MISSION56 温もりのもとへ
同日 午前6時21分 第三人工島
光は眠りのない夜をまた過ごした。脳死にされる恐怖と気が狂いたくなる衝動と戦いながら正気を保った。常人なら泣き叫び絶望する中、彼女は正気を保てたのは翔の存在が大きいかもしれない。
「翔……」
空では最強のパイロット。でも、少年の弱々しい一面を兼ね備えた彼の事が頭から離れない。あさってで消える自分のことよりも彼の事が頭に浮かんで離れない。
「なんで……アイツの事ばかり考えるんだろ?」
なんだか泣けてくる。死ぬ前にアイツの顔が見たい。彼の温もりが欲しい……変な衝動にも似た何かが彼女の中で溢れた。
「翔……来てくれるよね?」
鉄格子の向こうに広がる空。そこから彼が来てくれる。そう思う。いや、そう信じている。
「私……間に合わなくても……恨まないよ……翔が来てくれるなら」
届かぬ声を届かぬ空の向こうにいる彼に放った。
ズシン。
彼女は部屋が揺れるのを感じた。地震ではない。この振動は……
「爆発?」
†
8機の全天候攻撃機A-6イントルーダーは侵入者の名に恥じぬ働きをした。後続の対地攻撃隊のミサイルの飽和攻撃で空いたミサイルや対空砲の穴をくぐり抜け、敵のレーダー施設に爆弾を落とし破壊した。
『こちら、ウォーエース隊、レーダーサイトを破壊した。突入を開始されたし。繰り返す、突入をされたし』
「お、聞いたな?野郎ども。ファッキン・サイコ野郎どものケツに爆撃だ!!」
『おう!!』
フランクの声にF-4EJ改ファントムⅡ、F/Aー18Eスーパーホーネット、F-14D『トムキャット』の爆装機の編隊のパイロットたちは勇ましく鬨の声を上げた。
「空戦隊の苦労を減らすためにハンガーを爆撃するぞ。俺に続け!!」
フランクたち攻撃隊は40キロ先にあるハンガー郡へ向かう。
「と言ってる中、アレなんだが……敵さん熟練度が高いらしい。もう、上がってきたぞ。数は20前後だ。会敵は二分後だ」
『翔、頼んだぞ!!』
「わーった。聞いたな?ホーネットとトムキャットは2機以上で攻撃しろ。解ったな?」
数ではこちらが優っているが、実質の空戦可能な戦闘機はこちらが劣っている。そして、ヘタをすればこの20数機が全部Su39と同程度の機体かもしれない。被撃墜のリスクを考えると、妥当な戦術だと翔は判断した。
「全機、攻撃準備」
翔の一言でアブレストを組んだ空飛ぶ航空博物館とも呼べる編隊を構成する航空機の安全装置は解除された。
シーカーがHUDの画面を動きまわる。
数秒後に、目標補足。
ロックオンシグナルがコックピット内で鳴り響く。殺せ、殺せと言わんばかりに。
「翔、全機ロックオン完了って」
隼人の言葉に翔は頷き、トリガーに指をかけた。深く息を吐く。再び人を殺すのかと思うと心苦しいが、光のためだ……。そう自分に言い聞かせ、人差し指に力を込め
「イーグルナイト1、フォックス3!!」
トリガーを引き絞った。電子信号が伝わり、射る臨界まで達した炎の矢は放たれた。
†
遠く響く爆発音。戦闘機のエンジンの咆哮……彼が来たのだ。
「翔たちだ!!」
「嬉しそうだね。マリア」
マスターがウリエルとガブリエルを連れて光のいる部屋に入ってきた。その顔はいつもの余裕綽々で人を見下したような表情を浮かべている。
「言ったでしょ?アイツは来るって」
「そうだね。君と彼との間に相当な信頼関係が見える……でも、残念だね。彼はここで死ぬのだから」
不敵に笑う彼の目には絶対的な自信があった。
「この二人が彼を殺す。空じゃ最強といっても、普通のパイロット相手と普通の戦闘機相手の話だ。僕の薬で強化された兵士と最高の戦闘機が相手だとどうかな?」
「え……って事は、翔とクララを殺し合わすつもりなの?」
「そうなるね。運がよければガブリエルがお相手するよ……でも、ウリエルには風宮翔の抹殺命令を出してある。どっちにしろ、彼はウリエルに殺されるよ」
悲劇を楽しむ残虐な笑み。それを見るたびに背筋に悪寒が走る。
「あんたって……本当に最低な人間……そんな奴に翔は負けるわけがないわ!!」
「私が誰でも、優れた武器と兵士がいれば戦いには勝てるよ」
鼻で彼は光を笑った。
「クララ!!あなたはそれでいいの?翔と殺し合うことになっても!!」
「私はウリエル。そんな名前ではないし、命令は絶対」
背後に控えるウリエルは光の言葉に冷たい視線と冷たい声を返した。
「さぁ、二人共仕事だよ」
「はい。マスター」
マスターは二人を連れて部屋をあとにした。その姿を見た光は自分の無力さを実感した。
†
放たれたミサイルは全弾回避。翔は舌をコックピットの中で打った。
「敵は中々の腕利きらしいな……」
「それだけじゃない。ドラゴンスレイヤーが10機以上いる」
隼人の言葉は編隊に絶望を与えた。大戦中の最悪の敵として君臨したSu39が10機もいる……ワイバーンならまだしも、こちらは第4世代の航空機が大半だ。性能と数から見て敗北は目に見えている。
「隼人、じゃじゃ馬ならしに一戦やるぞ」
そう言って、翔はフルスロットルで敵の群れへと飛び込む。
ガルーダのエンジンはうねりを上げた。暴力的な加速力と旋回性能をもって敵のミサイルをいとも容易く、避け肉薄した。
気が遠くなる。
上に下に左右に揺れ、重力が彼を締め付ける。
ワイバーンとは性能が段違いだ。しかし……こちらの方が翔にはしっくりきた。マルチロール性の高いワイバーンより空戦能力の高いガルーダは空戦屋の彼にとっては最良の機体とも言える。
ターゲットロック。
翔は背面飛行でマルチロックミサイルの照準を前方の4機に合わせる。
発射。
至近距離で放たれたミサイルは反応の遅れた4機に着弾し炎上させた。世界最高と言われた制空戦闘機を瞬殺したのだ。翔の技術も高いのは事実だが、何よりもガルーダのポテンシャルが高いのだ。
翔がSu39を撃墜したことによりドッグファイトの火蓋が落とされた。
性能で劣るのなら戦術でカバーする。その言葉の通りに後続のトムキャット達は戦っている。二身一体の変幻自在なフォーメーションで攻撃し、何とか戦えている。ワイバーンに乗っている怜や俊太も必死に腕利きのパイロット相手に食らいついていた。撃墜されないよう、いや撃墜しようと必死に旋回を鋭い旋回を繰り返している。
だが、それでも空戦隊の劣勢は変わらなかった。
翔とアリスが二人で5機のドラゴンスレイヤーを相手にしているおかげで、トムキャット隊の負担が減っているだけで、戦況は実質変わらなかった。
「アリス、ドラゴンスレイヤーを……二機相手にする気分はどうだ?」
『生きた……うっ……心地しません!!』
常軌を超えるGに喘ぎながらもアリスは言葉を続ける。
「ですが……勝てる気がします」
アリスは操縦桿を傾ける度に確信する。あの恐ろしい敵を凌駕していると。まだ一度も後方のSu39は一度もアリスの隙を突いた攻撃をせずにいる。旋回に追いつけていないのだと。ただ後ろにいるだけだと、彼女は確信しているのだ。
「ちょっと……無茶しますか」
アリスは操縦桿を引きフルパワーで垂直上昇を始めた。
「うっ!!」
それは戦闘機の垂直上昇ではなかった。ロケットのそれと全く同じだった。目が飛び出そうなほどの加速度を前に必死に腹筋を固めながら意識を保ち続ける。
Gのせいで思うように回らない首を必死に後方を見ようと動かす。
「成功です……」
敵機ともある程度間合いは開いたことを確認したアリスはそう呟くと、エンジンを切りエアブレーキ開いて急減速する。
「今です!!」
左ラダーを蹴って機を横転させ方向転換――そのまま敵にヘッドオンで垂直降下。
「ターゲットロック」
アリスは二機をリトルジョンミサイルでロックオンたが敵もアリスに機銃の銃口をあわせて発砲してきた。だが、アリスはバレルロールで避け、ミサイルを応射。2機まとめて撃墜した。
「はぁ、はぁ……ごめんなさい」
アリスはこの機体のポテンシャルの高さに驚き恐怖した。こんな機体を作った人類の恐ろしさにも……
一方翔はアリスと違って苦戦していた。敵の数は3機で、中々に腕が立つパイロットだった。
「きしょう……数の暴力かよ!!」
「だね」
翔の旋回に追いつけてはいないがミサイルは多く撃つ敵機は厄介だった。しかも一斉射で。それをフレアを使ってよけるが受けに回ってばかりで現状は変わらない。
「くそ……どうにかならねぇのかよ!!」
『上に登って!!』
女の声。翔は言われるがままに、鎌首を上げ垂直上昇を始めた。
「翔、今のって……」
「あぁ、アイツだ!!」
アイツが空から現れた。燕のように降下し、翔を追尾していたSu39を喰らった。その20ミリ弾の嘴で。
「遅ぇよ。来るなら来るって言えよ」
翔はその燕を知っている。その担い手も。
『はぁーい。翔。あんたの彼女さんと未来の義理の弟のピンチと亜衣から聞いたから、助けに来たよ!!』
「助かる。でも、最初のは余計だ、いつ俺が光とデキたんだよ!?」
燕の名はF-29雷燕。そして、パイロットは『魔女』こと秋月由衣だ。前進翼を持った燕はガルーダの左翼についた。力強く前足を掲げるユニコーンが描かれた尾翼と上面を黒と黄色でペイントした雷燕はまごう事なく彼女の機体だった。
『ふぅーん。まだなんだ。じゃ、早くこいつら片付けてくっついっちゃいなよ』
「あぁ!!」
魔女と騎士は増援で現れた敵航空戦力に突撃を始めた。