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MISSION38 ヒカリ無き着陸

 鷲の騎士は中空を死の天使のように舞う。敵機には確実な破壊を、危機に陥った味方には確かな希望を与えた。


「次の敵機は?」


 F-14の高性能なレーダーで隼人は索敵、約60キロ先に緑色に光る敵勢反応を見つけた。


「60キロ先に爆撃機の編隊が6。ここはあれを使えば?」


「フェニックスか」


 翔の言うフェニックスとは、F-14だけが装備する事を許された長距離ミサイル――AIM54フェニックスミサイルだ。100キロ以上先にいる敵機を6機近く一網打尽に出来る高性能な代物である。


 それを翔は操縦桿に備え付けてある武装選択スイッチで選択。数秒後にはF-14の火器管制レーダーとの連動で6機をマルチロック。発射体勢を整えた。あとは引き金を絞るだけ。


 普段の翔ならためらう。だが、下には鬼ごっこをして遊んだ子供達や家を失った民間人がいる……もはや是非は無い。


「イーグルナイト1、フォックス3」


 引いた。パイロンから放たれた不死鳥の名を冠されたミサイルはトムキャットの発射するレーダー波の導きで捕捉ロックオンした敵機に襲い掛かる。


 着弾。


 炎上。


 爆弾やケロシンを燃料に太陽のように敵の爆撃機は燃え上がった。


 あの中で何人が苦しみもだえているのだろう?そう思うと気が狂いそいになるから、翔は頭を横に振り、思考をクリアーにした。まだ戦わなければならないから。



 アンドレイ・ペペリヤノフは苛立ちを隠せなかった。自分の部下が旧式のF-14に七面鳥のように撃ち落とされているのだ、無理も無い。


「むぅ……あのドラ猫はわしが仕留めねばならぬようだ」


 ペペリヤノフはレーダーで目標の位置を確認し旋回、急襲を掛ける事にした。途中で敵の迎撃に遭うが何の造作も無く、彼は軽くあしらい、敵兵を搭載された30ミリ機関砲で血祭りに上げる。


 確実にコックピットに砲弾を直撃させる故に彼は『人喰い』と呼ばれ、恐れられている。


「見つけた――!!」


 運よく、敵の後方へ回りこめた。彼はその体躯からは想像できない様な緻密な操縦桿捌きで、照準を合わした。



「つかれてる!!」


 ロックオンアラートに反応した隼人は後方に目をやると、色が失せる様な思いをした。赤と灰色の迷彩塗装で彩られたSu36がこちらを狙っている。


「人喰いだ……」


「何!?」


 かつての上官、一条大尉を凌駕したソ連のエースパイロットのペペリヤノフが自分たちを狙っている。これは通常の連合軍パイロットにとっては一種の死亡宣告のようモノだ。


 だが――翔は『通常』のパイロットではない。『エースパイロット』なのだ。その虚勢にも似た自負が彼をソ連の人喰いへと立ち向かう勇気を与える。


 深く息を吸う。操縦桿を握りなおす。そして一言。


「やってやる」


 エンジン出力を最大にし、アフターバーナーを点火バーナー・オン。上方へ回避ブレイク。ペペリヤノフの必殺の間合いから全速力で離脱しようと試みた。



「避けたか……」


 自分の放った初撃を敵のトムキャットは翼を翻し避けるのを目の当たりにした、ペペリヤノフは少し高ぶった。尖閣諸島で戦った『あの男』と同じくらいの腕利きに出会えた――直感的、否……本能的に彼は察す事ができた。


 だが、戦いの流れは、F-14の尻尾に喰らい付いたペペリヤノフが優勢。この状態を維持し続ければ彼の勝利は約束されたようなものだ。


「今度はどうかな?」


 酸素マスクをつけていない髭面が意地悪くゆがむ。攻撃機と言えどもSu36はF-14より高い空戦能力を保有している。旋回性能やエンジン出力などの点で、F-14を敵機を逃すことはまず無い。


 敵機の回避機動が甘くなった刹那、ペぺリヤノフはトムキャットのエンジンノズル辺りに照準を合わした。


 発砲。


 ペペリヤノフの目論見どおりに、30ミリ弾は目標の装甲板を穿った。



 敵機の放った、30ミリ弾は戦闘の際に起きる突風であらぬ方向――キャノピーの前方、ちょうど操縦席の左側をかすめ、キャノピーを割った。


「うっ……」


 翔は呻く。左手に激痛が走る。痛いを通り越して熱い。何かと思って翔は左腕に目をやった。


 腕にガラスの破片が刺さっていた。割れたキャノピーの破片だ。


「どうしたの?」


 急に旋回をやめた翔を訝しんだ隼人は問う。インカムで帰ってきたのは、翔の低い呻き声だけ。そして、かすかな声で


「左腕を……やっちまった」


「え!?」


 驚きのあまり、隼人は酸素マスクを外す。血の臭いが、彼の鼻腔にどんよりと入り込んだ。


「イーグルナイト1より、現空域にいる機体へ――パイロットが負傷した。至急、援護を!!」


 『クルトマイヤー、了解。援護に向かう』


 返答したのは偉大なエース、ヨアヒム・クルトマイヤーだった。その声を聞いて隼人は胸をなでおろした。


「くそったれ」


 翔は右手だけで操縦桿を握り後方の脅威から身を守ろうとするが、旋回するたびに血が吹き出る。対Gスーツのせいだ。


 本来、対Gスーツは高いGがかかった際に体内の血液を逆流させないように血管を圧迫する。その圧迫のせいで逃げ場を失った血液が搾り出されてしまうのだ。


 キャノピーを真っ赤に彩った翔の血は、隼人からも見れる。このままだと確実に失血死をする――隼人は声を荒げて 


「翔!!脱出しよう」


『ヤブキ中尉、脱出は無理だ。相手は人喰い――脱出した相手に銃口を向けるような奴だ』


 とクルトマイヤー。


 確かにそうだ。もしこの混戦で脱出して、墜落する機体の爆発などに巻き込まれたりしたら共倒れかもしれない。


『だが、安心してくれ……すぐに奴は去る』


 その言葉が放たれた刹那、バックミラーに映っているペペリヤノフのSu36は左に旋回した。


 ロックオンアラートがあらぬ瞬間タイミングで響いた。獲物にとどめを刺そうとしたがそれは、上方から飛来した軽戦闘機に拒まれた。


「ほう……狩人のご登場か」


 下に流れた機体は黒を基調とするEF-3000。連合側のトップエースのクルトマイヤーだとペペリヤノフは認識した。



「さて、狩りの時間だ」


 クルトマイヤーは軽戦闘機特有の旋回性能を駆使し、人喰いの後方へ回りこむ。ここから、彼の『狩り』が始まった。


 空――クルトマイヤーにとっては狩を行う森と大差ない。獲物を追い詰め猟銃で仕留める。違うのは敵も自分も戦闘機に乗っている事だけ。


「獲物は何があっても逃がさない――狩りの鉄則だ」

 

 どんなに敵機が旋回しても、彼は逃さない。これが彼がエースの称号を掴んだ大きな理由の一つだ。獲物をとことんにまで追う執念、そして狙った獲物を確実に仕留める射撃のセンス。


 彼こそ生粋の狩人だ。


 その光景を着陸コースに進入したF-14から見ていた隼人は感嘆の言葉しか出ない。


「すごい」


 あの人喰いがハンターに追われるウサギのように狩り立てられている姿を見れば、そうしか言えない。


「隼人……」


 翔のかすかな声。今にも消えそうな声だった。


「視界がぼやけてきやがった……」


 ほぼ着陸寸前の状態。大量の出血のせいで意識が朦朧となる。翔は右手だけでギアダウン。そしてエアブレーキを開いた。


 目の前が真っ暗――頭がクラクラする。ヘモグロビンが血と共に出ていってしまったせいだ。意識が遠のく。


 左腕の感覚がほぼない。あるのは右手と耳、そして心の目だけ。


『機首を少し上げて』


 航空管制官の神海の声に脳ではなく手が反応。


『進入角度良好!!そのままキープ。そのまま……』


 的確な進入角度を目が見えない翔には何故だかわかってしまう。エンジンノイズを反射するアスファルトの音だ。幾千も聴き続けた音、それが彼の道標となる。


 そう、耳が目の代わりを果たしているのだ。


 そして着地タッチダウン。車輪が大地を擦る音が翔の耳朶を打った。


「成功か?」


「うん」


「良かった……」


 その数十秒後に救急隊が到着、キャノピーを開け翔をコックピットから引きずり出し、担架に乗せ緊急治療室へ搬送する。


「翔!!」


 救急隊の一人に光がいた。傷を負った翔の姿を見た光は出す言葉もなかった。


「わりぃ、しくじった……」


 弱々しく翔は笑みを浮かべる。いつもの自信に溢れた笑みではない――申し訳なさを隠すような笑みだった。


「そんな……謝らなくても良いのに」


「だって……面倒掛けてるじゃんか。お前に……ごめん」


 翔は光のの顔に手を伸ばし、力無く彼女の頬を触れた。その後、翔の手は担架のマットに落ちた。


「翔!!いや!!死なないで!!」


 瞳に涙を浮かべながらも、必死に彼女は彼の名を死の淵から呼ぼうとした。返事は無い。


 だが、返事の代わりに――


「zzz」


 気持ち良さそうな翔の寝息が返って来た。きっと先ほど打ったモルヒネが効いて寝てしまったのだろう。


「ばか!!ただの泣き損じゃ無い!!」


 光は頬を赤らめながら翔を罵った。




同日 午後7時12分 病室



 翔の意識は左手にほとばしった痛みで戻った。


「つつっ……ん?」


 モルヒネを打たれたせいで頭がとろける様な感じがする。ぼやける感覚と視覚――そんな中、翔は腿の辺りに重みを感じる。その重みはどこことなく温かく心地よかった。


「!?」


 翔は自分の視線を腿にに移した瞬間、凍りついた。


「ひひ、光?」


 寝息を健やかに立てて、彼の腿を枕代わりに心地良さそうに眠っていた。


「おい、おき……」


 この先の言葉が詰まった。ずっと付き添ってくれたのだろう。疲れ果てて眠ってしまうほどに。


「ばか」


「ん?」


 翔は光の言葉に耳を傾ける。寝言だろう。


「死んじゃ……やだよ。翔」


 彼女の寝言と寝顔、なぜだか自分でも解らないが異様に愛くるしく翔の目には映った。その頭を撫でてやりたい衝動が彼の右手を襲うが、理性で押し止めた。


 しかし、抵抗むなしく翔は痛くない右手を彼女の頭に伸ばす。


「俺は死なない。絶対にいなくならないからな」


 サラサラする彼女のショートヘアが指に絡む。この瞬間を永遠にしたい。翔は心の奥底でかすかにそう祈ってしまった。

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