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MISSION40 朝日と共に去らぬ

2015年 11月10日 午後9時34分


第三人工島 講堂



 ブリーフィングルームに漂うのは酸素で構成された空気ではなく、緊張で構成された空気だった。


「先日、ペンタゴンから朝日作戦が発令された」


 パイロット全員が揃った事を確認し終えた野崎中将は話を切り出した。


「皆も知っての通り、ソ連のアメリカ攻略の橋頭堡とされた日本を奪還がこの作戦の概要だ」


 明日、この場にいる、200人近くいる年端いかない少年少女達は東京奪還作戦――通称『朝日作戦』に参加、日本奪還の為にその身を業火へと投げ入れるのだ。


「この作戦の要は君たちパイロットの活躍と言っても過言ではない」


 ざわめき。訓練期間もろくに終えていないひよこ達に猛禽類がひしめく空を飛べと言われたのだ、当然の反応だ。


「まず東京湾に居座る敵の艦隊をA-6で構成されたウォッカ大隊、A-13のカクテル大隊が攻撃、殲滅させるのがファーストフェイズだ」


 プロジェクターの画面は変わり今度は制空権奪取を行う部隊の構成が図と共に表示された。無論、その中には風宮翔中尉の率いる『イーグルナイト隊』やヨアヒム・クルトマイヤー少佐の『シュワルツローザ隊』の名が書かれていた。


「制海権を奪取した後、空戦及び攻撃隊は市街地に配備された対空砲を一掃。その後に防空に上がった敵機と交戦。制空権を確保する。これがセカンドフェーズだ」


「そして、最後は陸戦部隊が東京湾、空から上陸。これで戦いにケリを付ける。これが概要だね……」


 プロジェクターの最後のページは終わり、画面は真っ黒になった。解散の言葉も無く、野崎司令はうつむいていた。


「こんな事を君たちには言いたくないけど……今夜は悔いの内容に過ごしてくれ。明日の作戦で、生きて帰れる可能性は高くないんだ……才能と未来に溢れた君達を死なす事になる軍部、戦争を大いに憎んでくれ。君たちから平和を奪った大人たちを大いに憎んでくれ……以上」


 野崎中将は敬礼した。自分より階級も年齢も下の少年兵に。それにつられ、少年少女達は立ち上がり、返礼した。最大の敬意と決意をこめて。



 ブリーフィングは終わった。食堂にある自販機の前でたたずむに矢吹隼人の脳内には作戦の情報と野崎中将の言葉が割拠していた。


「後悔の無い……ようにか」


 ため息しか出ない。今、自分が死んでやり残したであろう事を脳の細胞を全て使ってそれらをリストアップしようとする。家族を残して死んでしまう事。好きな小説の最後を読む事が出来ない……沢山ある。


 おかしな事に、それらを挙げるたびにある人物のまぶしい笑顔が脳裏に映っては消え、彼のもやは深くなっていく。


「は……隼人君」


 ドキン、隼人を呼ぶ声は彼の心臓のタービンの回転率を高めた。心臓がのた打ち回るように鼓動を刻むのはいつもの事。彼女――秋月亜衣がいると彼の身体は異常加熱してしまうのだ。


「や、やぁ」


 彼の瞳に移る亜衣は肩で息をしており、走った事をほのめかしている。きっと急用があったのだろう。


「どうしたの?」


 亜衣は乱れる呼吸を整え


「明日、隼人君大きな作戦に……行くんでしょ?」


「うん。まぁ」


 言葉が続かない。もどかしい。二人ともそんな事を重々承知だ。


「あのっ」


 もどかしさ余って亜衣は素っ頓狂な声を同時に上げてしまった。


「外に行かない?隼人君」


「え?」


 是も非も聞かずに、亜衣は隼人の手を引き食堂をあとにする。


 屋上は静寂を保っていた。戦闘機のけたたましい排気音エンジンノイズも無ければ、人気も無い。二人の話す場所にはうってつけの場所だった。


「きれいだね」


 地上6階建ての屋上からは、無数に散りばめられた星屑のように明るい街頭が見える。香港ほどの夜景ではないが、隼人には何だか美しく見えた。


 だが、隼人はそれよりその光に照らされる亜衣の方がより美しく彼の網膜に映る。憂いを帯びた目。闇に溶け込めそうな長い髪。


「隼人君、明日の戦いは帰ってこれる?」


 返答に困った。絶対帰ってくる、と気の利いた台詞を言うべきなのか、解からないと答えるべきなのか……


「翔君から聞いたの……明日はとても危ない作戦なんでしょ?」


「……うん」


 200対250の大空戦。尖閣諸島の時とはバカにならないほどの規模の戦闘になると予想されている。帰ってこれない可能性のほうが高い。


「だから――わたし、怖いの」


「え?」


 亜衣は隼人に背を向け、震えている。否、涙に震えているのだ。声も出せずにただ涙に暮れる。大切な誰かが傷つくのが不安なのだろうか?


思考を巡らせているうちに隼人は自分でも解からない衝動に駆られた。


波打ち際に作った砂の城を守りたい。


 そんな一心で――背中を両手で包んだ。理性なんて利かさず、自分の望むままに。なぜだろう、これをしたらさっきまでのもやが消え去った。


これが答えだ。彼の最大の後悔――それは亜衣を残す事。そしてもう一つ。


「亜衣ちゃん。大好きだ」


 自分の半年間溜め込んだ思いを伝え切れなかった事だった。結果なんていい。ただ伝えたいだけ。伝えたいから伝える、それが思いだ。


「背が小さくて、ケンカも強くない。そんなかっこ悪い僕でも好きになってくれる?」


 隼人は優しく亜衣の耳元にささやく。涙の向こうに答えはあった。亜衣は、隼人の腕の中で彼に向きかえり


「……優しくて、どんな時も私を守ってくれる隼人君が大好き」


 亜衣の静かなと吐息と共に甘い衝撃が隼人の背筋に走る。今の瞬間に酔いしれてしまっているようだ。だが、亜衣は口を開くと


「隼人君こそ……泣き虫で、内気でちっとも、かわいくない私なんかでいいの?」


「他人の痛みに人一番敏感で、誰よりも優しい。そんな亜衣ちゃんが好きだ」


 健気に医務室で傷ついた兵士を癒す亜衣。どんな人にも平等に優しさを振りまく亜衣。そんな、彼女に隼人は知らないうちに恋慕の念を募らせてしまっていたようだと今になって気づく。


「うれしい……その言葉をずっと待ってたよ。隼人君」


 亜衣はそっと小さな手を隼人の腰にまわす。


「でも……だから怖いの。大好きな隼人君が、私を残して遠くへ行っちゃうのが」


 亜衣の言葉を聴いて隼人の体は少しこわばった。彼女を残して死ぬ、それだけ何があっても避けたい。この際、嘘でも良い。言ってしまおう


「大丈夫。僕は君を残して死なないから」


 強がりを。これで彼女の安心させることが出来るのなら、嘘でも何でも言ってやる。そう隼人は思ってしまう。


「本当に?」


「うん。絶対にだ。君を悲しませるような事は絶対にしないよ」


「絶対に?」


「うん。君を一生守るよ。だって、僕は君の騎士イーグルナイトだから」


 冬の空を照らすオリオンの下、自分の望むままに二人は互いを求め合いつづける。6ヶ月に及ぶ、隼人の戦いはここで一段落着いた。勝利の形で。



 2015年 11月11日 午前4時45分


 太平洋 第三人工島 滑走路


 東の空はかすかに紫がかっていた。暖機運転のエンジンの音が一斉にこの基地の中に響きわたる。


 翔は引き締まった緊張の中、F-28のコックピット内で発進前の最終チェックを行っていた。


「FCS(火器管制システム)良好。那琥、エンジンは?」


『ばっちし。これだったら、ドラゴンスレイヤーも一ころよ!!』


「隼人、そっちは?」


「え……レーダーの感度は良好。それと、翔」


「何だ?」


「絶対に生きて帰ろう。生きて日本――――僕たちの帰る場所を取り戻そう」


 突然の言葉に翔は一瞬返答に戸惑ったが


「言われるまでもねぇよ。ペペリヤノフやロアニアビッチに貸しを返してやんないとな!!」


 と虚勢を張るものも、実際に勝てる保証などどこにも無かった。


『コントロールよりイーグルナイト隊、滑走路へ』


 管制主任の北条神海が隊長たる翔に無線で指示。


「イーグルナイト1了解。イーグルナイト隊出るぞ!!」

 

 翔はチョークが外されるのを確認した後、暖機運転から巡航出力パワークルーズへ移行。F-28は滑走路ランウェイへとタキシングを始めた。


「ん?」


 翔は滑走路とタキシングウェイの境目辺りの右側に見つけた。小さな10人ばかりの子供たちが作り出す人だかりを。


「光!?」


 子供たちの先頭に立つのは光、そして亜衣だった。光は大きく息を吸い


「二人とも!!生きて帰りなさいよ!!」


 エンジンの彷徨に負けないほどの声で叫びあげた。その声はしっかりと二人の耳に届き、それに続き子供たちは口々に『がんばれ』『負けるな』などと応援の言葉を二人にかける。


「あぁ、俺ら色んな人の気持ちを背負って飛ぶのか……総員、右前方にいる民間人に敬礼!!」


『ウィルコ』


 とイーグルナイト全機は異口同音に返答。


 翔と隼人は子供たち、光や亜衣に見えるように敬礼をした。彼はあまり敬礼という動作が好きではなかったが、今回はそんなに悪い気分ではなかった。


 子供たちはぎこちない様子で翔たちに敬礼を返す……亜衣を除いて。


 彼女はただ俯いているだけだった。大切な『あの人』に涙を見せないように。だが、機体が最後のコーナーを曲がろうとした瞬間、何かがはじけた。


「隼人君!!」


 亜衣は走り出す。隼人の乗るF-28は最終加速の手前を時速20キロで走行、彼女の足でもなんとか追いつけそう。


「いかないで!!」


「亜衣ちゃん!?」


 追いかける亜衣に隼人は気づいてしまった。風に髪をなびかせながら走る亜衣に隼人は


「危ないから、やめて!!」


「でもっ!!あっ!!」


 自分の足が絡まるように亜衣は転んでしまった。


「亜衣ちゃん!!」


 だが、非常にも機体は加速して行く。もう、追いつけない。もう、会えないかもしれない。


「隼人君……隼人君……」


 打ちのめされたように芝生の上で泣く亜衣に風が吹き付ける。轟々と燃え上がる赤いアフターバーナーの炎。亜衣はそれをただ見守った。愛する人の帰還を祈りながら。


「生きて……帰ってきて、隼人君……みんな……」



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