MISSION49 未来無き戦争
警告音がけたたましく翔と由衣のコックピットでこだました。この音はいつ聞いても心地悪い。死神が自分達の名を呼んでいるかのようで。
「ミサイル!!」
隼人はレーダーディスプレイに映ったミサイルの数を見て驚愕する。数にして20以上のミサイルがこちらに殺到してくる。相手も自分達がエースである事を警戒しているのだろう。
「由衣、いけるか?」
『もち!!』
こんな緊急事態なのにもかかわらず、どこか由衣の声は何処と無く楽しげだった。
「よし、舌噛まない様に気を付けとけよ!!」
「うん。わかってるって」
翔は操縦桿を思いっきり切って回避行動を始める。迫りくるミサイルを変則的な機動で、どれも直撃すれすれのところで避ける。下腹部に力を込めて気を失わない様にするが、Gで意識が遠くなる。その度に翔は歯を食いしばって堪える。死にたくないから。
由衣も同じだ。前進翼のおかげで得られる高い機動力を駆使し、ミサイルを寄せ付けては急旋回して回避する。
――何でだろう?
翔の脳裏で疑問がふと湧いた。だが、操縦桿を動かす手は止まらない。
――死ぬかもしれないって解ってるのに……何で心がこんなにも踊るんだ?
敵の弾幕を切りぬけた翔と由衣を次に待ち受けていたのはおびただしい数の敵機だった。1対5の空戦。エースと呼ばれるパイロットはその中で獅子奮迅の戦いを見せた。一機、また一機と確実に敵戦闘機を屠った。
――人を殺したくないのに、どうしてトリガーを引く指が慈悲もなく動くんだ?
ワイバーンと雷燕が火を吹けば、確実に一機ずつ中のパイロット共に燃え上がる。その中で敵は神へ祈り、大切な者の名を叫んでいるのだろう。
――極限の緊張がどうして快感になってるんだろう……俺って?
翔と由衣の二人が通った後に残ったのは、黒煙と無残な残骸だけだった。空の絶対的覇者。この二人の戦いを見たら、沿う形容するほか無い。
「はぁはぁはぁはぁ……」
「翔、大丈夫?」
翔の荒々しい呼吸は隼人のレシーバー越しにも簡単に聞こえるほどだった。
「あぁ……」
翔は自分の右手を忌々しく見た。無慈悲に5人の命を絶った自分とその右手。生き残るためと自分に言い聞かせても、必ず後悔の波が心に打ちつける。
勝ち残った己に罪を背負わされるのが戦場。
後続の編隊が二人に合流し、さらに戦闘地帯の奥へ。ソ連の野戦基地を目指す。
†
横須賀の市街地。静寂のゴーストタウンは不穏な空気と緊張が支配していた。その静寂の中、一両のM1A3エイブラムスが覆輪を響かせていた。
M1A3はアメリカのベストセラーの戦車でこの20年間で3度の改修により製造当初をはるかに上回る性能を確保した。A2型より進化した高い性能の火器管制システムや燃費効率の向上したエンジンなどがその最大の特徴ともいえる。
「一等軍曹、敵さんいつになったら出てくるんでしょうかね?」
「さぁなマギー。だが、ブルーチームはもう遭遇したらしい」
4人乗りの車内では狭くきつそうな体つきをした黒人の砲撃手、マギーと呼ばれる三等軍曹に砲塔の中から望遠鏡で外を見まわしながら車長の海兵隊第3機甲師団、第一戦車大隊所属のロバート・サンデン一等軍曹は答えた。
「ですがねぇ。敵さんは出てきやせんぜ。なんせ、味方のひでぇ爆撃にかかりゃ皆ミンチになりやすよ」
ドライバーのリック・ローソン伍長は酷い南部訛りで言う。
それもそうだ。大量の攻撃機がつい10ほど前にここを爆撃し、残った戦車にA-10が30ミリ砲の洗礼を与えたばかりで、路上に穴が目立っている。
「違ぇねぇや。きっと奴ら性病もちのあそこから小便をちびって震えてますよ」
スティーブ・ロックスタイン伍長は下品に笑う。敵を卑下して士気を上げるのは常套手段であるのと同時に危険だが、サンデンは何も言わずに索敵を続ける。爆撃でビルがなぎ倒された通りの見通しは良く、何キロ先も見えそうだ。
「ん……真正面にT-90だ!!」
サンデンはソ連の主力戦車、T-90を前方約2000メートル先に捕捉した。ビルが倒壊したおかげでよく見えるが、それは逆に遮蔽物が無く危険な状況ともいえる。
敵は側面をこちらに向けていて気付いていない様子だ。先手必勝。そう、幾度の戦場で育まれた戦士の勘が彼に呟く。
「スティーブ、ASAPで120ミリを装弾しろ!!リック、右に車線移動。速力そのまま!!行進間射撃だ」
「アイサー!!」
ドライバーのリックは敵の砲塔の射線からずれるように操縦桿を切る。それと同時に力強く、洗練された無駄の無い動きでスティーブは主砲に砲弾を込める。
「狙え……」
さっきまでの下品な男達からは戦士の殺気に似た何かが放出されている。そう彼らこそ世界最強とも呼ばれる海兵隊員。戦う専門家なのだ。
マギーの目は照準器の向こうにいる獲物を狙う陸の王者の目。リックの手足は陸の王者を操るための手足。スティーブは自動装填の機構。そしてサンデンはこれらの動きを司る脳でありコンピューター。
4人が一つになって動くのが戦車と呼ばれる兵器。我を捨て1の為の部品になるよう訓練された海兵にこそふさわしい兵器なのだ。
「撃てぇぇえぇええぇええぇええぇ」
サンデンは手を振りおろした。脳からの伝達は瞬時にマギーの指へ伝わり、引き金からの発射信号は砲塔の撃針を動かし、120ミリ弾を目標へと発射。
劣化ウランを内包した砲弾は的確にその役目を果たし、敵のT90は鉄塊と化した。
「命中。これで通算12両目でさぁ」
嬉しそうにスティーブは嬉しそうに拳を握ってガッツポーズ。皆、勝利と安堵の快楽に酔いしれているがサンデンは違った。
「む……」
耳に響く羽の音。ハッチから双眼鏡であたりを見回すと、敵陣地の方向から何かが来る。
「ハインドだ!!」
ハインド。ソ連の攻撃ヘリだ。サンデンの背筋に戦慄が走る。対空装備を装備し忘れたM1がハインドを相手取れるわけがないし、敵の機首の向きからするとこちらに狙いを付けている。
「ホーリー・シット!!」
マギーは忌々しそうに呪いの言葉を吐いた。絶体絶命。だが、サンデンは諦めずに
「センパーファイ……」
砲塔の上に牽引されているM2重機関銃の銃口をハインドに向け呟く。センパーファイ『常に誠実に』と。
距離は約2000メートル。ロックオンアラートが鳴り響く。リアクティブ・アーマーも使えるが、持つか解らない。だが、何もせずには死ねない。
「来いよ、ファッキン・チョッパー。スクラップにしてやるよ!!」
引き金に指をかけた瞬間、甲高い鷲の咆哮のような音がサンデンの耳朶をくすぐる。ジェットの音。コンマ零秒の瞬間、サンデンの頭上をジェット戦闘機が通過した。それはミサイルをサンデンにでもハインドに撃つ訳でもなくただ通り過ぎた。
だが、サンデンは見た。
その戦闘機が何かを落とし、その何かがハインドに直撃して機体を潰し地面に叩きつけたさまを。
「何が……?」
『海兵さん、生きてっか?』
突然通信に割り込んできた声。声からして少年で、テキサス系の言葉を話している。
「お前は?」
『イーグルナイト3、フランク・ウィルディーだ。見たかい?俺のスーパープレー?』
イーグルナイトのウィルディー……テキサスの英雄の!!
『フランク……増槽でハインド落とすなんて無謀なマネはもうするなよ』
『やってみたかったんだよ。すまねぇエド』
『そんな事は良いが、後方に敵機だ』
『あいよ!!てな訳で海兵さん、お勤めがんばって!!』
無線は切れ、味方の航空機は中空へと舞い上がった。その姿に戦車の乗組員はしばらく見とれていたが、サンデンは我に返り
「ガキ共に良い所取られっぱなしなんて海兵隊の恥だ!!行くぞ!!」
「ガンホー!!」
士気を高め陸の王者は再び歩みを始めた。敵陣地の奥深く、深くへ。
†
フランクは後方をバックミラーで確認、敵の種類はMig21だ。フランクは右に軽くジャブを入れるように回避運動を取るが、敵はジャブでノックアウトされた。
「は?」
反応が遅い。それどころか、敵は背後を取られた瞬間に脱出してしまった。
「どうしたんだ?まだ七面鳥を落とす方が難しいぞ」
きょとんとしたフランクにエドは言う。
「きっと……まともに訓練を受けていないひよっこだよ。見ろよ」
パラシュートで墜ちて行く少年の顔は恐怖で引きつっていた。その表情は初めての戦場に出る新兵特有の顔だ。
「おかしいだろ?訓練もろくに終わって無いのに高い戦闘機を使わすなんて、ソ連のお偉方の頭はおかしくなっちまったのか?」
フランクの声にはどこか憤りの色が混ざっていた。満足に訓練を終えていない少年兵を戦場に送り出し、自分は安全な場所で指揮を執るそんな連中にフランクはやり切れなさを覚えた。
「人材不足だ。最近の戦闘で熟練のパイロットが減ったからな。それに地対空ミサイルが無い今、Mig21みたいな安上がりな機体に乗せてミサイルを撃って敵を落とせればそれだけで収穫だ。で、パイロットが死のうが生きようがトップの連中には眼中にはない」
「つまり、あいつらは空飛ぶミサイル発射台みたいなものか?」
「あぁ。そんな所だな」
その言葉を聞いてフランクの憤りは怒りに変わった。
「ざけんなよ……人の命を何だと……!!」
戦闘に出れば殺される可能性もある。ましてや回避運動もろくに取れない兵士をこんな大きな戦闘に出すなんて、直接ではないが『死ね』と命令するも同じ。
「フランク。ムカつく話だがな、これはソ連がそれほど疲弊してるんだ。疲弊している軍隊はどこも命を軽く見る。それは歴史が証明している」
冷静なエドの言葉にも怒りの分子が混ざっていた。
「あぁ、そうだな。とっととこんなファッキン・ウォーを終わらせよう」
「そうだな。フランク」
この数分後、連合軍はソ連の第一防衛ラインを突破した。




