MISSION58 護るべきモノ
遠く響く爆音。
光はその爆音に不思議と恐怖を感じなかった。あるのは、彼が近くにいるという安心に似た妙な感じだけ。
早く来て。早く……会いたいよ
「翔……」
生きているのだろうか?彼が空で負ける事は無いと知っていても、やはり不安だった。さっき部屋に来たあのクララのまとう冷たい空気。闘いをしたことの無い彼女でもわかる絶対的な強さの匂い。そんな彼女に勝てるのか。いや、技術だけではない。クララと知って翔は引き金を絞れるのか?
「ううん、信じてるよ……来てね必ず」
とらわれの姫は塔の中で騎士を待ち続ける。彼が鷲の羽音と共に舞い降りるその時を。
彼と再開できたらどうしよう。笑おうか?彼の胸の中で泣こうか?何だって良い。みんなに会えればそれで良い。
「でも……泣くのはらしくないかな?」
クスリと自分の思った事を自重した。今は翔の無事を祈るだけだ。
†
由衣は喰らい付いた敵機との圧倒的な性能差に少しばかりか驚愕している。通常の戦闘機で行ったら空中分解を起こし、中のパイロットが挽き肉になるような急旋回を難なくこなすSu417に後手に回ることしか出来なかった。
「強い……なら!!」
そう言って由衣はあるボタンに手を伸ばした。外部武装投棄ボタン。ミサイルなどの外部武装を棄てる事によって身軽にし、少しでも機動性を上げる魂胆だ。どの道、あの旋回性能ではミサイルなど容易く避けられる……なら、必殺の機銃弾で屠れば良い。
「Gリミッター解除!!」
Gリミッター―-F-29の潜在的性能を眠らせ、パイロットをGから守るための装置で、交戦規定により解除は禁じられているが、彼女は外した。そこまでしないと勝てない相手だからだ。
頚木を断たれた燕は飛んだ。速く、そして鋭く。
互いに旋回しあって背後を取り合う巴戦なんて生ぬるい戦いではなかった。推力偏向ノズルや、新時代の技術によって進化した戦闘機が出来うる戦闘機動の応酬だった。
ガブリエルは思わぬ苦戦を強いられている。空戦マニュアルを機体のデータバンクから脊髄を通じて脳に送り込まれている彼女は、敵の縦横無尽な太刀筋を読むことが出来ず、何とか機体の性能で凌駕することが出来ているだけだった。
「っく……」
のしかかるGに喘ぐ。
『ガブリエル、これからアレを出すから敵機を近づかせないでくれ』
「はい……マスタァっ……」
アレ……対艦レールガン。アレで敵の艦隊を一掃するのだ。
†
2015年12月26日 午前9時32分
第五人工島沖 空母J・グラフトン 作戦指令所
対艦レールガンの登場で有利に進んでいた戦局に陰りが見え始めた。姉と恋人が戦場にいるという事で見学を許可された亜衣には現在の状況がいまいち解らなかった。だが、状況がまずいということは解った。皆の焦燥の表情や、慌しい雰囲気が彼女にそう伝えるのだ。
「隼人くん……由衣お姉ちゃん」
亜衣は心配そうに呟いた。数十キロ先で命を散らすように闘っている二人を思うと自分が矮小に思えてくる。
今の自分に出来ることは、祈り見守る事だけだった。
「各艦、ミサイル用意!!」
その野崎の号令で前面に展開したミサイル巡洋艦がレールガンをロックオン。
「発射!!」
発射装置から爆炎を吹き上げながらミサイルは撃ち放たれた。合計で20発以上の対地ミサイルが放たれ、長砲身のレールガンに雨あられのように降りかかる。
この圧倒的な物量による過信をしない野崎は少し曇った表情で着弾を見守る。
爆発。
爆炎の向こうにレールガンは消え、ブリッジに歓声が響き渡った。これで当面の脅威は消えた。そう、思っていた矢先……
『着弾せず!!迎撃されました!!』
迎撃!?
「何が起きた?」
『VADSです!!奴の周りにわんさかあります!!』
VADS。M61ガトリング砲に高い精度の火器官制システムを搭載した対空砲がミサイルを迎撃したのだ。
「艦砲射撃だ。105ミリで攻撃しろ!!」
艦隊の持つ105ミリ砲は高い錬度に裏付けられた早さでレールガンに照準。
「撃て!!」
その一言で大気は震えた。怒号のような艦砲射撃が海域に響き渡る。大気を切り裂き、砲弾は目標へと雨あられのように降り注いだ。
着弾。
「ダメです。有効打になってません!!」
着弾した部分の装甲が少し剥げただけだった。
†
レールガンの周りに敷設されたVADSに迎撃されたミサイルたち。由衣はその光景に氷のナイフで背筋を撫でられたような戦慄が襲った。兵器としての恐怖ではない。あれがもたらす結果に恐怖した。
「亜衣!!」
彼女が乗る空母にあの銃口が向いたら……。あの火力が空母を襲い掛かったら……
「邪魔!!」
後方からの銃撃を上方への急旋回で避けた由衣は毒づいて、そのまま操縦桿をさらに引いて180度のターン。敵機にすれ違い際に照準、機銃弾を放った。
「あぁ!!もう!!」
確実に当たると思っていた銃撃を蝶のように舞って避けたSu417。性能もすごいが、あの銃撃に反応できたパイロットも相当なものだ。
「このままじゃ……亜衣たちが」
焦燥。苛立ち。彼女の心はその二つが煮詰まった鍋のようになっていた。レールガンという脅威と当たらない銃撃がそうさせるのだ。
「爆撃隊、レールガンを壊して!!」
『無理だ!!防衛の弾幕が濃すぎる』
このままでは空母が狙われる。そうしたら5000人の命と共に亜衣までもあの海に沈む結果になる。それだけは死んでも避けたい。
『こちらデビル。敵レールガンに、ロックオンされた!!』
「え?」
一瞬の不安による不注意。それは大きなミスにつながる。
動揺が彼女の太刀筋をにごらせ、そこに生じたわずかな隙に敵は付け入り機銃弾を放った。
「うぐっ」
装甲板を穿つ嫌な音。由衣には無縁の音だった。暫くすると腹部や左腕に痛みが走った。
「……撃たれたみたい……」
こみ上げる血による嫌悪感。彼女は酸素マスクを外して血を吐いた。
『由衣?由衣!!』
その小さい呟きを聞きつけたらしく隼人の声が彼女のレシーバーの中で響いた。
「大……丈夫。エンジンも……尾翼も……元気よ」
『由衣は!?』
「お腹にちょっとね……でも、右さえ生きてれば操縦は出来る」
『無茶しないで脱出して!!』
本当に優しい奴なんだから……
「バカ……ここで脱出しても死ぬわよ……でもタダじゃ死なない!!」
由衣は血反吐をコックピットのラダーペダルのあたりに吐き捨て、フルスロットル。アフターバーナーを吹かして、雷燕は前方に流れた敵機を音よりも速く追いかける。
ズキズキと腹部が痛む。
血が食道を胃液とともに逆流する。
だが、彼女は意に介さず相手の物理法則を無視したような旋回に己の機体を合わせた。
「そこ!!」
敵の旋回が終わった刹那とも呼べるタイミング。彼女はそこに合わせて、必殺の機銃弾を放が敵機は加速とロールで回避。
「逃がさない!!」
由衣はさらに加速をかけた。
HUDに表示された速度は時速3100キロ。機体のカタログスペックをはるかに超えてしまった。燕の翼がねじれそうになるほどに。
中にいる由衣は加速度と激烈な機動に意識を失いかけている。
「亜……衣……」
うわごとのように妹の名を呟く。彼女に操縦桿を握らす原動力となっているのは「亜衣を護る」ということ。ここで自分が破れ、翔たちが不利になり作戦に失敗したら亜衣の命が危ない。故に、彼女は出せる限りの力で自分の意識を繋ぎ止めている。
ぼやけていく視界。だが、彼女は敵の一瞬の隙を見逃さなかった。
敵が、由衣を振り切ろうと垂直上昇をした瞬間だ。垂直上昇時にできる隙、背面の装甲板がむき出しになった所に操縦桿を合わせ、トリガーを引き絞った。
着弾。黒い装甲板に20ミリの穴が空く。
さっきまで銃撃を回避け続けた悪魔は燕の嘴で穿たれ、黒煙を巻いて空に砕け散った。プロトニウムの爆発は通常より大きく、こちらにまで衝撃が伝わった。
「……はぁ……はぁ……撃墜……した……」
『おい、大丈夫か!?』
翔の声だった。由衣は口の端をにぐった後に呼吸を整えて答える。
「……他人より、自分をいたわりなさいよ……バカ」
『空母まで飛べるか?』
「バカ……この子は艦載機じゃないのよ……それにもう……」
先ほどの無茶な空中戦でビスやネジは緩んで、飛んでることも奇跡に近かい程の状況だ。
「もう……ダメかも……ん?」
由衣はそういってキャノピーの左部分を一瞥した。その一瞥は彼女の人生の中で一番大きな選択になっただろう。
視線に浮かぶのはあの忌々しいレールガン。
「ねぇ……隼人君……亜衣を頼んだよ」
『え?』
唐突の言葉に脳の処理が追いつかなかったようだ。
「泣かせたら化けて出るんだから」
『おい……由衣、まさかお前!!』
「その……まさかよ。翔、隼人君と彼女を絶対に守り抜いてね」
マスクを外した由衣は笑顔だった。凛とした瞳に力強い笑顔、それはまさに白百合のようだった。
『やめろ!!由衣』
制止の声。でも、やめられない。脱出しても対空砲の餌食なるか、空母に戻ろうとしても失血で意識を失って墜落するかだ……
彼女は左に下に旋回した。
†
電荷を散らし、こちらに銃口を向ける巨大なレールガン。神海は絶望の淵に立たされるような気分で航空隊の官制パネルに目をやっていたら、変化が起きた。
「え?」
UNICORN1と書かれた点がレールガンに接近している。
「こちらデビル。ユニコーン1何をしている?」
『こちらユニコーン1の秋月。これから、あの化け物にフォックス4します』
由衣からの通信。亜衣は無事だと解って安堵したが、最後の言葉の意味が理解できなかった。
「待て、ユニコーン1!!早まるな!!」
「フォックス4……?」
「特攻って事ですよ!!」
隣にいた青山未来が亜衣に教えた。特攻……この言葉は亜衣でも解る。自分の機体を相手にぶつけることであると。
「え……」
一瞬、亜衣の意識がどこかに行きそうになった。だが、我に戻って神海の通信席の隣にある空席にある余りのヘッドセット手に取った。
『やめて、由衣お姉ちゃん!!』
管制官の声では無く亜衣の声がスピーカーを震わした。
「亜衣……最期に声が聞けてうれしいな」
「いかないで!!由衣お姉ちゃんがいなくなったら……私……」
涙を浮かべて亜衣は訴えた。生まれてここまでずっと一緒に生きてきた自分の半身。怖いことからずっと護ってくれた姉。彼女を失うのは本当に自分の半身を失うようなものだった。
「ありがとう……亜衣」
亜衣の声。彼女の気持ちは痛いほど解る。双子だから。
最期に彼女の声が聞けてうれしいが、ここでは聞きたくなかった。この世界に後悔を遺してしまうから。
「でもね……うっ……私は、亜衣を絶対に護るって決めてるの……それに、私一人の命で……ここにいる人の命が救えるなら、安い出費よ」
濃厚な弾幕。
彼女は弾幕の嵐の中へ身を飛びいれた。戦闘機一機入るか入らないかの隙間。彼女はリミッターを解除した燕には魔女が弾除けの魔法をかけたかのような驚異的な機動力で上下左右に縦横無尽に飛び回って、銃撃を避け続けた。
さっきの空戦のせいで左水平尾翼はもげ、左の主翼ももげかけている。
それでも飛び続ける。あの空母にいる5000の命の為、その中にいるかけがえのない亜衣のために。
『でも……でも!!由衣お姉ちゃんがいなきゃ……私……私!!』
「亜衣、あなたには隼人君がいる。彼なら……亜衣を幸せにしてくれる……隼人君と私の文まで生きて……生き続けて」
『嫌だ!!いかないで』
砲身までわずか100メートルも無い。この一言が最後になる。考えるまもなく言った。
「さよなら、亜衣」
『やだ!!由衣おねぇちゃ……』
彼女は亜衣とこの世への未練を断ち切るように回線を切った。
「さよなら……亜衣」
迫り来る自分の死。それはあるモノを彼女の脳裏によぎらせた。
それは亜衣、家族と過ごした思い出だった。
家族と行った遊園地や動物園の思い出。
家族で祝った亜衣と由衣の誕生日。
明るい光とやさしさに満ちた時間が水面に現れる水泡のように浮かんでは弾け、浮かんでは弾けた。
眼前に広がるレールガンの砲口がスローモーションで迫る。
あと20メートルもない。しかし彼女は自然な笑みを浮かべて透き通るような声で言った。
「亜衣……生まれ変わっても一緒がいいね」
レーダーのパネルから一つの点が消えた。
だが、その小さな点は多くの命を救ったのだ。
レールガンの薬室は由衣のF-29が起こした爆発で内部から崩れ落る。
勝利への前進。
だが誰も喜べなかった。
作戦室で泣き崩れる亜衣を見たら喜べるほど彼らの心は荒んではいないから。