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MISSION14 旧友よ……

短いです。



2015年 6月16日 午後2時43分


東京 西日暮里 


シミ一つない白い海軍の制服を着た風宮翔は山手線の中で揺られている。


翔は過ぎていく車窓の景色をすることもなく眺めていた。移ろう景色は彼の心に安堵の念を植え付けた。


半年の間だ見ることの出来なかった故郷の景色。何もかもが懐かしく思える。


国が消えても彼は日本人なのだ。この地に生まれ、この地に育てられた。


「駒込だっけかな?」


翔は携帯電話を開き何かを確認する。染井霊園と呼ばれる墓地の情報に一通り目を通す。


車内で揺られること20分、翔は目的の駅に下車した。


翔は地図を頼って目的地に向かうことにした。その道中で、花束と線香を買う。 


翔が歩いている、駒込の町並みは至って質素。オフィスビルも少なく、民家が町の構成要素の大半である。


目的地は駅から10分もかからない場所だった。今は葉になったソメイヨシノの木が目印の霊園、染井霊園。


広大な敷地を持つ霊園を翔はメモ用紙を片手の徘徊する。


「あった」


ソメイヨシノを上とする真新しい墓石。そこには「宮島竜也」と刻まれていた。


今日、翔が横須賀からここまではるばる足を運んだ理由は、彼の元索敵士である宮島竜也大尉の墓参りである。1ヶ月ぶりの再会を喜ぶこともなく翔はバケツを満たした水を柄杓で墓石かけ、たわしで磨く。


「大尉か。ずいぶんと偉くなったな竜也」


磨きながら自嘲ぎみに翔は空の果てにいる親友に語りかける。


「お前が行っちまったせいで、色々と大変だったんだぞ。隊長に殴られるわ、操縦もままならなくなるわ」


「お前が行っちまったせいで、心に穴開くわ」


「ほんとにお前なしじゃ何も出来ないんだ」


「でもよ」


墓石を磨き終えた翔は小春晴れの空を見上げて付け足す。


「お前が行なくても元気でやってるからさ、安心しろ。ま、お前が心配する事もないかもしれないけどさ」


木漏れ日の暖かさが翔の体を包み込む。緑と線香の香りが翔の鼻腔を満たす。


「兄のお墓参りですか?」


突然、翔の背後から少女の声がした。


「そうだけど……」


振り向いた瞬間に翔は息を呑んだ。


彼の目の前には幼年学校の制服を身に纏った少女がいた。


ポニーテールと顔のバランスが整ったあどけない表情が残る彼女を翔は見覚えがある。


「奈々子?」


宮島奈々子。宮島竜也と翔が出征する際に見送りに来た竜也の妹だ。


「風宮少尉?」


名を呼ばれた瞬間に、翔の顔からは脂汗が吹き出す。汗は溢れるように出るが、言葉が出ない。何か言おうと口を開いた。


「すまなかった」


翔は頭を下げ、詫びの言葉を告げた。


「え……」


「お前の兄さんを死なせたのは俺だ。俺のミスだ」


「少尉、頭を上げて下さい」


突然の行動に最初は戸惑った奈々子は翔に優しい口調で言った。


「少しだけ、お話してもらえます?」


「あぁ」


頭を下げながら翔は言った。


線香と花を置き、合掌を終えた二人は、近くにあるベンチに腰かけ、話をすることにした。少しの間、沈黙が二人の間を隔てたいたが、奈々子の声が沈黙を破壊した。


「もう2ヶ月ほど前にこれれば、ソメイヨシノがきれいに咲いてたのですが」


「そう」


「兄は・・・どのような最期を迎えましたか?」


奈々子の総動員の勇気で翔に問うた。実の兄の死。直視できなかった恐ろしい現実を見るのには勇気がいる事である。


竜也の最期を看取る事が出来なかった翔はしばらく虚空を眺める。そして、彼は重い口を開いた。


「わからない。でも、これだけはわかる気がする。君の兄さん・・・いや、竜也は死ぬ瞬間まで奈々子の幸せだけを思ってた」


これは、翔のただの妄想だ。しかし、奈々子は頷き翔にその妄想の感想を述べる。


「兄らしい、最期ですね……」


「あぁ。竜也はいつも唯一の家族の君の幸せだけを願って、俺と一緒に戦ってくれた……」


翔の網膜の裏には、唯一無二の親友の笑顔が走馬燈のように駈け巡った。100時間以上、空を共に飛んだ竜也の笑顔は色あせることなく翔の脳内に鮮明に残っていた。


「竜也は・・・竜也は」


翔の視界に写っていた青空はその色を滲む。それと同時に翔の声は震えていた。


「お兄ちゃん……」


翔の傍らに座っていた奈々子は、一人の妹。一人の家族として、兄の死を悼んでいた。


「神様って性格悪いですよね?私から大切な人をいっつも奪っていって・・・ホントにヒドいですよ」


少女は涙を浮かべていた。少女を泣かす天界にいるであろう不埒は創世者に腹を立てた翔は頷きながら言う。


「あぁ。いたら殴ってやりたい。地獄に堕ちる前に一発思いっ切り殴ってやりたい」


「少尉らしいですね……兄は手紙で言ってました。一緒にいて飽きない奴って」


「あの野郎め」


投げられた微笑みを翔は微笑みで返した。


「そうだ、少尉にこれを」


彼女は何かを思い出したかのようにポケットから何かを取り出す。


チェーンに繋がれている白銀に輝くプレート。


「ドッグタグ?」


「はい。兄のです」


「何で俺なんかに……?」


翔の問いを彼女は空を仰ぎ答えた。


「少尉と一緒に兄も空を飛びたいと思っていると思うからです」


「いいのか?」


「はい。兄も私より、少尉に持ってもらった方が嬉しいと思います」


「あ……ありがとう」


翔は小さな手のひらに乗る竜也のドッグタグを受け取る。


「でもさ、兄貴の遺品なんだろ?思い出の品は多いに越したことはないと思うけど」


「大丈夫です」


奈々子は語を区切って、視線を空から翔へと移す。


「兄の思い出は物じゃなく、私の心の中に残っていますから」


彼女の強がりで見せた笑顔を翔は一生忘れないであろう。強く咲くヒマワリのような笑顔は何よりも強く美しかった。


「そうだよな……ホントにお前等は良い兄妹だよ。うらやましいぐらいに」


「ありがとうございます」


「じゃ、俺はそろそろ行くな」


翔は腰を上げ、奈々子の方を振り返った。


「戦争が終わったら、また来るからな」


「その時は是非春に来てください。この桜はこの町で、一番美しい事でひそかに有名ですから」


「そうしよう。今度はもっと友達を連れ来るからな」


「はい。今日はありがとうございました」


奈々子は立ち上がり、翔に頼りない敬礼をする。


「あぁ。奈々子、兄貴のように強く生きろ」


翔は彼女に敬礼をし返す。そして、無言できびすを返しその場を去った。


木漏れ日に照らされる、少年の背中を奈々子は見えなくなるまで見送った。言葉などいらない。あの人は、自分の兄の良き理解者であり、良き友だった。


「お兄ちゃんは本当に良い人の友達だったんだね」


彼と兄がともに戦った事。それは自分の兄にとっての誇りだった。言葉無しに奈々子はそれを感じられた。



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