2話 Semper-fi
2015年 7月13日 18時32分
沈みかけた夕日に大地は赤く染められるはずだった……しかし、この大地を染めているのはソ連の歩兵達の血だった。風きり音と爆発音が遠く響く。
主砲が叫び声を上げ、120ミリの徹甲弾でT72戦車の装甲がドラムを打つように音を立て吹き飛ぶ。包囲線は500メートル四方で、徐々にその輪を縮めてサンデンたちの首を締める。生存車両は反応装甲や車体性能のおかげでほぼ皆無だが、増援を頼んだものも未だにくる気配はない。
「数が多すぎる……ガニーどうしますか?」
稜線から現れる増援に照準を合わせマギーは呪いの声を吐き捨てる。
「5号車、利帯は!?」
ブローニングM2重機関銃で外れた履帯の応急措置を行っている5号車に近づく敵兵に機銃掃射を浴びせながらサンデンは5号車のハリス二等軍曹に問うた。
『もう直りました!!』
「わかった」
暗くなり視界も悪くなったのでサンデンは社内から暗視ゴーグル取り出し、辺りを見回すことにした。包囲が一番薄い場所……そこに火力を集中し脱出を図ろうと彼は考えているのだ。
「各車、4時方向に火力を集中しろ!!」
前面の敵兵力は14台に対し、4時方向に配備されている戦力は手薄で5台ほどだった。
『了解』
各車の砲口が4時方向に鎮座する目標へ狙いを定め、120ミリ砲の洗礼を浴びせる。弾着。敵車両の行動が止めたのを見計らってサンデンは
「各車、スモーク散布!!損傷のある車両を優先して行け。被弾が無い者は後方の敵車両をけん制しろ!!」
煙幕を張りながら鉄の獣の群れは重い体を前へ進め、猟師の仕掛けた罠を食い破りながら安全な場所へ向かう。傷を負った車両や、砲身が折れ曲がった車両に敵は執拗に嵐のような砲撃を浴びせる。
「Shit!!こんなデコボコ道を走ったらサスペンションがいかれちまう!!」
操縦している中、リックは弾むように揺れる車内で悲鳴に似た声を上げた。
「くっ……敵は上手のようだな。マギー、後方に砲撃しろ」
手薄だった4時方向。その先にはアフガニスタン特有のごつごつした岩肌の谷間だった。そこを60トンを越す巨体が文字通り飛び跳ねれば、サスペンションや乗員に負荷がかかってしまうのだ。
「カーンの野郎め……一生呪ってやらぁ!!」
「俺たちにその一生があればな、スティーブ」
マギーは砲塔を旋回させながらぼやいた。味方も来ないし、こんな悪路。まさに絶体絶命。そして月はあざ笑うかのように帳を下ろし、兵士たちの照準を濁らせる。
「ビッグレッド2より本部、増援は!?」
『A-13の編隊がそちらに向かっている』
その知らせを聞いてサンデンの胸は多少軽くなった。A-13イントルーダーⅡは全天候攻撃機A-6イントルーダーの近代改修型で非公式の通称は『銀行強盗』で、A-10サンダーボルトⅡの機首に搭載された30ミリのアベンジャーガトリング砲を受け継いだからこの名を冠されたのだ。
「どのくらいで来る!?」
『一時間だ。それまでがんばってくれ。HQ、アウト』
「簡単に言ってくれる……」
忌々しげにサンデンは無線の受話器をたたきつけるように戻した。
『9より2へ、谷を抜けた先に稜線射に程よい丘が見えます』
山型に膨らんだ地形を盾にするように行う稜線射撃のできる場所を確保できる事は絶体絶命の状況に身を置く彼らにとっては大きな救いになった。
「よし、そこで時間稼ぎをするぞ」
稜線を乗り越え、一息つけいたサンデンは今後の作戦を考えることにした。
1時間……これで何とか生き残ることができる。しかし、それは火力が確実に確保できる場合だ。度重なる砲撃で砲身が磨耗し、更にさっきの戦闘で主砲が折れた車体もある。このまま全火力をぶつければこちらの砲身が持たない……
「畜生……ガニー、いつになったら騎兵隊は来るんでしょうかね?」
「スティーブ、少し黙ってくれ……ん?」
騎兵隊。その単語にサンデンの脳細胞は反応した。
「騎兵……ナガシノ!!ハハ、感謝するぞ、スティーブ」
「ナガ……なんですかい?それ」
「日本で起きた合戦の名前だ。オダ・ノブナガが最強といわれていた騎兵隊を火縄銃で破ったんだ」
クルーはサンデンの言葉に狐につままれた様子だった。それを見かねたサンデンは
「沖縄で友人の日本人に教わった戦術だ。ちょうどこんな稜線みたいに敷設された柵で身を隠して、火縄銃を持った三人を一組にするんだ。そして、一人が撃ち終わりリロードしている間にもう一人が撃つ。で、これを繰り返すんだ」
「で、俺達は何をするんですかい?」
「奇数車と偶数車にわけて、一隊が砲撃している間にもう一隊が砲身を冷却するんだ。で、それを繰り替えす。幸い、敵は5台の横列陣がやっとできる谷間の中にいる……と言う事は包囲されることはまず無い」
そう長篠の戦だ。迫る騎兵はT-72で迎え撃つ鉄砲足軽は海兵隊員で柵がこの丘。サンデンは各車に回線をつなぎ概要を説明した。しかし、ハリス二等軍曹は不安微粒子の混ざった声色で彼に問う。
『一時間、持ちますかね?』
「持つとかじゃない。持たすんだ。さもなければ“俺達に明日は無い”」
『ふっ、そうですね。俺達はボニーのいないクライドですね』
「違う。俺達は海兵だ。お前らのなすべきことは何だ!?」
サンデンがパリスランドの鬼軍曹のように声を張り上げた。そして、彼の問いを知る男たちは口をそろえて
『KILL KILL(殺しだ殺しだ)!!』
「草を育てるものは何だ!?」
『BLOOD!! BLOOD(赤き血だ)!!』
「お前らは国を愛し、海兵隊を愛しているか!?」
『Semper-fi(常に忠誠を)!!Do or Die(やるか、やられるかだ)!!Gung-hoGung-ho!! Gung-ho(共に戦おう)!!』
3ヶ月の地獄で生まれた人の皮を被った戦闘マシーンたちでもある海兵隊員達の胸にはこれらの言葉が刻みつけられている。独創的な英雄でなく国や組織に己を捧げ兵士のモットーである『センパーファイ』。そして己を奮い立たせる鬨の声『ガンホー』。
彼らは海兵隊。高潔なる名誉を護るために戦う者。自由と権利の戦に置いて先陣を切る兵。
「行くぞ海兵。コミニストどものケツに食らわすものは何だ?」
『アツアツのAPFSDSだ!!』
「よし、Aチーム前へ!!」
生存車両の多いほうが偶数番号の車両がAチーム。各車、APFSDSを装填し谷間の出口から出て来ようとする敵の戦車隊にその砲口を向けた。
距離は900メートル。高さもあるのでこちらのほうが有利だ。
「撃て!!」
彼の号令と共に夜の帳が砲火で照らされ、寝むりかけている谷間に爆音が反響する。
「第二射用意!!」
交代準備の間に敵をけん制する為にサンデンは2発撃ったら交代するように指示したのであった。
「Bリーダー準備できたか?」
『はい。いつでもぶっ放せます』
「そうか、撃て!!」
刹那、波状に布陣している敵部隊の一波が吹っ飛ばされた。そして、統制の取れたようにAチームとBチームは布陣を交代した。
それを繰り返すこと40分……
『セイバー501よりビッグレッド2へ。あと5分後にそちらに到着する。しかし、目標の識別が困難だ……ポイントを示してくれ』
「わかったレーザーポインターで行う。スティーブ!!ポインターとM16を貸せ」
待ちかねた増援が来た。サンデンはロジャーにM16A3とレーザーポインターを手渡され、戦車の外へ躍り出た。
だが思わぬ事態が待ち受けていた。
「くそっ!!ポインターが」
動かなかった。理由はわからないが、動かずじまいだった。
どうする……。
意を決した彼は車内に戻りスティーブに車内無線で言う。
「設置型のポインターを渡してくれ!!」
「どうするつもりで?」
「レーザーポインターが使い物にならないから、爆撃目標の地点にそいつを置いて来るんだ」
「正気ですかい!?こんな砲撃の中を……それにたとえおけても爆撃で……」
「隊員50人と俺一人の命、どっちが高いと思う?」
「……わかりやした。あんたを動かすには油圧でもたりねぇや。ですが、ガニー。生きて帰ってくださいね」
設置型のポインターをサンデンに手渡し、スティーブは彼に敬礼した。
「あぁ。そのつもりだ。砲弾のあまりは?」
「いえ。もう看板でさぁ」
「なら、随伴歩兵を50口径で頼む」
「Rog(了解)」
サンデンと入れ替わるかのように銃機関銃のプラットフォームに着いたスティーブは暗視ゴーグル越しに去り行くサンデンの背中を見送った。
サンデンは丘を滑り降りて、敵の戦車群れへと走り出した。
砲弾が頭上をかすめ、大地を榴弾が吹き飛ばす。まさに戦場だった。一歩踏み出すたびに血が滾り、口にアドレナリンの味が広がる。サンデンに海兵隊の魂は奮い立ち、砲弾の音と共に彼の恐怖という2文字を吹き飛ばした。
――――――俺は何をしているんだ?
目の前に現れた敵の随伴歩兵を撃ち、敵か味方が放ったか解らない砲弾にあおられながらも目標の地点である谷の入り口へと走り続ける。
「決まってるだろ?俺のなすべきことだ」
残された蚊ほどの己の恐怖心の問いに笑って答えて、彼はクレイモアのような形をした設置型のポインターにスイッチを入れて投げ捨てた。
そしてその数秒後に甲高い航空機のエンジン音と共に彼のヘッドセットのスピーカーに一報。
『セイバー501より、爆撃を開始する』
サンデンの設置した導かれたA-13攻撃機は低空進入。爆撃を開始した。
一瞬だった。あれほどまでに自分たちを苦しめていた敵が炎に飲み込まれ、砲弾を飛ばすのをやめたのは。
爆撃が終わって30分後……敵のスクラップ以外何も残らない谷の入り口を戦車隊の全員はM1から降りて力なく眺めることしか出来なかった。
「ガニー・サンデン。あんたは本当に海兵だった」
マギーは燃え盛る炎に語りかけた。それに続いてリックも
「あぁ……あんたほどの男を亡くすのは本当にもったいねぇでさぁ」
「きしょう……俺があんときに代わってさえいれば!!」
自分たちを最後まで導いた命の恩人を失った悲しみは計り知れない。鉄の心を持つ海兵隊員でも涙を流さずに入られない者はいなかった。
「……あれじゃハンバーガーにもなれはしないな」
空気を読めない神経を逆なでした声。スティーブの怒りは一瞬で沸点にまでのぼり、隣にいる男に殴りかかろうとした。
が。
止めた。
「伍長、いつからお前は上官を殴るようになった?」
「嘘だろ……」
「嘘じゃない。キチンと生きてる」
すすに汚れたアイリッシュ特有の骨ばった頬に射るような眼光。そう紛れもなく彼だった。
「ガニー!!」
皆、彼の元へ駆け寄った。命の恩人。最高の海兵。そしてかけがえのない仲間の彼の元へ。
「再会を喜ぶのは基地にしよう。未成年もビールを飲むことを許可する。なに、18も20も俺からすればどれも変わりない」
規律を重んじる彼だが例外はいくつか設けている。そして、これはその例外のひとつ。地獄を共に生き延びた時だ。
「From the halls of Montezuma To the shores of Tripoli」
その帰り道すがら。満天の星空の下、彼は銃座で海兵隊賛歌を口ずさんだ。
彼の知っている数少ない歌。
正義と自由を守り最初に戦う者達の歌。
モンテズマの間からトリポリの海岸、太平洋の島々からノルマンディーまで。そしてここアフガニスタンまで乗り込んで国の為、故郷のために戦う男の歌を。
そして、戦士達は基地に帰り、生の充足とキンキンに冷やされたビールで砂漠と戦で乾いた喉と心を潤した。
「戦闘後のビールは旨い」
M1の砲身を背をもたれさせて、サンデンは瓶ビールに口をつけた。