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MISSION44 生きる意味、戦う意味

何もかもが違っていた。


 雌豹と評されたエースパイロットは奈々子には人間とは全く別な生物に見えてしょうがなかった。空戦技のキレ、反応速度、そして殺気。リジーナ・カリヤスキーは奈々子がこれまでに戦ってきた敵兵と比較にならないほど強い。


『奈々子、今行く!!』


 無理だろう。翔と奈々子の戦線は6機の敵機が分断しているし、なにより翔は怜と俊太を援護しながら出しか戦えない。


「きゃっ」


 彼女の後方から火線が流れる。反射的に、ラダーペダルを踏んで何とか回避できたが現状は変わらない。


「易々とやられてたまるもんですか!!」


 奈々子は左上方へ急回避ブレイクする。しかし、それも読まれたのか、機体の旋回性能か何か分からないが、しっかりとリジーナのベルクトは現状を維持している。



 旋回を数間すると、リジーナは違和感を感じた。最初は薄らとしていたが、だんだんとそれは確信へと変わっていく。


「カザミヤじゃない……」


 前方のF-28のカラーリング、座席数、そして何よりも、動き――彼女の知る風宮翔とは違っていた。頭に血が上って飛びついてしまったが、どうやら人違いらしい。


「まぁ、雑魚にしては良いほうか――前菜にはなれる」


 彼女は人差し指を引き金からのけた。もう少し、泳がせてやることにしたのだ。




 連携の取れた波状攻撃。翔は思った以上に敵機にてこずってしまった。


「畜生、鬱陶しい連携攻撃だな。増援はまだか?」


 完全に前後で挟まれた翔は苦しい様子で隼人に問う。


 援護を要請して10分近くたったのに来ない……非常に危うい状況だ。翔はともかく、あの二人は……余計な事を考えるな。自分のできる事をやれ!!風宮翔。彼は自分自身にそう言い聞かせた。


「翔、俊太から!!」


「どうした!?」


『中尉、増援っす!!空軍のユニコーン小隊が援護に来ました!!繋ぎます』


 ユニコーン。聞き覚えのある単語。ユニコーン。ユニコーン……思考の海に沈む翔より先に隼人が何かを思い出した様子で


「ユニコーン……ってまさか!!」


 後方の追跡機チェイサーが爆発。その爆発が起きた数秒後に二人のレシーバーを知っている声が震えさせる。


『そ・の・まさかだよ。隼人君』


 秋月亜衣の双子の姉――秋月由衣だった。空軍のエースパイロットで以前、二人は模擬戦をしたが、技術は互角。そんな彼女のF-29雷燕は翔のF-28の隣に舞い降りた。


「由衣!!秋月由衣か!!」


『はぁい。翔、隼人君。未来の義理の兄弟の為に手を貸しに来ましたよ』


「は?」


 翔は思わず素っ頓狂な声で訊き返してしまった。義理の兄?どういうことだろうか?


『うん。亜衣から聞いたぞ。この色男』


「ちょっ!!戦闘中に何を言い出すの!!」


 あわてた様子の隼人。翔は訝しい様子で問う。


「どういう事だ?」


『知らないの?亜衣と隼人君は昨日デきたんだよ。昨晩、亜衣が私に相談したの。隼人君に思いを打ち明けるかどうかを。で、結果はご想像の通り』


「何だと……隼人、てめぇ!!」


「何で怒るの?」


 他人の恋愛なんてどうでもいいじゃないか。そう、思って隼人は翔に言い返す。


「理由1、戦闘前に告白ってのは死亡フラグの定番。その2、この俺より先に彼女作るなんて!!ふざけんな!!」


 支離滅裂な返答。最初のはギリギリ頷けるが、最後のは隼人は納得いかない。ようは嫉妬じゃないか!!


『てな訳で、隼人君に死なれたら困るの。死んでも生きて帰りなさいよ。翔』


「わーってる。もとより、そのつもりだ」


『ここにいるは私たちが引き受けるから、早く奈々子の救援に行きなさい』


「あんがと、恩に着とくぜ」


 翔は前方の敵機をミサイルで攻撃。道をどかして、奈々子のほうへと旋回した。


 何とか乱戦の空域から離脱できた翔。アフターバーナーを焚いて中空を駆け巡った。


速く、早く……奈々子を助けないといけないと――!!


 翔の気持は焦る一方だった。コックピットでの焦りは禁物。焦りで冷静な思考を失って命を落とすパイロットは良くいる。


「翔!!上空から敵機!!」


 焦っていても、彼の五感は腕の神経に直結している。その言葉を聞いた刹那と呼べる時間で左に旋回し、迎撃態勢を整えた。


「え……」


 旋回している最中、翔の下へ流れていく敵機を見て彼は声と闘志を失った。


白い……ベルクト――クララか?


 尖閣諸島開戦でめぐり会った、彼の友人――クララは白いベルクトに乗っていた……嫌な予感が更なる予感を呼んだせいで、翔の心臓は早鐘のようにリズムを刻んだ。


そして、翔の身動きも取れぬままに、そのベルクトは背後へ回り込む。


「まさかな?」


 翔は半信半疑で無線の周波数調整ツマミを『148.92』に合した。


――――――ノイズ。


『……翔くん?』


 当たった。嫌な予感が。


「あぁ。俺だよ、クララ」


 翔にとって、戦場で『白狼』ロアニアビッチ以上に会いたくない『敵』は紛れもなくクララ・ハリヤスキーである。


 理由はシンプル。『彼女を撃ちたくない』から。クララと話したこともあり、やさしい人間である事を知っている翔には彼女を撃つ事なんて絶対にできない。


「クララ、ちょっと後から離れくれ。仲間が危ないんだ」


『仲間?』


「20キロ先で戦っている仲間だ。今すぐ助けに行かないと――殺されるんだ」


『助けるって……リジーナ大尉を殺すってこと?』


「あぁ」


『なら……どけない』


 クララは小さくも決意の固まった声で翔に宣言した。


『あの人は私の家族も同然なの……殺させたくない。もし、殺そうとするのなら、私は全力でそれを止める』


 衝撃的な一言。翔にもこうなる事は判っていた。敵同士に身を置く二人が戦場でめぐり会ったら戦うしかない。そんな、真理にも似た現実が彼の前に、山のように立ちはだかる。


「それは……こっちだって同じだ。あそこにいるのは俺の家族より……いや、俺自身よりも大切な仲間なんだ……そいつらを傷つける奴は、俺は絶対に許さない。でも、クララ……俺はお前を撃ちたくない」


『私だって!!』


 クララの語尾に溢れる無念さ。その言葉を発した次の瞬間、翔のコックピットでロックオンアラートがけたたましく、悲しく鳴り響いた。


『ゴメン。翔くん……私……どうしたらいいのか判らないよ……大尉には死んでほしくないし、翔くんを撃ちたくない……』


「残酷すぎる……」


 後ろから隼人が言葉を漏らした。そう、彼女の境遇は葛藤の連続だ。敵国の血をひき、故郷でもある日本を爆撃した。クララの心はきっとボロボロに違いない。


『私……なんで生まれちゃったんだろ?こんな悲しい世界に』


「理由なんてねぇよ」


『え?』


「生まれる理由なんてねぇんだよ。人間ってのは勝手に生まれ来る。だから人間は意味のない人生にしない為に、生きてく理由を探すんだよ」


 多くの人生を奪った自分が言うにはおこがましい言葉。翔自身そう痛いほど思う、だけど……奪った分だけその重みが翔には解る。


 撃つことも戦う事も出来ず、二人の状況は変らずにあった。




「もっと楽しませなよ!!」


 不格好で不器用に回避機動を続ける獲物をリジーナは玩具のように弄んだ。絶対的強者の余裕。女豹の残忍な遊び。



「っく!!はぁはぁはぁあはぁ」


 刈られる側の奈々子は必至の抵抗を試みるが、全くだめだった。全部動きが見透かされたように敵機は適切なポジショニングで奈々子の離脱を阻止する。


 あぁ……やっぱりダメ。仇取れないよ、ゴメンね。お兄ちゃん


 奈々子の手には操縦桿を握る力はもう無い。手も震え、体も震え……もう何もできない。死を待つ事以外は。


「ごめんなさい。みんな……お兄ちゃん」


 諦めて、瞳を閉じた。


まぶたを巡る記憶の濁流。走馬灯と呼ばれる奴だ。


そんな、記憶の一ページ――パイロットになるって決めた時の記憶が映った。


「ねぇ、強いパイロットってどういう人なの?」


 突然の問いに少し困った様子で考える竜也。いつもそうだ。自分がどんなに無理な事を言っても、最後までやろうとしていた。


「そうだな……一般的には敵に負けない奴の事だけど、俺は違うと思う」


「じゃあ、どういう人なの?」


「どんな困難にも諦めないで戦い続けれる奴だな。諦めれば負けは決まるけど、諦めなければ何かが変わるかもしれない。相棒の翔なんてその最たる例だよ」



「――諦めない」


 震える手に力を入れる。逃げようとする心に火を点ける。


最初は私怨に近い何かが操縦桿を握る力を与えてくれた。家族を奪ったソ連に仕返しがしたいと。だが、最近は仲間への信頼に応えようと思いに変わった。


そして、今――奈々子は兄の言葉が彼女に操縦桿を握る力を与えてくれた。


「絶対に諦めない!!」

 機体のバンクを左に20度傾け、奈々子は操縦桿を思いっきり引き自分のG耐久の許容限界を超えるような回避機動を行った。



「何!?」


 人が変わったような急激な旋回にリジーナは、驚愕と共に悦をおぼえた。そう、あのカザミヤのような旋回に。


「猫かぶってたようだね!!行くよ!!」


 彼女は、気分とエンジンの回転数を最高値に持っていき、獲物を追う。いや、今のあれは獲物ではない――敵だ。


「さぁ……楽しませて!!」


 狂乱の笑みを浮かべ、退避ブレイクし続ける敵機に動きを合わせてシザース運動を始めた。



「はぁ……はぁ……はは……渡り合えてるよ。お兄ちゃん」


 さっきの恐怖と絶望はどこかへ飛び去り、興奮に似た闘志が奈々子の心の中で燃え上がっている。瞳にはこれ以上にない力が宿っている――どこか竜也に似た優しくも力強さが。



 


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