MISSION4 夕日の誓い
2015年 4月13日 午前8時32分
蒼碧の空で銀翼の竜は鬼ごっこをしていた。一機は左右に激しく旋回していて、もう一機はそれに必死に喰らい付いていた。
イーグル小隊は現在、模擬戦を行っている。イーグル1と2の編隊対3と4の編隊が機銃だけの格闘戦訓練だ。
「ちくしょう!!動くなよ……」
翔は自分のガンサイトに前方のF-28A、一条機を押さえようとするが、弄ばれる一方だ。
「さすが隊長だ」
そう呟く翔。そして、一条機は左下に旋回。しかし、その旋回の角度は緩かった。緩い旋回は隙が大きく簡単に狙いやすい。
「もらった!!」
翔はこの機を待っていたと言わんばかりにその背を追い、HUDのガンレティクルに敵機を収めた。そして、トリガーに指をかけた。
放つ寸前。コックピットに機銃ロックのアラートがコックピット内にこだました。
「何!?」
翔は慌てて振り向き、後方を確認した。もう一機のF-28、イーグル2が翔の後方を追撃していたのだ。立場は逆転させられた。
さっきの甘い旋回は罠で、2の銃撃を補助するための布石だった。それに翔は気づく。が、遅すぎた。
気付いた頃には、イーグル2は翔に向け20ミリの砲弾の嵐を叩き込んでいた。
翔のF-28は、穴の変わりに赤いペイントの跡が残っていた。模擬弾だ。
『イーグル3、アウトです』
翔の耳を何処か抜けた少女の声がくすぐった。イーグル2のパイロット、アリシア・フォン・フランベルク少尉だ。
『模擬戦は終了だ。帰還するぞ』
『へいへい』
隊長の無線に翔はへそを曲げた様子で応答。続く無線はフランクからだった。
『すまん、翔。さすがにアリスには勝てなかったわ』
どうやらフランク、翔がやられるのと同時にイーグル2に落とされたようだった。
『大丈夫だって。次ぎ頑張ろうぜ』
『そうだな』
イーグル小隊は、自分たちの母艦へ舵を向け帰還するのであった。
昼夜を問わず鳴り響く金属の音。鼻を突くオイルとジェット燃料の臭い。
幾多の男女が工具を手に機体と向き合う場所、ハンガーデッキに翔フランクは訪れた。
「で、今回の反省は点は何だ?」
翔がフランクに怒りを溜めた表情で問うた。フランクは耳をかきながら答える。
「俺の空戦技術じゃね?」
「そうだ。この、下手くそ」
二人は今、F-28Bの217号機の駐機されている場所いる。
「でもよぉ。昨日の戦闘で通算撃墜数3機だぜ」
誇らしげにフランクは翔に愛機の機首横に張られている戦闘機のスッテカー、撃墜数を表すマークを見せびらかした。
「何が『凄いだろ?』だ!!まず、謝罪しろよ!!」
「すまん、すまん。で、お前は?」
フランクは謝罪のジェスチャーを見せる。
「4機だ」
刹那、フランクは顔を凍りつかす。
「ま、負けた」
「当然だ。エースになる目標がある俺だ、お前になんか引けを取るか」
鼻高々に翔は言った。
「にしても、カッコいいよな。28は」
フランクの言葉に翔は首肯で返した。
F-28には、最新鋭のステレス機にある特有な角張りが無い。むしろ、それらの機体より少し古めのシルエットをしている。
双発のエンジンに斜めの二枚尾翼。失速防止のストレーキがかかった主翼は現役中の戦闘攻撃機、F/A-18を髣髴させた。
「たまらないな。カワい娘ちゃん」
フランクは自機の装甲板を手の甲でコンコンと叩いた。その姿はまるで、どこぞの砂漠にある基地のワイルドなテストパイロットのようだった。
「あら、翔君にフランク君」
彼らの隣に駐機されている、単座のA型の215号機からその人影は現れた。
その正体は、士官の制服を着た、ウエーブのかかった美しいブロンドのセミロング。凛とした碧眼を持つ少女だった。
「お、アリスじゃん」
アリシア・フォン・フランベルク少尉は、翔と同じイーグル小隊に所属するパイロットでコールサインはイーグル2だ。通称はアリス。年齢は翔達より1歳上の17歳である。
「どうしたのですか?」
アリスは翔たちに問うた。
「ただ、機体を見に来ただけだ」
「そうなんですか」
「そういうアリスはどうなんだ?」
翔の質問にアイスは答える。
「私はこれを……」
彼女の手にはファイルが握られていた。
「整備資料か?」
「はい」
そう言って彼女が自分の胸元にファイルを持っていった刹那、紙の雨がアリスの足元に降った。どうやら、ファイルを戻した際に口を下にしてしまったらしい。
「あわわわ……ごめんなさい」
誰に謝っているか分からないが、彼女は急いで書類を拾い始めた。
「手伝うよ」
フランクはそう言って拾い始める。それに体が勝手に反応して翔も体勢を低め、彼も手伝い始めた。
その結果、ものの数秒で回収作業は終わった。
「ありがとうございます」
丁寧にアリスはお辞儀を二人にする。
「良いってことよ」
フランクは気前のいい笑顔で彼女の礼に返答した。
「で、実際それは何なの?」
翔の問いに、アリスは『はっ』とした様子を見せ答える。
「整備記録です」
整備記録とは、機体の異常などを記した書類である。
「へぇ、偉いな。俺は那琥の話を聞き流すだけなんだけど」
「それは良くないと思います」
「何で?」
アリスは翔に諭すような口調で教えを説く。
「機体は、空での命綱……それの異常は知っとくべきですよ」
「そ、そうか」
翔は素直に頷く。
「あれれ?翔君、どうしたのかな?」
横でフランクが翔の揚げ足を取った。普段は反抗してばかりの翔が簡単に言いくるめられる姿が、フランクには面白くてしょうがなかった。
「あんだよ、フランク。そういうお前はどうなんだよ?」
「ふふふ……聞いて驚け!!俺は……」
一言切ったフランクの顔には『自信』の二文字しかない。
「その……読んでも、聞いても、分かりません」
語尾は消えそうなくらいに小さな声だった。
「パイロット辞めろ。お前」
冷ややかな視線を翔は、フランクに送った。
†
同日 午後12時45分
「いやー腹減ったな」
フランクは腹の虫を鳴らしながら翔と一緒に廊下を歩いていた。時は、昼飯時。健全な男子なら昼食を取る時間だ。二人は現在、パイロットの集まる第三士官食堂を目指している最中なのだ。
「翔、今日は何食う?」
「どうしようかな?」
さっ
背後から疾風のような『何か』が二人の背後をよぎる。しかし、二人は気づいていない。背後を常時、警戒するパイロットなのに。
「んじゃ、俺は……うごぁ!!」
翔の股間部に鈍い衝撃が走った。
推測できるのは背後からの攻撃。
後ろか!!
倒れる寸前。瞬間よりも短い時間に翔は後方を目で追った。
巡る視界。その中にいたのは、足を突き上げている少女……いや、幼女がいた。
白い布でツインに結われた黒い長髪が、蹴りの振動で揺れていた。そして、その黒い瞳は他人を寄せ付けない何かが宿っている。
オペレーターの北条神海だ。
「はぁ……すっとした」
地面にうつ伏せに倒れた翔をむすっとした表情で見下ろす。その瞳はまるで汚物を見て、不快感を露にしたようだった。
「うわぁ……痛そう」
男子にしかない共通感覚が、フランクに彼の股間部を両手で覆わさせた。
「な……何すんだよ?」
力なく翔は神海に訊く。
「ふん、お前が私に昨日言ったことを思い出せ」
「昨日……あ!!」
彼の脳内はひとつの答えを見出す。
俺に指図できるのは、Bカップからだ
「思い出したか?でも、もう遅いぞ。お前は私のプライドを……」
「小さいこと気にすんなよ」
翔は彼女の言葉を遮った。しかし、このさり気ない言葉が彼女の怒りを買うとも知らずに。
「まだ言うかあぁぁぁあぁぁぁああ!!小さいって!!」
うつ伏せに倒れた翔にまたがり、そのあごを両の手で曲がらない方向へ持ち上げた。
「出ました!!キャメルクラッチ!!」
実況(傍観者)のフランクは意気揚々と技の名を叫び上げる。
「痛い!!痛い!!ごめん!!マジごめん!!マジでギブ!!」
じたばたと翔はもがき苦しみ、神海の手をタップした。
そして、試合終了。
「次ぎ言ったら、新開発のコブラツイストだからな!!」
「はひ」
力尽きた翔を見るなり、きびすを返し、その場から神海はそそくさと歩き去った。
†
同日 午後6時56分
日が水平線に吸い込まれる頃だった。水面を照らす茜色の夕日を翔は独りで眺めていた。
その美しさには魔性の何かが潜んでいて、翔を今にも吸い込んでしまうぐらい広大で美しかった。
この夕日を見るのは翔の日課だ。
彼には夕日を見る趣味など無い。
だが来てしまう。理由も分からずに。
「翔」
彼の背後に気配が現れた。聞き覚え簿ある声の持ち主は、翔の相棒である宮島竜也だ。
「どうしたんだよ?急に」
「やっぱしここか」
竜也はそう言って、彼の右隣に歩み寄った。そして、翔と同じ夕日に視線を合わせ、口を開く。
「ちょっと良いか?」
「あぁ」
声だけの返事を翔はした。
「どうして、エ-スに成りたいんだ?」
「は?」
思わず聞き返したくなるような急な質問だった。
竜也の言うエースパイロットとは、敵機を五機撃墜したパイロットに与えられる称号だ。腕のいいパイロットの代名詞とも呼べる。
「ほらさ、お前いっつもさ『エースに俺はなる』とか言てんじゃん?どこぞの漫画みたいにさ」
「だからって何だよ?」
「いや……お前の憧れってさ何処か危なっかしいんだよ」
竜也は翔の顔を見る。そして、話し続けた。
「翔はいつも、一人で戦ってんだよ。自分の身を省みずさ……何かに取り憑かれたようにさ」
「そうかい」
そう答えた翔の肩に竜也は手を置いて、自分の方へ向き直させた。
「訊いてくれ。俺の妹の奈々子のことを知ってるな」
妹の奈々子……竜也のたった一人の肉親だ。
彼の真剣な眼差しを受け取った翔もそれに無意識に真剣な態度を取る。
「あぁ」
「もしさ、俺が……いや、俺達が死んじまったら、あいつは路頭に迷うハメになる」
手すりを握る竜也の手が震えている。
「それが……それが怖くて堪らないんだ!!」
竜也の語勢が激しくなった。涙を浮かべそうな彼は背を丸めた。本当に怖いのだろう。
「だからさ……」
「わぁーってるよ」
これは翔の口癖だ。そして口をつぐんでいた彼は続けた。
「俺達は死なない。死なないで生き延びる」
「翔?」
「でも、レーダーの読めない俺だけじゃ無理だ。だけどお前がいる。だから、エースになる為、生き延びるために竜也……お前が必要だ」
翔からの言葉。意外な言葉が竜也にはうれしかった。
「ありがとう」
その言葉しか出なかった。そして、二人は互いの拳を重ねた。
そして暗黙の誓いを立てた。
生き延びると。
更新が凄い勢いで遅れました。
本当にごめんなさい。
次は多分12月の頭くらいだと思われます