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少年と空-EAGLE KNIGHT-  作者: マーベリック
第3章 動き始めた歯車
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MISSION27 バースデーコンバット


「で、マリアの確保は終わったのか?」


 黒いバンの中は冷房が効いているとはいえ、蒸し暑い夜にスーツを着込んだ肉付きのいい白人男性は後部座席に座る人物に問う。


「いえ――同伴者の妨害で追跡が難航しています」


 返って来たのは細い少女の声。その言葉には余計な要素が無かった。機械的な報告が正しい。


 年は10代半ばだろう。新雪のように白い肌にパーマのかかった白銀のショートヘア。それを対を成すような黒いコンバットスーツを身に纏った少女だ。


「そうか――仕方ない。行ってくれるか?町のチンピラのために『大天使アークエンジェル』の君を使わすのは少々もったいないが」


「はい。マスター」


「いざとなったら銃の使用も許可する。まぁ、君がそこまで追い込まれることは無いと思うがね」


「はい」


 ただ一言残して、少女は車から降りる。目標――マリアを確保するために。


「アークエンジェル2――ガブリエルか。私のかわいい人形はどう働くかな?」


 マスターと呼ばれる男は闇に消えていった少女の働きに期待を膨らませ悪辣に口元をゆがませた。



 追っ手の気配をうかがいながら翔達は夜道を走る。一秒でも早く安全なところへ向かう為に、一秒でも早く残した仲間を助ける為に。


「はぁ……はぁ……隼人君……私もう無理」


 亜衣はつらそうにのど笛を鳴らしながら手を引く隼人に言う。10分間も全力で走ったのだ、無理もない。


「あっ!!」


 亜衣の声。それと共に、隼人の手に嫌な加重がかかる。


「亜衣ちゃん!?」


「――っ足をくじいたみたい」


「立てる!?」


「なんとか……っ」


 無理に立ち上がろうとするが、亜衣の体は駄々をこね彼女の足に激痛という名の拒否反応を送った。


「隼人君――私を置いて行って。私のためなんかに隼人君や、みんなに……迷惑かけたくな――」


「何いってるんだよ!?」


 亜衣が最後に言おうとした言葉は隼人が制した。


「そんな事言わないでよ。僕は君を迷惑がったことなんて一度もないし、これからもだ」


「でも――」


「翔、光、先に行ってくれ。僕が亜衣ちゃんを守るから」


 亜衣の言葉を無視して隼人は翔と光に言う。その手にはベレッタが握られ、その瞳には鋭い闘志を宿している。


「隼人君!!私の事はいいから!!」


「良いも悪いも無いよ。やるかやらない――それだけだよ。それに前にはフランク達もいる。これほどの好条件は無い」


「良いのか?」


「行ってくれ翔。女の子一人守れない兵士が国を守るなんて出来ないからね」


「わかった。でもこれだけは約束しろ。死ぬな」


 翔は隼人の胸元に拳を突き出した。そして、こう付け足した。


「もう――相棒を失うのは嫌だ」


「あぁ。僕がいなきゃ索敵も出来ないからね」


 コツン、隼人は翔の拳を自分の握りこぶしで突く。パイロット同士の誓いのしるし――この誓いを破ったパイロットは空の女神からの加護を失うと海軍では言い伝えられている。


 この時間を一発の銃弾は打ち砕く。彼らの来た道とは違う方向からの敵襲。フランクたちの防衛線は崩れていない事が判るが、違う進入路があるという事実が判った。


「来た!!」


 隼人は亜衣を抱きかかえる形で右手にある路地に飛び込む。


「基地で会おう」


 翔は相棒を背に光と共に走り去る。唇を切れるほどかみ締めながら……


「隼人君――」


「ごめんね。亜衣ちゃんここで食い止めれば、翔達は大丈夫だ。それまでの辛抱だ」


 隼人は左隣に座る亜衣に優しく告げた。だが、その両手は基本過程で習った手順で殺人の準備を行っている。


「よし、これで撃てるな」


 覚悟を決め、隼人は角から身を乗り出し、引き金を絞る。


 刹那――リコイルの衝撃が彼の腕を通して体全体に突き抜けた。


「ぐあぁ」


 着弾。9ミリ弾は追跡者の一人の肩甲骨を穿つ。また、一発、一発、と隼人は狙いを定め迫りくる男達を撃ち抜く。急所を外して。


 隼人の射撃はもはや天賦の才と呼べるものだった。照準の正確さ、早さ。全てが達人レベルに達している。本人は自覚していないが。


「ぐっ――」


 隼人の右肩に焼けるような感覚が走った。その数秒後、彼のシャツの袖はじわじわと赤く染まる。


「隼人君!?」


 亜衣は隼人に這うように駆け寄る。肩から出血しているようだった。壁にもたれ掛ける隼人の姿は痛ましかった。


「大丈夫……かすり傷だ」


「やめて……もう……このままじゃ隼人君が……」


 強がる隼人の姿が霞んで亜衣には見えた。


「泣かないで――僕は死なないから」


 隼人は歯を食いしばって右手に力を入れ直して応射する。撃って、撃って、撃ち続けた。


 今の隼人の存在意義がそれしかないように。銃声は自己の存在を歌い、断続的な銃火マズルフラッシュの瞬きは担い手の鼓動のように。


「ごめんなさい……隼人君」


「謝らないで良いよ。笑って『ありがとう』って言ってほしいな」


 予備弾装をベレッタに込めながら隼人は亜衣に言う。


「隼人君――守ってくれてありがとう……」


 亜衣の笑顔――これほどの報酬は隼人には無い。


「隼人君って騎士みたいだね……私をいつも守ってくれる」


「はは――イーグルナイトだからね。僕のコールサイン」


 そうだ――亜衣ちゃんを守るんだ。弾とこの命が尽きるまで。



 光はタフだった。走ってもペースを落とさないで、翔にしっかりとついて行く。そのかいあって、後方から追っての気配が遠くなった。


「ここまで来れば大丈夫だな」


 路地裏からの出口が見えた翔は走る足を緩めた。


「はぁ――はぁ。何でこんなことに?」


「こっちの台詞だ。何なんだよアイツら?てか、お前何かやらかしたのか?国家機密に触れるような事とか」


「してないわよ!!ケチな看護婦が触れられる国家機密がある国なんてあってたまるかってのよ」


「確かにな……ケチな胸した一介の看護兵が触れる機密なんてあるわけ無いな」


 翔はしょうも無い事をまじめな顔して言う。


「ケチな胸って何よ?」


「深い意味は無い。そのままの意味――ぐえ!!」


 隣を行く翔に光はキレの良い肘撃ちをお見舞いしてやった。


「バカ。でも、翔」


 光は一呼吸置く。その語尾にかけて不安の粒子が混じっていた。


「私、何もしてない。やましい事なんて何一つしてないの」


 不安の要素――それは翔に疑われる事だった。自分の為に命を懸けた友人達に疑われることだった。


「そりゃ――解かるよ。良い奴だからな、光は」


「翔?」


「乱暴だけどさ、根は優しい奴って事ぐらい俺にだって解かる。そんな光が、悪事なんて出来っこない。みんな知ってる――だから、お前の為にみんな戦ってるんだ」


 意外な言葉だった。翔はこんなひどい目にあっても彼女を疑わなかった。


「でも、私――!!」


 光の瞳から一筋の雫が流れ落ちる。


 ――怖い。誰かが自分の為に死ぬのが……


 言葉にならない。声が震えて、言葉が喉の外に出ない。怖い。悲しい。


「大丈夫だって」


 翔は光の心を見透かしたかのように答えた。そして、彼女の肩に手を回し身を寄せてた。


「え?」


 翔の手。その手は、光の心にある不安の氷を溶かすように温かった。雪解け水は涙に変換され、彼女の頬をつたう。


「なに泣いてやがるんだよ。お前の泣き顔なんて、見るに耐えねぇのに――」


 ポンポンと、翔は光の肩をたたく。翔の言葉に誘発された光は涙を拭い、顔を赤くして彼に言う。


「うるさい……っ。翔のくせに……でも……」


 光は一呼吸を置く。


「ありが――」


「動かないで」


 紡ごうとした言葉は違う声でかき消された。背後からした少女の声、それがかき消した。発声源は正面――距離にして10メートルだった。


「誰だ?」


 翔は10メートル先にいる、その人物に問うた。


 小柄なシルエット、体系からして少女である事は翔にも判る。だが、何かが変だ。白銀の髪と黒いコンバットスーツ。外見だけでも妖しく見える彼女だが、何よりも翔が抱いた違和感は、気配もなく亡霊のように現れたところだった。


「答える義務は無い。あなたが出来る事は彼女を私に引き渡す事だけ」


 どうやら彼女は敵のようだ。そう判断しか出来ない。疑視感が現実になった瞬間、翔は手に握るコルトの照星と照門に少女の眉間を捉える。


「ばか言うな。お前らには光は渡さない――仲間と約束したからな」


「そう。私にはあなたを殺傷する許可が出てる」


 機械的な警告と無感情な瞳。それらは、翔の背筋を氷でまさぐった。ここまで、端的に言われるとさすがに怖い。


 だが、ここで引いたら光は奴らに奪われてしまう。


 強迫観念に似た義務感が今の翔の銃把を握る力を与えている。


「殺傷?上等だ。来いよ」


 虚勢を張る翔。自分より小さな相手に対して、ここまでの恐怖を感じたことは無かった。


 何かが違う――これまで見てきた人間と彼女は何かが違うと彼の戦場で培われた直感が教える。



 銀髪の少女は踏み込んだ。



――来たか


 翔はトリガーに指をかけたが引けなかった。ここで彼女に命中させても弾丸は貫通し、通行人に被害が出る可能性があるからだ。


 そして何よりも速かった。二人を隔てる10メートルと言う距離を疾風のように走破し、翔に肉薄する。


「くそっ」


 間合いを取ろうと翔はバックステップを踏むが遅かった。彼女の放った蹴りは翔の右手からコルトを払い落とした。


 ガチャリ、金属的な落下音がするのと同時に少女の第二撃の左足から繰り出される回し蹴りが翔の腹筋をえぐった。


「ぐっ」


 徒手空拳となった翔に今度は右の上段回し蹴り。しかし、翔はそれをブロック。『女は殴らない』というポリシーに反するが、翔はストレートパンチを打ち出した。


 手応えなし。


 手応えの代わりに、翔の一撃を捌いた彼女の掌撃が彼の顔面を打つ。そして、腹部に膝蹴り、起き上がり際に正面蹴り。実にテンポのコンビネーションだった。


それをもろに喰らった翔は受身も取れずに後方へ吹き飛んだ。


「翔!!」


「来るな――!!あいつの目的はお前だ」


 翔は痛みを堪えながら立ち上がる。そして、地面に切れた口から溢れ出る血を吐き捨て、構えた。


 彼女の一撃自体は体躯ゆえに重くない。だが、的確な場所に的確な一撃を入れる技術がそれをカバーしている。


「もう――そろそろ時間」


 独り言のように少女は呟き、腰に手をやり何かを抜く。


 その手には長さ20センチほどのコンバットナイフが白刃をきらつかせていた。


 本気で殺す気だ。だが、翔は彼女から殺気など感じ取れなかった。逆にそれが怖い。


 殺気が無い――それは言い換えれば殺人を殺人と思わないと言うことだ。機械のように無慈悲に殺す。それが彼の感じた背筋の悪寒の原因。


 思考を巡らす間に少女は駆け出した。ナイフの間合いに入った瞬間に翔の防戦は始まる。


 蛇のように柔軟な太刀筋の切れは冴えきっていて目視で捕らえるのは不可能に近い。


 翔は音速の世界で生きる男。


 常人には見えない切っ先を目で追い避ける。全運動神経のエンジンを全開にして、体の神経と呼べる神経を視神経と運動神経に回して。


 疲れた――それがどうした?


 体が熱い――それがどうした?


 ナイフの切っ先が怖い――それがどうした?


「うぉら!!」


 翔は動いた。回避から防御に転換した。脳天を貫かんと放たれた必殺の突き。翔はそれを腕を十字に組み防いだ。


「――っく」


「――ちっ」


 防戦は小康状態に陥った。翔の少し不利な。翔は一撃を体全体で受け止め、膝を突いている。それに対し彼女は立ったままでナイフを翔に突き立ててる。


彼女が腕力で翔に劣ろうとも、この状況では少女に落下エネルギーが味方し、翔の喉にナイフを突き立てるのは時間の問題だ。


「お前、何者だ?」


 相手の呼吸が聞こえるほどの至近距離だった。その息は微かに荒かった。


「答える義務は無い」


 無感情の答え。無感情な瞳。少女は力を入れ、ナイフを翔の喉下へ着実に近づける。一センチ、また一センチと。


「翔!!」


「――うっ!!」


 声と共にガラスの割れる音が響く。そして刹那の沈黙の後、少女の体は翔へと崩れ落ちた。


「元バドミントン部のショットの味はどうだった?」


 肩を上下させながら光は余裕そうな顔を作って翔に言った。その手には割れたビール瓶が握られていた。


「あぁ――ナイスショット」


 意識のとんだ少女の体をどかして翔は立ち上がった。その瞬間、光はへなへなと地面に座り込んでしまった。


「あははは――腰抜かしちゃったみたい」


 安堵ゆえか、光は体を支える力を失った。


「ばーか。無理しやがって」


「わわわあ、な、何すんの!?」


 翔はおもむろに光を抱きかかえたのである。いわゆるお姫様抱っこで。翔はそのまま歩き出した。


 突然、翔のポケットの中でケータイがのた打ち回る。それを光は取り出し、電話口に出る。


「はい」


『お、光か!?』


 フランクだった。


「大丈夫!?怪我した人とかいる!?」


『隼人は肩に軽いかすり傷を負ったけど――全員無事だ』


「よかった――」


『で、お前らを見つけたぞ。いちゃつきやがって。このこの』


 おちょくるフランクの言葉を疑って光は振り向く。事実だった。来ている服はボロボロになっているが、皆笑顔で手を振っている。


「せっかくの誕生日が台無しだな」


 翔は光に言う。


「ううん。みんなが生きている――これだけで十分だよ」


 光は満面の笑顔を翔、後方で戦ってくれた戦友達に輝かせた。


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