MISSION22 新人の舞い降りる時
短いです
2015年 8月3日 10時23分
東シナ海
吹き抜ける北西の風。
少女を乗せ、火竜は夏の空を高らかに舞う。飛行機雲を曳いて飛ぶF-28Cのパイロットの名は宮島奈々子。階級は少尉。つい1ヶ月前に幼年学校を卒業し、実戦部隊に配属されることになった。
配属先は、空母J・グラフトンの第184航空隊『ヘルハウンズ』、彼女の亡き兄が所属していた部隊だ。
この数奇な運命に奈々子は喜びと緊張に胸を躍らせ、始めて乗る自分の愛機の操縦桿を握る。
「見てる?お兄ちゃん」
空を見つめ、奈々子は見えない兄に語りかけた。
空の向こうにいる兄にこの声は届いているのであろう、そう信じて奈々子は言葉を風に乗せた。
「私、ヘルハウンズに配属されたよ。お兄ちゃんと同じ部隊に……だから、見守ってね」
祈る気分で操縦桿を握る手に力を奈々子は入れた。
「わわっ!!」
奈々子の機体は左に4回ロールする。握り締めた操縦桿が左に傾いたせいだった。ロールから回復したF-28の中で、奈々子は声を上げて笑ってしまった。
「私ってホント、ドジだなぁ……」
奈々子は、コツンと握ったげんこつで白いヘルメットを打つ。
「だから、お兄ちゃん……ドジな私を護ってね」
奈々子は酸素マスクの下で口元を綻ばさせた。
同日 午後2時32分
東シナ海 空母J・グラフトン
アリスは翔に整備資料の提出の為に、自室からヘルハウンズの待機室へ向っている道中に、カーキ色の制服を着たポニーテールの小柄な日本系の少女が困った様子で辺りを見回している姿を見つけた。
「どうかしましたか?」
彼女の癖とも呼べる長所がこの場で現れてしまった。困った人は放っておけないという癖だ。少女は日本人特有の照れ隠しの笑顔を浮かべ、アリスに答える。
「待機室にいこうって思ったら、道に迷ってしまったんです。空母って思ったより広いです」
「所属はどこの隊ですか?」
「ヘルハウンズです。戦闘機隊の……」
「あら、私と同じ隊ですよ。良かったら案内します」
「本当ですか!?ありがとうございます」
少女は深々とお辞儀した。
「お、アリス!!誰だその娘?」
背後からフランクが現れた。見かけない少女に興味津々の様子のフランクと彼を冷たい目で見るエドがそこにはいた。
「ヘルハウンズの新入りの子みたいです。道に迷ったらしいから案内しようと」
「確か、今日新人がイーグルナイトに入るって翔が言ってたけど……彼女か?」
「え……まさかあなた方は……イーグルナイト小隊の……」
「おう、最近昇進した3号機のパイロット、フランク・ウィルディ中尉だ」
憧れの歌手を見たような少女の様子を見たフランクはカッコつけて二本指の敬礼をする。
「自己紹介なら、翔君もいる待機室でやりましょう」
アリスのさりげない言葉に少女は言葉を失った。その唇は名を刻んでいるように見えるが誰も、その事に気付いてはいなかった。
数分後、4人は待機室に到着した。待機室内では翔と隼人が山のような書類相手に悪戦苦闘している。翔のやるべき作業を隼人は強引に手伝わされている、とその場にいる人々は薄々と感じていた。声を掛けずらい雰囲気をフランクはぶち壊す。
「翔、お客様だぞ」
「おぉ、フランク。お前らも手伝うか?」
「翔、言語分からないの?お客さんが来てるって言ってたじゃないか」
「細かい事はいいんだよ。で、客って?」
フランクは『良し来た』と言わんばかりの表情を浮かべ、背後に隠れているルーキーを押し出した。
「じゃーん!!われらのイーグルナイト小隊の新人だ!!自己紹介よろしく」
「え……」
翔はそのルーキーを知っていた。少女は初々しい様子で敬礼し、自己紹介を始めた。
「本日より、この小隊に所属する事になりました、宮島奈々子少尉であります。ご指導の程をよろしくお願いしますっ!!」
その名を聞いた瞬間、待機室の大気は凍りつく。
宮島奈々子……この中でその名を知らない者はいない。数ヶ月前に戦死した宮島竜也のたった一人の妹だ。
「皆さんのご活躍は兄から良く聞いてました。とても、良い連中だったと兄は言ってました。そんな皆さんと飛べる事を私は誇りに思います」
彼女は一礼して自己紹介を終えた。だが、誰も浮かれた様子を見せずに静に沈み込んでいる。ここにいる全員が竜也を死なせた責任は自分たちにある、と思っているからだ。
翔は、沈黙の末に奈々子に問う。
「奈々子、仇討ちの為にパイロットになったのか?」
「え……?」
「もし、そうならまだ早い。辞めた方が良い。憎しみは冷静さを失わせ、何かしらの失敗をやらかす。それに……お前に死んだり、人殺しなんてさせたら、アイツに合わす顔が無くなる」
イーグルナイトの全員はそう感じている。だが、奈々子は優しい笑顔で答えた。
「たしかに、兄がこの隊に導いたのは否定しません。ですが、決して憎しみなんかではありません。ただ……兄の背中を追いたかっただけです」
「本当か?」
「はい」
翔は低く深い息を吐き考える素振りを見せた。そして……勢い良く立ち上がり、敬礼し奈々子に言う。
「隊長の風宮翔中尉だ。我ら……いや、俺達イーグルナイト小隊は貴官の配属を歓迎する。お前ら、新しい仲間に自己紹介しろ!!」
「え……!?」
「了解。僕は翔の相棒の矢吹隼人中尉、君のお兄さんの同期だったよ。よろしくね」
翔の右となりに隼人は並び敬礼した。
「私はアリシア・フォン・フランベルクです。アリスと呼んでください。この隊の2番機を担当しています」
アリスも隼人の右隣に並び敬礼。続いてイーグルナイト3のコンビがアリスの右隣に並んで、敬礼した後に
「俺は、フランク・ウィルディ。この隊での一番のナイスガイだ。竜也は俺のマブダチだった。よろしくな」
続いてエドがフランクの右隣で奈々子に敬礼しとりを担う。
「フランクの索敵士のエドワード・エンフィールドだ。解らない事があったら、ここにいるフランク以外の先輩に聞いてくれ」
「ちょっ!!どういう意味だそれ!?」
「バカって事だよ。それも解んないほどのバカだったのか?」
「エド……おぼえとけ!!」
いがみ合う二人を見た奈々子はクスクスと笑っていた。
「以上だ。解散にしたいけど、アリスと隼人は売店で飲み物と食い物買って来い。あとフランクとエドは人を待機室に呼んでくれ」
「なんでさ?」
「解らないのかよ……歓迎パーティだ」
隼人の愚問に翔は珍回答をした生徒に公式を教える教師のように答えてやった。
この晩、部隊編成など関係無く、ヘルハウンズの面々と光や亜衣、神海、那瑚をはじめとする色々な人々が新しい仲間をどんちゃん騒ぎで歓迎した。
だが、祭りの後に主催者の翔は書類を書き終えられずに、ほぼ徹夜で仕事をした事は誰も知るよしもなかった。




