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MISSION43 異郷で散る

 翔のF-28Dは奈々子を先頭とするV字編隊の後方、斜め下に身を置いた。


『各機、前方にまた敵機。数は……1?』


 隼人の通達は編隊を構成しているパイロット達に衝撃に近い何かを与えた。先ほど、翔が行った単機駆けを見ていたはずなのに一機で勝負を挑んでくる。無謀を通り越して自殺行為に近い。



「ふふ……今日こそケリをつけてやる――カザミヤ。クローベル各機と近くの編隊は雑魚を近づけないようにしな。前方の奴は、あたしの獲物よ!!」


 この無線を聞いたのはリジーナの隊を含め約9機。後続の連中を葬るのには多すぎるくらい、そうリジーナは算段した。



 奈々子は11キロ先から近づいてくる敵機に写真だけではあったが、見覚えがある。漆黒のボディーに赤く塗られた両翼。このカラーリングを施しているのはソ連軍にただの一人しかいない。


 シベリアの女豹――リジーナ・カリヤスキー。


 半年前に唯一の兄を殺した女。憎んでも憎みきれない女。そして、空で逢ったら何よりも恐ろしい女。


 そう脳が認識したら、自然と彼女の操縦桿を握る手は震え始めた。武者震い?怯え?色んな物を内包した震えであるのには違いない。


『少尉、上から敵機です!!』


 俊太は声をあげるが、敵機の目的は奈々子ではなかった。奈々子の孤立が狙いである事は、数秒後に彼らが後続を攻撃したことで判る。


『奈々子、逃げろ!!』


 翔の声。その声は虚しく、奈々子は数十秒の時を刻んだのち、相手のシルエットがくっきりと解かる程の距離まで肉薄した。


紅い前進翼。血に飢えた魔剣のようなシルエットをしたSu47。


「女豹……」


 声が震える。怖い。何十人もの命を奪った怪物。そんな敵を倒せるか――無論、倒せるはずが無い。だから彼女はこの言葉を口に出した。


「守って。お兄ちゃん――ううん……一緒に戦って。お兄ちゃん」


 無き竜也の思いを胸に、奈々子はスロットルを前に押して急加速。アフターバーナーに火が点くのと同時に彼女の闘志にも火が点いた。



 フランクとグレッグは他の攻撃隊が撃ち漏らした対空砲やSAM(地対空ミサイル)を破壊することにした。残弾はMK―824発。これを落とし終えたら、空母に弾薬補給と休憩に戻ることをグレッグと決めた。


「前方にSAMのレーダー照射を感知。破壊するか?」


 エドはフランクに問う。


「あったぼうよ。翔たちの為にもぶっ壊してやらないとな。聞いたなグレッグ?前方のSAM壊すぞ」


『イエッサー』


「Who the hell we are?(俺達は一体何者だ?)」


 フランクが歌うようにグレッグに訊いた。


『Yo.We are the best!!(最高のパイロットだ)』


 これは海軍航空隊の掛け声で、少年兵制度が導入された際の航空兵の第一期生たちの間で流行し、現在でも訓練の際で気合いを入れるときに使用される。


「よぉし。ウォッカ野郎共に親睦の印で爆弾(スネークアイ)をプレゼントしに行くぞ」


『ウィルコ』


 低高度のままフランクは目標へ接近。


「うるさい対空砲は俺がやる。お前はSAMをやれ」


 フランクはそう言って、グレッグのF/A-18を取り残すように加速。


「速過ぎはしないか、フランク?」


「まぁ、見てろよ」


「無茶するなよ」


 組んだ当初、エドはフランクの『見てろよ』をあまり信用していなかったが、現在は信用している。軽口叩いても必ず生きて帰って来られたから。空戦でも、尖閣でも、東京防衛戦でも。


 前方1200メートル、対空砲は100メートル間隔で9台並んでいる。フランクは口の端をぺろりと舌なめずり。左に機を傾け、大きく弧を描くように旋回した。


 炸裂する対空砲の雲、降り注ぐ機銃の砲弾。それら全てをエルロンロールで避けて落とすべきタイミングを心待ちにした。


「もらった!!」


 野生の勘、体にしみ込んだ経験値、そして、生まれ持った才能――これら全てがフランクに告げた。『今だと』。


爆弾は甲高い宙を裂く音を立て、各砲台のちょうど中間地点に着弾。誘爆なども起き、対空砲は全部火の海にのみこまれた。

確実に目標へと爆弾を郵便する。


 フランクが郵便屋フランク・ザ・ポストマンと呼ばれるゆえんはここにある。空軍の攻撃気乗りにも劣らない技量に、海軍パイロット譲りの度胸。これら二つの要素が彼というパイロトを作り上げたといっても過言ではない。


「やっちまえ!!グレッグ」


『アイアイサー』


 爆発。グレッグもフランクに続いて、SAMの破壊に成功したようだ。


「帰るぞ。グレッグ」


『了解っす。さすがはフランク中尉。見事な爆撃でした』


「お前もなかなかだったぞ。初の実戦でちびらずによく出来たよ」


『へへ。クライストチャーチの母親に自慢できますね』


「ちげぇねぇ」


 翼を連ねてフランク機とグレッグ機は航路を南東に取り、空母で補給を受けることにした。


『フランク中尉とエド中尉はニュージーランドに行ったことは?』


「ない」


 二人は異口同音にこたえる。


『良い所なんで来てくださいよ。緑は綺麗だし空気はおいしいし』


「へっ。俺はあんな田舎っぽい場所は好きになれそうにないや。やっぱテキサスが一番だな」


「テキサスなんてもっと酷いだろ。岩ころしかない田舎がよく言うよ」


 後方からエドはフランクに毒を吐いてやった。


『エド中尉の言う通りっすよ。ニュージーは緑が光合成して酸素を作りますが、岩が光合成するんですか?テキサスよりずっと環境にやさしいと思いますよ』


「てめ!!言ったな」


「レーダー照射確認!!5時」


 ここはやはり戦場。気を休める瞬間など、無に等しい。


フランクはとっさに上に操縦桿を切ったが、グレッグは一呼吸遅れた。放たれた一筋の火線はグレッグ機の右エンジンとコックピット付近を穿った。


『大丈夫か!?』


「へへ……ロジャーの野郎と同じ風になっちまいました……」


 ゴポゴポと血が泡立つ。キャノピーの破片か何かが喉に突き刺さったようだ。


「……中尉……俺……はもう……だめ……です……部屋の荷物……故郷の……家族に……お願いします」


 前方のキャノピーにこびり付く赤い血。こんなに血を見た事はこれまで生きてきた中では無い。これからも……


『嫌だね。俺はあんな田舎には行きたかない。てめぇでやれ。バカ野郎』


「そう……言わないでください。良い場所なんすから」


 このまま自分は死ぬ。15歳の自分でもわかっている。でも、このまま死ぬのを待つのは情けない。グレッグは最後の力を振り絞って操縦桿を握りしめる。


「中尉……あの……対空機銃に……殴り返してきます」


『どういう事だ……まさか!!』


 グレッグ機は緩やかに右へ旋回。自分を撃った対空砲へと方向を合わせ、降下を開始した。


「へへ……相棒ロジャー。冥土の土産はソ連産の対空機銃だ!!」


 ――カマテ カマテ カオラ(これぞ、わが死)


 死に征くグレッグの脳裏によぎったのは、ニュージーランド人なら誰しもが知っている民族舞踊のハカの一節。死に征く者達の雄叫びを歌った戦士達の舞。


 地面がどんどん近くなる。この見ず知らずの土地で死ぬのか……死ぬんなら……ニュージーの大地が良いな。


『グレッグ!!機首をあげろ!!グレェエエッェエエエエッグ!!』


 今さら上げるなんて……カッコ悪くてできないよ。ゴメン。フランク中尉、エド中尉。


 機銃も死に物狂いでグレッグの機体へ発砲する。燃料タンクは燃え、翼ももげて……もはや航空機として存在意義を失った。


 それでも、グレッグは自分の存在意義を忘れはしなかった。自分の命で対空砲を破壊する――それだけだ。


 恐怖はない――と言えばウソだ。もう、誰にも会えないし、話せなくなる。でも、自分の命でその話し相手になる大切な人が生きながらえてくれさえしてくれれば、自分は満足。


「あぁ……最高だったよ。人生って」


 ぷつり――グレッグの電灯は切れた。そして、炎とアスファルトの大地が彼を包んだ。



「グレッグ!!応答しろ!!グレッグ!!」


 理性を吹っ飛ばしたフランクの声。冷静になれ。そう自分に言い聞かせているのに、なれない自分。どうかしている。受け入れろ。あの二人の死を。


「聞こえるか!?大統領ファッカー!!これがあんたらの望みか!?建前の自由の為に人が死ぬのがあんたらの望みなのか!?」


 やりきれない――フランクは嗚咽をこらえて操縦桿をきつくヒステリックに握りしめる。


 戦場のごくありふれた光景。この光景を消しさる為にはより血が必要なのだろうか?その事を、エドは胸に問いただした。



11月11日 午前10時49分 海岸地帯に敷設された対空砲は全て破壊された。42機の航空機が犠牲になって。

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