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MISSION46 騎士と猟犬


「猫を被るのをやめたようだね……」


 わずか数分で変貌を遂げた獲物を満足そうにリジーナは機銃の照準を合わせるが、合わそうにも絶妙なタイミングで回避ブレイク、予想もせぬ方向へと逃げる。その挙動はまるで……


「カザミヤみたい」


 大胆かつトリッキーな機動。まるでカザミヤの生き写しと戦っているようだ。


「くく……本当に楽しませてくれるね!!」


 リジーナは一方的な『狩り』が好きだと思われがちだが、どちらかというと対等な『闘争』を好む。これまで彼女が対等な相手と認めたのはカザミヤと尖閣で自分の腕に傷を負わせたパイロットだけ……故に彼女のボルテージは最高に高く、理性の吹っ飛んだ状態だ。



 奈々子の脳内に映るモノ、それは訓練で翔が描いた軌跡だった。


――私の取り柄なんて無い……だから中尉のまねをするしかない!!


 訓練の時に自分の放った模擬弾を容易く避け続けたあの動き。それを思い出し、実践する。今の彼女がリジーナに勝てる唯一の可能性。幾千もの敗北が教えてくれた生き残るための術。


「中尉……訓練の意味がようやく解りました」


 思い浮かべるは風宮翔のF-28の描いた幾つもの軌跡。それを奈々子は操縦桿でなぞり、リジーナの背後を取ろうと旋回を連続させた。



 クララと翔の拮抗状態は未だに続いていたが、変化が起きた。それに最初に気付いたのは翔でもクララでも無く隼人だった。


「11時、前方10キロより敵機。数は7……」


「機種は?」

 

 隼人はバイザーのHMDを望遠モードにし目標を目視しようとした。数秒後に彼の視界に飛び込んだのは落葉迷彩のSu36戦闘攻撃機だった。


「人喰いだ……人喰いペぺリヤノフだ」


 翔に手傷を負わせた凄腕を持つエースパイロット、アンドレイ・ペぺリヤノフ。それほどの敵がこの空域に来てしまっては奈々子の援護どころではなくなってしまう……そう思うと翔の背筋に悪寒が走る。



『クララ、こちらの空域はわしが受け持つ。お前は帰って補給せい』


「ですが、それではリジーナ大尉がっ」


 翔の背後にいるクララはペぺリヤノフの唐突な宣告に反発した。


『お前の燃料はもうわずかだろうに。リジーナはさっき補充を済ませてある。お前は一度基地へ帰れ』


「ですが……」


『命令だ。少尉。なぁに、リジーナはあんなのにやられるようなタマではない。奴を信じろ』


 確かにクララのベルクトの燃料はもう少ない。これではどっちにしろリジーナの援護など行えない。


『了解しました』


 名残惜しそうにクララは旋回。翔の背後から離れ、基地へと機首を向けた。それを見送るとペぺリヤノフはふと笑んでから小さく言う。


「ガキの殺し合いなど見たく無い……ましてや友人同士が殺し合う姿など、もっと見たく無いわい」


 そして彼は丸太ほどある腕をぐるりと回し


「さぁ……各機、勲章をもらうチャンスが到来したぞ。獲物は『人民の敵』ショウ・カザミヤ、倒した奴は恩賞間違いない―――行け!!」


 彼の号令と共に6機のMIG31は突撃を開始した。



「一難去ってまた一難ってこの事かよ!!」


 翔はコックピットの中で舌打ちした。クララが居なくなった次に現れたペぺリヤノフの編隊。まさに万事休す。決死の覚悟を固めたその時、


『……ンド2より……イト1』


 雑音と共に声がヘルメットのレシーバーを震わせた。訝しげに声を傾けると


『ヘルハウンド2より、イーグルナイト1』


 ヘルハウンド?


 考える間もなく、翔達のF-28の周りを八機で編成された白いF-4EJファントムを先頭とした編隊が覆い囲んだ。


 編隊を構成するのは、F-28C一機、F-14が三機、F/A-18が三機だった。


『聞こえるか?俺だよ、藤門だよ』


 ヘルハウンド、藤門――この二つの単語が導き出した現実に翔は驚愕した。


「フジモン!!何してんだよ!?」


 藤門雄輔中尉。184航空隊ヘルハウンド、第二小隊『フォックス』の二番機で、ヘルハウンド隊の数少ない生き残り……と、言っても脱出で足を負傷し、東京防空作戦には参加できなかった。


『フジカドな……これより援護する。お前は奈々子の援護に行け』


「ちょっと待て。あんた、足を怪我したんじゃないのか?それにヘルハウンド2って?1は?」


『1は私だよ』


「望月中佐!?」


 翔と隼人は声を出して驚いた。望月聡中佐は二人の所属していたヘルハウンド隊の隊長で、年故にこの作戦に参加できないと言っていた。


『はは、君達の頑張りがたりないから、怪我人の雄輔と来てしまったよ』


「どうして来たんですか?」


『良い質問だ、矢吹中尉』



 1時間前 東京湾沖 空母J・グラフトン


 戦況は連合が不利な拮抗状態だった。その事を聞いた藤門雄輔は、いてもたってもいられず病室を抜け出し、ある場所へ向かった。


「ダメですよ!!」


 待機室のロッカーからパイロットスーツに着替えて出てきた雄輔に吉田光少尉が制止の声を上げた。


「完治してないまま出たら、中尉は……」


「解ってるよ……死ぬは嫌だ」


「ならどうして」


「仲間が死にかけているのを指くわえて見ているのが、もっと嫌だから」


右足のギプスが未だ取れないまま空に上がれば、激痛でろくに操縦できないまま撃墜される。それを承知の上で、しかも死にたくないのに出る彼を光は理解できなかった。


「それは私だって同じです!!でも、自分の助けた患者に死なれるなんて……」


 涙ぐむ光の頭に手をポンと置き、雄輔は笑顔で言う。


「人はいつか死ぬ……だから後悔したくない。50年後、この事を後悔したまま死ぬのはごめんだよ」


「行くのか?」


 入り口のドアが突然開いて、ヘルハウンド隊の初老の元隊長、望月聡中佐が雄輔に問う。


「はい。翔達に戦わせて、自分だけ船で待ってるなんて嫌ですから」


「そうか……」


 望月はしばらく考え込むと、待機室の前方にある電話の受話器をとった。


「那琥、ワイバーンの212号機に対空武装を積んでくれ」


「中佐!!」


「吉田少尉。聡明な君には解らないかもしれないが、これは戦闘機乗バカりの問題なのだ」


「ですが、藤門中尉は負傷してるんですよ……」


「私も出る」


 齢60近い老兵とも呼べる望月は外見に相応しくない、若々しく力強い声で答えた。


「私が彼を援護する。これが上官として、負傷した部下を戦場へ送り出す責任の取り方だ」


『でも中佐、ワイバーンはもう無いですよ』


 その声が聞こえたらしく那琥は電話口でそう言う。


「ファントムの予備機があるはずだが?」


『はい……って、あんなんで出るんですか?』


 那琥が驚くのも無理もない。最先端の航空機が飛び交うこの戦場で、ベトナム戦争で活躍した機体で戦う、それは自殺に近い。ファントムとゼロ戦がドッグファイトするようなものだ。


「なぁに。私は元はというとファントムのパイロットだった。そこらの機体にやられるような柔なパイロットとは違う」


『解りました。同じ装備でいいですね?エンジン点火けときます』


「ありがとう」


 そう言い残し、受話器を切った。


「さて、吉田少尉。解ってくれたか?」


「……私もバカなのかもしれません」


「そうか。君が素直な子で助かったよ。ありがとう……行くぞ、雄輔」


 去り行く怪我人と老人。普通ならとるに足らない弱者だが、この二人は光の瞳には違って見えた。屈強な精神を持つ戦闘機乗りとして。


「中尉、中佐!!」


 思わず声が出る。振り向いた二人の横顔から見える眼は猛禽類か何かのように鋭く、力強かった。


「翔達と一緒に帰ってきてください!!絶対に」


「あぁ」


 いつの世も、戦場へ征くのは男で帰りの待つのは女。これは一種の真理なのかもしれない。だが、光は違う。


「私も、行かないと」


 彼女は、自分のすべき事――傷ついた人をいやす事をする為に二人のあとを追う。ヘリコプターの救命医師として。




 経緯を聞いた翔は大体の状況は理解できた。


「成る程……って、光もいるんですか!?」


『いるわよ!!』


「なんで、お前いるんだよ!?」


『人の命を救うのが仕事だからよ』


「まだ制空権も取れてないのに来るバカがいるかよ!!」


 光は翔の問いに当然だと言わんばかりに応えたが、翔は解せなかった。制空権が取れてなければ、ヘリなど救助中に撃墜されてしまう。それを承知で来ているなら尚更のことだ。


『弾やミサイルが飛んでたって、助けが必要な人がいれば手を差し伸べる。これが私たちの仕事なの』


「お前……撃墜されるかもしれないんだぞ」


『大丈夫。心強い味方が私にはいる……それは、翔だよ。陸じゃ駄目だけど、空じゃ誰にも負けない翔が』


――このバカ野郎。


 翔は口元が歪んでしまった。毒しか吐けなかった口がお世辞を吐くようになった、と思うと実に愉快だ。だが何よりも……彼女が自分を信じてくれた事が何よりもうれしかった。


「わーった。奈々子を助けたら、すぐそこにいく。それまで死ぬなよ!!」


『解ってるって。イーグルナイト1、風の導きがあらん事を!!』


 その声を聞いた翔はスロットルを絞り切る。一陣の風となってその戦場をイーグルナイトは駆け抜けた。



 奈々子はきりの無いシザース機動の螺旋の中であがいていた。出してしまおうか?『秘技』を。だが、これはリスキーすぎるし、多分リジーナには通用しないだろう。風宮翔の得意とする『フォーリング』を。


――奈々子、あれをやれ。


「え?」


 突如に脳内によぎった懐かしい声。誰のものか考える間もなく奈々子は、エンジンを切りスロットルについてるエアブレーキ開放ボタンを押した。


 減速に合わせピッチアップ。


 手の中でぶるぶると振動する操縦桿。失速の時が近い。そう奈々子に伝えるように震えあがった。


 来る。


『STALL(失速)』


 電子的な声がそう言うと、奈々子のワイバーンは糸の切れた人形のように降下を始めた。


フリーフォール。重力に引かれるがままに。



「ふふ。カザミヤのマネ事?」


 リジーナは迫りくるワイバーンのエンジンノズルに冷たい銃口を合わす。


「面白かったよ」


 引き金に指をかけた刹那だった……。



「今!!」


 幸運に近いタイミングで奈々子はエンジンを点火。震える操縦桿を力いっぱい引き倒した。


 ぐるり。奈々子は天地がひっくり返るのと、赤い翼をしたベルクトの姿を目で見た。


 テイルスライドと呼ばれる機動だ。フォーリングの際に後方へ操縦桿を引く事によって、クルピットに近い機動を行うアクロ向けの機動。彼女は翔のフォーリング・インメルマンを自分なりに改良したのだ。


「もらった!!」


 モノの数秒の自由落下で形勢は逆転。エンジンの出力で機体を失速から立て直し、間髪いれずに機銃の照準を合わす。


「当たって……!!」


 引き金に指をかけるが、震えてしまう。仇を前にして歓喜高まっているのか?それとも殺人の罪悪のせいか?よくわからない。

だが震える手に何かが触る気がした。温かい手のような何か。昔は当たり前だった何かが。


「お兄ちゃん……」


 奈々子はその『何か』と共に引き金を絞った。


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