表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/81

MISSION48 横須賀燃ゆ

2015年 11月20日 午後3時34分


横須賀沖 空母J・グラフトン


 この日もフライトデッキは慌ただしかった。東京奪還の主戦場が空から陸に移っても、パイロットたちの仕事は地上部隊の援護へと変わり、一週間前程ではないが熾烈を極めた。


『翔、エンジンの音少し変じゃない?』


 暖気運転中のコクピットで待機する翔に、那琥は近接無線で問うた。翔は神経をとがらせてエンジンの音を聞く。型は違えどエンジンは変らないF-28に2年近く搭乗する翔には少しだが、普段と違うとすぐに解った。


「あぁ。何か、ちょっと低い音がする」


『やっぱ……最近、エンジンのかかりが悪くなってる』


「まぁ。最近、無茶してばかりだからな」


 エンジンはいわば精密機械で整備もせずに長時間使えば異常をきたす。ここ最近、オーバーホールも出来ぬまま、激戦を潜り抜ければこうなるのは必然ともいえる。


「あと、カナードも少し硬くしてくれ」


『あいよー。締めるね』


 那琥は素早い動作で主翼の前方にあるカナード両翼をものの数分で締めた。神業にも近い器用さに翔は毎度ながら感服する。


『オールラウンドな装備だけどさ、今日の任務は何?』


「横須賀基地の攻略で攻撃ヘリの迎撃および陸上部隊の援護だって。しかも四軍合同の……また陸軍まがいな仕事か……」


「仕方ないよ、戦場が市街地になったんだから。それと、陸戦隊とレジスタンス『白虎隊』が対空砲やSAMを制圧してくれたおかげで、こっちが有利になったんだから」


 開戦2日目に戦況は連合側に有利になった。


 東北地方からレジスタンス『白虎隊』がソ連の防衛部隊を蹴散らし東京へ進出。沿岸部に戦力を集中し過ぎたソ連は内陸からの攻撃は予想せずにいたので、陸上の部隊は混乱した。対する連合軍は、海兵隊第3機甲師団と陸軍第1空挺旅団が13日に上陸。激しい市街地戦が現在行われている。


『そうだぞ。おかげで俺はヒーローになれた。ファッキン・グッドって奴さ』


 フランクが話に割り込む。嬉しそうだが、その声の裏には陰惨な何かを感じさせる。


 最近は翔の得意とする空戦より、フランクの十八番の空対地の作戦が多くなっている。つい3日前に行われたソ連の戦車団の迎撃作戦では、空軍の攻撃機A-10サンダーボルトⅡのトップエース、リチャード・ブルック少佐より撃破数が多い始末だった。おかげで彼は第3機甲師団から『テキサスの英雄』と賞賛の的となった。


『フランク、そろそろアパッチかサンダーボルトのパイロットに転職しろ。そっちの方がお前の為だし、何より俺の職場環境の大改善になる』


 エドの冷静で冷淡なツッコミにフランクは黙らされた。


『イーグルナイト隊、カタパルトへ』


 そうこうしているうちに出撃の時間が来た。翔は整備士陣に機体を固定しているチョークを外させ、エンジンの出力を上げる。


『イーグルナイト1。翔、聞こえるか?』


「どうした?神海」


『その……頑張ってこいよ』


「珍しいな。お前の口からそんな言葉が出るなんて」


『うるさい!!勘違いするなよ。私は提督に……』


「わーったよ。もう、カタパルトだ。イーグルナイト1アウト」


 カタパルトに翔のワイバーンの前輪は固定された。


 そそり立つ排煙防御壁。


 轟々と燃え上がるアフターバーナー。


 最終確認の為に動き回る動翼とベクタードノズル。


 その何もかもが翔に告げる。早くしろと。速く高く飛ばせろと。


「隼人、レーダーは?」


「良好、索敵なら任せて」


 よし、いける。翔はカタパルト士官にOKを出す。それを見た彼は指を折ってカウントダウンを始めた。 


「行くぞ!!」


 黄色いウェアの発艦士官の右手が振り下ろされる。刹那、鈍い振動と共にF-28は蒸気の尾と共に急加速。時速約300キロで海に浮かぶ陸から飛び立った。




同刻


横須賀 ソビエト連邦 野戦航空基地


 テント裏に愛くるしい白い毛の子犬が尻尾をはたつかせ、美味そうにハムとミルクにありついている。


「おいしい?ベル」


その姿をクララは微笑ましく見守っているが、その心の奥には不安と焦燥が見え隠れしていた。


 ベルはクララの上官であるリジーナが、冬のある日ウラジオストックの基地の近所にある酒場で拾ってきた子犬だ。普段は怖い印象のリジーナはベルの前になると、どこか優しくかわいらしい女性と化すのはクララしか知らない事実。


 ベルは朝食を平らげると、クララに近づき鼻を鳴らす。どこかその表情は寂しく、彼女と同じ不安がある。


「ベルも寂しいんだ。ご主人様の帰りが遅いからね」


 リジーナはソ連側ではMIA(行方不明)とされているが実際は生死不明。今彼女達に出来る事は彼女が無事に帰ってくる事を待つだけ。


「大丈夫だよ。リジーナ隊長はきっと返ってくる。絶対だよ」


 そう言ってクララはベルを抱き上げる。抱きあげられたベルは嬉しそうに尻尾を振ってクララの顔を舌でペロペロとなめた。


「やめてよ!!くすぐったい」


 クララはベルといれば戦争の汚れを落としてくれるような気がした。そんな一人と一匹の間に巨大な影が現れた。サイズからして、自分の大隊長のペペリヤノフ中佐だ。


「クララ、作戦と臨時編成を伝えるからブリーフィングルームに来い」


「はい。あ、ベル!!」


 クララはベルを置いてペペリヤノフと行こうとするがベルは彼女より速くペペリヤノフに駆け寄り、人懐っこい様子で前足を彼の足に押しつける。


「ほぉ。このわしを恐れんとは……将来良い猟犬になるだろうな。ガハハハハハハ!!どれ」


 ひょいと親指と片手で彼はベルを持ち上げ、肩に乗せブリーフィングルームに向かった。どうやらベルはペペリヤノフを気に入ったようだ。



同日 3時31分


 横須賀


 第一騎兵部隊。現代の騎兵に与えられたのは馬ではなく鋼の鳥――UH-60ブラックホークだった。


野戦基地から飛び立ったAH-64アパッチ攻撃ヘリとUH-60ブラックホーク、V-22オスプレイの編隊は横須賀の沿岸線で護衛を行う戦闘機隊と合流した。


「イーグルナイト1より各機へ。今回の作戦の確認を行うぞ。アリス、よろしく」


V字の編隊を2つ作って飛行するイーグルナイト中隊の長機、風宮翔は2番機で第二チームのリーダーの任を担っているアリシア・フォン・フランベルクに指示した。


『はい。今回はソ連の最終拠点でもある、横須賀基地を利用した野戦基地の制圧です。陸戦要員を乗せたブラックホークとオスプレイと戦車大隊をSAMなどからアパッチが援護し、ヘルハウンド、グリフォン隊と一緒にアパッチを上空援護するのが今回の作戦です。質問は?』


 質問は無かった。任務はいたって単純。上がった戦闘機を撃墜し、ヘリを守れ。ただそれだけだ。


『ロメオ1より戦闘機隊へ、これより作戦空域に入る。敵さんを近づけさせないでくれよ。悪いソ連産の病気は欲しくないからな』


「了解。せいぜー気張ります」


『その意気だ坊主。あとでキャンディーをやる』


 翔の応答に第一騎兵隊の隊長マイケル・ウォレス中佐は上機嫌に返した。


『Shall We Dance!!』


 これは某映画を起源に作られた掛け声で、隊長にしか言う事が許される事は無い。よって、突撃の際にこれを言える事は名誉であるといっても過言ではない。


 作戦が開始して5分後……緊張に似た静寂の中、初めての銃火が燃え上がったのは空ではなく地上だった。


『こちら、戦車隊ビッグレッドワン。敵のヘリ部隊と交戦!!援護を要請する』


『ウォーエース1了解。援護する……』


 爆発音と無線のノイズが翔達のレシーバーをたたいた。アパッチの編隊であるウォーエース隊が攻撃を受けているらしい。


「翔、30機ほどこちらに来てる。多分、長距離ミサイルに……」


「わーってる。ヘルハウンド隊聞こえるか?」


『こちら1どうした?』


 たび重なるなる疲労のせいで望月中佐は体を壊し、現在は藤門中尉が編隊長をしている。


「戦車隊の援護へ向かってくれないか?旧型機主体のそっちじゃ空戦は辛いだろ?」


 A-4スカイホークやF-5Eなどあり合わせの機体で編成されたヘルハウンド隊には確かにSu27やMIG29などとの空戦は辛い。そう判断した翔は藤門に提案した。


『……悔しいけど、そうだ。了解。ヘリコプターとか、その他もろもろは引き受けた』


 そう言って、ヘルハウンド隊は右下方へ旋回、戦車隊の援護へ向かった。


『こちらユニコーン1。イーグルナイト1――翔、聞こえる?』


 イーグルナイトの編隊の右側に、8機編成のF-29の編隊が翼を連ねた。この作戦は四軍合同なので、秋月由衣中尉のユニコーン隊も参加している。


「あぁ。どうした?」


『私達とナイフ、バーミリオンの20機でトップアタック。後方へ流れたのを残りでやるって戦術はどう?』


「良いと思う。で、トップのトップは誰がやるんだ?」


『もちろん。あんたとあたしよ』


「マジかよ……ま、良いけど」


 相も変わらず無茶苦茶で無鉄砲だ。だが、それを為せるほどの腕を二人は持ち合わせている。


『風宮中尉、自分もお供します』


 翔の左翼についている村井俊太准尉が言った。


「お前じゃ荷が重すぎる」


 ここ数日、俊太の操縦技術は開花し始めた。独創的で変則的な機動が特徴で、俊太の右側を飛ぶ冴木怜准尉とは互角だが対極的なパイロットに成長した。それはひとえに極限の命のやり取りで鍛えられたからだともいえる。


 だが、翔は同行を許さなかった。


『……荷が重いなら、私も背負います』


 怜も同行を希望した。細くても太い芯の入った声。命令に従順な彼女のささやかな背命行為だ。


 二人の腕は格段に上がっている。だが、トップアタックは雨のように放たれるミサイルを避け、相手に肉薄し混乱をさそう仕事。俊太と怜の操縦技術を以ってとしても非常に難しい。


「俊太、怜……」


 翔は呟くように語りかけた。その言葉の響きはどこか乾いた悲しみがあり、年不相応な憂いが見える。


「俺はこの作戦……いや、この戦争で沢山のモノを失った。だから、もう失いたくないんだ。解ってくれ……大切な仲間をこれ以上失いたくないんだ」


 深くため息をつく。そして一言。


「じゃ、行くぞ」


『中尉!!』


 翔がエンジンの出力を巡航クルーズから戦闘ミリタリーへと移行する直前に、怜は声を上げた。


『中尉は私達にとって、大切なモノの一つなんです。ですから……』


『死なないで下さい』


 彼は怜のこんな感情豊かな声を聞いたのはこれが初めてだった。


 翔は「ふっ」と口元を歪め、スロットルを全開。アフターバーナーをたぎらせ敵中へと由衣と共に突入した。


「わーってるよ」


 その一言を残して。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ