮の場。
少年はその重みをこの場で知った。
「何がパイロットだよ・・・畜生!!」
人工の大地を拳で翔は力一杯殴りつける。その痛みが自分という存在をこの地獄の中で保たせてくれた。
烈火の中で呆然と空を見る翔。遙かな空では死のラッパを鳴らす天使達の群が統制のとれたV字で飛んでいた。
それが今は忌々しくて仕方ない。
そして彼は叫んだ。
「やめろぉぉおぉおぉぉぉおおおぉおぉおおぉおぉお」
†
4月17日 午前10:47分
数時間もしたら俺は海兵隊に拾われた。
それでビーチでヘリに乗り空母へ帰った。
俺の短い捕虜の期間は終わった。大きな傷を残して。
風宮翔はする事もなく、ベッドの上で身を横にしていた。
思考もなく見つめる蛍光灯の明かり。それは、彼の一種の精神安定剤の役を担ってくれた。
この手で人を殺めた事。あの地獄の事、それらの悪夢を網膜に呼び起こさないために彼は何も考えずに明かりをぼんやりと見つめていた。
「翔!!」
ルームメイトのフランクが慌ただしい様子で部屋に入ってきた。
「んだよ?」
「竜也が・・・とにかく!!急げ!!」
竜也。その単語を聞いた瞬間、翔は訳の分からない力が沸き上がり、ベッドから文字通り飛び降りてフランクの後を追う。
竜也が帰ってきた。
白い廊下を翔は全速力で走った。水兵にぶつかっても構わず走り続けた。
シックベイについた翔は手近にいた彼の友人、黒く長い髪を持つ絵に描いたような大和撫子の秋月亜衣に問う。
「竜也は・・・どこだ?」
「え・・・あ・・・その・・・」
そのまま彼女は沈黙した。普段から大人しく控えめな亜衣だが、今回は勝手が違った。その声色はひどく悲しみを帯びていた。
「竜也は?亜衣?」
「竜也君は・・・あっちにいるよ・・・」
うれしい涙か翔には判らないが、彼女は涙を流していた。指さした先にあるのは個室だった。翔はその個室に向け足を運ぶ。その途中、翔の背筋に嫌な予感が走る。
そして到着。彼は扉を開けた。
「翔・・・」
そこには4日ぶりに会うパイロットスーツを着たショートヘアの少女、吉田光とベッドの上に横たわる誰かがいる。
その誰かの顔には白い正方形の布が乗っていた。
「光?これってどういう事だ?」
まだ状況のつかめない翔は光に状況の説明を要求する。
だが、彼女は何も言わない。
言葉の代わりに彼女は翔の胸に飛び込んできた。翔は彼女を受け止める術も知らずに、ただ、ただ唖然とするばかりだった。
彼女の160センチの身長は翔の胸元ほどしか届かずにいた。そして、翔はパイロットスーツ越しに温かい何かを感じた。
涙だった。
「な・・・光?これって何だ?」
漏れる嗚咽。彼女は泣いていた。
「泣いても何も解んないだろ?話して・・・くれよ・・・話せよ!!」
自然と翔は声を上げた。そして、彼女は翔から離れ言う。
「宮島・・・竜也少尉が発見されました・・・遺体で・・・」
翔は理解できなかった。
つい一昨日まで普通に話していた竜也が死んだなどと、言われても実感など湧かない。
どうせドッキリでも企んでんだろ?くらいの軽い気持ちで翔はそのベッドに横たわる誰かの純白の布を取った。
それは竜也だった。
げらげらと笑い、「ドッキリ大成功」などと言って翔をからかってくれっると思っていた。
しかし、布の下にいた彼の顔には血色は無く、生気もなかった。
「これって、まじか?」
翔は毛布の下にある彼の手を握ってやる。
冷たかった。
「は・・・」
人は死ぬと冷たくなる。翔はそれを4年前に彼の母親が教えてくれた。その身をもってして。
死んだ。竜也が。
約2年間、彼と共に空を飛び、危険を乗り越えた相棒が冷たくなって眠っている。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい!!私がもっと・・・もっと早く見つけてれば!!」
泣いて謝る光。誰に謝っているのであろう?そんな事を思いつつ、光を翔は無気力な目で見ていた。