MISSION26 クラッカーと銃弾
2015年 8月20日 午後1時29分
第7人工島 グレイシア航空基地
「翔君、今日って何の日か知ってます?」
突然の問いだった。書類を望月中佐に提出する道中に翔の二番機兼副官のアリシア・フォン・フランベルク中尉は問う。
「何だよ突然?」
今日――8月20日?何のこっちゃ?
翔はふと合点し、指を鳴らしこう答えた。
「隊長感謝の日か!!隊員全員で隊長に晩飯をおごるっていうアレか?」
へ?とキョトンとしたアリスは数秒の間の後に首を横に振った。
「そんな祝日どこの国にもありません。今日は――光さんの誕生日です」
「は?」
「だから、誕生会をするので6時にレストラン『ロビン』に来てくださいね」
「なんで俺まで?そんなんお前らが――」
「来ないと、二度とデスクワーク手伝いませんよ」
アリスにしては少し横暴な脅迫だった。光とヘルハウンズの面々は仲が良い事は翔も知ってるが、何故ここまでするのか彼には解せなかった。その理由をアリスに問う。
「女の子はパーティーが好きなんです」
簡単な理由だった。翔は優秀な副官の支援無くしてデスクワークと呼ばれる過酷な戦闘を生き延びることは出来ない。もし、これを断ったら彼の戦死は免れられない運命となる。
「わーったよ。行くよ。行きますよ副官殿」
快諾とは言えない形だが翔は承諾した。
「良かったです。光さんも喜びますよ」
アリスは軽い足取りで廊下を進む。だが、悲劇は音も無く訪れる。モラルの無い兵士が捨てた空き缶を踏んづけてしまったのだ。
「きゃっ!!」
『ズデーン』と地響きのオノマトペが可視化されるような音を立て、アリスは尻から転倒した。
「大丈夫か?」
「いたたた……です」
翔の後ろで書類を撒き散らし、尻餅をつくアリスの姿は何処か愛くるしく、彼はその姿に少し見とれ動けなかった。
「あわわわ――ごめんなさいです!!」
慌てた様子でアリスは立ち上がり、書類を拾おうとしたが悲劇は繰り返すものだった。足元後方の散らばった紙に足を滑らせてしまった。
「きゃ!!」
「ひょげぶ!!」
アリスは今度は前方――翔の背中にラグビータックルを食らわすように転ぶ。運動エネルギーに一つの無駄の無いナイスタックルだった。
「痛くないです――翔君!?」
アリスは割かし無事だった。翔のおかげで。
†
同日 午後6時30分
第7人工島 レストラン ロビン
アリスの指定したレストランは実に彼女らしかった。少し暗い照明に落ち着いたたたずまいが特徴だった。裏路地に面していることもあり、客足はさほど多くは無くパーティーにはうってつけだ。
メンバーはイーグルナイト小隊全員と亜衣だった。
「良い店選んだな、アリス」
エドはアリスに声をかけた。アリスは照れくさそうに例を言った。
「でもよ~もうちっと明るい店の方が雰囲気が――」
「うるさいバカ。お前みたいな田舎モノにはこの雰囲気が理解できないだけだ」
エドはフランクの主張を言葉の砲撃で封殺した。
「あと2分で奈々子が光を連れて来るってよ。総員クラッカーを持って戦闘配備、砲撃の合図は俺がする」
翔は皆にクラッカーを配分し、隊長らしいところを見せた。
数分後、奈々子からの到着のメールが来た。
――作戦開始。
カランコロンとベルは店内に響く。
――目標発見
光の姿を見つけた刹那、翔は号令を下した。
「撃て!!」
ラッカーの一斉射。火薬の炸裂する音、飛び散る紙のシャワーが店を満たした。突然の事に光は驚く事もままならず、呆然と立ち尽くす。
「ハッピーバースデー!!」
拍手と一緒に皆歌いだした。バースデー歌い終わった頃には光は状況を判断し、半べそをかいていた。
「ありがとう――みんな」
そしてプレゼントを授与。エドからは英国紳士らしくレディグレイのお茶葉。隼人と亜衣からはペンダント、アリスからは香水、奈々子からはリボン、フランクからはセーラー服のコス。もらってどうすんだと皆思ったが、口をつむいだ。
「光、俺はお前が今一番必要だと思うなモノを選んだ」
まじめな声色で翔は綺麗に包装されたソレを差し出した。
「何?」
「パッドだ。胸の」
「ありがとう」
お返しに帰ってきたのは光からの強烈なボディーブロー。翔はその場で撃沈した。
「みんな本当にありがとう!!大事にするね」
プレゼントを抱えながら光は笑顔を振りまいた。無垢な笑顔、彼女は心から喜んでいるようだった。
†
同時刻
黒い9人乗りバンがレストランロビンの前で停車した。その車内には黒いスーツを身に纏う引き締まった肉体を持つ男たちが鎮座している。
「ここにマリアが?」
「あぁ。報告によると」
「しかし、マリアと同伴している連中はどする?」
「黙らせればいい。どうせやつらは素人だろう」
「わかった。では行こう」
リーダー格の男の手の合図と共に、男達は無駄のない動作で下車し始めた。
「いらっしゃい」
店主は間の抜けた声で挨拶するが、への字に口を結んだ3人の無愛想な客たちはぞろぞろとパーティーで盛り上がる席に近づく。
「吉田光か?」
リーダー格の男は卓に座るショートヘアの少女に問う。
「そうですけど、何か?」
「国家機密保護の者だ。我々と同行願おう」
男は刑事ドラマとかで良く出される刑事手帳を少し立派にしたような物を取り出した。
「私は何も――」
「良いから来い」
光の意思を問わずに、男は彼女の手首を掴み上げる。だが、その手を光は振り払った。
「何するの!?」
光は敵意むき出しの視線を男に送る。
「国家機密の保護の為だ」
「国家機密?国家機密のためなら、礼状も無しに嫌がる市民を連行していいのね?いい国になったわねこの国も」
皮肉のスパイスを織り交ぜた光の一言に男は少し眉を吊り上げた。
「抵抗するのか?我々には実力行使が許可されているが――」
「やってみろよ。この国には正当防衛ってな権利がある。なんならその権利を行使してやろうか?」
翔はゆっくりと立ち上がる。その目には、実戦と同じ闘志が宿っていた。本気だ。
「ほう――いい度胸だ」
言うのと同時に、男は拳を突き出した。
鋭さとスピードから彼がアマチュアではないことが分かる。
だが、翔はその拳を左手で捌いて掴み残った右手を彼の右手に巻きつけ、一本背負いをかけた。
「がっは」
背中から叩きつけられた、男は肺から息を絞りだしその場にダウン。翔は、取り囲む男たちに体を向け挑発的に手招きをする。「来い」と。
「野郎」
もう一人が翔に踊りかかるが、翔の隣に座っていたフランクの体重乗った綺麗なストレートパンチが彼を阻止した。
「おいおい、俺もいる事忘れんなよ。俺もこの喧嘩買った」
フランクはぐるんと腕を回し身構える。それにつられ、エドと隼人も立ち上がる。皆やる気だ。
「4対1だ。逃げるのが得策だぜ?」
翔は残った男に降伏勧告を出した。だが、男はおもむろに懐に手をいれ何かを取り出した。それを何かと認識した瞬間、店内に戦慄が走った。
男が取り出したもの――それは、SIGザウアーP226だった。平たく言えば9ミリのハンドガン。装弾数がここにいる全員を殺してもおつりが出る程度の16発だ。
「女をよこせ。3秒やる」
「あんちゃんだめだろ?そんなん喧嘩に使っちゃ」
言葉と同時にガラスの割れる音がした。同時に拳銃を構えていた男は床と接吻する。
「マスター?」
「せっかくのバーボンが無駄になっちまったじゃないか――ったく」
割れた酒瓶を片手に、小太りのマスターが男の倒れた体を眺めていた。
「裏口から逃げろ。代金はツケで良い」
マスターは厨房を指差した。皆、マスターに礼を述べ店内を後にする。
「何だよあいつら!?」
「知らないわよ!!」
路地裏に出るなり翔と光は口論を始めた。
「言い争うのは良いが――まずいぞ」
エドは路地の入り口を指差した。彼の指先には6人ほどのスーツ姿の男達が路地の入り口を封鎖するように立っていた。
「逃げるぞ」
翔の簡単な一言で、その場に同行していた全員は全脚力を持って走り出した。
長い逃走劇の幕は切って落とされた。
走り始めてから5分後――平和と沈黙で満ちていた裏路地に、まばらな火薬の炸裂音が響く。銃器で武装した男達はイーグルナイト小隊に発砲し始めたのだ。
「全くなんだってこんな目に」
エドは金属のゴミ箱を遮蔽物に、護身用に携帯していたグロック19を応射した。
「違ぇねぇ。でも、俺こういうの好きだぜ」
フランクはエドの左隣にある民家の玄関に身を隠し、懐からコルトパイソン357マグナムを取り出しシリンダーに弾丸を装填した。
「アリス、奈々子。お前ら持ってきてるか?」
「はい。一応」
アリスはポーチからワルサーPPKを取り出して、スライドを動かし初弾を装弾。
「ななちゃん、離れないでください」
「はい……」
奈々子の声は少し震えていた。実戦を潜り抜けたことの無い彼女には少し荷が重い。それを読み取ったアリスは彼女の前に立ち、果敢に発砲した。
「翔、お前は光を連れて行け。隼人は亜衣ちゃんを頼んだ」
「俺も残る。隊長が部下を置いてけるか」
フランクに翔は反論した。彼の手には、M12が握られている。臨戦態勢だった。
「奴らの狙いは光だ。ここで俺たちが食い止めるからお前らは基地に行け!!それに、光を守れるのはお前しかいない。あと隼人、お前も同じだ。戦闘訓練受けてない亜衣ちゃんを守れ」
「でも――」
「ここはフランクの言うとおりだ。俺たちは良い、早く行け」
エドは引き金を引きながら翔に言う。アリスと奈々子も頷きながら無言で『行け』と翔に促した。
「解った――」
翔は苦々しい様子で受諾した。そしてこう付け足す。
「死ぬな。命令だからな」
「「ウィルコ」」
息の合った承服を聞いた翔は光の手を引いて走り出した。振り向かずに。