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MISSION20 鷲、墜つる時

日が傾き始めた茜色の空を傷を負った火竜とそれに寄り添う火竜が翼をはためかせている。


「あんた……一体何してんだよ!?」


これが言葉を失った翔が発した第一声だった。自分の身を省みずに、部下の盾となった編隊長は言い返す。


「借りは……返さないとな」


「借り?」


翔は明の発した言葉の意を理解できずに聞き返してしまった。


「あぁ。お前の親父さんのな」


「オヤジの?何のことだよ、一体!?」


理性が軽く心の中から退去した翔には敬語を使う余裕が無い。それを理解した明は何も言わずに、軍規違反を見逃している。


なぜなら自分もそうだったからだ。


「これは今から10年前の話だ」


暗号に包まれた明の声は夜の海のように静かだった。そして、彼は赤裸々に話し出す。10年前の忘れられないあの日のことを。


「10年前の俺は……お前に引けを取らないほどの問題児だった……前のお前は俺の生き写しみたいでな、お前の得意技フォーリングインメルマンターンは実際は俺が考案者なんだぞ。でな……その時の俺の上官はお前の父親の風宮三郎少佐だった……」


彼の話は翔の胸に氷のナイフを突き立てるようだった。


「隊長とは毎日のように口論してな……そん時俺のは一匹狼を気取ってたバカだった……そんなバカが無茶な機動やって……失敗して……相手に殺されそうになった。普通の隊長ならそこでそいつを見捨てるはずだ。でも、あの人は違った。風宮少佐は……!!」


この先は思い出したくなかった。この先は少佐の息子の翔には話したくなかった。


自分を庇って負傷。その傷が元で戦死したのだ。


だが、言い出したからには言い切らないと明の収まりが付かない。


そして、吐息とともに真実を露わにした。


「俺の盾になって……その時に負った傷が原因で戦死なさたった!!」


悔しさと悲しみが入り交じった真実の声が翔の鼓膜を振るわした。翔は操縦桿を力任せに握りしめ、呻くような声を上げる。


「あんたって人は……」


『憎んでくれて構わない。お前から父親を奪ったのは他でもない俺だから』


『何で自分の命を捨てるような真似をしたんだ!?』


意外すぎる反応が帰ってきた。通常の人間なら、父親の仇とも呼べる人物を前に殺意を抱くはずなのに翔は違った。


翔は一呼吸おいて自分の気持ちをぶつけることを再開した。


『オヤジから繋いでもらった命なんでしょ?それをここで無駄にするなんて、死んだ後オヤジに掛ける言葉があるんですか?隊長』


翔は憎しみのかけらも見つからないほど穏やかな声色で隊長に語りかける。


『お前……俺はお前のオヤジさんの仇なんだぞ……!!』


「オヤジの仇の前にあんたは俺の隊長だ』


「翔……」


そう言われて明は理解したのだった。翔は少佐の息子であることに。


『帰りましょうよ。みんな待っていますよ』


『そうですよ、もし隊長が死んだらイーグルはどうなるんですか?』


隼人が会話に割り込んだ。


「お前ら……がはっ」


咳きと共に明は血を吐いた。消化器官にまでキャノピーの破片が深く突き刺さっているのであろう事がわかる。


『隊長!?』


「だ……大丈夫だ……!!そんなことより操縦に集中しろ」


口の端をぬぐって明は答える。


『着艦できますか?』


隼人は明に問う。


「大丈夫だ……何回やったと思う?」


回答を訊いた隼人は空母に通信する。


「イーグル3よりデビルへ、これよりイーグル1と共に着艦コースに入る。イーグル1は機内で負傷。甲板にバリケードを用意して下さい」


『デビル了解。幸運を』


通信は終わった。そして、明にとって悪天候に勝る困難な着艦が始まった。


ギアダウン。着艦用アレスティングフックダウン。


目がかすんで指示灯が見えない。ならば、己の勘だけが頼り。


吹き抜ける少し強い西南風。


朦朧となる明の意識をつなぎ止める一本の綱は、操縦桿を握る手の感触だけだった。機体は左右に揺れ不格好な姿の着艦アプローチ


速度150キロで幅数十メートルの甲板に鋼の巨体を着艦させるのには高い技術を要する。それ故、着艦は「制御された墜落」と呼ばれている。


三半規管は不気味な不協和音を立て、明の操縦を邪魔する。


『ちょい右だ。そこでストップ!!機首を少し上げろ』


着艦誘導士官の指示を正確に遂行する事ができるのは、明が幾百も着艦を行った賜物といっても過言ではない。


『そのまま……』


徐々に詰まる空母の飛行甲板までの距離。そして、運命の瞬間が訪れた。着艦フックで制動ワイヤーを引っかけるのだ。


狙うは4本ある内の手前から数えて2本目のワイヤー。


ふらつくこともなく、時速100キロで降下する傷を負った鷲の鉤爪は獲物を的確に捉えた。


「うっ!!」


ハンマーで殴られたような衝撃は着艦に成功した証。体に染み着いた手順でエアブレーキを展開させ、機体を制止させた。


「成功か……」


薄れていく明の視界の中に人が作り出す川の流れが映った。整備兵外部開閉ボタンでキャノピーを開け、衛生兵が明を機体から降ろす。


「わかりますか!?大尉!!」


「あぁ……吉田少尉」


救命ヘリのクルーの吉田光は輸血のチューブの針を彼の腕の静脈に突き刺した。


「ひどい失血……よく着艦なんて」


光は明の生命力に驚嘆した。普通ならショック死していてもおかしくない失血量なのに彼は生きている。


「少尉、俺の部下を呼んでくれ……アリス、フランクとエド……それと翔と隼人だ……」


「はい。亜衣!!イーグル小隊のみんなを呼んで」


「わかった」


医務室勤務の秋月亜衣も戦線投入されることになっている。


数分後、イーグル小隊は飛行甲板で横になっている明の元に全員集合した。


傷だらけの隊長の姿を見た5人は言葉がでなかった。鉛が空気の構成要素の90パーセントを占めているような重い雰囲気の中、明は重い口を開いた。


「先に言う……俺はもう……長くはない。最後の報告会デブリフィーングが行いたくてお前らには集まってもらった」


明の声は、編隊を大声で叱咤していた男の声とは思えないほど弱々しくも、優しい声だった。


「イーグル2。アリス、今日の反省点は?」


「わ……私がもっと……もっと……早く……隊長の援護に……入っていれば……隊長は……」


アリスの瞳には車軸の雨のような涙が溢れ、彼女の頬を伝った。


「そうかもな……最後だから言うぞ。お前は隊長には向かない。でも……最高の2番機のパイロットだ。冷静に物事を見れて、味方への気遣いを忘れない……良い素質だ」


「ありがとう……ございます……」


アリスは涙に喉を詰まらせながら、敬礼した。


「次、イーグル4だ。反省点は?」


「……対鑑任務に気を取られて、味方のバックアップができなかったことです」


フランクは涙をこらえていた。


「エドは?」


「はい。相棒に意見具申できなかったことです」


「そうだな……相棒のミスは自分のミス。これは複座の鉄則だ。でもなフランクとエド……お前等は良いコンビだ。アホだけど技術の伴うフランクに……自分も他人も冷静に客観的に見れるエド。お前らは努力次第でどこまでも伸びる。だから……努力を怠るな。女も勝利も怠け者を嫌う。以上だ」


「ありがとうございました!!」


二人は涙を堪えていたが、ダムは決壊して泣き出してしまった。


「イーグル3、お前達は?」


「自分は飛行中に雑念に囚われて、飛行中に警戒心を解いてしまったことです」


クララとの邂逅。それをきっかけに集中力を欠いた自分の甘さ。それをふまえて翔は明に言った。


「隼人は……?」


「はい・・・空での僕は翔の目です。なのに、その仕事を怠ってしまったことでした」


「違いないな……でもな……お前らは……本当に良いコンビだよ。一方が飛べなくなったらもう一方が操縦桿を握る。決して脱出もせずにな……こいつぁ、互いを信じあわないとできないことだ。味方を信じるという心は司令官に必用な物だ……だから、翔……」


「え?」


翔はこの言葉の意図を読みとれた。


「イーグルを頼む」


明の言葉を聞いた翔は首を左右に振った。


「無理だと思ってるんだろ?」


「隊長、俺はただのパイロットです。隊長なんてできませんよ!!」


「翔、さっきも言っただろ?俺はお前に似てるって」


「ですが、自分は隊長のように出来るわけがな……」


「出来ないに決まってるだろ?」


意味不明な明の言葉に翔は返す言葉が見つからずに黙り込んでしまった。


「出来ないに決まってるんだろ?優れてる奴が、劣ってる奴の真似なんて」


明は続けた。


「良いか翔……お前は俺より優れているところがある……それは、どんな困難があっても折れない所だ。諦めずに戦い……諦めずに考える……これが隊長に一番必要な素質だ・・・」


「良いんですか?俺なんかで」


「……命令だ。イーグル小隊の隊長になれ……」


翔は頷く。命令絶対の軍隊の中で、一番効力のある言葉を明は翔に使った。


「さて……デブリフィーングも終わったしな……俺はもう寝る。超過勤務で疲れたしな……じゃぁな……」


明は甘い睡魔の誘惑に屈して重い瞼を閉じた。



2015年 7月17日 午後5時43分 






一条明は31年という短くも激しい人生の幕を閉じたのであった。







その3時間後、第17艦隊はソ連の鉄壁艦隊の第一陣を破った。多くの屍の山を作って。



2015年 7月20日


海兵隊上陸。そして、尖閣諸島陥落。



3日に渡る激戦の末、ソ連軍は尖閣諸島を放棄。連合軍は勝利を手にすることが出来た。4万5000人の将兵を犠牲に。


4万5000人の代償は、新資源の独占だけだった。



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