MISSION OMAKE 聖夜の空で
模試で好成績を収めたマーベリックが送る自分と読者様に贈るプレゼントです
2014年 12月24日
午後11時23分
東シナ海 上空
聖夜の空――サンタクロースがそりで空を飛ぶ姿は無く、代わりに3機のF-28がV字編隊を組んで寒空の下を飛んでいた。
「翔……なんでクリスマスイヴなんかに空に上がらないといけないんだよ……」
この編隊で左翼を担当するイーグル3の索敵士、宮島竜也少尉が空の星を見ながら呟いた。
「んだよ、彼女いないくせに」
「妹とスカイペする約束だったんだよぉ……畜生……隊長め!!未来永劫呪ってやる!!」
「そう言えば隊長は?」
『一条大尉なら、麻雀大会があるからパスとの事です』
翔の口に出した疑問に先導機を担当するアリシア・フォン・フランベルク少尉は大した事の無いような口ぶりで応えた。
「は!?」
この任務はそもそもの話、イーグル小隊の隊長である一条明大尉が、哨戒任務のシフトを他の小隊に押し付け続けたツケの返済とも呼べる任務なのだ。
『ファック!!何でそもそもの元凶がいないんだよ!!』
『黙れフランク。聖なる夜にF言葉を使うな』
イーグル4、フランクの発言に対してのエドの指摘は正しいものだが、竜也にはフランクの言い分も正しく思えた。
「まぁ、フランクの気持ちも解るよ。こんな日に哨戒任務なんてF言葉の一つや二つくらい……」
『竜也……こいつ、こんな日じゃなくても10分に一回は言うぞ……ファックって』
「え……そうなんだ……じゃ、こんなしみったれた夜だから、みんなのクリスマスの話をしようぜ」
過去に浸ってこの陰鬱な気分を忘れよう。竜也はそう思って、皆に提案する。
『おれはママのミートパイだな。アレはこの世のものとは思えないほどの美味さでな、お前らにも食わせてやりたいぜ、翔は?』
俺のクリスマスか……。翔は操縦桿を握りながら思い出す――自分の小さい頃のクリスマスを。
6歳の12月に入った時、パイロットだった父、三郎はプレゼントでPSPをねだる翔に言った。
「サンタ落として、プレゼント奪って全部お前に持っててやるよ」
だけど、この年のクリスマス……クリスマスプレゼントと一緒に彼の死亡通知が届いた。享年36歳。部下を庇って死んだとの事だ。
プレゼントの中身は彼の欲しがっていたPSPとそのソフト、そしてクリスマスカード。
メリークリスマス
お前のほしがってたPSPをサンタからうばったぞ!!
世界で一番お前が大好きなとうさんより
という内容だったのを、曖昧だが翔は覚えていた。
「覚えてないな……PSPもらったって事ぐらいしかないな。アリスは?」
これ以上話したら、感傷に浸りすぎて任務どころではなくなると思った翔はアリスにバトンを回す。
『7歳のときのクリスマスですね。両親と兄のために始めてケーキを作ったのですが……テーブルに運ぶときに転んで台無しに……』
アリスのしょぼくれた声に4人の少年達は声を上げて笑ってしまった。実に彼女らしいクリスマス。でも、今年はそんな平和とはかけ離れたクリスマスを送る羽目になってしまった。
『デビルより、イーグル小隊へ』
空母からの通信が前触れも無く全員の耳朶を打つ。その応答は編隊長代理のアリスがする。
『こちらイーグル2です。どうしたのですか?』
『国籍不明の輸送機が、お前らの北東を飛んでいる。敵か味方か確かめてくれ。もし敵だったら撃墜も許可する』
『ウィルコ。イーグル2交信終了』
アリスは通信回線を編隊用に切り替えると自然とため息が漏れた。
「北東方向へ旋回します。付いてきてください」
『3了解』
『4了解』
大きな弧を描いて左に旋回するアリスの機を磁石に引っ張られるかのように後続の翔、」フランク機は追走する。
「竜也、キャッチできたか?」
「いや……ん?前方10000に機影を補足した。数は……1?エド、敵味方識別信号(IFF)を出してくれ」
『ヤー』
エドはコンソールを指で叩き、IFFの信号を10キロ先の未確認機に送った。嫌な緊張感がコクピットに流れる。いつものように汗が吹き出しそうだ。心臓が激しくエドの心臓の中で踊る。クリスマスパーティーを楽しむかの如くに。
『ん?電装の故障か?反応が無いぞ』
『でしたら、接近しましょう』
『ウィルコ』
イーグル小隊の全機は巡航速度から戦闘速度へと切り替える。
星々が輝く闇夜に轟々と燃え上がる排気炎。目を覆いたくなるような火の尾を携えF-28は目標へと亜音速で接近する。
目標はは足の遅い輸送機、戦闘機の足を使ったらものの数分で追いついてしまった。
「アリス」
『どうしました?翔くん』
「あの輸送機が敵だったら誰が落とす?もしあれだったら、俺がやるぞ」
翔の言葉はアリスには自分に対する気遣いなのか、単なる撃墜に対する意欲か解らないが、彼女はとりあえず首肯し、編隊に指示を出す。
『わかりました。4と私は援護します。散開っ』
アリスはフランクと共に機首を上げ満月へ吸い込まれるように上昇した。
「いくか、竜也」
「あぁ」
翔は目標の輸送機の横を円を描くように旋回し、機体に施されているであろう国籍マークを竜也と探す。
あった。赤い星だ
赤い星。すなわちソ連の国籍章だ。
「イーグル3よりデビルへ、ボギーはクレムリン。繰り返す、クレムリンを発見した」
『デビル了解。撃墜せよ』
「ウィルコ」
翔は左翼に見えるソ連の名もわからない機体に目をやる。窓が明るく、窓際には大勢の人々が押し寄せていることが解る。そして、どれも怯えている事も。
「翔……あれって、非戦闘員じゃないか?」
「え?」
よくよく目を凝らしてみれば、軍服を着た若い男はその機体には乗っておらず、乗っているのは疲れ果てた様子の女子供だけだった。
「なんだろ?」
「難民乗せて人工島へ向かう途中で迷子になったのかな?」
竜也の言葉は翔に納得の二文字を与えた。今日はクリスマス。敵の警戒が薄くなっていると推測して飛んだが計器が壊れたか何かでこちらの勢力圏内に入ってしまったのだろう。
「どうする?翔」
「どうするってお前……命令も下ったしな」
翔はもう一度例の輸送機を見た。窓の向こうにいる人々はみな恐怖し絶望している。すぐそばにいる『死』に。
だが、そんな中、一人だけ違う存在がいた。
5歳くらいの金髪の女の子が翔と目が会うなり手を振ってきたのだ。満面の笑顔で。
「竜也」
「どうした?」
「落としたほうがいいのかな?」
「俺に聞くなよ。俺にはお前に『撃て』って言う権利はないよ」
「わーったよ。俺の判断な」
「落とすのかっ!?」
竜也を襲う突然の衝撃。前傾姿勢気味だった竜也は後頭部をシートに叩きつけられる。翔の選んだ選択は撃墜ではなく加速だった。
翔のFー28は輸送機のコックピット付近まで前進。そこで速度を緩め、相対速度を合わせた。
「竜也、俺の言うことを光信号であそこのパイロットに伝えろ」
「は!?」
「いいから」
「おう」
光信号はパイロット達の共通言語であり、無線が使えない場合はこれで通信したこともあった。
竜也は翔の言うことがいまいち理解できないまま、座席下に置いてあるライトを取り出し翔の言葉に備えた。
「北に200キロ行ったらソ連の勢力圏内に入る。直ちに北へ迎え。メリークリスマス」
意外な一言だった。竜也はその言葉を聞いた途端、呆気にとられて指が動かなかった。10秒後――竜也はその言葉通りライトを点滅させる。
「やったぞ。翔」
「あんがと」
後部座席からでは翔の表情は全く分からない。普段はエースになるために無茶している彼が、なぜこんな事をしたのか竜也には解らなかった。
そうこう考えていると今度は輸送機のキャノピーから光が点滅しだした。
『Thanx Merry Christmas(ありがとう。メリークリスマス)』
そうソ連のパイロットが言い終わると、翼を翻し北方へと消え去った。
†
「輸送機を逃がした!?」
空母に帰還し、ブリーフィングルームで報告会に出席5人を待っていたのは、一条隊長の雷のような怒鳴り声だった。
「だって、あいつすっげー速さで逃げ出したんですもん」
翔は一歩前に出て隊長に嘘丸出しの言い訳?をした。その言い訳を聞いた後ろの仲間たちは笑いをこらえていた。
「嘘言え!!翔、見逃がしただろ輸送機!!」
「見逃がしてません。あいつが逃げたんです!!」
「神に誓うか?」
「はい」
「そうか、よし!!翔以外のメンバーには亜衣ちゃんと光ちゃんの手作りクリスマケーキがあるぞ!!」
一条隊長は後ろに置いてあったケーキの箱を取り出し、皆に見せた。苺が乗ったショートケーキが隊員分その箱の中から姿を現し、食べてくれと誘惑してくる。
「なんでですか!?」
「正直に言わなかったからな」
年不相応な意地の悪い子供じみた笑みを浮かべ翔に大尉は言う。
純白のクリームと赤いイチゴのコントラストが作り出す誘惑。そして、長い間ケーキを食べてないという不満に負け翔は真実をぶちまける決意をした。
「わかりましたよ!!逃がしましたよ!!民間人が乗っていたし、輸送機なんて落としてもそんなに嬉しくないし」
「なら、食えよ。お前にしちゃいいミスだったぜ。翔」
隊長は翔の肩にポンと手を置いた。いつも叱られてばかりだったから自分でも解らないが嬉しい。
「あ、藤門。ケーキ食う前に俺のデジカメで、写真撮ってくれ」
一条大尉はブリーフィングルームの端っこでデスクワークに追われている、フォックス小隊の藤門雄輔中尉を呼び出した。
「わかりました。じゃ、みんなくっついて―――はい、ピース」
パシャリ、眩しいフラッシュ。今というかけがえのない瞬間をカメラは切り取った。
2015年 10月12日 12時07分
太平洋 J・グラフトン
「そんな話があったんですか」
この事件の数ヵ月後のブリーフィングルームで、クリスマスの写真を見て奈々子はクスリとわらう。
「あぁ。このあと一条大尉のケーキぶんどって、殴れたな」
翔は竜也の話をしてくれとせがんだ奈々子に遠いどこかを見るような目で語ったのだった。
「私も皆さんといたかったです。兄や、大尉……愉快な皆さんといたかったです」
彼女もまた、遠いどこかを見ていた。天井の向こうの空、なのかもしれない。
「そうだな。お前がいれば、もうちょっと華のある会になってたかもしれないな」
翔はふと笑う。あのクリスマスの出来事や、もう戻らないあの二人がいた、楽しかった時間を思い出して。




