MISSION31 畏怖と憎しみのハザマで
2015年 10月3日 午前8時11分
東京湾沖 空母J・グラフトン
この時、東京湾沖から千キロほど離れた尖閣諸島では戦端が切られた。それに際し、野崎進が指揮を担う第7艦隊に軍本部から通信が入った。もちろん、野崎に対する責任追及の内容である。
『野崎中将、どういうことだ!?貴官の推測は外れ、尖閣諸島は敵艦隊に包囲されているぞ!!』
うるさいな。とマイクに声をぶつけてやろうと思ったが、通信相手は海軍長官だ。そんな事言ったら下手をすれば軍法会議は免れない。
「いいえ。敵艦隊の第一陣と第二陣の距離が開きすぎています。波状攻撃をかけるには自分なら間隔を50キロほど取ります。そして、何より敵の本隊らしき第二陣は太平洋に舵を向けています――」
『言い訳は良い。この状況をどうするのだ?直ちに尖閣諸島の防衛に向かえ』
「承服しかねます。本土の航空部隊とともに日本海ルートで上陸する可能性が捨てきれませんから」
『野崎ちゅうじょ……』
やかましい長官の声はノイズの濁流に呑まれた。誰かが回線を眠らせたようだ。ヘッドギアを置き、野崎はふらりと頭をかきながら立ち上がり司令室にいる人間に問う。
「誰だい?犯人は」
司令室にいる人間は、どよめきと共に互いを見合す。そんな中、一人の少女……と、いうより幼女が立ち上がり、凛とした声で言う。
「あの声が職務の邪魔だから私がやりました」
「君か?」
「はい」
「良くやった」
即答だった。普通なら軍法会議になりそうな行動だったが、野崎は咎めることも無く少女に賞賛の言葉をかける。
「名前と所属を言ってくれ」
「航空管制官補佐の北条神海少尉です」
「航空管制なら仕方ないな……パイロットの声を聞かないといけないしね」
野崎と神海は共に悪ガキがイタズラに成功した際に浮かべる笑みを浮かべた。彼らの精神年齢は同じぐらいなのであろう。
「中将!!」
無線担当の青山未来准尉の声は危機感の要素に満ちていた。普段はおっとりした雰囲気の彼女からは考え付かないような声だった。
「どうした?」
「網走のレーダーサイトより入電です――敵の大編隊を捕捉との事です。数は――」
「爆撃機75、戦闘機125です」
刹那、司令室に季節外れの寒波が走る。経験の浅い少年や少女がその大半を占めるクルーは何をすべきか解からずに、ただ慌てふためいていた。
そんな中、一人毛の穴が違う少女がいた。神海だ。彼女はクルー全員に
「落ち着け!!ここで私たちが慌てても何も始まらないっ。全員、与えられた職務を全うしろ!!」
小さな体から出た声は、クルー達の精神を平常運行に戻した。小さくても出来ることはある。それを全うしろ。彼女は自分に言い聞かす。
「中将。指令を」
「北方の空軍及び海軍の航空基地に伝達。出せる限りの戦闘機を上げろって。多分、敵の目的地は東京だ。総員に第一種戦闘配備を伝令してくれ。それと――北条少尉、君を航空管制官に任命する。やってくれるかい?」
「はい。やります!!」
神海は駆け足でコンソールの並ぶ、航空管制席へと向かった。
「F-28をスタンバらせてくれ。場合によっては艦内に待機のホーネットも出してくれ」
「了解」
神海は艦内放送のマイクの指導ボタンを押し、皆に告げる。
「総員、第一種戦闘配備。繰り返す、第一種戦闘配備」
その声が艦内の空気を震わせてから数秒――艦内から静寂の文字は消え、緊張へと変換された。大規模な戦闘が始まるという予感をはらんで。
†
同日 午後2時01分
岩手上空
戦闘は連合軍が不利だった。防衛用の戦力のほとんどは尖閣へ送られ、残っているのは予備兵力と訓練兵だけ。使える機体も主力のF-29はほとんど無く、旧航空自衛隊のF-15JイーグルやF-2などの合計92機。どうあがいても兵力的に勝ち目が無かった。
『無理だってこんな――!!』
『弱音を吐くな!!ここで食い止めなければ東京が落ちる』
『おい、Bセクションが壊滅状態だ。突破されるぞ』
『畜生!!増援はまだか?』
空に上がったパイロットのほとんどはただの一度の実戦を体験したことの無い新人。彼らは絶望の淵で戦っているのだ。
地獄から数十キロ手前の空域。戦火が間近に見えてきたのを翔は感じ取った。大規模な空中戦であることが解かる。翔は航空管制の神海に指示を乞うた。
「イーグルナイト1より、デビル。戦闘空域に着いたら、俺らの隊は何処に行けばいい?」
『セクションBに向え。そこで戦闘機の迎撃と制空権を奪取しろ』
「了解」
『イーグルにゃいと……フォックス、ハーピィが前衛攻撃。残りは爆撃機の迎撃に回れ』
「噛むなよ。よくそれで、補佐から出世できたな」
『噛んでない!!そもそも、言いにくい名前にしたお前が悪いんだ』
「はいはい。イーグルナイト1交信終了」
翔はこれ以上やるのが面倒になったから、無理矢理回線を閉じた。そして、自分の後ろを横一文字編隊で追行する僚機に回線をつなぐ。
「訊いたか?俺達はセクションBだ。早くお仲間を助けに行くぞ」
『2了解』
『3了解』
『4了解』
「イーグルナイト隊エンゲージ。各機に風の導きがあらんことを」
翔の掛け声と共にイーグルナイト隊のF-28は増槽タンクを捨て、アフターバナーの業火を吹かしながら急加速した。向かう先は戦場だ。
セクションBは壊滅状態だった。24機のうち生存したのは5機だけ。5人のパイロット達は迫り来る約8倍の敵兵力の追撃を持てる限りの技能で振り切ろうとしている。
『畜生!!死にたくない、母さん!!』
少年兵の悲痛な祈り。5機の敵機に追われればこうなるのはむしろ正しい。
鳴り響くロックオンアラート。
少年は死の臭いが間近に迫ったと悟った。だが、神は時々恩恵とも呼べるイタズラをしてくれる。
バックミラーに移っていた死神の一隊のようなSu33は一瞬で火の玉となった。
『生きている?』
何があったかと彼は辺りを見回す。キャノピーの正面、そこに答えはあった。空を覆うほどとはいえないが、大編隊がこちらに向かってきているのだ。
『イーグルナイト1より、セクションBの防衛隊へ。この空域は俺たちが引き継ぐ。お疲れ』
イーグルナイト――あの海軍トップクラスをもつ小隊のイーグルナイト隊が来たのか!?
絶望という言葉はオセロの石がひっくり返るかのように、希望へと変わる。少年は自分のF-15Jの機首を上げ、上方へ退避した。
「隼人、敵は何機いる?」
「40機はいるなぁ――大丈夫かな?」
「大丈夫とかじゃねぇよ。やらなきゃなんねーんだから」
「はいはい。4機来るよ」
「おうよ」
翔は怖じける素振りも見せずに、敵の編隊に正面から突っ込む。敵はSu35が4機、アブレスト編隊でこちらに迫り来る。もちろん敵機は翔に向けミサイル攻撃をした。
肉薄する8基のミサイル。
タイミングを見計らって翔はバレルロールで回避。そして翔は新兵器を使用する事にした。
AIM-10リトルジョン――小型の高機動ミサイルで、両翼に2個ずつ牽引されている専用のランチャーに10発装填されていて、単体攻撃、多数攻撃の両方が可能な最新鋭のミサイルだ。
F-28の持つ高性能な火器管制システムが4つの目標を捕捉。コックピットにロックオンシーカーが響く。早く撃てと。
「イーグルナイト1FOX2」
翔がトリガーを引くのと同時にミサイルは放たれた。殺意を帯びた飛翔体は退避しようと散った4機を逃さなかった。Su35は持ち前の旋回性能で逃げ切ろうとするが、小回りの効く小型ミサイルの追撃を振り切ることは出来なかった。
着弾、炎上。数十キロ先に炎の花が咲き乱れた。4人のソ連人の命を燃やしながら。
Bセクションにおける戦闘の天秤は40分で連合側に優勢へと傾いた。上方で戦いを見守るイーグルのパイロット達は184航空隊の戦闘を見て畏怖の念を抱いてしまった。
『すごいぞ……たった20機で戦略的な不利をひっくり返してやがる』
『違うな。確かに20機だ――でも、特に前衛の4機が神がかってるんだ』
『あいつらは一体?』
『死神も畏れるイーグルナイトだ』
隊員の一人が言うと、編隊に衝撃が脊髄を駆け抜けた。
『え!!尖閣で大暴れした、あの……』
『あぁ。俺もうわさは聞いてる。死神も見放すイカれた連中だろ?』
『そんな奴らの戦いを俺らは見れてるのか』
下方で獅子の如く敵機を屠る天下無双のイーグルナイト小隊の戦いを、ただ唖然と彼らには見る事しか出来なかった。