MISSION33 白狼
それは空戦というより乱戦に近かった。狭い空で戦闘機が戦い、撃墜される。そこには、信義や思想など無い。あるのは強いか弱いか、死ぬか生きるかだけ。
「隼人、敵は?」
目の前の目標にガンクロスを合わせながら翔は隼人に問うた。目の前の敵に集中している以上、後方にいる敵機は隼人に目で捕捉させるしか方法が無い。
「3機はいる。挟まれてるよ」
「畜生――どんだけいやがんだよ?アリス、援護頼めるか?」
背後から放たれる30ミリの砲弾の雨を回避しながら翔は無線でアリスに支援要請。だが、アリスは
『無理です。私も囲まれてて……きゃっ』
「大丈夫か!?」
『はい……敵の撃った曳光弾に驚いただけです――』
「驚かすなよ……驚かす?そうだ!!」
翔の脳内にアイディアの花が開く。隼人とアリスは何のこっちゃいと思いつつも翔のアイディアを傾聴することにした。
「アリス、俺に真正面から突っ込め」
『はい?』
「良いから突っ込め!!そしたら、俺の合図で右に旋回しろ。良いな?」
『え……はい』
取りあえず了承は得た。翔は手近な一機を撃墜し、アリスのいる方向へと旋回した。
「何するつもり?」
「まぁ見とけって」
いっつもこれだ。翔は、何かしでかそうとする度にもったいぶって話さない。だが、必ず成功する。今回はどう転ぶかわからないが、隼人は翔を信じることにした。
そしてアリスの機を目認。翔はすらすとレバーを前に押し、エンジンをフルパワーにし文字通り『突っ込む』。
「行くぞ!!」
『はいっ』
アリスは機体を右に傾ける。その数キロ先で翔は機体を左に傾けていた。相対速度2000キロで二機のワイバーンは肉薄した。
波打つ鼓動。手を伝う汗。翔は刹那を見逃さないように心を沈めて、その時を待つ。
「今だ!!」
両者の距離が50メートルも無い時だった。翔がアリスに合図を出したのは。そして、ほぼ同じタイミングで、2機のF-28はそれぞれの方向へ急旋回した。
すると、突然の急旋回に反応できなかったSu35の編隊は互いに正面衝突。ミサイルや燃料タンクを積んだ機体は、自分たちの大きさの倍以上はある爆炎に飲み込まれた。
『寿命が縮んだら責任とってくださいよ。翔君』
翔のワイバーンと合流したアリスの声は軽く震えていた。
「わりぃ。でも、さっき死ぬよりはましだっただろ?」
『それは―――そうですが……やっぱり無茶が過ぎますよ』
「わぁーった。もうしないよ」
翔はどうしてもこのおっとりした副官に頭が上がらない。何故か解からないが。
†
爆撃機の迎撃チームの奮戦むなしく、爆撃は開始された。宙を裂く甲高い音、着弾の爆音が静まり返った豊島エリアにこだました。
「くそったれ!!味方が少なすぎるんだよ!!一体、本部の連中は何してやがんだよ!?」
フランクは怒り、悔やみ、嘆いていた。無能な本部の官僚達、敵の作戦を見抜けずにまんまと罠にはまった太平洋艦隊の司令長官、何より――爆撃を許した自分に。
「奈々子、残弾は?弾が無くなるまで奴らと戦うぞ……奈々子?」
『いや――』
返事らしい返事は返ってこなかった。奈々子の声は嵐の前のように静かだった。
「どうした?奈々子」
『やめて――やめて!!やめて!!』
「奈々子!?」
『お兄ちゃんのお墓を壊さないで!!お兄ちゃんを焼かないで……』
竜也の墓?フランクは下方に目をやった。そこには墓地があった――そう、竜也の眠る染井霊園が。
パイロットが操縦不能になったF-28は敵機の方向へまっすぐ飛んでいく。このまま飛んでいけば、間違い無く奈々子は敵機の対空機銃の餌食となる。
「落ち着け、奈々子!!」
感情が爆発し、パニック状態になった奈々子を一喝したのはエドだった。終日冷静な彼の声はどこか感情的で、激しかった。
「奈々子、下で何が燃えてる?」
『……え?』
「良いか、下で燃えているのは、ただのカルシウムの塊だ!!」
「エド、なんて事言いやがる!?奈々子の気持ちも知らないで!!」
エドの一言にフランクは怒りをあらわにした。日本人の文化も知らずに竜也の遺骨をただのカルシウムの塊で片付けてしまうエドの一言が許せなかったのだ。
「お前の兄貴はあんな石の箱の中にいるんじゃない。お前や、俺たちの胸の中にいるんだよ。記憶って形で!!竜也の遺骨が焼かれたら、お前はあいつのことを忘れるのか?」
『エド中尉……?』
「忘れないだろ?だから、一回落ち着け。そして、フランクの機の左翼につくんだ」
『……はい』
奈々子はエドの言うとおりにした。彼女が旋回している間に、フランクはエドに言う。
「お前って、最高だよ」
「何だよ?気持ち悪い」
ずれた眼鏡の位置を修正しながらエドは返答した。
「あと、フランク――俺は今、虫の居所が悪いんだ。仲間の墓を壊して、女の子を泣かす下衆野郎のせいでな」
「同感だ。どうしたい?」
「決まってんだろ――相棒」
「あぁ。徹底的にやってやろうぜ――相棒!!」
奈々子が左翼に着いたのと同時に、フランクは彼女と一緒に上昇。敵機から、約2500メートル上空へと舞い上がった。
「もう一度訊くぞ。弾はあと何発だ?」
『20ミリが300、AIM-10が6発です』
「十分だ。ある程度削ったら、陸軍の対空砲に任そう」
『はい!!』
「アタック!!」
二人は反転降下を開始した。フランクと奈々子が飛び込むのは海だ。それもの海ではない――爆撃機と空挺部隊を乗せた輸送機が密集してできた、鋼の海。
「奈々子、こういうのに必要な物は何だ?」
『計器をよく見ること……』
奈々子の答えを聞いたフランクは、『ちっちちちち』と舌打ちを連打し、答えた。
「20点。真面目すぎる。正解は―――くそ度胸だ。良いか、何があっても目標から逃げるな。回避はロールで行え。わかったな?」
『はい――って、ひゃっ!!』
相手の銃撃が始まった。濃密な弾幕。目をつむりたくなるような曳光弾の閃光。だが、奈々子は
「ファッキン・ガッツ!!」
と、己を奮い立たす為に、女の子が言ってはいけない語を口走った。一直線に隼のように降下し、相手を複数ロック。
「イーグルナイト4FOX2!!」
奈々子はミサイル発射ボタンを押した。小さなミサイルが6機の爆撃機に降り注いだ。そして着弾。爆発が密集して飛行する隣の機にも誘爆、一気に8機は引力に引かれ、地面とキスする羽目となった。
『奈々子、離脱するぞ』
「はい……」
また人を殺してしまった――今度は沢山。町を壊し、人を殺すから、彼らを殺すしかない……こんなのって!!
奈々子は歯を悔しさで噛み締めた。
戦争の起きた理由はもう変わった。変えるのには十分な血が流れたからだ。今、自分たちが戦う理由――それは大切な人を殺した相手が殺してやりたいほど憎い――ただそれだけだ。
†
呼吸が荒くなる。翔の体力はほぼ限界に近かった。3時間あまりの空中戦で体力も消耗し、精神的にも参りそうだ。
羽田空港で補給を終えたイーグルナイト小隊は、最終防衛ラインの千代田エリアに向かう。ここが落ちたら、東京の陥落は免れることはまず無いといわれている。
ここを守るために、残存する戦闘機能を持つ航空機、F-15が5機、F-2が3機、そしてベトナム戦争を戦い抜いたF-4ファントムが9機に7機のF-28が駆り出された。
『イーグルとかF-2が戦うんならまだ解かるが……さすがにファントムは辛いだろう』
エドは率直に感想を述べた。だが、ここまで戦局が悪化したのが彼には目に取れた。
『まるでワシントンの空軍博物館か、とある砂漠の外人部隊みたいだな』
とフランクがぼやく。古今の戦闘機が翼を連ねる姿を見れば、だれでも思うことだろう。完全に総力戦。日本を防衛するための航空機はこの24機だけ――対する敵機は150機、勝負は見えきっている。
『映画だったら、ここら辺で増援が来るんですが――さっき、神海ちゃんも言ってましたが――』
「これは映画じゃない、現実だアリス。増援がこなくても俺達は戦い続けなきゃいけないんだ」
アリスが言おうとした台詞を遮るように翔は語を発した。
「でもな、これだけは言っとく。死守なんかするな。生きて戦い続けろ――死んだら元も子もないからな」
『了解』
イーグルナイト小隊の全員はズレもなく返事を隊長にした。最高のチームワーク、最高の技能を兼ね備えた最高の小隊。これの指揮官でいられることは翔にはちょっとした誇りでもある。
「翔、8時方向から戦闘機が約12機、接近してる」
翔のF-28のレーダーは左後方から接近する機影を捉えた。そして認識。隼人はその結果を告げた。
「うわ、最悪だ――敵艦隊の艦載機だ」
その知らせを聞いた瞬間、翔は不思議といやな予感がした。強い奴が来る。逃げたほうがいい――そう彼の本能が彼を突き動かそうとする。だが彼は
「訊いたな?俺らは後方から来る奴らをやるぞ。良いな?」
『イーグルナイト2了解です』
『3了解』
『4了解しました』
アブレストで飛行するイーグルナイト小隊4機は編隊を崩すことなく、上昇反転。敵編隊を迎え撃たんとした。
†
日本にこんな形で来るなんて―――。
ペペリヤノフ戦隊の第3小隊の2番機、クララ・ハリヤスキー少尉はコックピットを憂鬱の色で染めた。生まれ故郷に爆弾を落とし、そこで人を殺す。彼女は自分に課された任務から逃げたくて仕方ないのだ。
『トカレフ1よりクローベル1へ。4機の編隊がこちらに接近している。報告によれば――イーグルナイト隊だ』
ミハエル・ロアニアビッチ少佐から知らせを聞いた、リジーナ・ハリヤスキー大尉の血液は沸騰せんばかりに暑くなった。
『カザミヤか……ここで決着をつけてやるよ』
『リジーナ、その小僧と一手しおうて見たいのだが』
『ざけんじゃないよ。アイツはアタシの獲物だよ!!いくら上官でもこれは譲れない』
上官に対するリジーナは上官に対して無礼な態度を見せたが、ロアニアビッチは冷静にスルー。
『奴が噂どおりの奴なら、俺などたやすく倒すであろう。なのに何故ムキになる?』
『ぐっ……仕方ない。あんたがくたばった後に奴を狩ることにするよ』
リジーナは引き下がるのを確認すると、ロアニアビッチは無線の回線を閉じた。これは彼の一種の癖である。そして、狩を目の前にした狼のように彼は笑む。
「さぁ……俺を楽しましてくれるか?イーグルナイト」
白狼――これが彼の通り名だ。純白のSu39鷲に乗り、121機の連合軍機を狩った。その戦いは常に孤高。群れることの無い気高い一匹狼のように。
「諸君、先に行くぞ」
アフターバーナーが赤々と燃え上がり。加重がかかる。
「戦前のこの高揚感、そしてこの加速度――何もかもが素晴らしいぞ。我が愛しの戦場よ!!」
ロアニアビッチは一人で4機の敵機へと迫る。目指すは大将首。
†
「翔、一機がすごいスピードで接近してくるよ」
解かってる。前方に眩い光を帯びて、血に飢えた狼のような殺気の塊。翔はその正体をリジーナ・カリヤスキーと直感的に判断した。
『白狼です……白狼が来ます!!』
アリスの声は怯えていた。翔は、こんな怯えきったアリスの声はただの一度も聞いたことが無い。
『白狼ってまさか――ロアニアビッチか!?アリス!?』
翔はフランクの声でアリスの発した意味深な単語を理解した。ミハエル・ロアニアビッチ少佐。ソ連、いや世界最強とも言っても過言ではないパイロットだ。
そんな彼が、自分たちを狙っている。少年達は戦慄の海へと叩き落された。彼に狩られるのを待つだけ。だが、一人毛穴の違うパイロットがいた。
『みなさん!!私たちは誰ですか!?』
奈々子だった。彼女とてロアニアビッチの噂くらい聞いたことがある。空で彼には絶対遭いたくないと思っている。だが、
『私たちはイーグルナイト小隊、最高のチームじゃないですか?お互いが信頼し合えるのに、一匹狼の彼を恐れる必要なんてありません。やりましょうよ!!』
「あぁ、奈々子の言うとおりだ。白狼だが何だか知らねーが、俺達がやらないで誰がやる?」
翔は一人で世界最強のエースパイロットに挑む。