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第4話 極北の魔女(後編)

 リジーナ・カリヤスキー。亜衣でもその名は知っている。翔のかつての相棒、宮島竜也の命を奪ったソ連のエースパイロット。聞いた話によるとその実力はソ連の中でもトップクラスらしい。


「リジーナ・カリヤスキーって……その話は本当ですか?」


「えぇ。あれは尖閣を奪った2ヶ月後かな?まぁ、その前にちょっと話したいことがあるの」



 2015年の夏頃になると由衣は中尉に昇格して自分の所属していた小隊の指揮を執ることになった。『一角獣ユニコーン』って名前に変わった第一小隊の2番機になった私は日々ソ連の爆撃機の迎撃に追われた。

ユニコーン隊に与えられた任務は前衛を勤めて、上空から敵の編隊に急降下して打撃と混乱を与えるのが仕事だった。由衣はそこで着実に一機、また一機と敵の爆撃機を冷たい日本海に叩き落した……あの冷酷な魔女のように。


 空での由衣は地上とは大きく違っていた。地上での由衣は気さくで明るいどこにでもいる女の子だけど爆撃機を見た瞬間に彼女は人が変わる……私はそれが妙に引っかかってある日、滑走脇の芝生で、彼女に訊いたの。そしたら由衣は普通に


「弱いものいじめする奴が嫌いだからね。」


 って答えた。確かに、基地の外で女性に乱暴していた兵士と殴り合いの大乱闘を繰り広げたりしていたけれど、私はそれがあながち嘘では無いけれど彼女の本心には思えなかった。だって……あんなに優しくて明るい性格の由衣があんな風な殺気を出せるなんてとても思えなかった。だから重ねて訊いた。自分でも解らない。「そうなんだ」で済ませられたのに更に奥へ踏み入ろうとしたのが。


 いまとなったら解る。私は“あの”由衣が怖かったんだ。でも、それが彼女の傷をえぐる事になるなんて知らずに……


「爆撃機を見ると自分の胸の奥が黒くドロドロするの……憎しみって奴かな?両親や平穏な生活を奪った爆撃機が堪らなく憎いんだろうね」


 曇りそうになる顔から必死に笑顔を由衣は保とうとしていた。本当に痛ましかった。私は触れてはいけない傷に塩を摺り込んだんだ。普段は明るい由衣があんな顔するのは始めて見た。で、続けてこう言った。


「だけどね、モモ……本当は私の妹の亜衣や他のみんなが悲しむ顔が見たくないって言うのが本心」


 秋月由衣―――-私は半年近い付き合いで彼女のことを解ったつもりになっていたけれど、まだ解りきれていない様だって、この時に解った。誰か――――あなたを強く思う優しい気持ちと、小さい頃に両親を奪ったソ連の爆撃機に対する強い憎しみが彼女の中で複雑に渦を巻いていていたんだって。


「そう―――ごめんなさい。変なこと訊いちゃって」


「良いの良いの!!他の男とかだったら顎を外してた所だけどモモなら別に良いよ。それに気持ちを少し整理できたし」


 由衣は一言残して、その場から去ってしまった。哀愁を背負った背中を見せながら……




 その次の日だった。私たちがリジーナ・カリヤスキーの部隊と交戦したのは。


 いつも通り敵の爆撃機が日本海から敵の50機を越す大編隊が東京に飛来しようとしてきた。私たち第8航空隊だけでは足りなくなったからF-15SE/Aの第134航空隊、F-22の第21航空隊とか合わせて出撃した。


 本当にあれはすごい戦いだった。私と由衣が戦った中でも一、二位を争うほどの空中戦だった。


 ミサイルが飛び交って、機銃弾は雨のようにばら撒かれて多くの仲間や敵が墜ちた。本当に乱戦。何が何だか解らないような空中戦だよ。ほんと沢山の仲間が死んだよ……ユニコーンは私と由衣を除く殆どのパイロットが戦死した。


 私達は爆撃機の迎撃をF-15の部隊に任せて、随伴の戦闘機の邀撃に向かった。随伴の戦闘機の数は20機弱で私達は17機。数の差では私達は怯えなる事は無かった。私たち第8航空隊の錬度はそれなりに高く、5機の差を埋められる程の実力はあった……でも、先頭を飛ぶ一機の戦闘機を見たとたんにその誇りにも似た過信は打ち砕かれた。


 赤い翼を持ったスホーイ。シベリアの雌豹、リジーナ・カリヤスキーがその編隊の長機をしていたの。


 それを見た私も全身に悪寒が走った。初めての戦闘で感じたみたいな悪寒が……


 彼女は当時の連合軍のパイロットにとってはペペリヤノフやロアニアビッチに並ぶ死神。空軍では西部戦線のヨアヒム・クルトマイヤー大尉か海軍の……まぁ、風宮大尉くらいしか戦える相手はいないって言われてた。


 ちなみに撃墜数じゃ由衣のほうが風宮大尉上だけど、彼には戦いでの爆発力がある。それが強さの秘訣って由衣が言ってた。本当に彼は戦いで強くなるタイプのパイロットなんだよね。だから、リジーナ・カリヤスキーやワン・シューペイを倒せたんだと思う。


 私は由衣に指示を請うた。どうなるかは大体解っていたけれど……


『私が雌豹をやる。モモはまずくなっても手を出さないで!!』


 好戦的な声だった。彼女は編隊を一人後にして挑発的に先行している一機のスホーイに昔の侍のように一騎打ちを挑んだ。


「――――すごい……」


 私は由衣との約束を破って上方へ昇って援護できるように二人の戦いを見守った。


 本当にすごかった。言葉はそれしか出なかった。


 リジーナの愛機Su47はF-29と同じ翼の形状で、同じく制空戦闘機。機動性も火力もほぼ互角。そして、二人とも東西を代表する前進翼のエースパイロット。一部の航空ファンとかは『実現不可能の夢の一戦』と呼んだ。でも、それが私の眼下で繰り広げられた。


 前進翼の戦闘機って普通の航空機よりの無理な引き起こし機動ができて、しかもこの二機は推力変更ノズルって呼ばれる特殊な排気口を装備しているから更に高次元な機動が出来るの。


 100年の歴史を持つ空の戦いで一番複雑な機動を描いていたね……ホント。


 空力を無視したような引き起こし―――いわゆる『プガチョフ・コブラ』や『クルピッド』の応酬。剣の形にそっくりな2機が行う高速のすれ違いはまさに剣と剣の戦いだった。2機の描いた軌跡はまるで骨の無い蛇が互いを締め付けあうかのように絡み合っていた。二人の力は拮抗してた。ドッグファイトで負け知らずの由衣があそこまで苦戦するのは初めて見た……


 あんな機動をやったら普通のパイロットなら失神する。だけど、通信越しの由衣は笑いをこぼしていてあたかも楽しんでいるかのようだった。多分、リジーナも楽しんでたんだろうね。あの人、好戦的な性格って話しだし、噂によると風宮大尉に負けてからリベンジを誓って追い回すほどだってね。


 話は戻るけど、由衣もリジーナも互いに隙が無くて機銃が撃てなかった。本当に回避運動の連続、シザースを延々と繰り返した。


 決着?


 つかなかった。


 決着がつく前に私達の味方がほとんど落とされて、こちらは撤退をせざるを得なかった。丁度、由衣が防戦に回り始めた時に……


 私は上方から機銃を撃ちながら由衣を狙うリジーナを回避させて、由衣を援護しながら戦線を離脱した。



 その数時間後、ロッカー室で落ち込む由衣と私のもとに東京が爆撃されたとの一報が入った……


 その報を聞いて由衣とても悔しそうに歯をギシギシさせてロッカーを思いっきり殴った。そして絞るような声で……


「私のせいだ……私がもっと……もっと……」


 今でも忘れらない。あの時の由衣の泣き崩れた姿を。そして解かった。秋月由衣は本当に爆撃から人を守りたかったんだって……抗うことのできない不当な『弱いものいじめ』から……。



 その後も、池上中尉は色々な話をしてくれた。日が暮れるまで私達は姉のかつての愛機、F-29の格納庫の中で……


「どうもすみません。こんなにつき合わせてしまって……」


「いいの。私も由衣の話ができて楽しかったよ」


 基地のゲートまで亜衣を見送った桃子ははにかむ様な笑顔で応えた。時計は8時の盤を指していて月も出ていた。


「じゃあ。気をつけて帰ってね。矢吹大尉によろしく伝えておいてね」


「はい。今日はありがとうございました」


 亜衣は一礼して、家路についた。


 その姿を見送る桃子は、亜衣の遠くなっていく背中を見るたびに胸に言葉がこみ上げて来る。そして堪え切れずに彼女は


「亜衣!!」


 桃子は亜衣がきびすを返すのを見て息を深く吸った。


 伝えよう。


「これだけは忘れないで!!由衣は本当にあなたの事を思い続けてたって!!」


 あの笑顔。あの優しさ。由衣と一緒にいた自分にしか解からない彼女の思いを彼女に伝えたかった。最後の最後まで由衣は亜衣の事を思い続けていたことを知っていた自分が。


「……はい。私も同じでした。私も遠くの空で命を懸けて戦い続けてた姉の事を誇りに思うし、そして大好きです……」


 街頭が亜衣の頬を伝う涙を照らす。それは彼女の気持ちに曇りが無い事を証明させてくれた。由衣が護ろうとした亜衣に彼女の思いは通じている。それだけで満足だ。


「ありがとう。その言葉が聞けて、由衣もきっと喜んでるよ!!」


 夜の帳に消えてゆく見知った背中。姿かたちはそっくりでも気弱で、由衣とは似ても似つかない性格を持つ亜衣だったが、彼女の言った事で桃子は理解した……彼女は紛れも無く秋月由衣の妹だと。

 

「よかったね。由衣……」


 桃子は胸に手を当て、初めて空で戦ったあの夜の事を思い出した……。


 もう会えない大切な友を心に留めていくために。

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