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少年と空-EAGLE KNIGHT-  作者: マーベリック
最終章 ソラのかなた、キミのもとへ
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MISSION54 明かされる真実

2015年 12月25日 午前9時32分


太平洋 空母J・グラフトン


 先日、空母を襲撃したテロリスト、32人は自決した。退路を断たれて敵陣に孤立したのだ、降伏以外に取る方法はそれしかなかったが、彼らはただでは死なかった。50人以上のクルーを死傷し、生き残った者の心に大きな傷を残して死んでいったのだ。


 風宮翔もまた、心に傷を負った一人。


「エド、どう思う?」


「テロリストは何で逃げた?」


「シーホークだ」


 イーグルナイト隊の索敵兼航行士のエドワード・エンフィールド中尉と翔は航路図を手に旧184航空隊の待機室で何か話しこんでいた。


「そうか……シーホークの最大飛距離は600キロ前後だ。あの日の600キロ以内に船は無かったと、航海士の友人が言っていた。それらの根拠から」


 エドは航路図の尺度にコンパスの寸度を合わせ、あの時に空母がいたポイントを中心に円を描いた。


「この円の中にあるどこかに逃げたはずだ」


 エドの描いた円の中には無人島の一つ無かった。エドは首をかしげた。翔も同じだ。島が無ければ海に落ちるはず、なのに連中はなぜヘリで逃げたのか……謎が謎を呼ぶ結果になった。


「ここって」


 脇から二人を見物していた藤門雄輔中尉が何かを解ったような様子で二人の間に入って来た。


「廃棄された第5人工島の海域付近じゃないのか?」


「第5人工島?」


「あぁ、お前らが入ってくる前にでかい事故を起こした島だよ。生物兵器とか危険なオカルトじみた兵器を作ってたとか、そんな噂を聞いたな」


「それってマジか?」


 翔は淡い期待を胸に雄輔に問うた。もし、本当なら大きい手がかりになるかもしれない。


「あぁ、哨戒任務でも一回上空を飛んだ事あるしな。でかい島だったぞ……滑走路もあったしな」


 滑走路、生物兵器――これらの単語が翔の脳内でリンクした。


「サンキュ、ふじもん。おかげで解ったよ……あいつの居場所が」


「お、役に立ったか?あと、俺はフジカドな」


 あの男の言う『人体強化』だのSFじみた薬剤の精製、そして、無限の飛距離を持つSu417の東京での襲撃。そして、神海が教えてくれた難民船の接近してきた方向……すべての条件がそろった。


「しかし、翔」


「何だ、エド?」


「野崎中将はこの事件の対応は出来ないと言ってたじゃないか」


『平和な時代にテロだの何だのと言って市民に不安を与えてはならない』いう指示がペンタゴンから伝わって来たと野崎中将は言っていた。


「わーってる。でも、俺はやる……一人でも。ありがとうな、エド、藤門中尉」


 翔はそう言い残し待機室から去った。その背中はどこか寂しく、決意が固まった雰囲気を醸し出している。こうなった翔を誰も止められない……エドも雄輔も解っている事だ。



殺風景な部屋に閉じ込められている光は眠りの無い夜を過ごした。不安で目の前に出された食事も喉が通りそうもない……このまま、訳のわからないまま実験動物にされ、死ぬのかと思うと怖くてたまらない。


コンコン


厚い金属を叩く反響音。誰かが来る。死神か、違う誰かか?


「おはよう、マリア」


 研究用の白衣を着たマスターと呼ばれる男だった。その隣にはウリエルと呼ばれる少女を侍らせている。


「眠れたかな?」


「……私をどうするつもり?」


 鋭い視線で光は男に睨みを利かす。だが、マスターは茶化す様子で


「そんな怖い顔しないでくれよ。君の血液を使って薬を作りたいだけだ」


「薬?」


「そう、薬だ……医学にも軍事にも両方使える薬だよ」


 マスターは光の腰掛けるベッドの前に部屋にある椅子を引っ張り出して、話を続けた。


「プロトニウムって何で出来ているか知っているかい?」


「発表されてないから、解るわけ無いじゃない」


「じゃ、教えてあげるよ」


「え?」


「プロトニウムはね、太古の昔にいた酸素を嫌うバクテリアが酸素から身を守るために体を硬質化……鉱物になったものなのだよ」


「そんなのって……じゃ、あの高エネルギーは何なのよ?」


「あれはね、一定の電荷を与えると体の細胞が活性化した時に起こるエネルギーだ。電荷を糧に半永久的に発熱し、ガソリンに似た効果を発揮する」


 少し工学のジャンルに入っていても光は解った。だけど、解せない点がある。


「で、結局……私は何に必要なの?」


 その言葉を訊いたマスターは『待ってました』と言わんばかりの表情で指を『パチン』と鳴らした。


「あの微生物はある特定の条件の血液でも活性化するんだ。活性化して出来た薬がプロトニンだ。ちょうど、彼女――ウリエルがその被験体だ……と、言っても未完成のプロトニンだ。薬品に必要な血中細胞の型が6つのうち、半部しか適合して無い血液で造った薬でやったからね」


 ウリエル――翔がクララと呼んだ少女。タイトな潜水服を連想させる特殊なスーツに身を包んだ少女。ナイフのように冷たい目をした少女だ。


「人体への効果は?」


「宿主の細胞の活性化――平たく言えば身体の強化だね。でも副作用で体毛の色素が落ちると言ったところかな?」


 彼を囲む『天使達』の髪は皆雪のように白銀色だという事を光は理解した。だけど


「洗脳の効果は?」


「あぁ。あれは自分のオリジナルの薬品を調合したんだよ。被験体を兵器にする為に」


 兵器?


 光は一瞬では理解できなかった。だが理解した瞬間に震えた。命を軽んずる男に対する恐怖と怒りで。だが、怒りの方が大きく、立ち上がった。


「ふざけないで!!命を何だと思ってるの!?」


 椅子にかける男の胸倉を掴んで揺さぶるが、待機していたウリエルが光をベッドへ突き飛ばした。


「ウブなお嬢さんだ。君の志している医学はこう言った人体実験で進化してきたのじゃないか?なのに今さら……」


 光は言い返せなかった。医学の発展を支えた要因の一つとしてナチス・ドイツのユダヤ人を使った人体実験があった事は事実だ。多くの命が犠牲になり発展した死体で舗装された道を光は歩んでいると知っているからだ。


「君にはね……人類の進化の為の尊い犠牲になってもらいたいんだ。もちろん、生命活動を止めたら血液が作れないから、君には人として死んでもらう」


「え……?」


 マスターの口元はサディスティックにほころぶ。まるで、昆虫の肢をむしり取って遊ぶ子供のような笑顔だ。


「脳死だよ。薬剤で脳死状態になってもらう」


「は?」


「生活が嫌になって自殺しないようにね……でも、生憎だけどまだ、その薬が届いていないんだ。あと3日後に来るからね……それまで今ある生を楽しんでくれよ。そして、3日後……君は科学の進歩の聖母となるのだ」


 勝ち誇った顔をしたマスターからの死刑宣告……しかし、光は不敵にも恐れずに笑みを浮かべていた。


「3日ね……3日もあればアイツが来るわ」


「アイツ……あぁ、風宮翔ガーディアンか?」


「ガーディアンなんて生易しい物じゃない……もっと頼りになる私の騎士イーグルナイトよ」


 凛とした声。絶対に来るという確信に基づいた声だった。


「あいつは陸じゃ負ける事はあるけど、空にいるアイツを倒すのは誰にもできない!!せいぜい後悔しなさい。私に3日の猶予を与えた事を」


「ははは、せいぜい楽しみに待ってるよ」


 そう言ってマスターはウリエルを連れて部屋を出た。パタンとドアが閉まる音が聞こえるまで光は興奮状態にいたが……それが過ぎると死への恐怖、寂しさが襲いかかってベッドに横になり涙した。


「助けて……翔」




同日 午後7時01分


空母J・グラフトン 病棟シックベイ


 翔は職務が一段落済んだので病棟を訪れた。目的はひとつ――奈々子だ。彼女が治療を受けているベッドのカーテンを静かに開けると、そこには秋月亜衣がいた。それもお見舞いの人が腰掛ける為の椅子に腰かけ、眠っている。


「ん……?隼人くん……?」


 カーテンの開放に気付いた亜衣は目を覚ましたらしく半睡のまま翔に言う。こいつ、寝ても覚めて隼人か……と思いつつ翔は


「その相棒の風宮翔中尉であります」


「……へ?え!?」


 珍しく声を上げて亜衣が驚いた。まるで幽霊を見たかのように驚く彼女に、翔は内心少し傷ついた。


「で、奈々子の容体は?」


「山は越えたよ……でも、失血による衰弱がひどくて、いつ目を覚ますかは解らないの」


 マスクを付けてこん睡する奈々子の髪を亜衣は優しくなで上げた。


「お前、どのくらい看護してるんだ?」


「え……昨晩からかな?」


「昨晩って……お前、休んでないのか?」


「うん……だって、奈々子ちゃんだよ。大切なお友達を助けたいって思うのは、普通でしょ?」


 疲労困憊した様子で亜衣は笑顔を浮かべた。弱々しくも優しい笑顔。その笑顔は人の彼女とは言え、胸にドキンときた。そして、隼人が彼女にほれ込むのも納得した。


「ありがとな、俺の仲間を助けてやってくれ」


 そう言って去ろうとした翔の手を捕まえて亜衣は


「奈々子ちゃんの手を握って、励ましてあげて」


 と言った。意識不明の患者に良くやる事をやれと亜衣は言うのだ。聞こえているのか解らないし、恥ずかしい物だと翔は思っていたが切実な亜衣の眼差しに負けて、奈々子のベッドに歩み寄った。


「奈々子」


 彼女の右手を握った。光を護ろうとした手。空では未熟だったけど、人一倍頑張った手。その手はまだ温かく、その温もりは翔に希望を与えた。あの時の冷たかった竜也あいつの手とは違う、と。


「あの時は、本当にすまなかった。俺が的確に判断してれば、光もお前も無事だったのに……本当に俺はバカだ」


「だけど、こんなバカでもお前がいなくなると寂しいんだ……絶対に帰ってきてくれ」


 ピクン。彼女の右手は翔の握った手をかすかだが握り返した。まるで、返答するかのように……反射的な運動か意識があるかは解らない。だけど、奈々子は生きている。それだけで、十分だ。


「絶対に、お前をこんなにした奴らから光を取り返して、お前の分も償わすからな」


 奈々子の手をギュっと翔は握った。そして、かすかだが奈々子もその手を握り返した。


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