MISSION55 神鳥(ガルーダ)
2015年 12月26日 午前4時23分
太平洋 空母J・グラフトン
空が薄暗い明け方前の飛行甲板ににたたずむF-28Dワイバーンの216号機の前にパイロットスーツを着込んだ翔は立っていた。その手には大きなバック、昨日射撃練習場からくすめた銃弾とMP5サブマシンガンが詰め込んである。
「待ってろ光」
キャノピー開放。バックを隼人が座るべき後部座席に放り込んだ。
武装は昨日、気の弱い整備兵を脅して出来る限りの対空装備と、カタパルト無しでも飛べる様にロケットブースターを着けさせた。
「どこいくの?」
ラダーを登り、コックピットに身を沈めようとした翔を呼ぶ声。その声の持ち主は隼人だった。しかも、パイロットスーツを着込んだ。
「お前……何の真似だよ?」
翔はラダーから滑り降り、隼人の元へ詰め寄った。飄々とする隼人は翔に言う。
「索敵士が必要なんじゃないの?」
「バカ野郎!!こんな軍規違反ばれたら軍法会議もんだぞ。死刑になるかもしれないんだぞ」
「一人で光を助けられるわけ無いだろ!!……僕だって彼女を助けたい」
隼人は言う。軍規を従順に守ってきた彼の目は本気だった。本気で光を助けに行きたい。そう思っている。
「だけど、一機でも無理じゃないのか?」
自分一人で光を救おうと思った自分が言えることではないが、翔は自嘲気味に隼人に言った。しかし、隼人は笑いながら
「そう、言うと思ったよ……行くよね?みんな!!」
「おうよ!!」
翔たちのワイバーンの下から声が聞こえた。
「フランク!?エド!?」
フランクとエドもまたパイロットスーツを着ていた。フランクは腰にウェスタンなホルスターを巻き、コルトパイソンを差し込んでいた。エドも然り、ハンドガンを2丁ねじ込んでいた。
「翔くん、私も忘れないで下さい」
「アリスまで!!」
アリスもまたパイロットスーツを着て持てる限りの重武装をしてきている。そして、穏やかな彼女の眼は闘う時の目になっていた。翔は彼らの姿を見て、名状できないような感情が溢れた。
「お前ら……軍規違は……」
「軍規違反の体現者が何言ってんだよ」
エドの鋭い突っ込みに翔の言葉はかき消された。そして、彼は自分の首元に着いている階級章に手を伸ばす。
ブチ。
引き裂いた。そして、飛行甲板から海へと投げ捨てた。
「俺は、一人の男として光を助けに行く。それじゃダメか?」
真面目という言葉に身体を与えたようなエドが階級章を投げ捨てた。これは、翔にとっては新鮮な姿に見えた。
「お、面白えー、俺も」
「私も……やります!!たまには悪い子になっても罰は当たりませんね」
フランクとアリスも真似して海に階級章を海に投げ捨てた。そして隼人も。
「翔はどうするの?軍人として光を助けに行くの?それとも、風宮翔として助けに行くの?」
翔は忘れていた。かつての自分の通り名を。イーグルナイト?いや、そんな上品なものではない。『問題児』だ。
「決まってんだろ?」
翔は階級章を引きちぎった……自分を縛っていた鎖も同時にちぎれた。そして、力の限り紫色に染まり始めた空に投げ捨てた。
その数秒後――緊急時になるサイレンがけたたましく響き渡る。
『総員、第一戦闘配備!!本艦は作戦海域に20分後に入る。甲板作業員および、救助作戦への志願兵は飛行甲板に集合せよ!!』
「え?」
神海のアナウンスに翔は言葉を失った。そして、その次のアナウンスは翔に更なる衝撃を与えた。
『聞こえるかい?風宮中尉』
「野崎中将!?」
野崎中将だった。彼は昨日、光の奪還は出来ないと言っていたのに……
『やっぱり上の言うことを聞くのは僕の主義じゃない。一人の少女を見殺して守る戦闘の無い状態を僕は平和なんて呼びたくない。僕は君達に協力するよ。弥生准尉にアレを受け取ってもらってくれ』
「アレって?」
翔が疑問に思っている間に、飛行甲板にかつての緊張した活気が戻ってきた。飛行甲板のレインボーチームがアスファルトを忙しく踏みつけ、エレベーターが航空機を運び上げる。
「おーい、イーグルナイトの皆さん」
「那琥」
「こっち来んしゃい」
翔たちの前に作業着の那琥が駆け寄り、艦尾のエレベーターへ連れて行った。エレベーターは格納デッキへイーグルナイトの隊員を誘う。
「那琥、何だよ?」
突然エレベーターに乗せられた翔は訝しげに那琥に問うた。
「ワイバーンで417とやるなんて自殺行為だよ。やめときなって」
「止めてもやるぞ。俺は」
「知ってる。だから、ここにつれて来た」
エレベーターは目的の階層に到達した。5人の目に映ったのはベールに包まれた4つの塊。例の最高機密だ。
「那琥、これは……」
那琥は一番手近にある機密のベールを他の整備士と一緒に取っ払った。
中に眠っていたのは戦闘機だった。それも見たことの無い。
「日米共同開発の制空艦上戦闘機――F-36ガルーダ」
ガルーダ――炎のように光り、悪魔を喰らいし神の鳥。空の絶対的覇者。
空の絶対的な王者の名を冠したF―36はその名に恥じることの無い風格を持っていた。
サイズはワイバーンより一回り大きく、垂直に天を向く二本の尾翼にドッグトゥースが付いているクリップドデルタ翼。パッシブ・ステレスの概念を切り捨てた無骨さとともにある空理気的な曲線……まさに空戦を行うためだけの機体と言っても過言ではない。
この機体から放たれる王者の風格のようなものに翔はかすかにだが震え上がった。
「F-36ガルーダ……連合軍初のプロトニウムエンジン搭載機。重量推量比は2」
「2!?」
皆声を上げて驚いた。推量重量比とはエンジンと機体の重量の比率で、2というのはエンジン出力が自重の2倍あると言うことだ。ちなみに従来機では高くて1.3ぐらいだ。
「この機体の操縦系統はワイバーンのを使用しているから、みんなならすぐに乗りこなせられるよ!!翔は赤、アリスはピンクでフランクは青」
丁寧に那琥はイーグルナイトのパーソナルカラーに塗り替えていた。そして、尾翼には俊太がデザインしたイーグルナイト隊のエンブレムが貼られていた。
「4番機は欠番ね。ななっちが復活して出れる機体が無いと可愛そうだからね」
「そうかい。俺も同じだよ、那琥」
「翔、光さんの救出と……ななっちをあんな目に遭わせた奴らに仕返ししてあげてね。100倍返しで」
「わーってるよ」
翔の言葉、そしてその本気の目を見た那琥は、静にうなずいた。そして
「ガルーダを飛行甲板へ、ぐずぐずしないで!!」
整備班は那琥の一声で一つの体を得たかのように、F-36をエレベータへ運搬。翔達はそのエレベーターに乗り、飛行甲板に戻った。
艦橋前には多くのパイロットが集まっていた。いや、この空母にいるパイロットの全員と言っても過言ではない。戦闘機隊、攻撃機隊……皆集まっていた。光を救うためか、ただ戦いたいか解らないが集まっていた。
「俊太、怜」
翔は志願兵の中に全快の東京での戦いを生き延びた俊太と怜を見つけた。
「中尉、僕もお供します。奈々子さ……宮島少尉をあんなふうにしたあいつらが赦せません!!」
「私もです。吉田少尉には良くしてもらったので、私もあの人に恩返ししたいです」
二人の目は本気だった。招集もかかっていて断る事も出来ないので翔は
「お前らワイバーン飛ばせるか?」
「え……」
「はい。か、いいえだ」
「はい」
二人は頷いた。怜と俊太は元はというとワイバーンの搭乗員になるはずだったが、機体不足でタイガーシャークに乗る事になっていたのだ。
「俊太、お前は奈々子の218に乗れ。怜は、アリスのだ。いいかアリス?」
「もちろんです。怜ちゃんの腕なら問題ありません」
アリスは怜の操縦技術に自分に近い物を見つけていた。オールラウンドにこなせる能力だ。
「お、イーグルナイトも揃ったね」
ホワイトボードを模したタブレット機械の前に野崎中将はいた。作戦をどうやら昨日寝ずに立案したのだろうか、彼はどこと無くやつれているようだ。
「混成航空隊2個大隊(32機)で行う事にした。作戦の手順は、前回の東京攻略と同じ要領でやる」
すると、画面にはどこかの島の衛星写真が表示された。沿岸にはミサイル発射台があり、島と呼ぶには物騒すぎた。
「まず、イントルーダー隊が低空侵入で敵レーダーを破壊。次に、ファントムとホーネットの隊が地上のミサイルに飽和攻撃。空戦隊は制空権確保と、攻撃隊の援護。制空権が取れたら、上陸部隊が施設を制圧。目標を奪還する」
ずばり明快な作戦だ。ようは敵を叩けばいい。それが戦いの本質であり、全てだ。
「最後に言いたい事がある。この作戦は強制ではない。だから、死ぬな。生きて、優しい未来を一緒に作ろう」
そう言って野崎中将は自分よりも階級も年齢も下の少年兵達に敬礼した。彼はそういう人間だ。階級に縛られる事無く、現場で血を流す兵士に敬意を表す人下なのだ。
「質問が無ければ解散だ」
少年兵達は敬礼。そして、各自の機体へ最終点検の為に走って向う。
「まわせーっ!!」
海原の静寂はエンジンの咆哮のコンサート会場に変わった。つい最近までは普通だったあの飛行甲板に戻った。世界一危険な場所。断末魔までかき消されるコンサートホールに。
翔と隼人のガルーダに武装が詰め込まれる。はっきり言って重装備だ。対空ミサイルでほぼハードポイントは埋め尽くされ、その姿は空飛ぶ戦車とも比喩できるほどだ。
翔と隼人はF-36のコックピットに身を沈めた。レイアウトはワイバーンと変わらに多用途タッチパネルに各計器が集約されたシンプルな形だった。
隼人はレーダー席に身を沈め、プロトニウムの反応炉での数値をマニュアルと照合し確認する。
「数値81。良好、空戦に支障は無いって」
「そうか。こっちも各動力系異常なし……ん?」
コックピットから白衣の少女がこちらに歩いてくるのが見えた。
「お、隼人。亜衣が来てる」
「え……」
亜衣は後部座席用のラダーを上り、隼人の横に来た。その顔は今朝の凪いだ海のように物静かで落ち着いていて、そして美しかった。
「亜衣ちゃん……ごめんね。僕……」
死ぬかもしれない。戦争は終わって幸せな関係をようやく築き始めたのにそれをめちゃくちゃするかもしれない。それが申し訳なく、いたたまれなかった。
「隼人くん」
亜衣はタラップの一番上に置いてある隼人のヘルメットに手を伸ばして
「私のことは心配しないで……隼人くんの信じた道を進んで」
彼に差し出した。
「え?」
凛とした眼。東京奪還作戦の前の泣いていた彼女とは大きく違った。
「私、信じてるから。隼人くんと光ちゃんが帰ってきてくれること」
「うん。絶対に帰ってくるよ。翔もいるし……何より君がいるから」
「約束だよ」
「うん。絶対だ」
隼人は彼女が持っているヘルメットを受け取りかぶろうとした。
「隼人くん」
「ん?」
振り向く隼人。その目には視界を埋め尽くさんばかりの亜衣の顔が写った。吐息と体温が肌でかんじれそうな距離。亜衣は更に距離を詰めた。そして……
唇を重ねた。
触れそうだった肌と肌、唇と唇はこの瞬間に触れ合った。愛し合ってもまだ一回もできなかったキス。
亜衣はきっと出せる限りの勇気で隼人の唇に自分のそれを重ねたのだろう。
これが最初で最後のキスになるかもしれない。そう思うと隼人は彼女の唇から離れたくなかった。この世界、この空母から離れたくなかった。でも
「ありがとう。これで、死ねなくなったよ」
「うん……大好きだよ。隼人くん」
隼人は未練を断つかのようにヘルメットをかぶった。そして亜衣に別れの敬礼。亜衣もぎこちない敬礼を返し、タラップを降りた。
「翔くん」
隼人のタラップから降りた彼女は今度は翔のコックピットに顔を出した。
「どうした?」
「光ちゃん……きっと、翔くんを信じて待ってるの。だから、絶対に連れて帰ってきて。隼人くんと一緒に」
「律儀な奴だな。わーってるよ。言われなくてもな」
翔は優しく亜衣に笑んで、彼女の肩に手を載せて
「隼人も、光も……全員帰れるように頑張るよ。だから、安心して待ってろ……チョーク外せ!!」
翔の一声で整備班はギアのストパーを外した。
風防封鎖。
エンジン点火。
神鳥の咆哮はワイバーンのエンジン音より甲高く力強かった。吸い込む空気を飛ぶための糧にしながらも、飛行甲板という鎖に繋がれていた。
『イーグルナイト隊、カタパルトへ』
「ウィルコ」
翔は神海のアナウンスに応答し、誘導員の指示に従い第1カタパルトへタキシング。カタパルトに接近するF―36のギアを熟練の技で甲板作業員たちはカタパルトに接続した。
防炎壁起動。
動翼の最終点検。各尾翼とエルロン、フラップが風を切るのを確認した翔はカタパルト・オフィサーに親指を立てた。
エンジン最大主力。
アフターバーナーが燃え上がる。自分の脚を縛るカタパルトを引千切らんばかりに。
カタパルト士官が船首の誰もいない虚空に剣を刺すようなサイン。カタパルト始動サインを出した。刹那、神鳥は頚木から解き離れた。蒸気と炎の軌跡を描きながら神鳥は空へ舞い戻った。
銀翼は登り始めた朝日を反射し神話で謳われた炎のように光った。




