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少年と空-EAGLE KNIGHT-  作者: マーベリック
第1章 天かける問題児
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MISSION11 十字架の重さ

下らない初歩的な空戦機動で自分の時間と弾薬を浪費させる目の前の獲物に腹を立てた様子のリジーナは、操縦桿の武装変換スイッチで弾種を変更した。


「しぶとい雑魚だね。特別にこれでやってあげる」


彼女の口元にほころびが現れる。リジーナの選定したミサイル。それはクラスターミサイルのマトリヨシカだった。


これは、大きなミサイルの中に15発の小型ミサイルが収納されており、飛翔後にロシアの民芸品の「マトリヨシカ」よろしく分裂し敵編隊を攻撃する。もちろんの事、一機に15発の使用も可能だ。


彼女はその15発を前を飛び続ける腹立たしい敵機に全弾叩き込む魂胆なのである。



「ミサイルロック!!」


甲高い警報に負けないような声を隼人は張り上げた。操縦権を再び得た翔は動じずに、相手が矢を放つその瞬間を待ち続ける。


「来た」


後方でミサイルの噴射炎を見つけた隼人は、数秒もしないうちに驚愕の海へとその身を投じることとなる。


「はい?」


放たれたミサイルは中距離ミサイルほどのサイズで、この距離にはいささか大きすぎた。だがわずか数秒でその弾頭は砕けた。しかしそれだけでは済まず、その残骸から小型の噴射炎が10数個現れ、白い雲を曳きながら、こちらに肉薄する。


「な……ミサイルが10基位来てるんだけど……」


「は!?」


翔は後方を確認。それが嘘では無いことも確認した。


「フレア!!」


彼はスラストレバーにある、フレア散布ボタンを押した。しかし、Fー28は彼にこう告げた。


『ノーフレア』


翔は思わず隼人を見返し、ため息をついた。


「ゴメン、使い切っちゃた」


「仕方ないな……」


翔はそう言って操縦桿を巧みに操り、右回りに螺旋旋回バレルロールを敢行した。


「何するつもり?」


Gが掛かって隼人はうまく声を出せないが翔はかすかな声を聞き取り、搾られたような声で返す。


「見とけってんだ!!」


機体は空力エネルギーを失うことも知らずにただひたすらに、螺旋を描き続けた。


そして、翔は待ちに待った瞬間が来た。


ミサイルの飛翔間隔が狭くなったその瞬間を。自機もまた背面飛行であるその瞬間を。


「今だ!!」


翔はそう言って操縦桿を手繰り寄せ、下方に機をUターンさせる。スプリット・Sと呼ばれる空戦機動を彼は敢行したのであった。


翔は後方をほくそ笑みながら確認した。


自機が下方に行くのと同時にミサイルも敵機を追尾し始める。そして、一発のミサイルが風にあおられ、隣を飛ぶミサイルに直撃した。


小さな爆発。


その爆発に周りのミサイルは誘爆を起こし、あたりに巨大な花火を作り上げた。


その光景を見たリジーナは至極興奮していた。


「ふふ……急に面白い事してくれるじゃない。連合さん!!」


彼女は通り名の雌豹のように、舌なめずりをした。そして、獲物へアフターバーナーの轟炎をたぎらせその爪を伸ばす。


体を締め付けるGがこれほどに心地よいなど、彼女の人生で一度も感じたことなど無い。


「行くよ……!!」


「来いよ!!」


迫り来るベルクートの意を翔は察した。ただ、自分と戦いたい。その意志に翔は応えることにした。


前回自分を落とした敵。負けられない。絶対に。


翔は誰かに誓い、右に旋回。相手と向き合うことにした。


ドッグファイトの始まりは基本、正面フェィストゥフェイスから始まる。これは、戦闘機が登場し始めた第1次世界大戦からの風流だ。


大量破壊が横行した戦場で唯一、騎士道精神が残っていたのは空であった。故に一対一のドッグファイトの際、パイロットは正々堂々振る舞わなければならない。己の誇りを守るために。


先に後方を取ったのはリジーナのSu47だった。


驚異的な瞬発力と自機の機動力で翔のF-28の背後に回り込んだ。


「またやられたか」


翔は低く舌を打った。だが、これで終わったわけではない。まだ、彼には切り札がある。


得意技の『フォーリング・インメルマンターン』だ。


後方から高速で襲いかかる火線を翔はエルロンロールで回避。そして、急上昇。宙返りを始めた。


「ん?この手は」


リジーナは訝しげに相手のF-28の動きを目で追う。


3週間前に自分が唯一にオーバーシュートをさせたパイロットも同じような機動をした。


そのまま、リジーナ相手の手に乗ってみた。


案の定、敵機は失速。そのまま、自機をオーバーシュートさせ失速から復帰した。


「やっぱり!!あの時の!!」


彼女は嬉しさのあまり声を上げてしまった。


「もらった!!」


相手の背後に回り込んだ翔はすかさずにガンロックをする。距離は十分。翔は引き金に指を掛ける。


そして力を指に掛ける。


今回は指は正確に屈伸した。同時に一条の閃光が空に煌めいた。


しかし、照準はむなしく、ベルクートは火線をくぐり抜けて漆黒の翼を翻し上方へ高く舞い上がった。


「何!?」


タイミングを見計らったような回避に翔は気づいた。相手はただ者ではないと。


「こっちの番だよ」


急上昇の最中、リジーナは操縦桿を力の限り手前に引く。


その手綱さばきにベルクートは恐ろしいほどの機動力を持って応えた。


ベルクートは文字通り「宙返り」行ったのであった。


これは航空機の宙返りとは訳が違う。ジェットコースターの360度ターンが戦闘機のそれだとするのなら、これは人間の「バック転」だ。


高度を変えずに行うループ、いわゆる「クルピット」だ。


クルピットで急激な方向転換の後、真下を通過した敵機をリジーナは狂喜の照準を添えた。


そして、操縦桿のトリガーを引き絞った。


放たれた一筋の閃光は火竜の流麗な装甲板を貫かんとそれに殺到した。


「うわっ!?」


突然のクルピットに声を出して驚愕した翔は本能的に操縦桿を引いた。機体は急激な引き起しで垂直のまま、空中停止した。


砲弾の筋は翔のいたであろう空間を穿ち、海面に吸い込まれる羽目となった。


「コブラ!?」


隼人は驚愕した。このF-28Bは空力学上「プガチョフ・コブラ」は可能だが、機体に対する負荷が高いため禁じ手となっている。しかし、翔はやってのけてしまったのだ。


「ふぅ。あぶねぇな!!」


そのままワイバーンは急上昇を開始した。


「どうするのさ!?」


「決着つけるんだ。アイツと」


翔は静かに言い放った。相手もまっすぐ降下している。


真正面フェイストゥフェイスだった。


その状況を変えずに翔は真っ直ぐ弾丸の如く、敵機に突っ込む。翔は真正面フェイストゥフェイスで20ミリ弾を叩き込む魂胆だ。


その意図を隼人は読みとり翔に制止を要求した。


「危険だ。もし、弾が」


「未来は今の後に来る。俺は今ある、チャンスをむげにしない」


翔は後部座席に座る隼人にそう言い放って、無謀な前進を止めない。



「面白いじゃん」


正面から迫り来る敵機に、敵意では無く好意をリジーナは抱いた。腕も良く、思い切りの良い敵。これが彼女の求めた好敵手である。


「こっちも楽しませてもらうよ」


トリガーに指をかけたリジーナの瞳は獲物を狙う狩人、いや捕食者のようだった。


亜音速で接近する両者は騎士の馬上試合を彷彿させた。


馬の代わりに戦闘機。槍の代わりに機関砲を携えて、空の騎士達は運命の瞬間を見逃さない為に己が神経を刃のように研ぎ澄ませる。



そして、運命の瞬間が訪れた。


両者の距離約400メートル。


照準を合わせ、熱くたぎる血液を押さえながら、全弾撃ち尽くすような強さで、翔は引き金を引きしぼった。


引き金から放たれた電気信号は機首付近に鎮座してある、M61回転式機関ガトリング砲に伝わり、鈍い駆動音を立て銃身は回転を始めた。前方を飛翔するベルクートに破壊の洗礼を浴びせるために。


交差する弾丸。


ベルクートの放った弾丸はワイバーンの右エンジンに突き刺さる。


ワイバーンの放った弾丸はベルクートの機首を穿った。


そして、両者は刹那の邂逅を遂げた。


すれ違う時に、キャノピー越しに互いの姿を翔とリジーナは見た。


両者とも年端いかない少年少女だった。戦場にふさわしくない。



F-28の放った砲弾はリジーナのベルクートの機首を突き抜け、彼女の細い左腕をかすめた。


かすったリジーナの腕の肉は少し肉が削られ、血がパイロットスーツからにじみ出ていた。


激痛にあえぐ彼女は残った右手で本部に無線を入れる。


「ベルクート1より本部……うっ……被弾した!!これより帰還する」


「了解」


本部からの返事と共に彼女は左に大きく旋回。退却を開始した。



翼を翻し退却する敵エースの姿を見た翔は勝利を確信した。


「はぁ……無事か隼人?」


翔は相棒に問うた。後ろでは疲労困憊の隼人が腰を抜かし言う。


「なんとか」


「で、雌豹は巣に帰ったようだけどさ、これは俺の勝ちか?」


「そうかもね。でも、右エンジンがお釈迦になっちゃたから戦闘機動はもう無理だよ」


「わぁ~ったよ。俺らも帰んないとな」


翔は無線周波を母艦に調整。そして状況報告を始めた。


「イーグル3より、イーグル1へ。右エンジンをやられた。帰艦を許可されたし」


『イーグル1了解。こっちもパーティが終わる、だがそれまでナースエンジェルの護衛をしてくれ。良いな?』


一条大尉の声にはどこか毒素が混じっている事に気づいた翔は顔を歪まし応えた。


「ウィルコ。イーグル3交信終了アウト


翔はそのまま、高度を下げナースエンジェルの飛行航路へ舞い降りる。


エンジン損傷のために機動力は多少低下したが、飛行にはあまり問題はない。


「見つけた」


翔は高度200メートルまで機を持っていき、ヘリコプターの右10メートルの位置に翼を置く。


右舷に座る光からは彼の姿が丸見えだった。


まばゆい木漏れ日を反射して飛翔する銀翼の火竜には兵器を超越した美しさがあった。


そしてそのコックピットの中に身を置く翔の姿も、彼女には不覚ながらも格好良かった。


光を見つけた翔は、自分が分かるように酸素マスクを外した。


「バカ……」


光はため息のように吐く。笑顔で敬礼してくる翔の姿を見て安心したからだ。



もう、大丈夫だよね。翔。



穏やかな日が大海を照らす。その穏やかな日に包まれ翔と光は彼らの母艦へ共に帰還するのであった。




同日 6時39分 



太平洋 空母J・グラフトン デッキ



海面は空色のように燃えるような茜色に染まっていた。その光景をする事もなく、翔は一人で眺めていた。


「こんなとこにいたの翔?」


背後から光が現れた。


「良いだろ別に」


「良いわけない。みんな翔のこと待ってんだから、早く待機室にもどりましょ。今日の主人公さん」


「もう少しいさせてくれ」


翔はささやかな願いを彼女に要求した。


「なら一緒良い?」


「……良いぞ」


今日、命を救ってくれた光の恩をむげに出来ないと判断した翔はしぶしぶ、同席を許可した。


「お疲れさま」


光は翔の隣に踊りいるなり、そう言った。


「俺はそんなに疲れちゃない。でも……」


「なに?」


「俺は……謝らなきゃいけないんだ。殺した敵兵や守れなかった竜也……それと……」


その先は彼が自分の手を汚して殺したあの男の子だった。


言葉がでない翔の肩が震えている事が光には察しがついた。


光は夕日に目線を向け翔に言った。


「翔さ、竜也が亡くなった後泣いた事ある?」


光の突拍子の無い一言に翔の震えは止まった。


「どういうことだよ?」


「今の翔は泣きたいのに我慢してるんでしょ?自分のせいで竜也を死なせた事や、人殺しの痛みにさ」


そう言われた瞬間に翔はびくん、とする。


「な……何だよそれ?」


詰まる声。ぼやける視界。それらが翔の鉄に包まれた心が現れだした兆しのようだった。


「いいんだよ。我慢しないでさ・・・泣きたい時に泣く。それが人間だよ」


もう、駄目だった。彼の瞳からは大粒の涙がこぼれだした。そしてこの一言を繰り返した。


「すまない」


嗚咽と共に漏れる懺悔の言葉。殺人を後悔し、重い十字架を背負うのが翔はたまらなく怖かった。


手すりに突っ伏して泣く翔の肩に温かい何かが乗っかた。


小さな手だった。


しかし、今の翔に確かな温もりを与えてくれる手だ。


「もし、殺人の十字架が重すぎたら私一緒に背負うよ」


「……何でだよ?」


翔は光に問う。


「へっ!?だって……その……」


自分の言ったことの意味に今更ながら光は赤面し慌てふためいた。


「だって……」


「?」


「だって……翔は私の友達だからよ!!」


その言葉を聞いた数秒後。ゆっくりと体を起こし、涙を拭って赤面の光に言った。


「お前は背負わないで良い。だって、これは俺の罪だからな」


「翔……」


「ありがとう光。その気持ちは受け取るよ。久々に泣いたし、みんなのとこに行こうか」


「うん。行こうか、みんなの所に」


二人は夕日を背に歩きだした。殺戮と懺悔の茨の道を。


でも……怖くない。


だって、仲間みんながいるから。


<第一章完>


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