MISSION64 ソラのかなたへ
2015年 12月26日 午後5時21分
1時間ほど遅れて突入したSEALSの部隊、俺達は彼らと共に施設の外に出た。
光の素早い応急処置のおかげでクララは何とか命を繋ぎ止めた。この戦いはどうやら俺たちの勝ちのようだ。
太陽が西に傾き、空は血に染まったような茜色。確かにこの戦いは多くの血が流れすぎた……。由衣は死んでアリスは被弾し意識不明。イーグルナイトや多くの将兵たちもまた傷つき悲しむ事になってしまった。
翔は脚の治療を終え、クララが治療を受けている寝台へと松葉杖で向かった。幸い骨や太い血管には目立った損傷は無く、弾丸は綺麗に貫通してくれていたようだった。
「クララは?」
「うん……生きているけど……失血が多すぎて……」
野戦用のベッドに横たわり、輸血用のチューブに繋がれたクララの顔は出血のせいで更に白くなり、
「そうか……わーった」
マスターが彼女に投与した忌々しい薬のおかげで、普通の人間なら死ぬような重傷でも彼女は生きている。そう思うとあの薬に感謝したくなった。でも、握った手は冷たい。どうなるのかは神にしか解らない事だろう。
「さっさと歩け!!」
翔たちのベッドを拘束されたマスターとM4カービンで武装した兵士が横切ろうとした。小突かれてもマスターはおどける様子も無く、翔が馬乗りになって殴りつけた時の情けない顔はせずに不敵な笑みを浮かべて歩いていた。何か狂ったような笑み。翔は彼と目が合って背筋が寒くなった。
「やぁ……私の天使と聖母!!この狂った世界なんて炎に焼かれた方が良いと思わないか?」
「なに言ってんだ?豚箱にでも入って頭冷やせ。クズ野郎」
「クズ?MIT卒の私に向かってクズか!!大層な身分だね!!ガーディアン!!」
知的でインテリぽかった彼の声はどこか荒々しく怨念と狂気が含まれれた。
「お前が……お前が全て滅茶苦茶にしたんだ!!だから……お前の世界を私は壊す!!」
狂気の笑みで頬がつりあがる。そして、彼は袖を下に向け隠し持っていた何かを取り出し、その先端部を親指で押した。だが、それよりも早くSEALSの隊員が彼に発砲。マスターはその場に崩れ落ちた。
「ざまぁ見ろ……これで世界は火の海だ」
「どういうことだ?」
「これで、モスクワとワシントンに250メガトンの核ミサイルが落ちる!!」
翔は何を言っているのか解らなかった。だが、すぐに解る羽目となった。
「お、おい……何だ、あれ?」
鈍い駆動音と共に、円形の施設の中心部から金属光沢を持つ鉛筆のようなものが現れた……。
巨大。その一言しか形容できない金属の人工物。翔がそれがロケットだと気がづいたのはその全貌が明らかになってからだった。
「ふふ……ひゅぅう……プロトニウム弾頭のミサイル……『ハルマゲドン』。これを二つ落とせば……世界は火の海になる……私を拒んだ……この世界が!!」
喉笛を鳴らしながらマスターは満ち足りたような様子で空を仰いだ。翔は彼の胸倉を掴んで、
「早くミサイルの発射を止めろ!!」
「ミサイルは30分後に発射される。止められるのは私の生体データだけ……その鍵でもある私はもう死ぬ……君たちの負けだ……」
マスターは最後に一矢報いたことへの喜びで満ちた顔で息を引き取った。
「翔!!クララのバイタルが!!バソプレッシン持ってきて!!」
けたたましい警告音。光は手早く、治療を開始するがクララのバイタルは低下する一方だった。
「クララ!!」
翔は彼女の手を握るが冷たく、力も無かった……あの時に握った竜也の手のように。
「クララ!!クララ!!」
「……くん。翔……くん」
意識も無いはずのクララの声が聞こえた。うわ言か彼に語りかけているか解るかわからないが翔は彼女の声に耳を貸した。
「何だ?」
「優しい……世界……を……守って……」
「あぁ……守るさ。守ったらさ、一緒に池袋とか行こう。な?」
―――うん。ありがとう
刹那、クララの手は翔の手の中から滑り墜ちた。
「心肺停止!!AED!!」
「クララ……クララ、クララァアアアァアァアアァアァ」
翔はその場に膝を着いて慟哭を喉から搾り出した。
†
同刻 空母J・グラフトン 司令所
「間違えない。あれはハルマゲドンミサイルだ」
野崎中将は資料と映像を重ね合わせて確認した結果、そう断定した。
「北条少尉、NORADに連絡は?」
「ダメです。妨害電波が発信されていて、連絡が」
「くっ。迎撃できるイージス艦はさっきの戦闘で全艦使用不可能だ……あれが着弾したら!!」
地表にあれが着弾した場合、プロトニウムの爆発によって核燃料の放射能が世界中に飛び散って、地球は死の星になってしまう。だが、迎撃できるミサイルも無ければ連絡手段も無い。世界の終わりをここで見守るしかない。
「待った!!諦めるのはまだ早いよ。中将さん!!」
突然、知らない声が司令所の空気を震わせた。
「君は?」
オイルまみれのつなぎと184航空隊のエンブレムの刺繍されたキャップをかぶった少女が野崎の前に現れた。
「整備課の弥生那琥准尉です。あれの迎撃方法、思いつきました!!」
「出て行け!!衛兵、この……」
「良いんだ少佐。准尉、続けて」
副官の少佐をなだめ、弥生那琥と名乗る整備士のアイディアを聞くことにした。
「はい。あのロケットの構造上、第一加速の間が一番速度が遅いので、そこを戦闘機で迎撃するんですよ」
「バカな。そんな事が出来る機体なんて、ある訳ない」
「ありますもーんだ!!F-36ガルーダ。あの機体だったら速度も最高高度も十分です」
「はん。どうやって攻撃するのだ?サイドワインダーやアムラームでは遅すぎて当たらんぞ」
那琥は少しむすっとした様子でその問いに答える。
「対艦レールガンでやんの。F-36Bの火器管制システムなら予測射撃で迎撃可能だよ」
「その根拠は?」
野崎は少し意地悪く彼女に問うた。那琥は帽子のつばを後ろにやり、一呼吸置いて答えることにした。
「ガルーダの性能と、風宮翔とフランク・ウィルディっていう世界最強のパイロットが乗っているから。中将さん、ミサイルはあと20分で発射されるから、早く決めちゃって!!やんの、やらないの?」
「採用だ。弥生准尉、あのミサイルのデータを風宮中尉とウィルディ中尉のガルーダに入れておいてくれ」
「はい!!お安い御用で!!」
野崎中将が那琥にタッチ端末を手渡すとカタパルトで打ち上げられる戦闘機のような速さで飛び出していった。
†
クララの心肺が停止して10分経過した。もう、望みは薄い。何度もマッサージして息を吹き返さないし、電気で除細動しても心臓は動かなかった。故に死亡宣告が下された。
翔は体勢を変えることなく、ずっと俯いていた。光も傍にいたが彼の心の傷が大きすぎて声を掛けることを躊躇っている。
「翔!!ミサイルの迎撃作戦だって!!急いで空に上がろう」
フランクとエド、そして隼人がクララのベッドの前に到着し、隼人が彼に声を掛けた。しかし、返事が無い。
「そうだぜ。世界を救うチャンスだ!!行くぞ、翔」
「……友達、一人……救えない奴が……どうやって世界を救うんだよ……」
「翔!!」
「こんな、世界……どうなっても良いよ……必死に戦っても悲しみしか残らないこの世界なんて。大切なものが傷つく世界なんて……もう……どうでもいい」
翔は俯いた。ショックが大きすぎた。大切な人がまた一人自分の無力さで死んだ。自分の矮小さに打ちひしがれている翔の胸倉をフランクは掴み。
「Give a fuck about it(良いわけあるか)!!」
彼の頬を力一杯殴りつけた。180センチを越すフランクの豪腕の拳にはじかれて彼は後方へ吹き飛ばされた。
「翔、テメェの仕事を忘れたのか!?テメェは戦闘機乗りだろうが!!俺たちの仕事は自分殺して国民の命を護る事だろうが!!それを忘れたのか!?」
「……」
「解った。お前はそこまでの人間なんだな?フジモン中尉、翔のF-36に乗ってくれ!!」
返事の無い翔をフランクはダメだと判断し、きびすを返して自分の機体へ走り出そうとする。
――――優しい世界を護って。
仰向けになって空を仰いだ翔の脳裏にクララの言葉が反響した。クララの願いと約束……果たせるのか?
可能性が無いなら諦めよう……でも、可能性の種がまだ残ってるんなら咲かせようかな……空に約束の花を……
「……ったよ」
フランクの耳朶を打ったかすかな声が彼の足を止めた。
「わーったよ」
かすかな声は確かな声に……仰向けに倒れた翔は脚の痛みを意に介さず立ち上がり、切れた口からあふれ出る血を吐き出し一言。
「世界を救う?んな事俺はしねぇよ……いつも通り目標を撃墜すりゃ良いんだろう?違うかフランク」
その言葉を聞いたフランクはふとほくそ笑み翔の目の前に歩み寄った。
「そうだ。いつも通りの邀撃任務とかわんねぇ。ちとターゲットと武装が違うだけだ」
「わーったよ。行くぞ!!」
「翔!!」
翔がガルーダへ向かおうと一歩踏み出した刹那、光は彼を呼び止めた。
「どうした?」
「ヘルメット、忘れてるよ」
クララの寝台の傍に置き忘れていたヘルメットを光は拾い上げ、彼に差し出した。白基調に赤いラインの入ったヘルメットを翔は左手で受け取り、右手で彼女の頭を自分の胸に抱き寄せた。
「光……これが最後になるかもしれない……だから、キ」
「ばぁか。何決めてんのよ」
翔の言葉を光は途切れさせた。
「空で翔に不可能は無いから……あの、ミサイルだっていつもみたいに落としてくれるよ」
「何で解る?」
「だって……私、翔を信じてるから」
自信に満ちた満面の笑みだった。死が近いのにもかかわらず満面の笑みだった。
「わーってるよ……帰ったら絶対してくれよ」
「うん。絶対にね」
「じゃあ。行って来るぜ」
翔は彼女の後頭部を優しく一なでし、自分たちの愛機の駐機スポットへと確かな足並みで歩き出した。
「おー来た来た。こっち来んしゃい」
那琥が手招きさそうと翔たちは彼女を囲む形で集まった。
「那琥、任務の概要は?」
F-36の一号機の前で整備の指揮を執る那琥に翔は問うた。駐機されたF-36のミサイルを装填るべきハードポイントには今朝、翔が使用しようとしたロケットブースターが搭載されており、インテイクの間にレールガンが装備されていた。
「ロケットブースター使って上空8万メートルまで上昇して待機。そんで上がって来たターゲットをこの子で撃ち落とすの」
この子―――XM01対艦レールガン。尖閣海戦で一度使用したっきりだが使い方は解る。
「でもよ、那琥。これで撃ったら核爆発とか起こすんじゃないのか?」
「核爆発には起爆装置が必要だから大丈夫だよ。プロトニウムも爆発に電気信号が必要だから、打ち落としても問題なっし」
フランクの問いにさらっと答えた那琥
「成功率は?」
「20ぱー」
「低くねーか?」
「普通のパイロットにガルーダが乗った場合の計算。翔たちなら……出来ると思う」
「低い数値出してよく言うよ。でも、気休めでも助かるわ。サンキューな。世界一の整備士殿」
翔はそう言い残してタラップをサルのように登り、ハーネスと座席を固定。
「隼人、プロトニウムの反応率は?」
「89。良好」
「回して!!」
那琥の合図で翔とフランクのガルーダのエンジンは回転を始めた。武者震いのような振動。高まる回転数。飛行と破壊の本能を開放したくてウズウズする神鳥は尾翼と動翼をはためかせ、その時を待っていた。
「GO!!」
那琥が発進のサインを出した刹那、2羽の神鳥は大地を時速200キロで駆け、翼を風に乗せ舞い上がった。
夕日に染まる銀翼。炎のような光とともに舞い上がるガルーダの目指す先は上空8万メートル。
そう、ソラのかなたへ。