MISSION OMAKE Trick or Treat
ハロウィーンにちなんだおまけです。戦闘機は飛んだりしませんがどぞ。
2015年 10月31日 午後5時12分
第三人工島 居住区画
書類。書類の山。隊長職はこういった物をこなさねばならない。翔は自室に篭って数時間にわたり、評価書やら報告書などの一掃に追われていた。
「きしょう……何でアリスや他の連中がいないんだよ。奈々子の手でも良いから借りたいぜ」
忌々しげに翔は書類の山を一瞥した。本当に忌々しい。デスクワークは彼の性格上、天敵とも言える仕事……隼人やエド、そしてアリスなどの生真面目な仲間がいるからこそこなせる仕事なのだ。
コンコン。
彼の部屋のドアを誰かがノックした。誰だろうか?仕事を手伝いに来たアリスやエド達だろうか?なら嬉しい限りだ。
「はーい」
誰かを確認しようと翔はドアスコープを覗き込んだ。
「!?」
ドアの向こうにいる人影、それは「スクリーム」な覆面をかぶった不審人物だった。新手のテロリストか?もしくは光を誘拐しようとした……
「こんな時に……」
翔は机のタンスからM12拳銃を取り出してセーフティーを外し、スライドを引いて初弾を薬室に送り込んで臨戦態勢を取った。
「よし」
相手に奇襲するために、ドアの横からノブを回す……。
ガチャリ。
運命の瞬間。体を緊張が締付け、彼は固唾を呑む。
「トリック・オア・トリー」
「動くな!!」
翔は部屋に内部に入り込んだ不審人物の背後に回りこんで、その後頭部に銃口を突きつけた。
「ひっ!!」
「お前の目的は何だ?返答次第じゃ頭を吹っ飛ばすぞ」
「ちゅ、中尉……私ですよぉ」
仮面をかぶった不審人物は仮面を外して翔のほうへ向きかえる。その正体を知った彼は言葉を失ってしまった……。
「……何してんだ?奈々子」
「中尉をお誘いに来たんですよぉ……今日、ハロウィンでしょ?」
奈々子だった。テロリストか何かかと真面目に思っていた自分がバカバカしく思えてしまう。
「7時からパーティーです。飛行隊のみんなが来るので、隊長たる中尉をお誘いしないといけないので」
「はぁ?」
奈々子が手渡したのは書状だった。封筒には『Halloween Paty』と筆記体で書かれていた。筆跡からするとアリスっぽい。
「それと、仮装が必須なので、早いうちにPX(売店)とかで買っといてくださいね」
「……奈々子」
「はい?」
「お前、いくつだよ?」
「16ですが」
翔の呆れ顔を奈々子は「ふぇ?」と言わんばかりの様子で覗き込んでいる。
「俺はパス。仕事あるし」
「それと、アリス中尉からの追伸です。『来ないとデスクワーク手伝いませんよ』との事です」
「お前ら悪魔だろ?」
「ハロウィンですし」
仮面の小悪魔ばりの笑みを奈々子は翔に投げかけた。空でもデスクワークでも重要な戦力たるアリスの援護が無くなるという事は翔にとっては痛手以上のことだ。ここは折れるほかない。
「わーったよ」
翔は渋々ながら招待状を受け取った。
†
約束の時間。翔は指定された第12番格納庫へ向かった。そこはどの部隊も使っていない格納庫であり、パーティーやら何やらをやるにはうってつけの場所でもある。
「おいおい……」
明かりの漏れている格納庫の中を覗いた翔は言葉を失った……。
「何が起きてんだよ?」
翔が目の当りにした物、それは仮装をした団体だった。ある者はメルヘンなコスチュームだったりメイド姿だったり、というかどこでそれを手に入れたかを翔はまず最初に疑った。
「お、翔!!来たな」
翔が来た事に気がついたフランクが彼の元に歩み寄ってくる。
「おい……お前ら……何だよその格好?」
「おう。似合ってるだろ」
いわゆるドヤ顔をしながら自分の衣装を見せた。スキンペイントに、防弾チョッキだけを着込んだ筋肉モリモリマッチョマンの鉄骨州知事っぽい格好だった。マシンガンがあれば完璧だが。
「まぁ、筋肉あるからなぁ……で、どうしたんだよ、その格好?」
「え、那琥に作ってもらったんだ。にしても何だよ、パイロットスーツだけじゃねぇか」
「あ、俺か?トップガンのコスプレだ」
結局、仮装道具を手に入れる事ができなかった翔は『パイロットの仮装』という形をとる事にしたのであった。
「まぁ……間違っちゃねぇな。それより、あっちにケーキがあるぜ。」
フランクの指差した先には簡易テーブルが敷設されていて、そこにお茶やらケーキやらその他のお菓子類が並べられていた。とりえあえず食べることにした。
「翔、来たか」
「お、エドにアリス……!?」
エドの仮装は執事で、金髪とめがねが程よくマッチしていて問題はなかった。が、アリスは問題大だった。
「……あ、アリス?何だよ、その格好……?」
本日最大の衝撃。あのアリスが、あのアリスが!!
「うぅ……そんなにジロジロ見ないでくださいです」
バニーさんだった。彼女の豊満なバストが程よく見えるエナメルの服に網タイツとウサギ耳……。文字通り女に飢えた狼の群れに放り込まれたウサギのようだった。
「やっぱり、恥ずかしいです……那琥さん」
「いいじゃん。似合ってんだし。みんなが一番似合う服をこしらえたんだからね」
黒幕登場。最近、ネットで流行っているアイドルのコスプレをしている那琥は得意げな表情で翔の前に現れた。
「じゃぁん。今流行の、高音ミグだよ~」
「お前……よくこんなん作ったな」
「ふふ……整備だけが取り柄じゃないのです。服も作れるし、クッキーだって作ったんだから」
胸を張って「えっへん」と那琥は言って翔に自分のお手製のF-28を象ったクッキーを差し出した。
「へぇ……どれどれ」
那琥のお手製クッキーを翔は口にほおばった。感想は美味しかった。バターが程よく利いており、甘みもキツくなく中々の一品。整備馬鹿でも女の子らしさがあって意外と翔は思えた。
「美味いな。こんなの作れたんだ」
「にひひひ……これを広報部に売りつければ、商品化間違えなしっ」
うん。女の子らしさではない。こいつが整備馬鹿でなくただの馬鹿であることが判った。
「そ、それと、私の作ったケーキもどうぞ。チョコレートケーキです」
バニー姿のアリスはモジモジしながら切り分けられているケーキを翔に差し出した。アリスのケーキは美味いことで隊では有名で、その腕は厨房の兵士にも匹敵するほど。
「おう、いただきます……ん?」
「どうしたんですか?」
「確かに美味いけど酒っぽく無いか?」
「はいです。香りを高める為にラム酒を……」
「そうなんだ。じゃあ、俺は行くな」
翔はケーキを食べ終えて、エドとアリスのもとを後にした。取り合えず手近にいた隼人に話しかけることにした。プラスチックの据え置きのテーブルで隼人は学ランを着ており、正面に突っ伏している人物と
一緒に座っていた。
「隼人、お前……」
「あ、翔!!亜衣ちゃんの様子が変なんだ。顔が真っ赤になって、机に伏せっきりなんだ」
「亜衣?」
彼の向かいに座る人物をよくよく見たらセーラー服を着た亜衣だった。そして、その横にはアリスのケーキと紅茶が置いてあった。
「まさか……?なぁ、亜衣って酒に弱いか?」
「え?確かに弱いね。甘酒で酔っ払っちゃったりするし」
翔は確信した。亜衣はアリスのケーキを食べて酔っ払ってしまったのだ。だが、普通はアルコールが抜けているのに……本当にアルコールに弱いんだろう。
「亜衣、部屋に帰って寝てこいよ。なぁ……」
翔は潰れている亜衣を起こそうと彼女の体をゆするが、亜衣は揺すってきた翔の手を払いのけて
「うるらい~。あたしりさわらないれ……あたしは、はやとくんのものらの」
茹で上がった蛸のように真っ赤な顔をして亜衣は翔に言い放った。
「あ、亜衣ちゃん?」
完全に酔っている。悪酔いだ。絶対にまずい。
「はやろくんが……とおいくにみえる……」
「ちょっちょ!!」
酔っ払った亜衣が隼人の隣に這い寄る。その途端に、隼人も彼女と同じくらいに頬を赤くした。見るに見かねる光景だ。普段は抑え目の亜衣だが酒が入ったことで理性のリミッターが外されてしまったようだ。
「亜衣ちゃん……恥かしいから……」
「はやろくん……わたしのこときらいなろ?」
つぶらな瞳を向けて亜衣は隼人に迫った。
「いや……嫌いじゃないけど……」
「ならキスして……」
「へ……ちょっ!!」
心臓が高鳴る。血流の流れが速くなり、顔がより紅潮する。顔が近くなり、肌が彼女の吐息を感じる……なるようになれ、心を決めた隼人は目を逸らすのを止めた。
「亜衣ちゃん……」
「くぅ……」
心を決めるのが遅かった。アルコールに負けた亜衣は彼の腕の中で眠ってしまったのだ。隼人は安堵か失望か解らないため息を漏らした。
「翔」
「何だよリア充」
「亜衣ちゃんを部屋に送ってくね。ここで風邪を引かせるのもアレだし」
「そうか。亜衣が寝ていることを良い事に過ちは犯すなよ」
「するか!!」
隼人は眠る亜衣をお姫様抱っこをして、隼人は会場を後にした。きっといい夢を見ているのだろうか、腕の中で眠る亜衣は幸せそうに翔には見えた。
「まったく……亜衣はお酒弱いのに、誰が飲ませたの?」
「事故だよ、光。アリスのケーキ食って酔ったっぽい」
光が呆れ顔で隼人と亜衣の座っていた席に来た。
「それより、どう私のメイドさん姿?那琥ちゃんのヘルプがあったけど自作したんだよ」
「冥土の間違えじゃ無いのか?似合ってないぞ」
フリルのついたメイド服を身にまとった光を見た翔。内心は似合っているといいたかったけれど、口が言うことを聞かずに言葉を発してしまった。
「ばか」
しょげた。普段は殴りかかってくるはずなのに今日はなぜかしょげてしまった。
自作の服。頑張って作った服をこう言われてしょげてしまったのは翔にも解った。このままではいたたまれないし、何より自分の気分も良いとは言えない。翔は照れくさそうに鼻をこすりながら
「でも、かわいいよ。お前らしくも無いけどさ。お前はどっちかっつぅと……いつもの救命ヘリのユニフォームの方が似合ってると思う」
戦場では勇猛果敢を誇っている彼だが、この一言を言うには時間と勇気が必要だった。
「ほんと?」
「まぁな……」
翔は目を泳がす。ちと照れくさい。初々しい沈黙が喧騒の中で花開いた。
「そんな事より、あたしの作ったケーキを食べてよ!!あんたショートケーキ好きだったでしょ!?」
沈黙を彼女は話題を摩り替えて壊して、翔を分のケーキが置いてある所まで手をつないで引っ張った。照れくさそうに頬を赤らめる光。翔はその横顔を見ると無性に目を逸らしたくなってしまう。なぜか解らない……。
その後、俺たちは遅くまで楽しんだ。大いに笑って一瞬だけれど戦争中であったことを忘れられた。本当に楽しかった。またやりたい。ここにいるみんなで戦争が終わった後に楽しくワイワイやりたい。
でも皮肉なもんだな、戦争が無ければここにいる連中とは逢うことは出来なかった。それが俺から何もかもを奪った戦争が俺に与えてくれた唯一の物なのかもしれない。
「美味いな、お前のショートケーキ」
「どんなもんよ?」
「この腕があったら、お嫁にいけるな。俺はいらないけど」
格納庫にパーティーグッズで持ち込まれたハリセンの炸裂音が鋭く響いた。