静という動
「おおおおおお母さま!」
慌ててお母さまのところに飛んで行く。
「私、今日から誰の面会でも断ります!外にも出ません!引きこもります!」
「どうしたっていうの?マリレーヌ」
「どうもジュスト様に興味を持たれてしまったようなの」
「まあ!」
「困ります」
「苦手なの?」
「はい!怖気が走るぐらいに」
「あらまあ・・あんなに素敵な方を・・」
「お、王族の方に我が家が逆らえるとは思えません」
「そうね・・不可能ではないけれど・・難しいのは確かね」
「完全に興味が削がれたと思えるまで私は何か病気だということにして下さい」
「そうね、わかったわ」
□ □
「僕と婚約すればいいのに」
「そうしたいのは山々なんだけど、私は彼に振られるか、ちゃんと諦めてもらわなきゃいけないのよ」
「なんて難しい・・」
「一生結婚せずに生きる覚悟もできているの。そのために準備していることもある。つまり、ランベルトになんの約束もできないの」
「わかってる」
「とにかく今は興味のベクトルが私に向いているようだから、それを外さなくちゃ」
「まずは君の調子が悪そうだということにして」
「しばらく経ったら人に会えないほどの病気になったことにする」
「僕はたまに見舞いにくることにして、何度かジュストも連れてくる」
「部屋に鍵をかけた状態で話すわ」
「やってみるしかないな」
「本当にいつもありがとう、ランベルト」
「僕には下心があるから」
「その下心に答えられる日が来るといいけど」
「頑張ってみよう」
□ □
ジュストに会わずに3年経った。
平民に社交デビューなどないけれど、フィオレは社交デビューして2年が経過してしまい、これ以上待たせるのは王族としての振る舞いにそぐわないということで、婚約する運びになった。
「な、長かった」
あれから2年ほどジュストがランベルトと共に遊びに来るようになり、いつもドア越しに二言三言無愛想に対応してきた。
何を尋ねられても「はあ」「わかりません」「さあ」「いいえ」「・・・」を繰り返し、来なくなるまで2年かかったのだ。
あとは振られるだけ。
振られるためにすることはぼんやりと浮かんでいるけれど、それをどのタイミングでするのが相手とフィオレに少ないダメージでできるのかを考えている。
「彼が結婚してから言うのは卑怯な気がするし、結婚前に言ったらフィオレ様に失礼だし、万が一結婚を中止されたりしたらと思うと・・」
「それならとっておきの方法がある」
ランベルトによると近々婚約パーティがあるらしく、それに招待されているから一緒に行けばいい、と。
「もうマリレーヌの具合を尋ねられることもないし、フィオレとの愛を育んでいるようだし、僕たちが恋人のように振る舞えば大丈夫だと思う」
「わかった」
「会って大丈夫?」
「たぶん。自信はないけれど」
□ □
ランベルトと何度も話し合って、可愛く見える努力をした私で行くことになった。
「本当にこっちの私でいいのかな・・そんなことを悩むのは自意識過剰?」
「見た目の努力を放棄したように見えるマリレーヌが気になって接触しようとしたジュストだよ?彼はたぶん・・見た目なんか気にしてないよ。魂で君に惹かれるんだ。だから今更可愛い君を見ても、ダサい君への反応と差があるとは思えないんだ」
「ランベルトがそう言うなら・・」
「それに、僕が久しぶりに見たいな、本当のマリレーヌを」
「じゃあ、張り切って化けてみる!」
不安はあるけど、これまで支えてくれたランベルトを喜ばせたい。
「マリレーヌの着飾る姿をもう見られないのかと絶望しかけていたわ」
お母さまが張り切ってドレスを用意してくれる。
長い間、ほとんど外に出ず過ごしたために肌が抜けるように白くなり、今までと違う色が似合うようになった。
目立たず控えめで今の私に似合う薄い紫のシンプルなドレスに、お化粧も控えめにする予定。
私の千回の恋の卒業式だ。
□ □
少し遠いので、ランベルトの家に泊まらせてもらった。
「明日は本物のマリレーヌちゃんに会えるのね♡」
ランベルトのお母さまが茶目っ気たっぷり笑う。
千回の恋の説明まではしていないけれど、病気ではないこととジュストの興味をそらしたいことは説明して理解してもらっていた。
年上の尊敬するレディをチャーミングなんて言ったら失礼だろうに、あまりにも可愛らしくて「チャーミングすぎます!」と伝えたら、少女のように笑って喜んでくれた。
客室を使わせてもらい、準備を済ませてから挨拶に行くと、
「きゃーー!!なんて可愛いの!予想以上よ!」とはしゃいでぎゅーっと抱きしめられた。
「これはこれは」ランベルトのお父様も登場して褒めてくれる。なんという優しい人達。
マルテッリ家の車で王宮へ。ランベルトにエスコートされて入る。
王宮の中を進み、中庭に設けられた野外の会場に飾り付けられたランプや花が婚約パーティの雰囲気を盛り上げる。
「綺麗!」
「雰囲気を楽しむ程度には余裕があるんだな」
「心配かけてるかな?」
「そりゃあ・・ね」
「やれることは全部やるつもり。もし・・ピンチになったら・・ランベルトに頼るから」
「うん」
二人で端に移動して会場を見渡す。
「そろそろ主役が登場すると思う」
ランベルトがそう言ったとほぼ同時に演奏が始まり、主役二人が入場してきた。
また一段と精悍な顔つきになったジュストに寄り添うフィオレ。嫉妬の気持ちは湧いてこず、お似合いだと思う温かい気持ちがわいてくる。
フィオレの手を取って歩く速度を配慮して、二人でたまに目を合わせて微笑み合う。
千年の恋が今、ちゃんと途切れようとしている。
なのに
吸い寄せられるように目が合った