MISSSION OMAKE 寒空の約束
2015年 10月9日 午後10時23分
太平洋 空母J・グラフトン 飛行甲板
秋の色が濃く冷える夜だった。
翔はフライトデッキから凪いだ海原を疲れた瞳で眺めていた。海原の向こうに黒煙がうっすリと見える。東京だ。つい数日前は人であふれていた東京は炎の燃え上がる街となった――自分の不甲斐なさのせいで。
「何んで何も出来なかったんだよ?」
悔しさの色が固形になったような声で呟く。
空での事を思い出すと悔しさとやるせなさが同時に沸きあがり翔をより苛立たせた。多くの仲間を失い、罪の無い市民を空爆から守れなかった。それが彼には我慢ならないのだ。
「まだいるの?」
悔しさに振るえ、握りこぶしを作っている翔の背後から吉田光の声がした。
「悪いかよ?」
「悪いとは思わないけど……風邪ひくよ」
「あぁ……」
そう呟くと翔は黙り込んだ。そのまま黙り込んだ彼の左側に光は踊り入る。そして一緒に黙り込んだ。
「東京が燃えてるな」
5分の沈黙。それを翔は彼の声で破った。誰に発した言葉でもなく、ただの独り言のようだった。
「……うん」
光は船尾から見える変わり果てた東京の姿を見ながら相槌を打つ。悲しげな様子で。
「俺のせいだ。俺が最後まで戦わなかったから、東京は燃えちまった……あそこで死んだほうがマシだたったかな?ハハ――」
自嘲。何も変わらないが、翔はとりあえず自嘲した。悔しいから。自分が惨めだから。
「翔」
「あ?」
パシン。皮膚と皮膚が打ち付けあった時に鳴る乾いた音が静寂に支配された飛行甲板に響いた。音共に翔の頬に痛みが走った。
「自惚れんのも大概にしなさい!!海軍のエースとか言われて、あの戦局をひっくり返せるとでも思ったの?バカ翔!!」
光は目に涙を浮かべている。涙に暮れながら彼の胸に飛び付いた。
「私、すごい心配したんだからね!!あんな不利な状況で戦ってたあんたを!!東京や市民を守るために頑張ってた翔を!!」
「光――お前……」
「だから、胸張ってよ。俺はあそこで頑張ったて言ってよ……死んどけば良かったてなんて言わないでよ――」
寒い夜。翔は決して寒さなど感じなかった。死線を超える勇気を与えてくれた少女にいつものように励まされ、悔しさという寒さは、春が来たように温かい気持ちに変わった。
「光――いつも悪いな。俺を励ましてくれて」
「翔?」
翔は光の背中に手をやる。温かい彼女の小さな体を抱きしめた。
「ごめん。どうかしてた、俺。あそこで死んだら何にもなんないし、俺は生き続けなきゃいけないんだ。殺した相手や、守れなかった仲間のために……」
消えることのない一条大尉の言葉が彼の脳裏に反響する。『俺達は生きて詫び続けなきゃいけねぇんだよ。それが生き残った奴らの義務なんだ』と。
「今日の事は胸を張れないけどさ……約束をするぞ。絶対に東京を取り戻す。あそこにいる人たちの為に」
「私、翔ならできると思うよ」
「どういった根拠でだよ?」
「転んで突っ伏して泣く事は誰にでもできるけど……あなたは転んでも立ち上がって、いつも前に進み続けた。私はそれができる人が本当に強い人だと思う」
「う、うるせー」
翔は顔を赤らめて鼻の先をこすった。そして、小指を突きたてた。
「じゃあ……俺、約束するよ。お前の為に。絶対に東京を取り戻すって」
「ほんと?信じてもいい?」
「あぁ」
寒空の下、二人は約束を交わす。いつ果たされるか判らない約束を。
その日がいつ来るかわからない。
だけど人は待ち続ける。
闇夜に訪れる夕焼けや、辛い冬が春へと代わるその日を待つように。