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少年と空-EAGLE KNIGHT-  作者: マーベリック
第3章 動き始めた歯車
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MISSION25 パイロットとして、姉として


「で、どうする?翔」


 勢い良く飛び立った物も由衣にプランなど無かった。ミサイルを撃って退散するしか彼らに残された手札は無いのだ。


『お前、上からの一撃離脱が得意んだろ?俺がトップアタックする。お前は後衛に回って上方から仕留めろ』


「わかったわ。海軍の後ろに回るのはしゃくだけど、仕方ないね」


 由衣は機首を上げ、F-28の上方700メートルへ上昇した。

 

「エネミーエンゲージ。距離15キロ、数は報告通りに6機だよ――速度からして、Tu-95ベアだと思う」


『ベアね。隼人君って機体判断するの早いのね』


 由衣の感心げな言葉に酸素マスクの下で隼人は頬を紅く染めた。だが、そうもしていられなかった。耳障りなロックオンアラートが翔のコックピット内に響いたからだ。


「中距離ミサイル9基接近!!」


隼人は叫ぶ。


 短距離ミサイルしか持ち合わせていない翔の機は反撃が許されない。肉薄し、サイドワインダーの間合いに敵機を入れて撃墜するしか彼には出来ない。彼らには後退は許されないのだ。ならば、進むしかない。


 翔は、操縦桿を握り直すのと同時に腹を吸えた。


「行くぞ、隼人!!」


「うん」


 息の合った二人の搭乗員を乗せ、F-28は蛮勇果敢な音速の突進を始めた。迫り来るミサイルの雨にも恐れずに翔は入神の操縦技術と短い戦いの勘をもって回避する。

 

――急旋回


 ――急降下


――螺旋旋回バレルロール


翔のF-28は闘牛士がごとく身のこなしで、殺到した猛牛ミサイルたちの群れを難なく超えた。


その姿を上方の空から見守っていた由衣は、言葉に言い表せない何かを感じた。畏怖、尊敬、そして彼と戦いたいと言う感情。色々な感情が錯誤したのだ。


「強い――あれが、イーグルナイト?」


 一連の機動を見た由衣は、とても翔をのぞきの常習犯とは思えない。一人の空の男。今の彼女の翔に対する認識はこれに変わった。


「エネミータリホー。イーグルナイト1――FOX2!!」


 翔の声は怒気を孕んでいた。


今回の目標の戦略爆撃――それは平たく言えば、市街地や工業地帯に爆弾を落とす軍用機だ。


許せない――


罪の無い非戦闘員を虫けらのように焼き殺す彼らが。10年前、自分の故郷を焼きつきした彼らが。


 ――人殺しが何言ってんだろ?


正しい殺人、間違った殺人など無い。翔は自分の矛盾に奥歯を噛み締める。自分が彼らと同じ事をしている。考えるだけで、自己嫌悪に陥りそうだ。


翔はV字編隊のトップをロックオン、トリガーを引き絞る。パイロンから放たれたサイドワインダーは目標の機首を穿ち、爆炎と鉄塊に還元した。


「一機撃墜。由衣!!」


『了解!!』


 由衣はロールで背面飛行した後、タイミングを見計らって操縦桿を引いて急降下ダイブする。


時速1200キロのスピードで獲物に隼のように舞い降りる由衣。機銃の雨をロールで回避しながら、音速の隼は爪の変わりにサイドワインダーを目標に突き立てる。


「ユニコーン1、FOX2!!」


 由衣のサイドワインダーはターゲットの右翼に着弾。その翼を打ち砕き、敵機を東シナ海の水面とキスさせた。


「一機撃墜!!翔は?」


『2機目だ!!』


「早っ!!てかサバ読んでるでしょ?」


『んな訳あるか!?レーダー見ろ』


 半信半疑で由衣は苦手なレーダーサイトを覗く。翔の言葉は真実だった。レーダーに映っていた6つの紅い光点は3つに減っていた。


「負けるか~!!」


『こっちの台詞だ!!』


そう言って、二人のエースは競い合うように二人の共通の敵機を攻撃する。



「おい――何が起きたんだ?」


 イーグルナイト3のフランク・ウィルディーは目を疑う光景を目の当たりにした。


スクランブル発進をして早20分、さっきまで6機の編隊がレーダーサイトには移っていたはずの敵機が息をするより早く全滅したのだ。


「2機がやった。多分、翔とあの空軍の子だ」


 エドの声色には珍しく驚きの素粒子が混ざり、いつもとは違う声だった。それぐらいにあり得ないスピードで2機の戦闘機は敵編隊を迎撃、勝利したのだ。


 


数キロ先――


「はぁ――はぁ……何機落としたの?」


 黒煙が立ち込める空に、残された僚機に由衣は問う。


『3機だ。そっちは?』


「同じ――勝負は引き分けかぁ」


 翔の回答にがっかりした声色で由衣は反応を取る。


『なんならここで勝負を再開しても良いぜ?』


「いい。疲れたし汗かいたから」


『そっか――帰るか』


 翔は翼を翻し基地の方向へと飛び去った。由衣も左に旋回、翔の後を追う。


『翔、あんた――強いね』


 強い――自分より格上のパイロットに言われたら嬉しい言葉。しかし、翔は素直に喜べなかった。


「人殺しが強者になれる世界か……なんだか悲しいな」


 翔から帰ってきた一言は由衣に何かを植えつける。胸を締め付けるような何か――悲しみと切なさに似た何かだった。


 傾き出した日の光を背に飛ぶ翼には悲壮感を運んでいる。この空中戦で、何人の命を救った代わりに、敵の命が散る――彼らの背負う『勝利』の二文字は人の生き血で書かれた物。


『……そう――そうだよね。私達は、どんな正義をかざしてもただの人殺し。世間や神様に顔向けできないね』


由衣は語を止め、一呼吸を置く。数秒の沈黙――その後に通信波に乗った声は由衣の声はどこか怯えて、年相応の女の子の声だった。


『でも、そんな人殺しにも、誰かを護りたいって思う気持ちがあるの。たった一人の家族。たった一人の妹を戦禍から護りたい』


「そりゃ誰だって思うさ。俺も、仲間の為に戦う。そうでも思わなきゃ頭がおかしくなるからな」


『翔って、私の知ってるパイロットと違うな。戦いを望んでないって言うか、人殺しをしている自分が嫌になってるって言うか』


「そうか?俺って最初は人殺しに抵抗を覚えなかった。そっから色々とあってこんな風になった」


 翔は操縦桿を握りながら瞼の裏に記憶のページを思い浮かべる。


 第七人工島の爆炎の中で自らの手で殺した男の子。


 自分の不甲斐なさで死んだ相棒の竜也。


 自分の身を挺して翔を護った一条大尉。


逆境の槌と戦場の業火に鍛え上げられた一人のパイロット――風宮翔。


由衣は彼を過小評価していた。スケベで、誇りの無い、一人の少年ガキと。


だが、今となっては違う。一人の戦士パイロットとして彼女の目にはそのエンジンの陽炎越しにその姿を目に焼き付けることしか出来なかった




同日 午後4時39分


 2人の英雄は拍手と歓声で滑走路に向い入れられた。2人で6機の爆撃機の編隊を壊滅させた由衣は歓声と共にコックピットからステップを使って滑走路に降り立つ。


「ふぅ、疲れた」


 由衣は余裕の表情を見せて汗を皆の前でぬぐった。周りに集った兵士たちは由衣のハイタッチなどをして由衣の生還を喜んでいた。


「俺はお呼びじゃないか」


 翔はコックピットの中からその様子を見て呟いた。


「由衣だけじゃない――あそこのにいる人達は翔の事も待ってるんだよ」


 ぼやいた翔の背中に向けて隼人はねぎらいの言葉を言う。それに屈したようにハーネスを外し、翔は立ち上がった。


「イーグルナイトだ!!」


 一人の兵士が翔の姿を見るなり声を上げてF-29の駐機している場所から彼のF-28に駆け寄った。それに釣られ、整備兵やその他野次馬たちが翔の下へ走り寄る。


「ほらね。翔は、今日の英雄なんだよ」


「でも、俺は人を殺した。それは代わらない」


 後部座席に座る隼人に翔はそう言い返す。だが、隼人は笑顔で反論した。


「でも、ここにいる人達は生きている」


 翔は小さく「あぁ」と呟き、打ち寄せる人波に向けて拳を高く掲げる。英雄の凱旋のように。


 高まる歓声。打ち鳴らされる拍手。それら、人の体が作り上げた音楽性の無い、空気の振動が、なぜか翔の胸を心地よく揺さぶる。


 それは殺人の罪悪からの逃避とも呼べる。だが、今は良い。この高揚感に酔いしれるのも。酔わねば、自分が崩れ落ちてしまいそうだから。


「翔!!」


 由衣が機体から降りた翔の下へ駆け寄った。


「勝負の決着は?」


 翔は由衣に汗で濡れた髪をかきながら問う。


「おあいこね。邪魔も入っちゃったし」


「てことは、秘密も隼人も」


「うん。だって見なさいよ」


 首だけを動かし、翔の目線を彼の後方へ動かすよう促す。翔の目線の先、そこには隼人と亜衣が良い感じの雰囲気をかもしながら、少ない言葉で互いを見つめあっていた。


「亜衣が男の子にあんなにオープンになった姿なんか見たこと無い。隼人君を亜衣から離したらどうなる事やら――」


「そうだな。あいつら付き合ってるって噂だしな」


「へぇー。あたしより先に彼氏かぁ――亜衣も隅に置けないね」


「あぁ。由衣」


「何?」


「一緒に飛べて楽しかったぞ」


翔は右手を彼女に差し出した。由衣はその右手を優しく握り答える。


「こっちの台詞よ。海軍野郎」


「ぬかせ、空軍の魔女」


 握手をした瞬間に、歓声が巻き起こる。空軍と海軍、多少はいがみ合っても一つの目標に共に戦う仲間であると互い認識した一瞬だった。


「みんながこんな風に騒げたら戦争も終わんのにな」


翔は歓声に呑まれそうな声でぼそりと呟く。こんな風に笑って、騒げたら憎しみあわずにすむ。それなのに、そんな簡単なことが出来ない人類の心狭さに、少し翔は嫌気を指した。


「じゃ、翔。私は隼人君のところに行くね」


「あぁ。行ってこいよ」


 由衣は翔を残してその場を去った。そして、妹と翔の相棒の隼人がいる場所へ向かう。


「亜~衣」


 由衣は、亜衣の背後から彼女の肩に手を置く。ビクンと、亜衣の体は驚きで硬直する。


「由衣姉ちゃん……」


 亜衣の顔は警戒の色で少し強張っていた。だが由衣は緊張をほぐす様に、亜衣の頬に優しく手を沿える。


「安心して、あの勝負は翔の勝ちよ。隼人君はあんたのものよ」


「「!?」」


 隼人と亜衣は声にならない驚きを同時に挙げた。


「私は脅迫まがいな手口で男を取る趣味なんて無いし、背の低い男は趣味じゃない」


「う……最後のは余計だ」


「だから、隼人君――亜衣を泣かしたら、ぶん殴るからね!!」


 コツンと由衣は隼人の胸を拳で打つ。


「安心して、亜衣ちゃんを泣かしたりはしないよ」


「合格」


 由衣は突き上げ拳を広げ隼人に突き出した。友情の握手と言う奴だ。


「今日はありがとう。隼人君」


「うん。また飛べたら飛ぼうね」


 由衣は隼人と握手を交わし、そのまま踵を返すと人波の中へと消えていった。傾きかけたオレンジ色の日差しを、長く美しい黒の髪が反射しながら。


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