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井口ver

 ばーちゃんが突然死んだ。

 猛暑だというのに電気代を気にして、エアコンを頑なにつけなかったことによる熱中症だった。

 そんなばーちゃんが夢に現れたのは、仏壇を掃除してみようと思いつき、引き出しから白っぽい板を見つけた日の夜だった。

 板のサイズ感は、カップアイスを買った時についてくる木のスプーン程度の、小さなものだ。

 意味があるものなのか、それともゴミなのかは分からなかったが、わざわざ仏壇の引き出しに入っている物なのだから大事な物だろうと思って、そのまま引き出しの中に戻したんだけど、ばーちゃん的には俺が触ったことが相当気に食わなかったらしい。

 「新しい物をもらいに行け!」

 と、結構な勢いで怒られてしまった。

 目が覚め、白い板に触れないように一応手袋なんかをしながら取り出して、一体どこにいけば新しい物がもらえるんだろう?と色んな角度から眺めてヒントを探してみれば、仏壇の引き出しの中からばーちゃんの旧姓が書かれた紙が出てきた。

 ばーちゃんの実家には数回行ったことがある。

 寺とか神社とかそんな感じではなんだけど、かなり大きな屋敷では大きな仏像が置かれている部屋があったり、絶対に入るなって高圧的に注意をされた蔵とかがあって、なんとなく近寄りがたいんだ。

 そんな場所に、夢の中でばーちゃんが行けというのだから、かなり困った。

 正確には白い板をもらいに行けって命令だったんだけど。

 行きたくはないけど……行ってみるか。ついでにこの白い板がなにかも聞いてみよう。

 こうしてばーちゃんの実家に連絡を取った翌日、軽いツーリングついでってことにしてばーちゃんの実家にお邪魔した。

 いらっしゃいとか、大きくなったなとか、久しぶりとか、そんな挨拶めいたものをスキップした家主は、一言ついて来いと渋い声で言った後は無言で歩き出してしまった。

 そうなってしまったら、後はもうついて行くしかない。

 「夢の中にばーちゃんが出てきて、これ……新しいのをもらえって言われたんだけど……」

 大きな仏像が置かれた場所に案内されて座り、俺は俺で挨拶をスキップして本題に入った。

 「ふむ……これはお守りだ。使い方は幽霊の顔、目を見ないように持つ」

 と、爺さんは白い板を90度傾けて横にして持ち、俺の方を向いた。

 言葉の説明だけではよく理解できなかったけど、実践されてみればよく分かった。

 ようするに自分と幽霊の間に板を挟めば良いんだよな?で、その場所は幽霊の目が見えない位置に調整すると。

 「常に1つは身につけておくように」

 特に詳しい経緯の説明も聞かず、爺さんはお守りとか言う白い板を3つ手渡してくれた。

 常に1つ、か……だとしたら、残りの2つはスペアってことなんだよな?

 しかしだ、この白い板が幽霊の顔とか目を見ないようにする盾ってのは分かったんだけど、そもそも幽霊なんか見たことない訳で……見えないものを見ないようにする盾の使いどころがいまいち分からない。

 生まれてこの方1度も見たことがないんだから、これからも見ないで過ごせるんだとは思うんだけど、生前にガッツリと見える人だったばーちゃんが夢に出てきたことが気になる。

 単なる夢なら良いんだけど、そうすると爺さんがパッとお守りを用意してくれたことが引っかかる。

 いいや、とりあえず1つは身につけておけば間違いはないだろう。

 「……残った2つは、保管して置けないと駄目、なんだよな?」

 いやいや、1つだって使う機会があるかどうかも分からないし、交換時期って詳しい説明はなかったんだからなくさない限り1つ目だけを持っていれば問題ないのでは?

 フリマサイトで売れたりするのだろうか?

 家につき、ボンヤリと3つの白い板を眺めていると、ふとそんな考えが頭をよぎった。

 「3つもあるんだ……」

 こうして白い板の写真を撮り、商品名を「お守り 白い木の板」として、値段は1万円というとんでもない値段で出品してみた。

 数分後、強力なお守りを探していたというコメントと共に、購入申請が届いた。

 まじか。

 白い板を封筒に入れ、切手を貼ってポストに投函した後、俺はまた「お守り 白い木の板」を出品した。

 1万円で即売したのだから、実は物凄く良い物だったのだと白い板の価値を改め、5万円の設定だ。

 数分後に届いた購入申請。

 え?まじか……。

 俺の手に残っているのは、ばーちゃんの元と思われる古びたお守りと、貰ったばかりのお守りの2つ。

 常に1つは身につけておくように。

 それって、別に新しい物じゃなくても良いんじゃないか?

 1つ持っていることに変わりないんだし。

 いや……常識的に考えれば、新しい3つのうちの1つを持っておけってことだ。

 でも、売れるなら……そうだ、1時間、1時間だけ出品して、売れなかったら自分で使おう。

 10万円という嘘のような金額で出品した3つ目のお守りは、10分後に売れた。

 一瞬にして16万という売上があり、即振り込み申請を贈ったが盆休みにより支払いには数日の時間がかかるのだと通知が届いた。

 「……お守り、1つは残しておいた方が良かった……よな……」

 流石に無料で貰いに行くのは忍びなく、だからって今の手持ちでは心もとないので、俺は恥を忍んで高校時代の友人である近藤を頼ることにしていた。

 家に向かっている最中で、先に電話で連絡を入れた方が良いという基本的なことに思い至り、スマートフォンを取り出して高校時代の番号にかけてみるが……さすがにつながらない。

 番号が変わってるってことは、引っ越しまでしてたらどうしようかな……とにかく家に行ってみてから考えようかな?

 「あれ?」

 交差点を渡っている途中、急に足が止まった。

 特に立ち止まろうと思ったわけではなくて、足が動かなくなった感覚で……足がしびれきれたとかそんな感じではなく、掴まれているような……。

 視線を下に向けても、足元にはなにもないんだけど、全く足が動かない。

 「え?あの、誰か手を貸してください。足が動かなくて……」

 決して人通りは少なくはない中、必死になって助けを求めているのに、通り過ぎていく人はちらりとも俺を見ない。

 見えてない……のか?

 え?いやいや、そんなわけない。

 そうだ、変な人と思われて意図的に無視されているんだ。

 「あの!足が動かなくて、手を貸してください!」

 何度叫んでも、誰の視線もこちらを向かない。

 掴まれている感覚が足だけじゃなく、腰にまで来たとき、俺の視界は少し暗くなった気がして、再び足元に視線を向けると、そこには無数の手が地中から伸びてきていて、俺の足をつかんでいた。

 なに……これ……。

 あ、幽霊?

 え?幽霊!?

 急いでポケットの中から白い板を取り出し、地中から伸びている手を視界から隠すように構えると、パァンと弾かれたように腕が1本俺から離れた。

 しかし、腕はまだまだ無数にあって、剥がしても剥がしてもきりがない。

 そうしているうちに信号は点滅を始めた。

 「誰か助けて!」

 しかし、皆足早に交差点を渡りきるばかりで誰も気づいてもくれない。

 そして少しの沈黙の後、信号待ちをしていた車が一斉に動き出す。

 通行人だけではなく、運転手からも俺が見えていないのか?

 「止まって!お願いだから気付いて───……」

 1台の車が、俺に向かって突っ込んできて、その瞬間運転手と目が合った。

 近藤?

 車は思い切りハンドルを切ったらしく、信号機にぶつかって止まり、頭から血の流した近藤が車から降りてくると自分で救急車を呼んだようだった。

 「今、そこに誰かいたんだ!」

 轢かれた俺は道路に転がってるよ?なのに分からないのか?

 皆、お願いだ……俺はここにいるよ。

 「頼む、探してくれ!確かにいたんだ!」

 「頭を強く打ったんだ、動くんじゃない!」

 近藤は道路を注意深く調べていたが、俺には気が付くことなく、やってきた救急車に乗せられて行ってしまった。

 そうすると事故の片付けなんかが始まって、終わって、数時間後には交差点は普段通りの景色に戻っていた。

 そのころになるとようやく俺も動けるようになっていて、だけど誰にも気づかれないって状況に変わりなく、俺は助けを求めるように爺ちゃんの家に帰り、チャイムを押そうと手を伸ばしたところで中から爺ちゃんが出てきた。

 だけど、温かく迎え入れてくれるというわけではなく。

 「去れ!帰れ!」

 と、教えてくれたお守りの使い方で、俺をお守りで見ないようにしている。

 そうされると、全力で拒絶されているんだなってことが分かって、それ以上そこに留まることはできず、結局追加でお守りをもらうことも、助けてもらうこともできず、交差点まで戻ってきてしまった。

 すっかりと暗くなった空の下、交差点は酷い人混みができている。

 なんでも、ひき逃げがあったそうだ。

 ようやく人から認知されたその体は、それまでに何台もの車に撥ねられたのだろう、人としての原型は留めてはいなかった。

 どうして誰も助けてくれなかったんだ?

 近藤は一瞬だったけど俺が見えていたよな?なのにどうして見えなくなったんだ?

 近藤は……もしかしたら今の俺にも気が付いてくれるんじゃないか?

 「もしもし井口?久しぶり」

 何故か分かった近藤の番号に電話をかけると、特に警戒した感じもない声が俺を呼んだ。

 「久しぶり。急に連絡して悪いな……相談したいことがあるんだ」

 これは嘘だ。

 相談したいことなんて特になにもない……ただ、待ち合わせ場所に来た近藤が俺を認知してくれたら、その時は一緒に交差点を渡ってほしいだけ。

 電話を切った直後には待ち合わせ場所に向かい、ベンチに座れば俺に気が付かない人が平気でベンチに重なるように座ってくる。

 「井口、早いな。待ったか?」

 頭に包帯を巻いた近藤は、悪い顔色でフラフラになりつつも自転車に乗って待ち合わせ場所にやってくると、なんでもなさそうに片手を上げて挨拶をしてきた。

 コイツ……まさか死にかけてるから俺が見えてるとかじゃないだろうな?

 あの交差点で、俺と同じようにしてこっちに来てもらおうと思ってたけど、そうだよな……厳密にいえば俺が死んだのって近藤のせいじゃなかったわ。

 交差点で同じような感じで殺された者達の手に掴まれたことが切欠だったじゃないか。

 俺は一体なにをしようとしてたんだっけ?

 唯一助けようとしてくれた近藤を、同じように殺そうとしているってのか?

 目の前には、チカチカと点滅を始めた信号機と、急いで渡ろうと走り出した近藤と道路上では獲物を待ち構えるようにうごめいている腕、腕、腕。

 「ごめん、やっぱり良いや……えっと、近藤自転車で来てたろ?良いのか?自転車……駅前の駐輪スペース、60分で有料になるけど」

 近藤の腕をつかんで足止めするとすぐに信号は赤に変わった。

 それでも無数の腕は道路上にあり続けていて、多分だけど近藤が渡るのを待ち構えている。

 けど残念だったな、近藤は今駅前の駐輪場に止めた自転車を取りに駅に向かった。もし交差点を渡るとしたら自転車だ。

 流石に自転車は掴めないだろ。

 多分。

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