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少年と空-EAGLE KNIGHT-  作者: マーベリック
最終章 ソラのかなた、キミのもとへ
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MISSION62 キミのもとへ

 基地の奥部は静かだった。攻撃のせいで電力供給も滞り、非常灯の明かりだけが灯いているのが静けさを際立たせた。


「光はどこにいるんだろう?」


 隼人は翔の後ろをカバーするように背を合わせて歩きながら問う。行けど行けども実験室や資料室しか無く、人の住めそうな場所は見当たらなかった。


「デパートみたいに施設の案内図でもありゃ良いのに」


「あったら苦労しないよ……ん?」


 ごぉーん、と隼人の右隣に接した曲がり角で鐘のような音がした。隼人は確認の為にM4の銃口と共に一瞥。


「あ!!」


 正体は備え付けの消火器が倒れた時の音。そしてそれを倒した人物の正体は白衣を着たひ弱そうな研究員らしき白人男性だった。


「ひぃ!!」


 見つかるやいなや、その男は一目散に走り出した。


「隼人!!」


 M4の下部に装着されているM26ショットガンの弾倉を非殺傷用のゴムスタン弾に手早く切り替え、逃げる彼の足に狙いを付け発砲。


「がっ!!」


 二人の予想通り男は派手に転倒した。非殺傷用の弾丸といえども、威力はヘビーボクサーのパンチぐらいある。顔を狙えば昏倒できるほどだ。


「おい、吉田光はどこだ?」


 翔は倒れた男の胸倉をつかみ、壁にたたきつけた。男は小さく唸った後に


「だ、誰が言うものか」


 恐怖の色が見える虚勢。これなら少し脅せば吐いてくれると翔は確信した。


「わーった……隼人、こいつの手首を抑えろ」


「え……うん」


 隼人に拘束を交代した翔はM4のボルトをスライドし、弾を3発ほど抜き出した。


「翔……まさか」


「あぁ」


 翔は隼人が掴んだ男の左手にある親指以外の付け根すべてにライフル弾を挟ませ、その指先を動かないように握った。


「おっさん。もう一回聞く。吉田光はどこだ?」


「言うものか!!」


「そうかい」


 そう言った直後、翔は握った指先を持てる限りの握力で締めあげた。


「がぁああぁああぁぁああぁ!!」


 苦悶。もがくが二人がかりで押えつけられているのでまったく意味が無かった。


「あんたMか?じゃなきゃ吐いた方が良いぞ」


「私は……私はただ……あの男に雇われただけで!!」


 支離滅裂な回答と共に懇願の眼差しを男は翔に投げた。


「答えになってないぞ。どこだ?言わなきゃ、あんたの指が折れるまでやるぞ」


 翔は涙で潤む男の目に出せる限りの殺意を込めた目線を送った。「言わなきゃ殺す」そう目で訴えた。そして、握っている手に少し力を込めた。


「わ、わ、わかった!!言う!!言う」


「どこだ?」


 息を整える為に男は一呼吸。そして何もかも捨てたような様子で話し始めた。


「この廊下の先に格納庫がある。その先にある別棟のどこかにいるはずだ……」


「どの部屋だ!?」


「し、知らない!!本当だ!!私はこれ以上のことは……」


「わーった。外に出たら投降する事を勧めるぜ」


「あぁ」


 翔と隼人は男の手を離して、彼の示した道へ走り出した。ここから50メートルほど先に開けた空間がある。そこが格納庫に違いない。


「光……」


 あの笑顔。あの優しさ……何もかもが欲しい。


「光っ」


 格納庫に差し掛かった頃に敵兵が現れた。数は5人ほど……でも知ったことか。邪魔するなら容赦しない。翔と隼人のM4は火を噴いた。フルバーストの嵐のような銃撃の前に敵兵は己の銃を撃つより早くなぎ倒されるだけだった。


 流れ出す血、降りかかる矢の雨。その何もかもを浴びても翔は欲しかった。


 光が。


「翔、あれ……」


 整備器具とわずかの航空機だけがたたずむ格納庫。そこから通ずる別棟の扉は二つあった。


「どうする?」


 二手に分かれたらその分だけ光を早く見つけ出せる……だが同時に戦力を分散して命を危険にさらす事になる。


「隼人、俺、光を……」


「解ってるよ。早く助け出したいんでしょ?」


 気の遠くなるような時間を戦火の空で過ごした彼になら翔の気持ちは手に取るように解る。故に、早とは翔の望む道を取らすことにした。


「隼人……!!」


「だからさ、約束してくれ。また空母の食堂で会えることをさ」


 隼人は拳を突き出した。約束の儀式だ。空の男と男の間で交わされる絶対の約束。彼はどうやら本気だ。その気持ちを汲んだ翔は静かな笑みを浮かべ


「あぁ。わーってるよ」


 自分の拳を彼のにぶつけた。


「隼人、絶対に生きて帰るぞ」


「あぁ」


 隼人は頷き、翔の肩を優しくポンと叩き右側の『実験エリア』と記された通路へ向かった。後悔はない。あるのは自分の成すべき事を成し、みんな-―そして亜衣の下へ帰るという使命感だけ。


 隼人が踏み込んだ実験エリアはまさにSF的な雰囲気の漂う場所だった。


「SFの世界みたいだ」


 隼人は通路を進んでいるときに感じた感想を率直に述べた。金属でできたパスロックの扉や、部屋の窓から覗ける培養液に満たされたカプセルがある。人の気配は無く、書類は散乱し物色されたようだ。


「データ回収でもしたのかな?」


 眉をひそめながら進む中、一本道は終着点へと到着した。旧世代の金属のドアが行く手を塞ぎ、その上には『サンプル室』と書かれたボードが張られていた。


「サンプル?」


 光のことかもしれない。隼人はドアに手をかけ開けようとしたが鍵が掛かっていて開かなかった。


「ためしにやってみるか」


 そう言って彼はM4のバレル下に装着されたショットガンの弾倉に通常殺傷用の弾丸を装填し、鍵のある部分に照準、発砲。そして再びドアに手をかけた。


「やった。さすがマスターキーだ」


 マスターキー・ショットガン――どんな鍵でも開けてしまうからつけられた通称だ。彼は文字通り鍵を開けたのだ。


 扉を開けて、隼人が見たのは薄暗い大部屋だった。その大部屋には質素なベッドだけしか物は無く至って殺風景な場所だった。


「え……?」


 隼人は声を失った。


 殺風景な部屋の真ん中には10人ほどの人の塊が体を震わせながらうずくまっていた。まるで寒い雪山で互いの温もりを求めるかのように。


 だが、隼人が驚愕した点はそこではなかった。


「子供……だけ」


 子供だけだった。しかも、人種問わず多くの子供たちが、皆同じような患者着のような服を着て部屋の真ん中でおびえる様子を見せながら互いを庇うかのようにうずくまっていた。


「許せない……こんな子供たちを……!!」


 サンプル。隼人は表のボードの言葉を思い出して怒りが下腹部で煮えたぎった。事情は解らないが、少なくともサンプルと銘打ってこんな所に閉じ込めた彼らが。


「この中で僕の言ってることが解る子はいる?」


 隼人の言葉に反応して細々といくつかの手が挙がった。隼人はその子の元に駆け寄った。その子は女の子で白人、年齢は7歳くらいだ。


「大丈夫?」


「うん。あなたは誰?私、ルイズ」


「僕は隼人……後は何て言えば良いんだろう……」


「正義のヒーロー?」


 救いを求めるような目でルイズと名乗った少女は彼を見た。隼人は彼女の問いに少し戸惑いを隠せなかった。


 正義のヒーロー……自分でも解らない。ここまで多くの人を殺めた自分に言う資格はあるのだろうか?でも、自分は彼らを救いたい……なら。


「そうだよ。みんなをお家に帰す為に来たんだ」


「ほんと!?」


「あぁ……そうだ。だから立ち上がって。お家に帰ろう!!」


 隼人の言葉に何人かの子供達は希望を見出せたかのように目を輝かせた。言葉が解らない子供も雰囲気で救いが見えたと喜びの色を隠せずにいた。


「ハヤトお兄ちゃん。リリィを助けてあげて。あの子、さっきから動けないでいるの」


 子供たちの輪の真ん中に横たわる子がいた。リリィだろう。彼はとりあえず、グローブを外して彼女の首筋に人差し指と中指を当て、脈を捜す。


 とくん。とくん……微かながら彼女の脈は生きていた。だが、衰弱していてこのままだと危ない。


 隼人はリリィをすくい上げ抱きかかえていくことにした。


「みんな、帰ろう!!お家へ」


 小さな行軍が始まった。人としての権利を踏みにじられて実験のサンプルとして監禁された子供たちは生きる為に、自由の為に弱りきった体を奮い立たせ、隼人について行った。



 銃声が近づいてきた。夜の帳のような静寂を保ってきた廊下は慌しくなった。だが同時にその喧騒は光にある事を確証させた。


「翔だよね……」


 彼が近くにいる。そう彼女のカンが脳裏で囁く。その囁きは彼女の胸を潮騒のようにくすぐり、自分でも解らない感情を覚えさせた。衝動に似た強い何か……


「来るんなら速く来なさいよ……ばか」


 光はベッドに腰をかけて助けを待つことにした。


 足音がこの部屋に近づいてくる。その音を聞いた途端に彼女の心臓が更に高鳴った。助け――翔が来てくれる。そう思うと気が気ではなくなってしまう。


 ガチャリ。鍵の開放音。それを聞いた光は飛び上がり、ドアが開き現れる人物を待ち望んだ。


「しょっ……」


 違った。ドアから現れたのは自分をさらったマスターに雇われた傭兵達の制服を身にまとった筋骨隆々の白人男性だった。


「何の用?」


 光の問いに答えることなく、男は部屋に入ってきた。そして、彼女の目の前に立ち


「マスターが連れて来いと……でもな、どっちにしろ終わりだ。空母打撃郡とやり合って勝てるもんかよ」


「ふん。自業自得よ。ケンカ売る相手を間違えたのよ」


「だからよ……せめてもの役得としてな……」


 光は男から発せられる異様なオーラを感じた。殺気とは違う。彼の目には狂気の色素が含まれていて、今にも爆発しそうだった。


「お前を……へへへ」


「きゃっ」


 万力のような力で男は光の肩を掴んで後ろにある硬いベッドに押し倒した。


「はっはー!!お前さんみたいに綺麗ツラした女とやるのは久々だ!!ヴァージンだろ?」


「やめてよ!!このロリコン野郎!!」


 男から逃れようと必死に暴れるが筋肉質なプロの傭兵に女の筋力では勝てることは無い。抵抗むなしく、光の体に男は跨った。光は決死の抵抗で、男の頬に爪を立て引っかく。


「がぁ!!このアマ!!」


 皮膚を深くえぐり取れて血が滲み出した男の顔は怒りに歪み、その丸太のように太い腕で平手打ちを彼女の頬に打ち込んだ。


「なぁに……痛い思いはしねぇよ。気持ち良くさせてやるからよ!!」


 平手打ちで怯んだ光。頭がクラクラするほどの一撃のせいで抵抗できなくなってしまった。そんな彼女を見た男の下劣な笑い声が部屋に響く。彼はヘリの搭乗員が着用するツナギのファスナーを下ろし中の下着を引き裂き、小さな乳房を露出させた。


 犯される……


 それは死より恐ろしかった。こんな男に体に拭えない穢れを付けられるのは死よりも屈辱的で恐ろしい。


「胸はねぇが、綺麗な肌だ……舐めてやりてぇ」


「いや……いやだ……助けて……助けて」


 男の唾液滴る舌が彼女の穢れを知らない柔肌に迫る。


「翔――――――!!」


 思わず光は彼の名を叫んでしまった。無駄だと解っている。彼に会えたとしても、この男に汚されてしまうだろう。


――――光!!


 横に走る鈍い衝撃が彼女に襲い掛かった。だがその衝撃は上に跨った男を吹き飛ばした。


「え……」


 朦朧となる意識の中、光の涙でぼやけた視線の中に一人の男が新しく現れた。


「誰だテメェ!!」


 凛とした怒りを宿した視線で野獣のような男を見据える少年。それは紛れも無く彼だった。


「翔!!」


 彼が来たのだ。ずっと来ると信じていた彼――風宮翔が。


「お前、生きてこの部屋を出れると思うなよ」


 静かな声だった。激高することも無く冷静に翔はそう言い放った。だが、その声には絶対的な殺意と静かな怒気が内在していた。


「抜かせ、クソガキが!!」


 傭兵は腰に携行された刀身が60センチはあろう巨大なナイフを抜き放ち翔に獣のように猛進した。


「くたばりやがれ!!」


 怒りの塊のような男の繰り出すナイフの斬り下ろし。翔はその一撃を身をひねって回避し、宙を切った右手を左手で捕まえて、右肘で相手の横っ面を打った。


「ぐっ」


 相手の怯んだ隙を突いて翔は得意の体落しで男をコンクリートの床に叩き付けて、左手で掴んだナイフを持った相手の右手からもぎ取った。


「このガキぶっこ……」


 その先はいえなかった。いや、翔が言わさせなかった。仰向けで倒れている男の顔面に翔は肩掛けにしたM4の銃尾で殴りつけた。


 昏倒。


 翔の怨念のこもった一撃は重く、男は気を失ってしまった。


「翔……」


 服のはだけた光は彼の名を呼んだ。表情は安堵の涙と笑顔。


「光……」


「翔!!」


 抑えきれなかった。光は翔の胸へと飛び込んだ。良く解らない温かい感情が彼女の胸の中に広がり、それが翔を求める衝動となった。


「光!!」


 これが欲しかった。あの温もりと笑顔……その何もかもが欲しい。独り占めしたい。突き抜ける衝動は彼の手が光を抱きしめる原動力となる。


 あぁ……俺、こいつが好きだったんだ。


 胸の中で泣く光の小さな体を見て翔は気づいた。好きでなかったらこんなに胸が熱くなるわけがない。翔は温もりをくれる小さな灯火を離さないようにきつく抱きしめた。


「翔……怖かったよ……わたし……」


「あぁ……」


「でもね……翔が来てくれたから……もう、何も怖くないよ」


「俺もだ……」


 翔は胸に秘めた自分の気持ちをぶちまける事にした。


「光……俺は、お前が好きだ……ガサツで貧乳だけど……優しくて温かいお前が大好きだ」


「バカ……もっとロマンチックな事言えないの?」


 光は目線を翔の瞳に移して言う。


「アホで変態で救いの無いダメ人間だけど……真っ直ぐで根は優しい翔が私も大好きだよ」


 光は翔の唇にキスしようとしたが翔はそれを避けた。


「ここを出てからにしような」


「もう……」


 翔は少し頬が膨れた光を放し、共にドアから外の廊下へと歩き出した。もう二度とこの光を失わない。そう心に決めた翔はもと来た道を進む。隼人と別れた格納庫に入り、光は翔に問うた。


「翔、その……クララは?」


「あぁ……生きてる。でも、どこにいるか解らないけど」


 翔は少し焦燥の色を見せた。彼女のことが心配なのだろう。光はそんな翔の手を握り


「大丈夫だよ。なんとかなるよ」


「サンキュー。でもな……そうは行かないかも……どうなんだ?」


「え?」


 翔は薄暗い自分たちの目の前に広がる通路に声をかけた。すると、沈黙を足音、次にフルオートの銃声がかき消した。


「どうして当てなかった?」


 銃弾は足元のタイルを穿つだけで、翔や光には一発も当たらなかった。


「吉田光への殺傷は許されていない……」


 通路の向こうから薄暗い闇を抜けて現れた純白の髪を持つ少女。その手にはP90サブマシンガンが握られていた。


 クララ――彼女が二人の道に立ちふさがった。



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