MISSION59 戦乙女
初読みの方には申し訳ないのですが前回の話を大幅に変更してので、一度MISSION58にお戻りください。
マーベリックより。
レールガンの発射は由衣の尊い犠牲で防げた。だが、戦いは戦士達に悲しんでいる時間すら与えない。翔は泣かないように必死に堪えている。泣けば視界がぼやけるし、何より今闘っている相手は悲しみながら闘って勝てるような甘い相手ではない。
それはドッグファイトの次元をはるかに超えた戦いだった。
翔のガルーダとウリエルのディヤーヴォルは音速のワルツを中空のダンスホールで踊っている。
剣を切り結ぶかのように鋭い旋回。空力を無視した機動の応酬。互いに一歩も譲らなかった。
体験したことの無いGが翔と隼人の身体にのしかかる。
「ぐっ」
ある程度のGは耐えれるがこれ強烈なのは初めてだ。何度も失神しかけても翔は腹筋と操縦桿を握った手に力をこめてなんとか意識を保っている。
「んなろ!!」
翔は操縦桿を引いてガルーダの鎌首をあげさせて、機体下腹部への空気抵抗で急減速させるソ連機のお家芸である『プガチョフコブラ』を敢行。ウリエル機の背後に回りこんでガンロック。トリガーに指をかけた。
後方から銃撃。ウリエルはとっさに左ロールを念じて何とか火線を潜り抜けた。
「……強い」
コックピットの中でウリエルはつぶやいた。データバンクに乗っている彼の空戦の特徴を掴んでいたものも、どうしても撃墜が出来ない。あまつさえ強化兵である自分から背後を奪ったのだ、彼の技術は侮れないものだとウリエルは判断。
「手動操縦に変更」
〈了解〉
無生物的な声と共に接続ケーブルが彼女の脊髄から抜けた。自分でも解らない。何故か手動操縦でないとあの男に勝てない気がした。
ウリエルは神経接続に異常が起きた際に使用する操縦桿に握り、左に跳ね上がるように鈍角に上昇。背後の敵機も同程度の角度で旋回を行ったのに合わせ、操縦桿を手前に引き倒す。
緩旋回から急旋回へ突然変ったのに対応できずに後方の新型機の優位性は奪われた。
「え……」
機械的で単調だった機動は突如に人間味の帯びた「冗談の効いた」機動になった。
「クララ……」
この空戦機動は身体強化の産物かどうかは見て解る。これは彼女の技術そのものだと翔は感じ取れた。あのディヤーヴォルの機動はいうなれば滑らかなで丸みを帯びていて、そのような動きは以前より翔と邂逅した時にも見せていた。
翔はあることを思いついた。だが、それはあまり希望を持つことの出来ない賭けである。
「隼人!!コード148.92に繋げ!!」
「え……まさか!?」
148.92――これはクララの無線コードだった。もし、繋がれば説得できるかもしれない。あの機動に翔はかすかながらクララの自我を見た。
「……ん?」
隼人は無線機の周波数のツマミを回し、その番号に合わせようとする。ノイズの向こう……かすかなGに喘ぐ小さな声が聞こえた。
†
アリスの戦況はあまり良くなかった。特徴をまだ掴みきれていない最新鋭機はかつての曖気F-28とは勝手が違っていて、小さいミスの連続が現在の状況を作り上げている。
後方から放たれる銃撃を避けながら反撃のチャンスを見計らうが、完全に隙が無かった。
「まずいですね……フランクくん!!援護おねがいします」
『あいよ!!砲台を片付けて、5分でそっちに来るぜ』
「お願いします」
アリスは彼らの到着を待つまで持ちこたえれるか不安だが、今は彼らが来るまで生き延びることしか出来ない。しかしアリスはあまり自信がなかった。
そもそも、アリスはオールラウンダーで空戦や対地攻撃が常人よりできるだけであって、翔やフランクのように突き抜けた能力を持つわけではないのだ。
「はぁ……はぁ……」
さっきから休みなしに急旋回を繰り返したアリスの体力は限界に近くなっていた。少し息をつこうと旋回が甘くなった刹那、彼女のガルーダの左エンジンに敵弾が直撃した。
エンジン出火。
アリスはとっさに左エンジンを切って大事は免れたが、もう先が無い。形肺飛行であの化け物二匹と戦うのはガルーダのエンジン出力をもっても難しい。
万事休す。
『左上方に避けて下さい!!アリス中尉』
「え……」
その声に言われるがままアリスは操縦桿をきって左へ上昇した。聞き覚えのある声だった。いや、彼女はこの声の持ち主をよく知っている。とっさの事で脳が処理し切れなかったが、理解できた瞬間に驚きと喜びがアリスの胸の中に波となって打ち寄せた。
『イーグルナイト4、フォックス2!!』
アリスの後方についていた敵機は突如飛来したリトルジョンミサイルの弾幕を回避するために彼女のコースからはずれ、回避機動をとってアリスの追撃コースから外れた。
アリスの危機は何とか脱せた。アリスは安堵の笑顔がもれる、危機からの脱出ではなくあの声の持ち主がここに来てくれた事がたまらなく嬉しかった。彼女が死の闇から戻ってきた事が。
「もう……遅いですよ。ななちゃん」
『すみません、中尉。つい、さっき起きたばっかりで』
危機を脱したアリスの隣にはオレンジ色のラインが施されたF-36がその翼をはためかしていた。イーグルナイト4、宮島奈々子が帰ってきたのだ。
『怪我は大丈夫ですか?』
「お腹を撃たれたんですが、運よく内臓を傷ついてなかったので」
『良かったです。心配してたんですよ』
「すみません」
酸素マスクを外している奈々子はコックピットの中で照れくさそうに鼻をこすった。
「さて……お腹の仕返ししないといけませんね?中尉!!」
『えぇ。やりましょう!!イーグルナイト4は前衛。私は援護します』
「了解」
アリスと奈々子は後方へ流れたSu417の追撃を始めた。
今回、アリスは奈々子に前衛をやらせた。自分のガルーダが戦闘できるような状態でない事もあるが、アリスは初陣の時から空戦では良くウィングマンを担当していたのでは彼女の癖を知り尽くしている。故に、隙が出来やすい状況を警戒して援護を的確に行えば勝てると踏んだアリスは奈々子に前衛を任せたのだ。
奈々子はアリスに信用してもらえた事が嬉しくて仕方なかった。兄や教官からの話で聞いたドイツ人エースのアリスは自分にとっては目標であり、憧れの存在。そんな彼女に信じてもらえ、前衛まで任せてもらえるのは光栄のきわみだ。
「負けられない……中尉に信じてもらえてるんだから!!」
反転してきたSu417。ヘッドオンの状態から綺麗なドッグファイトが開始した。
2機は剣を交えるかのように鋭く旋回。
最初に背後をとったのはSu417だった。奈々子は背後に回るために鋭く回避機動。敵も逃がさんと言わんばかりに奈々子の動きに合わせて行う、急旋回の応酬とも言えるシザースという空戦技を始める。
旋回性能ではSu417が一枚上手だが、奈々子は互角以上に戦えている。敵は機体性能に頼りっきりだが、奈々子には実力があった。数々の実戦と死線を乗り越えたものが手に入れることの出来る実力が。それは敵より早く深く、敵が予想もしない所へ旋回するという事。それさえ出来れば、性能面もある程度はカバーできるのだ。
「強くなりましたね……ななちゃん」
上空で待機するアリスは奈々子の戦い振りを見て、そう感じた。初陣のときに比べると自身を機動の一つ一つに見受けられる。
「うっ……」
奈々子の腹部に痛みが突き抜ける。
血が滲んだパイロットスーツ。縫合した傷口が気圧の変化で開いたようだ。
しかし、操縦桿を握る手を奈々子は緩めなかった。最後の最後まで諦めない者が勝つと兄の竜也は言った。故に、彼女は諦めない。
「時間が無いかな……なら」
奈々子は操縦桿を引き倒す。
刹那、彼女の目の前を太陽が流れ、次は敵の上部装甲板が現れた。
今。
奈々子の賭け……それはクルピット機動からの機銃攻撃だった。これは入神の域に入った反射神経と動体視力が必要とする。
417の装甲板が見えたら、脳が認知するよりも先に指がトリガーを引き、発射信号を受けたM61ガトリング砲は火器とは思えないような音を立て、鉄をも容易く断つ20ミリ弾の破壊の嵐を目標へと叩きつける。
神鳥の爪の餌食となった悪魔は炎に包まれ、その身を業火で焼き空に消えた。
「イーグルナイト4敵機撃墜……痛たたたた……」
『どうしたんですか!?』
「いえ……調子こいたら傷が開いちゃって……」
『もう……無茶はダメですよ。せっかく助かった命なんですから』
「はい……帰艦します」
『そうして下さい』
奈々子は翼を翻して空母へ機首を向けた。
『お帰りなさい。イーグルナイト4』
遠くなる翼にアリスはそう声をかけた。