MISSION5 星空の下
2015年 4月14日 午後6時42分
太平洋 空母 J・グラフトン VF-184 ヘルハンズ 待機室
「今回の作戦は明日に行われる第7人工島に爆撃。SAM(地対空ミサイル)及び対空車両を破壊することだ」
一条大尉は待機室のスクリーンに映し出された地図、ソ連軍の補給用の人工島である第7人工島の説明を少年達に行っている最中だ。
「サー」
眼鏡を掛けた金髪碧眼のイギリス人、エドワード・エンフィールド少尉が挙手した。
「何だ?」
「はっ。何故、爆撃任務をこんな少数。しかも、戦闘機で行うのでありますか?」
エドは自分達、イーグル3と4の乗員がこの場に集められたことを訝しく思った。
「悪い、そこはまだ、説明不足だったな。まず、戦闘機で行う理由は、A-13じゃ遅すぎる。この、ポイントから上陸するから……」
ポインターで湾を指し明は説明を続けた。
「このポイントの向こうに行ったら、まずA-13なら中央の対空砲で蜂の巣。でも、28ならその上昇力で一撃離脱できる」
「わかりました。しかし何故、我々が?」
明は『ふっ』と笑みを浮かべ、答えた。
「お前らがこの隊にいるB型のクルーの中で一番このミッションに向いているからだよ」
その瞬間、4人の間に小さなざわめきが生まれる。
「フランクは対地攻撃がピカイチ。竜也はECM(電子攻撃)がずば抜けてうまい。そして、エドと翔はこいつらの最高のパートナーだ。この、作戦はお前らしか出来ない。以上だ」
「「はい」」
皆、起立して明に敬礼。
「風の導きがあらんことを」
と、解散際に言う祈りの言葉を明は敬礼と共に告げた。
†
同日 午後11時19分 太平洋
満月がきれいな夜だった。
2機のF-28Bは黒い雲を見下ろせるほどの高度を亜音速で直進している。月明かりが銀翼を反射する光景は幻想的としか言えない。
「星が綺麗だな」
と、竜也はつぶやく。それにつられ翔も空を仰ぎ見る。
彼の視界に満天の星空が広がった。満天を通り越したおぞましいほどの星空。それは、宇宙の映し鏡のように星を幾千も内包している。
「あぁ。すごいな」
「奈々子に見せてやりたいな」
『見せられるさ。この戦争が終われば』
無線で割り込んだフランクの声。その声に竜也は素直に答える。
「ありがとう。フランク」
『しかし、お前は本当に妹思いなんだな』
フランクの相棒のエドも竜也に言った。
「まぁな。戦争でさ……俺達、両親に死なれちまったんだ。だからさ……二人で生きてきたんだ。それで今、兵隊やってんだぜ?ホント、笑えるよな?」
笑い声が響く。どこか、悲しい笑い声。しかし、いくら誤魔化そうとしても、皆解っている。彼の悲しみが。
多くの志願した少年兵は竜也と同じ境遇なのだ。生きていくために軍に入る。
「ま、こんな話より任務だ!!目標まであと、200。そろそろ、ECMの準備するぞ」
竜也は空気を変えるために明るい虚勢を張る。
「イーグル3(翔)より、4へ。これより、低空飛行するぞ」
翔は酸素マスクを装着した。途端に、口の中にゴム臭い冷たい空気が広がる。
『4了解。高度を一気に下げるぞ』
2機のワイバーンは急降下を始める。
対空レーダーには弱点がある。それは、捕捉する高度を高くするために仰角を高くしてあることだ。つまりは、低空の敵機を補足出来ないという事だ。いわば『灯台もと暗し』を具現する為に彼らは低空飛行をするのである。
HUDの高度計が凄まじい勢いで、その数値を落としていくのを翔は見る。
1500
1200
920
650
F-28は落下の法則に従い、エンジンの推進力を糧に落下速度を緩めず、自殺のような降下を止めない。
300
120
「今だ!!」
翔は操縦桿を力任せに引く。
激しいGがコックピットに襲う。最大速度のF1カーのコーナリングを遙かにしのぐ力が翔達に襲い掛かった。
「高度は?」
「70、良い高度だ。いっちょやるか」
竜也はピアノを弾く奏者のような手つきでディスプレイを叩く。
ECMとは、敵のレーダーの波長を拾い、それに妨害電波を出して敵のレーダーを無効化にすることである。
それに長けているのが、宮島竜也少尉だ。
並みのオペレーターが行う半分の時間で竜也はやってのけてしまう。
「終わったぞ」
翔も舌を巻く様な速さでECMは終わった。翔は竜也に問う。
「距離は?」
「えと……150かな?」
しかし、レーダー士としての腕は中の中である。
「解った。おい、フランク。攻撃開始だ」
『あいよ、俺は先行して。こいつら、落とすぜ』
「解った。行って来い」
そう言て翔は安全装置を解除。武装を長距離クラスターミサイルのAGM-99『ウォーホーク』を選択した。
AGM-99『ウォーホーク』とは、目標上空まで飛翔。その後に小型爆弾を散布して広域に被害を及ぼすミサイルである。
ミサイルは敵の選定を開始した。
電子音が脈打つ。そして、ついに選定は終わった。
刹那、HUDに複数のシンボルが表示される。
しかし、距離はまだ遠い。
ミサイルは放たれる瞬間を待っている。
そして時は来た……ピープ音と共に。
「イーグル3、KNIFE1」
コールの後、彼はトリガーを引き絞る。
ガコンと、金属音を立て戦斧はその頚城を外された。
推進剤は燃え上がり、ミサイルを目標へと飛翔させる。
数秒も経たなかった。遙か向こうの水平線で眩い明かりが点る。ミサイルが着弾したようだ。
そのころ、フランクは低空飛行を遙かにしのぐ高度、超低空飛行で目標へと肉薄する。
高度50メートルを音速近い速さでフランクは飛ぶ。
呼吸の乱れ一つが命を奪うような高度。フランクは息をもしないような集中力で操縦桿を握る。
フランクはプロの攻撃機乗りにも劣らぬ対地攻撃の腕を持っている。
「エド、目標は?」
「対空車両5だ。いけるか?」
「当然」
フランクはMk-91コブラ・アイ爆弾を選択した。
コブラ・アイとはクラスター爆弾の一種で、小型爆弾を400平方メートルにばら撒く事を目標とするクラスター爆弾爆弾である。
「Com’on Com’on」
マスクの下でフランクは呟く。
HUDに目標の対空車両のシンボルが浮かび上がった。彼は、ラダーペダルを踏み、ヨーイング。目標への微調整をする。
だが、こうしている間に、フランク機は敵の対空砲の射程距離に入ってしまった。そして、対空砲は火炎の祝福を火竜にし始めた。
炸裂する砲弾の海をフランクは旋回もせず猛進する。その姿は猪とも呼べる。
「フランク!!高度を上げろ」
エドの警告を無視して突き進むフランクの目線には対空砲が数門。
フランクはどこに落とせば一番被害をこうむれるか、刹那に判断した。
「ここだ!!」
フランクはトリガーを弾く。パイロンは命令通りにコブラ・アイを投下する。風に煽られながらも確実に、暴力の雨を降らした。
爆発が起きた途端に対空砲火は止まった。フランクはその気に乗じ、緊急離脱。対空砲の脅威から逃れるために遙か上空、イーグル3との集合地点へと急上昇した。
対空砲も手が届かないような高度へF-28は物の5分で上昇し終える。
そしてフランクは赤く光る編隊灯の明かりを見つけ、その横に機を進めた。
フランクの生存を確認した翔は封鎖された無線を開き、フランクに通信した。
「どうだった?」
『全部やった』
普段のフランクでは有り得ないような抑揚の無い口調で彼は答えた。
『疲れたから、休むわ』
ブツリと、一方的にフランクのチャンネルは切られた。
無理も無い。心を磨り減るような操縦をしていたのだ。こうなることは自明の理である。
そんな中、竜也は自機の後方にレーダー反応を見取った。
「ん?反応だ。後方、上?まさか……」
竜也は瞬時に理解した。上空に敵機がいると
「翔!!後方に何かいる!!」
「ん?」
翔は後方を見る。何もいなかった。しかし、その左上に『それ』はいた。
そのフォルムは月光で露になっている。
漆黒のボディに特徴的な赤いペイントの施された前進翼。Su47ベルクートだ。
「ベルクート?」
刹那、ロックオンアラートがコックピット内に響く。
『翔。援護する!!』
フランクの無線に翔は返答する。
「対地装備しかないお前には無理だ!!先に行け!!」
『……わかった。風の導きがあらんことを』
フランクは口惜しそうに言い残し、左に旋回。その場から離れた。彼は知っている。自分の空中戦の弱さを。故にこの場は逃げるべきだと彼は非常ながらも判断した。
「行くぞ」
翔は、ECNポッドをパージ。臨戦態勢をとる。機体を軽くするためにだ。なんせ、今回の相手はエースパイロットと翔は判断したのだから。
Su47はピーキーさ故に乗り手を選ぶといわれるほどの機体だ。
その担い手は『エース』しかいない。
エースになるための最後の一機が敵エース。これほどの僥倖は彼の人生で初めてなのかもしれない。
そして背後を取られた状態から翔のドッグファイトは始まった。
翔は操縦桿を左右に振り回しこの不利な状況から抜け出すことにした。しかし、相手はしっかりと翔の背後から離れようしない。
激しい旋回を互いに繰り返す。見えない終わりに腹を立てた翔はある決断を下す。
龍也。あれすっぞ」
「あれって!?ってうわっ!!」
翔はエンジンの出力を下げ、エアブレーキを作動。そして操縦桿を手前に引き倒し、機首の迎え角を上げ宙返りを始める。Gに締め付けられながらも翔はバックミラーを確認。ミラーには敵機の機影が映っていた。
「しっかり付いて来い!!ソ連野郎!!」
ループの後半、ヘッドアップディスプレイの計器が迎え角を108度、速度は420キロと表示する。
「今だ!!」
翔はスロットルにある一つのボタンを押した。エアブレーキの作動ボタンだ。
『STALL』
機体の中に機械的な声が響く。
推力も無く速度も無い飛行機に起きること、それは揚力の喪失。ようは失速だ。
力無く、翔の機体は落下を開始した。
揚力を失い落下するF-28の風防付近を通過するベルクートを翔はほくそ笑みながら見る。
そして、翔はスロットルを前に押し出した。アフターバーナーの業火は再び燃え上がって、出力にものを言わせ、ワイバーンはは失速状態から復帰。そのままベルクートの背中へ回り込む。
「よし!!」
決まったと翔はマスクの下で驚喜の笑みで口元がほころぶ。これは翔の自作の空戦機動『フォーリング・インメルマンターン』だ。
「サイドワインダーをお見舞いしてやれ!!」
直線的に飛ぶベルクートを翔はミサイルロック。
「ターゲット・ロック、フォックス……」
そう言ってトリガーを引こうとした。
敵は機体を垂直にした。すると機体は止まっているかのようになり、翔の機体は敵機を追い抜いてしまった……
「コ、コブラ?」
翔はマスクの下で舌打ちをした。そして翔の機体の中に人間の裏返った声のような電子音が鳴り響いた。
「畜生!!」
翔は左に急旋回し相手から逃れようする。だが、後方から夜の闇を切り裂くような光を翔は見た。その閃光は火竜の翼を啄ばんだ。
黒い煙を吹きながら、最新鋭の戦闘機は漆黒の海へと消え去る。
前進翼
空機の翼の平面形の分類で、翼を前に傾けて取り付けたもの。翼つけ根に対し翼端部が前方にある。
簡単に言うとVのような翼の形である。
例VF-19 YF-29