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少年と空-EAGLE KNIGHT-  作者: マーベリック
第3章 動き始めた歯車
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MISSION23 空軍のエース


2015年 8月13日 午後1時28分


空母J・グラフトン 飛行甲板


 陽炎の立ち込めるアスファルトの上に翔は降り立った。外気30℃を超す南海の暑さは彼に不快感しか与えない。


「あぢぃぃいいぃぃ」


 汗だくの髪をかきむしりながら翔は呻く。


「やめてよ……聞いてるこっちが余計に暑くなるでしょ?」


「るさい隼人!!今すげぇ~イライラしてんだ!!」


 一人暑さにもだえる翔から視線を艦橋アイランドに隼人は移した。彼はその視界の中に一人の白衣の少女――秋月亜衣の存在を収めた。


「亜衣ちゃんだ」


 亜衣は隼人に手を振っている。それに引かれ隼人は早足で亜衣の下へ歩んだ。


「どうしたの?甲板に来るなんて珍しいね」


「……喉渇いてない?」


 隼人の言葉に問いの答えになっていない回答を亜衣は俯きながら答える。


「渇いてるけど」


 隼人がそう言ったら、間髪いれずに亜衣は早撃ちガンマンのような早さでポケットからオレンジジュースの缶を抜き出し、隼人に差し出した。


「これ……」


 暑さゆえか恥ずかしさゆえか解らないが、亜衣は赤面していた。


「あ、ありがとう」 


 隼人が手を伸ばそうとした瞬間、後ろから亜衣の両肩に誰かの手のひらが乗る。


「亜衣ちゃ~ん、俺のは?」


 羨ましそうな目をした翔だった。


「あ、翔君……ごめん。翔君のは無いの……」


「なら――君の体で俺を潤し……」


 翔のセクハラ発言は隼人の無駄の無い動作で行われた小手返しで鎮圧された。


「翔、君が他の女の子にセクハラ発言するのは良い。でも……亜衣ちゃんの前でしたら、爪切りで君を殺すからね」


 隼人は満面の笑顔だった。だが、笑顔ゆえに恐怖が倍増されて翔は言葉も出ずに頷く事しかできなかった。


 そんなこんなしている時に、弥生那琥准尉が興奮した様子で翔と隼人の元へ駆け寄ってきた。


「お二人さん!!」


 ただ事ではない那琥の様子に翔は軽く引いてしまった。


「な、何だよ?」


「す、凄いよ!!F-29がこの空母に着艦するって!!」


「は!?」


 三菱F-29雷燕らいえん――日本の三菱がアメリカの研究前進翼機のX-29を実戦配備用に改修した制空戦闘機で、現在の空軍の主力機である。


「陸上機でしょ!?どうやって着艦なんて……」


 陸上機には着艦する為に必要な着艦フックが装備されていない。


「解らないよ。でも、エンジンに被弾したらしいから早く着艦したいらしいって」


 隼人の問いに那琥は彼女なりの答えを返した。


「来るぞ!!バリケードを張れ!!」


 狂気と呼べる着艦が行われる為に飛行甲板は急に慌しくなった。野次馬とクルーが区別できないほどに甲板には人が集まってきた。


 翔はとりあえず艦尾の方へ隼人と亜衣、そして那琥と共に向かう事にした。


「あれが雷燕か――」


 数百メートル先から白煙を撒き散らしながら甲板に低空進入する機影を翔の目は捕捉した。F-29の速度は翔の目測では時速200キロ。このまま突っ込めば海面とのキスは間逃れる事はできない。


――だが、そのパイロットは集まった野次馬たちの肝を冷やす行動に出た。


「コブラ!?」


 甲板から200メートルほど離れた空間で急激な機首上げをして、プガチョフコブラを敢行したのだ。飛行甲板に入った所で機首を水平に戻し、軟着陸。そして、バリケードに引っかかる前に停止した。


「クレイジーだ」


 野次馬たちは異口同音にその言葉を言った。 


「なんて着艦だ……」


 と隼人。


「ギア降りなくなったらやってみよう」


 と翔。


「あ、キャノピーがあいた!!」


 那琥は止まったF-29を指差した。とりあえず、一同はF-29の停止した場所へ向かう事にした。


 野次馬たちの海を超えて、翔たちはF-29とそのパイロットが目視できるほどの距離に近づく。


 双発のエンジンと流線型のボディが魅力的な機体のコックピットから現れたのは女性兵士だった。彼女はヘルメットを外し、その素顔を野次馬たちにさらす。その素顔を見た野次馬たちは皆拍手やら口笛を吹き、はやし立てた。


「誰かに似てるな……」


長い髪に綺麗な顔立ちがそのパイロットの素顔の特徴だった。


「――由衣お姉ちゃん!?」


 翔の左後ろで亜衣が彼女にしては珍しく感情豊かな声を上げた。その声に気づいたらしく、F-29のパイロットは翔達の方に目をやった。


「あ!!亜衣!!」

 

 亜衣の姿を見た彼女は機体から飛び降り亜衣の元へ駆け寄って、抱きしめた。


「元気だった!?亜衣」


「苦しいよ、お姉ちゃん」


 抱きしめられた亜衣は苦しそうにしていた。


「亜衣ちゃん、どなた?」


 隼人は亜衣に問う。抱擁から開放された亜衣は息を整えながら彼に答えた。


「私の双子の姉の」


「秋月由衣中尉。よろしく」


 亜衣が答える前に由衣は答えた。


「亜衣、ここにいる人たちって亜衣の友達?」


「うん、矢吹隼人君に風宮翔君」


風宮翔――その名を聞いた途端に由衣は眉をひそめた。


「風宮翔って、あのイーグルナイトの?」


「そうだけど、どったの?」


「ふーん――これがあの――」


由衣は翔の体を縦横無尽に凝視し始めた。


「何だよ!?気持ちわりぃな!!」


「風宮翔」


 何か合点した様子で由衣は頷いた。そして、彼女は翔に指を突きつけて一言言う。


「私と勝負して」


「は!?」


 翔は突然の挑戦宣言に声を上げて驚いた。


「空軍のエースと海軍のエースどっちが強いか試したいのよ。だから、海軍の威信をかけて私と勝負して!!」


「いやだ」


 翔はあっさり拒否。だが由衣は諦めずに翔に問う。


「何でさ?」


「理由その一、F-29じゃ発艦はできない。その二、俺にはかける威信なんて無い。その三、面倒だから」


「なによそれ!!海軍のパイロットには誇りも何も無いの!?」


「他の連中にはあるかも知れないけど俺には無い」


「このぉ~○×△□(下品すぎて表記できません)!!」


「何だと!?この××△□(女の子相手にひどいぞ!!翔)!!」


 二人のやり取りを横目に隼人は亜衣と顔を合わせる。


「お姉ちゃんと間逆なんだね」


「うん」


 夏空の下、二人のエースの罵詈雑言が飛行甲板にこだました。



同日 午後4時38分 


空母J・グラフトン 廊下


「軍曹――てか、やめようぜ翔」


「うるさい!!軍曹って呼べ!!フランク!!」


 真夏の蒸し暑い中、あの黒衣の二人組みが帰ってきた。軍曹と二等兵、もとい翔とフランクだ。


「細かい事はいいんだよ。今、俺の財布がピンチなんだ!!奈々子の歓迎パーティで全部使っちまったんだぁあぁああぁ」


「自業自得だ。なのに何で俺を引き込む?翔」


 また新たにMAXIの中で『将軍』が最近現れたらしく、翔は再び戦場――いわゆるシャワー室へ赴く事にした。金銭のため、己が欲望のために。


 女子シャワー室でくすぶっている翔にフランクは問う。


「そうだけど……ほんとに入る?」


「行くしかないだろ。突撃ぃいぃいぃいいいぃ」


 翔はカメラを持って単身突入した。熟練のフットワークでシャワー室の扉へ躍り出て、小型のデジタルカメラでシャワー室内部を撮影しはじめた。


――腕は鈍ってない。これなら生還できる!!


 翔は目標を一つずつデジカメのメモリーの中へと的確に焼き付けていく。その正確さは古参の兵士も舌を巻くほどである。


「任務終りょ……!!」


 任務を終え、帰還しようとした翔の背後に人影があった。いつもは光のはずだが、今回は違う。


「ゆ、由衣?」


「なにしてんの?」


 決定的な現場を押さえられた翔。言い訳も出来ずに慌てふためく翔を見た由衣はポンと、拳で手のひらを打ち頷く。


「ははーん。のぞきでしょ?」


「ち、違うわい!!」


「じゃ、私が納得するように20字以上40字以内で説明しなさいよ」


「これは、金銭と将軍様の為にこのシャワー室の様子をデジタルカメラで撮影していただけだ。これにやましい目的は無い!!」


「ようはのぞきでしょ?」


「平たく言えばな――ってああ!!」


 翔の失言を聞いた由衣はにやりと頬を綻ばせた。なにやら、彼女には考えがあるらしい。


「みんなにばらされたくない?」

 

「あぁ」


「なら……」


 由衣は一言区切った。翔は固唾を呑んで彼女の次の言葉に注目する。


「私と模擬戦して」


「はぁ!?」


「嫌なの?嫌なら言っちゃうよ」


「わかった!!模擬戦でも何でもするから言わないでくれ。な?」


「本当だね?」


「誓うよ。明日入港するから、その時にな」


「やった~。で、カメラは没収ね」


「は!?」


「言っちゃうよ?みんなに言っちゃうよ?艦内放送使ってみんなに言っちゃうよ?」


「わかったよ!!持ってけ泥棒!!」


翔はカメラを由衣に手渡し、そそくさとその場から退散した。



† 


同日 午後8時01分 


空母J・グラフトン 第184航空隊の待機室


「明日、グレイシア軍港に入港後は、各自自由行動とします。何か質問は?」


 夏休みを前にしたHRの教員のような口調で翔はイーグルナイト小隊に伝達事項を伝えた。


「はい、せんせ……じゃなくって、中尉」


 奈々子は挙手し、翔に質問しようとする。


「何だよ?バナナはおやつに含まないからな」


「そうじゃなくて、その……中尉のお隣の方って?」


 奈々子は見慣れない来訪者の事を翔に問う。翔は困った様子で頭を掻いて、答える。


「あ、彼女は……」


「明日、風宮中尉と異機種混合模擬戦をやる事になった、秋月由衣中尉。よろしくね」


「え!?あの空軍のエースの!?」


 奈々子は飛び上がり、驚いてしまった。


「え?こいつって、たいそうなパイロットなん?」


 翔は隣に立つ少女を指差しながら、奈々子に訊く。


「日本海の魔女の通り名を持つエースで撃墜数は60機ですよ!!」


「はひ?」


 現在、翔の撃墜記録は48機で、対する由衣の撃墜数は60。この時点で勝負は見えている。


――やばい奴と喧嘩の約束しちまった!!


 一方、由衣は、突きつけられた驚愕の新事実を訊いた翔の方を向いて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。


 

 翔はこの時ほど、明日が来なければ良いなと思った瞬間はない。だが、秒針はゆっくりとその足を明日へ明日へと歩ますのを止めたりは


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